筒井康隆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
会議で突然無関係のことを述べ立てる(たいていは自分の知識や体験の披瀝)、成功の夢に酔う、批判を悪意と受け取る、自分の価値観を過信する、専門外のことに口出しする...。
これらが本書でいう「アホ」の姿の一例である。
耳の痛いところも多くて、私なんぞは定期的に本書を読んで反省したほうがいいかも。
批評家と作家の大喧嘩のメカニズムを解剖した部分を読むと、こんなへぼ記事でも、作家先生の目に入れば、プライドを傷つけてしまうかもしれない。
くわばら、くわばら。
ところで、この本は、ご本人もおっしゃるように、「俗流」フロイティズムに拠っている。
人は欲望(多くは性的なもの)を、日常生活では抑圧しているけれど、失錯行為や夢などにそれが回帰する、というもの。
なんか懐かしかった。
意外といっては失礼だけれど、筒井さんご自身も「アホ」だと述べている。
今や筒井さんほどの大御所なら、自分もアホ、なんて言わなくても許される気がするんだけど。
この人をして、自分もアホ、とカミングアウトさせてしまうのが、「上から目線」に神経質な現代なのかなあ、と思う。 -
Posted by ブクログ
筒井康隆作品の、妙に人間臭いモチーフと、軽々と死ぬこと、最後が読点の極端に少なく混沌に落ちていく感じがどうにも苦手で、煙に巻かれたような気がしてしまう。
パロディと比喩の境界、唐突な視点の切り替え、語句の繰り返し、年代がごちゃごちゃ、ページをまたぐ、作者の独白や思考が混入、、、手法としてはとても挑戦的で斬新。
文章などが小説らしくなくて読んでる最中は面白いと思えないんだけど、のちに構成やそれぞれの登場人物(登場文房具?)の意味を考えていくと、深いものがあるなーと気付かされる。
便箋と封筒の、他人から聞いたら何がなんだか分からない言葉の置き換え遊び、これがこの本全体にもあてはまって「違和感」を出していそう。なんでそんなもので喩えちゃうの!意味不明!みたいな。
あとは虚構歴史を一通り目で追っていたおかげで、第3部の鼬界の「歴史上の人物」への言及が( 上半身の鼬とか )あああれね、という感じで理解できたのが面白かった。
冒頭で意識過剰なコンパスが出てきて、これが最後まで印象に残る。最後はマリナクズリ視点で、「スマートで優しかった」と言われているのがこの本唯一の救いかしら。 -
Posted by ブクログ
筒井康隆だし、文庫になったし、読んでみるか〜なんて斜に構えて手に取った本。
そしたら「時をかける少女」っぽくなってきて、さらには巨大カマキリが登場!
わ〜、これ「虚航船団」じゃん!
というわけで、そこからは手が震えつつ一気に読み進めました。この作品を読んで筒井康隆のほかの作品を読むもよし、筒井康隆の名前につられてこの作品を手に取るもよし。
最後の最後に、かなり読者を意識した強いメッセージがあるあたり、おじいちゃんから孫へのプレゼント……といった感じのする本です。
ただライトノベルっていうジャンルに挑んだってだけでなく、そういう意味でも筒井康隆の新境地な気がするなあ。
新境地って、執筆当時74歳なんですけどね。 -
Posted by ブクログ
主人公の小学生の少女の一人称で語られるため、難しい漢字を使わず、使ってもルビをふって児童小説のような体裁なのだが、主人公の置かれた世界はハードでバイオレンスな、児童小説にはまったく似つかわしくない世界だ。
主人公の少女は左手に障害があり、家庭環境に問題を抱えているが健気に生きている。そんな少女が母の死をきっかけに家を出て、いなくなった父を探しに旅をするロードストーリーなのだが、少女の左側には常に誰かが(それはまず犬からだった)寄り添って物語は淡々と進んでいくのである。
各章のタイトルに登場人物の名前が冠してあり、章毎にその人物が少女の左側を受け持つことになる(一部違うが)。その人物たちの物語の悲惨さはしかし後半で昇華される。暴力や殺人が生々しく続いていき、そうやって物語は児童小説とは似ても似つかない様相となるのだ。
結論から言うと、想像とはまったく違っていたが楽しめた。大人向けの児童文学という感じで好意的に受け止められた。そこは非常に筒井康隆らしいと思った。