筒井康隆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
[ 内容 ]
なぜそんなアホなことをするのか、そしてアホなことを言うのか?
無益な争いに血眼になり、破綻必至の計画を立て、互いに殺しあうに至るのは、いったいなぜなのか?
文化的文明人を自任する現代人が、いとも簡単に飛び越えてしまう「アホの壁」をめぐり、豊富なエピソードと心理学、文学、歴史ないまぜでつづる抱腹絶倒の筒井流人間論、ついに登場。
[ 目次 ]
序章 なぜこんなアホな本を書いたか
第1章 人はなぜアホなことを言うのか
第2章 人はなぜアホなことをするのか
第3章 人はなぜアホな喧嘩をするのか
第4章 人はなぜアホな計画を立てるか
第5章 人はなぜアホな戦争をするのか
終章 アホの存在理由について
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ネタバレ筒井康孝2作目
僕が生まれる前の作品とかしかもまだ生きているし
もっと若い人なのか勝手に思っていた
でも、おかしいよな
だって星新一とか小松左京とかと同世代なんだもんな
若いわけがない
内容はというと
接待専門のような課長が、社長の情婦と関係をもった所から話が始まる
なんだかんだと家を追い出された主人公はその情婦と暮らすことになる
で、その情婦の兄が出版社を立ち上げるということで、「接待論」とかいう本を出すことになり
これが意外と売れて、そしたら何か変わったことを評論できる人はほかにも居ないかと思ってゲロ評論家などを見つけてきたらこれが大当たり
情婦を住んでいる梁山泊という名前のマンションに声をかけた評論家を住まわせて評論家事務所「梁山泊プロ」としてテレビに出すことに
そこからテレビやら何やらで大活躍?するんだけど
反社会的というか異常としか思えない評論をする人ばかりなものだから問題になって最後はドタバタ劇の末、女性陣と息子を残して全員自衛隊に殺されるという
うーん、説明していて訳わからなくなってきた
この人はナンセンスを描く人らしいんだけど
ナンセンスというのは、意味があることを知りぬいてないと書けないわけで
知っているからこそナンセンスという形の皮肉めいた表現ができるわけで
そう考えてみると当時の社会がどんなものか僕はあまり知らないけれど
こういう風刺をされる世の中っていうのはどうなんだ実際
ていうかこの人の発想力と展開の飛び具合は本当にすごいな
うん、ダメ人間ばかりが出てくるというのも好きだ
違うのも読もう -
Posted by ブクログ
20話のショートストーリーからなる短編集。
・ぐれ健が戻った
・碧い底
・きつね
・佇むひと
・姉弟
・ベルト・ウェーの女
・怪段
・下の世界
・睡魔のいる夏
・我が良き狼
・ミスター・サンドマン
・白き異邦人
・ヒッピー
・走る男
・わかれ
・底流
・時の女神
・横車の大八
・みすていく・ざ・あどれす
・母子像
どの話も話を読み進めて、気がつくと自分が不思議な世界に迷い込んでいる事に気がつく。
「世にも奇妙な物語」みたいな世界観。
文章の言い回しがなんとなく古い感じなのが抵抗あったけれど、
短編なので読みやすい。
好きだった話は「姉弟」「佇むひと」「母子像」。 -
Posted by ブクログ
筒井康隆さんが「アホの壁」(新潮社新書)という書をしたためたと聞き、早速読んでみることにした。ベストセラーにもなった同じく新潮新書版の「バカの壁」に比べて、遜色ないどころか断然にこちらが「上手(うわて)」である。遥かにこちら(アホ)の方が面白いし、考えさせるネタを提供してくれている。「バカ」のほうは一段高い地位に己を置いたりすることからくる視野狭窄的観点が難点である。理科系秀才の嫌味がそこかしこに撒き散らされてあり、とても読めた代物ではない。さらに云えば自ら筆をもとらずゴーストライターの手をわずらっていることなど、とても一流の書物とは云いがたいのである。そもそも養老某のあの独りよがりの喋りは不快感のたまものである。不快文化人の筆頭が勝間和代だがそれに続く不快文化人である。こんなものらがベストセラーになるのだから、日本出版界の現状は情けないと云わざるを得ないのである。筒井さんの「アホ」には、アホに対する愛情さえ感じ取られるものとなっており、彼の筆力との相乗効果もあいまって、出色の新書版となっているのである。
それはそれとして、この「アホの壁」には、ブログ、ネット心中、等々のネット時代ならではの現象に対する考察がとても目に付き、行き届いており、とても考えされるのである。これについては後日にあらためて論ずることにしたい。
筒井康隆さんの快作「アホの壁」にみられる共通のキーワードは「エロス」と「タナトス」である。様々なアホの事例を示しつつ、根底に流れる2つのキーワードから現象を紐解いていく。本日はその手法にならいつつ、桜の花見宴会に興ずるアホたちの性癖について分析を試みてみる。
桜の花には人が集まり、そうした衆人環視の中での宴は特別な意味を持つのである。例えばおいらが花見宴会によく参加していた若き頃には、グループの中の誰かが木登りをしてみせつつ、転げ落ちたり、突拍子のない言葉を叫んでみせたりしていたものである。居酒屋の閉ざされた空間でのバカ騒ぎとは異なり、桜の花びらと観衆たちの目に晒されることにより、劇場的なドラマへとワープさせ展開するのである。その原動力となるのがエロス+タナトスという一見相反するエネルギーの協働作用によるということなのであるから、バカもアホも一筋縄ではいかないのだ。バカをアホを侮ってはいけない根拠はエロス+タナトス論の真実性に基づいているのである。 -
Posted by ブクログ
「人間は、考えるアホである、前代未聞の人間論!」と帯にある。『人間の器量』というタイトルでの執筆を依頼されたけど筒井康隆がそんな本を書いても誰も読まないだろうからとこのタイトルに変えた のだとか。内容は人間がどうして「アホ」なことをしたり言ったりしてしまうのか ということをいろいろな角度から考察し検証したもの。かなりの部分がフロイト的解釈によっているので、ちょっと古い感じもする。でもアホであることアホなことをしてしまうことをずっと否定的に語り続けてきたのに最後の最後で「愛おしくなってきた」「素晴らしい」と持ち上げて終わるのってはどうだろ。アホを否定し続けてる内容に否定的な態度で読み続けてきたのにこの最後だと私としては、否定の否定だけどやっぱり否定 ってなってしまうぞ。