河合雅司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『未来の年表』の著者、河合雅司さんが新型コロナの流行翌年に執筆された本。ご存知の通り、新型コロナによって「高齢化」「人口減少」に拍車がかかり、日本社会の老朽化・硬直化が一層進んだわけである。
空欄穴埋めドリル形式のため、スピードに任せて一気に読むのではなく、ところどころ止まって考えながら読むことができる。各章が短いので、中高生や読書の苦手な方にも向いていると思う。
恥ずかしながら全然知らない用語が沢山登場した。「フレイル」や「妖精さん」などなど。後半の河合氏による提言(国会議員の若者枠とか、30代以下だけの街とか)はとても興味深い。あれこれと批判する方もいるだろうが、まずチャレンジして参画する人を増やして欲しいと思う。
「国会議員の若者枠」というフレーズを聞いて、とある若い女性の政治家を思い浮かべた。政策の中身が無いと言われても、所属政党を変えてでも、とにかく国政の舞台に立つ(行動できる立場を得る)ことを貪欲に目指しているのだろう。若いという事実が無条件に、批判ではなく支援の対象でも良いのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
超人口減少社会が加速していくのは確実な未来なのだ。本当に時間がない。戦略的に対処しないと不幸を生む。
こんな日本に誰がしたと犯人探しをしてもしょうがない。
我々世代にも責任はあると自覚している。当然に責任を放棄するつもりはない。
それよりも、この状況を捉えて今後どうするかを検討する方が確実に前向きだということだ。
ポジティブなマインドになれればよいが、本当にそこは一旦ここで立ち止まって考えたいところだ。
本書では改めて数字を示し、警鐘を鳴らしている。
さらに著者なりの対処方法の提案も示してくれている。
私はすべての提案に賛成という訳ではないが、やはり数字という事実を見ながら多面的に検討し議論することこそが必要なのだろうと思った。
同じように「戦略的な縮小」を謳っているもので、最近「資本主義の見直し」もテーマになっている。
資本主義とは言わずもながだが、資本が投資され、利潤を生むことでさらに再投資され、永遠に拡大し続ける中で、格差はドンドンと開いていくというもの。
何十年も前から「いつか限界が来る」を言われているにも関わらず、未だに代替できる案が出ずにそのままになっているという課題だ。
ここに来て「新しい資本主義の形を目指す必要があるのではないか?」という話が出てきた。
文脈的には「持続可能な社会にならないと意味がないだろう」という、価値観の転換を促す話である。
結果的にたまたま「行き過ぎた拡大路線を見直し、戦略的に小さくいく」という話も含むことになっている。
日本がこれから拡大路線でなく、戦略的な縮小を目指すことは、行き過ぎた資本主義を見直す点でも合致していると思う。
そもそも人口数千万人しかいなかった江戸時代の日本は、優れたリサイクル社会で持続可能な社会だったはずだ。
江戸時代の生活に戻れとは言わないが、もっと自然に優しく、人間同士も優しくなれる社会を目指すことは間違っていないと思う。
日本の人口は減少し、1億人を切るのが2050年頃と言われている。
その頃は相当に高齢者ばかりだと思うし、その時に自分自身も80歳という高齢者になっている。
(迷惑かけずに元気でいたいものだ)
それでも人口は1億人いる。
ヨーロッパのそれぞれの国だって、今はドイツが最も多くて8千万人超という状況。
2050年までには東南アジアとアフリカが人口爆発しているので、日本の人口は確かに相対的順位が下がる。
しかし、それでも人口は1億人いるのだ。
その時の世界情勢を考えながら、単純な縮小ということではなく、国内をどうやって効率化していくのかということだろう。
「拡大」については、やっぱりこれだけの人口増がアジアとアフリカであるのだから、やっぱりそこは取り込んでいきたい。
単純な縮小だけでなく、世界の中でのポジションをどう獲るかは真剣に考えていきたいところだ。
(本書では世界的ポジショニングについてはほとんど言及していない)
日本の生き残る道はあると思うのだ。
そうでなければ座して死を待つのみとなるが、そんなことは考えられない。
我々の世代が責任を持って次の世代にバトンを渡していかなければならない。
その為には大胆な発想で生き残りを図るということだ。
今までのやり方を否定することもあるかもしれない。
そういう意味で大きな血が流れるような改革が必要なのかもしれない。
緩やかなソフトランディングをしている余裕はないと思っている。
我々世代がどれだけの覚悟を持って実行できるかが大事だと思う。
素敵な日本という国を後世に残していきたいと思っている。
(2022/8/24) -
Posted by ブクログ
【感想】
国連の「世界人口予測2019」によれば、世界人口は2030年に85億人、2050年には97億人、2100年には109億人に達するとされている。しかし、筆者のダリル・ブリッカーはこの予測に懐疑的だ。筆者は2050年に90億人で人口がピークに達し、その後は減少が続き二度と上昇しなくなると予想している。
この「人口はどんどん減っていく」という前提条件のもと話が展開していくのだが、筆者の主張の数々はあまりに暗く悲劇的だ。人口減少は避けられない運命であり、しかもそれを覆す手段は「ない」。高福祉国が出産奨励施策を実行しても、中東地域からの移民を受け入れても、はたまた若い国であるインドやアフリカ諸国が頑張っても「人類の縮小は止められない」と述べている。大変ショッキングな内容だ。
ひとつ、先進国による重点的な子育て支援をピックアップしてみよう。
現在先進国の中で出生率がかなり上位なのがスウェーデンだ。
スウェーデンは1990年代の不況が終わると、出生率向上のために新しい施策を導入した。育児休暇は480日間に延長され、ほぼ全期間で収入の80%が補償される。夫婦はそれぞれが少なくとも2カ月間の育児休暇を取るよう求められ(取得努力ではなく必須だ)、それが消化できないと権利の一部を失うことになる。ベースとなる手厚い家族手当に加え、子供がひとり増えるごとに手当が加算される。子供の数が多いほど、ひとり当たりの手当の額も増額される仕組みだ。ストックホルムでは、ベビーカーを押している親は無料で公共交通機関を利用できる。ほとんどの職場では、従業員の子供が病気になって親が家に残る必要がある場合、有給休暇が与えられる。
そうしたたゆまぬ努力の結果、スウェーデンの出生率は見事に「1.9」である。悲しいことにこれだけやっても人口を長期間維持するには足りない水準なのだ。お隣のフィンランド――こちらも世界最高レベルの子育て政策を採用している――はなんと1.35(2019年)。日本よりも低いのだ。
ここまで頑張っても自国民が子どもを産まないのであれば、もはや移民に頼るしかない。事実、スウェーデンは人口を底支えするために次第に移民に頼るようになってきており、生粋のスウェーデン人の間に新たな移民流入に対する反発も広がりつつある。ただし、移民は人口こそ増やすが出生率の改善にはつながらない。すぐに移住先の出生率に合わせて子供を産まなくなるからだ。そうすると、移民を受け入れてもその場しのぎにしかならないばかりか、将来的には移民すら高齢者となって経済を圧迫していく。
現在人口増加地域であるインド、アフリカ諸国においても減少トレンドは変わらない。
多くの発展途上国における家族計画とは、経済的必要性であり、宗教と家父長制という伝統に則った儀式だった。今でも家と家との結びつきを重視した婚姻制度は強く残っているが、それも徐々に変革を迎えている。経済状況の好転と女性の権利の拡大によって、「子供は多くて二人」と考える女性が増えているのだ。伝統的な男性優位社会においては子供を産むことによる女性の負担は尋常じゃないため、結婚相手を自力で選べるようになった女性の間では、理想とする「家族サイズ」の縮小が進んでいる。もはや世界の価値観は少子化に傾いており、これを覆すことはできないというわけだ。
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「世界人口は減少し続ける」「どの国も出生率は2.1を割り込むようになる」「移民は人口を増やすが、出生率の向上にはつながらない」など、筆者の主張は単純明快だが、それを補強するためのエピソードが抜群に面白い。各国の女性(とくに社会的に高い位置にいる人)へのインタビューにより割り出した家族意識の変遷や、ケニア人を例に取った、先進国と発展途上国の個人のアイデンティティの違い(先進国はアイデンティティを国に根ざし、発展途上国は部族と親族と家族に根ざす)、また経済発展による家族形態の変化が出生率をどう下げていくかなど、読んでいて新たな発見が生まれるものばかりだった。内容はシンプルでわかりやすいが読み応えは抜群。とてもおすすめの一冊だ。
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【まとめ】
1 世界人口が減少に転じるとき
世界の人口は2050年に90億人で頂点に達し、減り始める。そして一度減少に転じれば、二度と増加することなくずっと減り続ける。
出生率が下がる最も大きな要因は都市化だ。
中世ヨーロッパの社会では人口の90%が農業で暮らしていた。だが産業革命とともに登場した工場により、労働者は都市に集まってきた。農場では子供を作るのが「投資」になる。だが都市では子供は「負債」になる。2008年に行われたガーナの都市化と出生率に関する研究では、次のように結論している。「都市生活では子育ての費用がかさむ見込みが高いため、都市化は出生率を下げる。都市では住宅費が余計にかかるし、おそらく家庭内生産の面でも子供は都市ではあまり役に立たない」。
次に関係している要因は女性の教育水準の向上である。社会が都市化して女性の力が増すと、親族の結びつき(子供を作れとプレッシャーをかけてくる存在)、組織的宗教の影響力(避妊と堕胎を悪とみなす存在)、そして男性の支配力が、出生率とともに低下する。
2 老いゆくヨーロッパ
EUの現在の出生率の平均は1.6である。
1930年代の大恐慌の時代になると、欧州の多くの国では、かろうじて人口を維持できる程度の赤ちゃんしか生まれなくなった。その危機が去ったあとには、大恐慌と第二次世界大戦により出産が抑圧された反動で、先進国にベビーブームが起きる。
スカンジナビア諸国の出生率は1世紀以上も着実な低下を続けたのち、1930年代中頃に底打ちして増加に転じた。1935年、イングランドおよびウェールズの出生率は1.7、ベルギーは1.9で底を打ち、その後は上昇傾向に転じている。戦後に西ドイツとなる地域の出生率は、1933年には1.6と人口置換水準を大きく下回っていた。ところがその後ドイツ人はふたたび赤ちゃんを産み始め、フランスでも同様に出生率は上昇に転じた。フランスとベルギーの出生率は第二次世界大戦の最中にも増加していたようだ。
しかし、1960年代まで続いたヨーロッパのベビーブームは1970年代になるとふたたび人口置換水準まで落ち、その後もさらに下がり続けた。現在、フィンランドの出生率は1.8、スロベニアは1.6。欧州で出生率が最高レベルのフランスは2.0、デンマークは1.7だ。
このトレンドはなんら新しいものではない。前述したように、それまで出生率は1世紀半にわたり下落してきた。都市化、公衆衛生の改善、豊かさの広がり、そしてなによりも女性の自立性が高まったことの結果として、世代を経るごとに女性はますます子供を産まなくなっていた。ピルの登場や産児制限が利用しやすくなったこと、適切な性教育なども一定の役割を果たした。要するに、ベビーブームは一時的な例外現象だったのだ。
人口減少に対する欧州の解決策は「移民」だった。だが、移民はメリットに匹敵するだけの問題も引き起こす。孤立、拒絶、民族間の衝突、高まる緊張感などだ。さらに、移民を「輸入」すれば確かに下がりつつある出生率の底上げにはなるが、その移民は(イスラム系移民も含め)すぐに移住先の出生率に合わせて子供を産まなくなる。わずか一世代、移民本人の子供の世代になれば、もう20世紀の都市生活に馴染み、「子供というのは少数を大事に育てるものだ」と考えるようになる。
子供を持とうと思わせるための多彩な支援政策は確かに一定の効果を持つ。目盛りを動かすことができるのだ。ただし目盛りを大きく動かすことはできない。しかもそうした支援政策には巨額の費用がかかり、不況時にも同じ政策を続けるのは難しい。
工業化と都市化、そして経済成長によって初めて、産む子供を少なくしようという選択を女性ができる条件が整えられる。しかし、一度そうなったあとでは、不況になると出生率が低下し、景気が回復して生活が豊かになっても出生率を下げるのだ。
3 人口減少トップランナー、日本
日本の出生率は1.4であり、長期に渡り低迷が続いている。このトレンドはほか先進国と比べて珍しいものではないが、日本の特徴は強力な移民制限政策を採っていることにある。
日本は血統主義、すなわち国籍が血筋に応じて与えられる。より正確に言えば、生まれた子の親の片方がすでに日本国籍を持っていることが条件になる。2015年に日本が国籍を与えた外国人の数は9469人であり、2010年より3500人近く減っている計算だ。
アジアの女性が結婚と出産を先延ばしにする理由のひとつに、男性優位の文化がある。
ミレニアル世代の男たちは、自分が親の世代より進歩的で家事や子育ても喜んで分担していると主張するが、統計データからは別の姿が見えてくる。日本人男性が家事に割く時間は1996年(1日27分)から2011年(90分)で確かに3倍になっている。だが、日本人女性の平均である3時間と比べればまだはるかに少ないし、大半の先進国の男性と比べてもやはり少ない。OECDの調査によれば、日本人男性はOECD諸国のなかで子供の世話をする時間が一番少なく、家事をする時間は韓国人男性の次に少ない。
この理由はアジア人男性が怠惰だからではない。その正反対である。日本人男性は一週間の労働時間が80時間になるケースも珍しくないのだ。あまりに疲れ切って性交渉さえ持たなくなることが日本の少子化危機の一因かもしれない。ある調査では、18歳から4歳までの日本人男性の4%が、過去1ヵ月間にセックスをしていないと回答しており、2年前の調査より10%ほど上昇している。
人口減少を埋め合わせる別の方法は移民だが、日本やアジア諸国は移民にまったく対応していない。カナダは国民人口1000人当り4人の難民を受け入れているが、中国は0.22人、日本は0.02人、韓国は0.03人だ。こうした移民受け入れ反対の国や地域の人々は、自分たちが人種的に同一だと考え、その同一性には価値があり、守るべきものだと思っている。
日本経済の停滞基調がそろそろ30年にも及ぼうという理由の一端は、人口の高齢化にある。人口の減少はイノベーションを起こせる若者の減少を生み、イノベーションの減少は銀行の融資の減少を生む。そして人々は年齢とともに消費を減らしていく。
日本人全体が今、ひとつの選択を迫られている。日本社会に移民を受け入れるか、それとも小国として生きるすべを学ぶか、そのどちらかしかない。おそらく日本人は後者を選ぶのではないだろうか。感情を表さずに優雅な冷静さを保ちながら、消えゆく村落や国富の減少を淡々と受け入れるのだ。
4 移民は減少している
貧しい国から豊かな国への移住は今でもある。だが、最貧国でも1世代前と比べてずっと豊かになっている。1990年には極貧状態(1日2米ドル未満)で暮らす人が18億人以上いたのに、2015年には8億人未満まで減った。今世紀中に極貧状態を皆無にできる可能性は、たんに「ある」のではなく「高い」。そして、貧困状態にない人はあまり移動しない。要するに、近年の中東からの難民は、我々の祖先とまったく変わらぬ危険と困難に耐えているとはいえ、より大きな真実を見えにくくしている。実は、難民をめぐる状況は見かけよりも落ち着いているのだ。
2015年、世界の難民の半数以上(54%)はわずか3カ国から発生した。シリア(490万人)、アフガニスタン(270万人)、ソマリア(110万人)だ。また、一部のヨーロッパ人は欧州大陸が難民であふれていると主張するが、世界の難民の90%は先進国でなく発展途上国の難民キャンプで暮らしている。中東と北アフリカが40%、サハラ以南のアフリカが30%だ。難民受け入れ国のトップ3はトルコ(250万人)、パキスタン(160万人)、レバノン(110万人)である。そして、西側諸国の支援を受けたイラク軍やクルド軍が次々とISISを撃退し、シリア内戦の暴力も沈静化しつつあるため、難民たちは少しずつ帰国を始めている。2017年前半だけで30万人が帰国した。
難民を除く国際移民を見ると、全体の4分の3は「押し出される」のではなく「引き寄せられる」動きをしている。中所得の国からより豊かな国へと引き寄せられているのだ。
全体として、局地紛争を除くと、ここ数十年の移民をめぐる状況はかなり落ち着いていたと言える。もはや移民危機など存在していない。
そもそも、移民は人口減少や高齢化の根本的解決にはならない。移民はそれほど若くなく、中央年齢は39歳だ。その年齢だと多くの人は、もう新たに子供をつくらないだろう。したがって、移民人口が出生率を上げてくれる可能性は実はとても低い。また、別の理由として、移民は移住先の国の出生パターンにすぐ適応するという点もある。
もはや、移民が国境を超えることはほとんどなくなるかもしれない。どこでも出生率は下がっており、最貧国ですら下がっている。しかも、かつては極めて貧しかった国でも賃金は上昇傾向にあり、移民になる動機は減っている。
それでも、人口減少が目前に迫った国にとって、減少を食い止める当面の最適な方法は移民の受け入れを増やすことである。移民がその国を必要とするのと同じだけ、その国も移民を必要としているのだから。
5 カナダの成功
カナダの総人口は3520万人。5年間で人口は5%増えており、現状のままでも2060年までに5000万人まで増える計算だ。
この増加の鍵を握っているのが移民だ。年間30万人の移民を受け入れており、さらにその数を年間45万人に増やそうという動きもある。それでいてカナダに来る移民はカナダで生まれ育ったカナダ人より良い教育を受けており、治安の悪化もない。トロントは住民の半数が外国生まれだが、殺人事件の発生数は世界で8番目に少ない。
その秘密は移民の選定条件にある。カナダでは、カナダ経済に貢献できる人を条件に移住を許している。欧州の国のように、人道的な理由をメインとしていない。難民受け入れを自国の利益のために利用する、と完全に割り切っているのがカナダの特徴であり強みだ。
1960年代、カナダで移民・永住希望者へのポイント制度が導入される。これは教育水準や仕事のスキル、英語もしくはフランス語の能力、カナダとの関係の深さなどに応じて加点し、可否を判断する制度だ。これにより、世界中どこの誰でも移民を申請できるようになった。ラテンアメリカから何百万もの移民(多くは違法)を吸収するアメリカや、近隣の北アフリカや中東から移民を引き込むヨーロッパとは違い、カナダは全世界からの移民を歓迎するようになった。ただし、カナダに移住後すばやく仕事が見つけられるだけの職歴と学歴があることが条件として明記されている。移民とはカナダにとってなによりもまず経済政策なのだ。労働力不足をおぎない、人口増加を支えることがその狙いだ。
1990年代になり、低出生率が一時的現象ではなく完全に社会に定着したとわかると、カナダ政府は水門を開け放ち、年間25万人の移民を受け入れることにした。
移民文化の代表例であるアメリカやオーストラリアでさえ、自国民のアイデンティティをしっかりひとつの概念として持っている。ところがカナダは多文化の寄せ集めになった。それぞれのコミュニティは独自の文化的な繋がりを保ち、出身地である市町村や州、国といった共通の単位でまとまっている。
移民を積極的に受け入れている国であっても明確な「国民的気質」と呼べるものがある。移民はその気質を自分にも取り入れるか、さもなくばその国を去るしかない。
ところが、カナダにはそこまで強い国民的気質というものがない。カナダ人はお互いが相手に合わせようとする。この「調整の文化」がカナダという国を、形もなければ目的もなく、結局は意味すら持たない場所にしている。
しかし、まさにこの国をひとつにまとめる機能の欠如こそ、カナダが脱国家的国家(ポストナショナル・ステート)として成功できた秘訣なのである。カナダには世界中のあらゆる地域、あらゆる階層に属する人がやって来て、主に大都市に住み、仕事を始め、友好的な人々に囲まれ新生活を送れる。こうしてカナダは地球上で最も多様性に富みながら平和で和気あいあいとした国になったのだ。
ただし、カナダ人の移民に対する意識は、必ずしも全員肯定的なわけではない。全カナダ人の1/3は多文化主義をまったく支持しておらず、ケベック州(独立のための住民投票があった州だ)は多文化受け入れに対する許容度がはるかに低い。
6 2050年に世界はどうなっているか
環境負荷の面を考えると、地方に住んで車を使うより、都心の高層ビルにぎゅうぎゅうに住んで地下鉄を使ったほうがいい。都市化とイノベーション、そして人口減少こそ地球温暖化を止める最適解かもしれない。
しかし、その時世界は平和なのか?
可能性を挙げればきりがない。いずれにせよ、未来は放っておいてもやってくる。我々は自分の道を進むだけだ。高齢者を大事にし、若者をはげまし、すべての人が平等に扱われる社会にしなければならない。移民を歓迎し、彼らと共に暮らしつつ、人々がその社会で暮らしたいと思えるよう自由と寛大さを維持していかねばならない。人口減少時代が必ずしも社会の衰退期になると決まっているわけではない。とはいえ、現在我々に起きつつあること、近い将来に起きることを理解する必要はある。人類が地球に生まれてからこのかた、このような事態に直面したことは一度もないのだ。 -
Posted by ブクログ
19世紀初めに10億だった地球人類(日本人は3千万)は1世紀で16億に増え(日本人5千万)、次の半世紀で25億(日本人8千万)、21世紀初めには61億(日本人1億2千万)日本は「産児制限の優等生」とされる。
少子化の第一の要因は乳幼児死亡率の低下と農業従事者の減少。
第二に女子の高学歴
別に平均寿命も伸びているので出生率の低下は目立たない。が、確実に「高齢化」、社会の老人率上昇で活力の低下は進んでいる。
社会主義国は“人口は多いほど良い”の通念があったが、人口増加による悪影響を恐れた中国は’79年から「一人っ子政策」に大転換した!行き過ぎて人口減少、衰退が懸念されているが、どの国も踏んだブレーキは戻しがたい/
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長命化で見えにくくなっていて、20世紀後半の人口爆発の余韻は今世紀前半まで続くが、少子高齢化がピークとなる世紀中央には文明の崩壊→人類の衰退→滅亡?はハリ・セルダンでも停めがたくなるだろう/収束に目処のたっていないCOVID-19は衰退の1つの因子に過ぎず「匹敵する世界規模の大きなストレスが何度も」それは資源・食糧争奪につながるかも知れない。 -
Posted by ブクログ
人口減少・少子高齢化の脅威が刻々と迫っていく中でこれまで通りの常識が通用しなくなり、我々の生活・暮らしは今後急速に変化していく。
社会のサービスやサポートの担い手がいなくなり、老老介護や晩婚化、晩産化が進んでいく。
しかし、全てが悪い方向に変わってしまう訳ではなく今はまだ途上の段階にあり、我々のアイデアやノウハウでその波を食い止めることは可能だと考えている。
人口減少や少子高齢化が目の前に迫っているものの代替出来るものは代替し、 不足している所は補える。
だからこそ、これからの現役世代の目線に立って、目先の政策に固執するのではなく、若者がどのような未来を歩んでいって欲しいかを軸に考えをまとめていくと本当に必要なものが見えてくるはずだ。 -
Posted by ブクログ
未来の年表シリーズは話題作だったので積読リストに入れてあったのですが、いざ読もうとしたら第4弾まできていた・・・
最新作を読んでみました。
ひとことで言うと、日本は未来に負債を増やし続けているよ、それがコロナ渦で加速されてるよ、このままじゃ本当に日本沈没だよ。
一番の原因は少子高齢化のため基本路線が老化した考え方になっているからだよ、って話です。
(全然ひとことで言えてなくてすいません。)
コロナ渦での対応の方法が諸外国と比べていかに劣っているか、そのおかげで現在どうなってしまっているのか、このままでいくと未来はどうなるのか、具体的なデータで畳み込むように訴えるので、読後は本当に怖く、心配になりました。
確かに、必要以上の人流抑制路線は単純な経済的打撃が大きいだけじゃない。しかもこの流れってコロナ前からだよね、例えば…
外出自粛→出会い減→婚姻件数の激減→少子化
外出自粛→終電時刻繰り上がり→通勤許容範囲の縮小→衛星都市壊滅地方疲弊
高齢者主導の外出自粛→過剰な警戒心→地域の閉鎖性→地方企業の疲弊崩壊
高齢者主導の社会→深夜まで活動しない→24時間営業の縮小→経済規模縮小
まだまだあるけどざっと書いてもこんな感じ。
ホント、コロナ前からの問題点が際立つ結果になっていて改めて唖然としました。
週末の選挙、真面目に考えなきゃなあ。 -
Posted by ブクログ
「少子化はコロナで18年も早まった!」
こんな衝撃的な帯が印象的な、ベストセラー「未来の年表」シリーズ第4弾です。
今回の著書は、コロナの影響で少子高齢化が一層進んでしまった現状に加え、これによって顕在化した日本の弱点を著者独自の視点で解説しています。中でも少子高齢化の進行による社会の老化による問題点を重視しています。
人口問題について、これまで分析と数々の指摘をしてきた著者ですが、今回も興味深いないようになっています。
ドリルという著書名のとおり、三択クイズや漢字が盛り込まれていることも面白い取り組みでした。
▼「国民はみずからの程度に応じた政治しかもちえない」(松下幸之助)
▼日本社会の深層にある「老化」、「社会の老化」が人口減少の難題
それは、少子高齢化の行きつく先である。質の悪い「国家の病巣」とも言うべきものだ。すべての年代の人々の思考を守勢に追い込み、”無難な道”を選ばせていく。挑戦する気力を吸い取ってしまう”邪気”だ。
▼社人研は年間出生数が75万人となる時期を2039年と予想していた。18年も早い到達が現実となったら、2021年は「ベビーショック元年」として、長く歴史に刻まれる
▼地方の企業経営を一段と苦しくさせたのが「地域の閉鎖性」だ。これも「社会の老化」と深く結びついている。「地域の閉鎖性」とは、地方特有の”過剰な警戒心”のことである。
▼全国の病床使用率は2020年12月末時点で、一般病床と感染症病床を合わせた88万9788床のうち、使用されたいた病床は58.1%にあたる51万6975床にとどまり、残る41.9%の37万2813床は使用されていなかったのだ。驚くことに、「コロナ前」の2019年12月の病床使用率は62%であり、医療提供体制の逼迫が叫ばれながらも、むしろ低下していたのである。
▼少子高齢化がもたらす最大の恐ろしさや弊害は、総人口に占める若者の割合が小さくなることに伴って、知らず知らずのうちに社会全体の思考や発想、行動が「守り」に入るようになることである。「守り」に入れば、やがて社会全体の活力が損なわれ、国家は衰退の道を歩むこととなる。コロナ禍は図らずも、そんな「社会の老化」の実態を浮き彫りにした。
コロナ禍において過剰な自粛と萎縮が国民に広がったこと自体が、日本社会の「老化」を示す証拠である。
他人の行動がまわりの人々と違うことに口出しをする「同調圧力」も、「社会の老化」が進むほど強まっていく。
▼日本を守る「切り札」5ヵ条
①国政選挙に「若者枠」を新設
②中学卒業時からの「飛び入学」導入
③「30代以下のみが住む都市」の建設
④大学を共同キャンパス化する
⑤若い人々に英才教育をする
<目次>
第1部 人口減少ドリル
第2部 日本を守る「切り札」5ヵ条