伊集院静のレビュー一覧
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ネタバレ何気なく書店で手に取った一冊。筆者が好んだ各地の料理店についても、もちろん記載があるが、そこよりも筆者の為人や(あまり想像も及ばない)店主との関係性を気軽に楽しむことができた。未だ筆者の小説を読んだことはないが、背景情報(かなりの博打好き等)を入れた上で書籍を読むと、また違った楽しみ方ができるのでは、とも思う。
特に印象に残った箇所は以下の通り
・「「おまえ、連絡を何度もしいへんでええで。便りがないのが元気な証拠言うやろう。連絡がなければ、俺の中でおまえはずっと生きとんねん」」(p.70)
・「それでも若い時にだけ、将来のことは見えなくとも、前に踏み出さねばならない時がある。その行動をするかしないかと、後になって後悔すると言う人がいるが、そうではない。後悔などすることはどうでもよくて、大切なのは、そこで踏み出すかどうかは、己の人生の時間を見られるかどうかにある。機を失うと、再び、そういう機会が来るということはまずない」(p.110〜111)
・「「さあ、どうしてなんだろうかね。私にもよくわからない。でもひとつだけ言えるのは、これまで書いたどの小説も、不安というか、果してこの作品は最後まで書けるんだろうかと、ひと文字、ひと文節を手探りで進めて行った方が、何かとぶち当たることが多いのはたしかなんだ。ずっとその理由がわからなかったのだけど、もしかして、不安や恐れの中にしか核心は潜んでないのかもしれないね...」」(p.194)
・「書くしかないんだよ、小説は。とやかく言う前に、あれこれ考える前に、書くしかないのが小説なのである」(p.254) -
Posted by ブクログ
いいエッセイだった。エッセイらしいエッセイを読むのは初めてで、図らずしていいデビューになった。
伊集院静さんは名前こそ聞いたことはあったものの、彼や彼の作品に触れることがなかったので新鮮な気持ちで読む事ができた。非常に面白い方だと感じた。
氏の「いい話」の基準がイマイチわからん。これが理解できたときが大人になったときなのかもしれないとか思った。果たして自分に理解できるのか。
小説家ともあり文体から非常に「小説」を感じる。風情と情緒に溢れた文体と昭和臭い話の内容とのギャップがどこか粋だった。
競馬と酒はどの話にも出てくる。そういった類はだらしないものとばかり思っていたが、突き抜けると逆に見えてくるものもあったりするのか。
僕自身20歳になったばかりでこれから経験する部分が大半であろうから、教訓と言えば教訓となるといったところ。歳を重ねればわかってくるという内容も、もしかしたら多いのかもしれない。
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そういうもんだ タイトルの「ひとりで生きる」に心動かされて手に取った。けれどこのタイトルに触れているのは、最初の第一章の一部だけ。少し思惑と違った。
「一人で生きてるように見える人は、凛として見える。」それはそうだろうが、だから本人が幸せなのかどうかは別問題ではないか?まあ、ただ一人で生きて行く後押しにはなる言葉かも知れない。
全体を通しては著者の何気ない日常のエッセイという感じだが、著者の性格や考え方が良く分かって面白い。信念があり頑固ではあり、言葉は粗暴だが、優しい気持ちも持ち合わせている人柄が垣間見られる。特に飼い犬への愛情は特筆もの。
「そいうもんだ」は良く出てくるフレーズだが、そう言われると、何となく不思議に納得し、安心してしまう。 -
Posted by ブクログ
○内容
筆者の哲学を学べる本。
旅の詳細だったり、筆者と著名人とのエピソードだったりが記されている本。
○感想
かっこいい男の生き方を参考にしたく、読んだ。
身なりにこそ気を遣うことへの大事さを教えてくれる。
ただ、自分は6割くらい読んだところで飽きてしまった。とはいえカジノへ行きたくなる本。
○学び
・カジノで買ったら靴を買う
・"ギャンブラーが勝ちうる金額は、限度があり、それはその人が生まれ持った度量である"
この一文は、心をくすぐられる内容であり、カジノへ繰り出したくなると感じた。
確かに、勝負所でBETできるかどうかは度量を試されていると感じた。ハイリスクをとってこそ得られるハイリターンに挑みたいと感じた。 -
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■前説
伊集院静は説教が似合う。久々に伊集院静節に翻弄され、そう実感。毎年成人の日にサントリーが新成人へ向けた新聞広告のコピーを、長らく務めた山口瞳から衣鉢を継ぐかのように伊集院静が担ったのも納得。山口瞳も伊集院静もコピーライターだっただけに心構えはさらりと、エールは手の温もりを感じるような筆致。
ただ伊集院静が亡くなり、はたして誰が引き継ぐのか。酸いも甘いもを知る人だから言える心得。上から目線からの訓示、大いに結構。毎年読むのを楽しみにしていただけに残念。
■あらすじ
本書は2章構成。第1章は忘れがたい料理と忘れ得ぬ人との交流を語る。若かりし頃、肉体労働をしていた横浜、毎晩飲んだくれていた銀座、競輪の旅打ちでの立ち寄り先、居を構えていた仙台…様々な場所で出会った飲食店と往時の思い出・エピソードを絡め綴ったエッセイ。
料理のコメントは実にあっさりとしたもので、美味いものを出すのは当たり前だろうと、滋味深いだの、馥郁たるだの、堪能なんて語彙は持ち合わせていないかのように素通り。『行き着くところ味覚より人である』という達観から導かれる来店経緯や店主との交流に筆を費やす。
先ず取り上げるのは、旅打ち先の青森の寿司屋『天ふじ』。5日目にしてオケラになり、軍資金が底をつく。滞在中、毎夜立ち寄っていた天ふじで酔いが回り奥座敷で寝入ってしまう。夜明けに目覚めると、枕元に店主が掻き集めた結構な金額が入った封筒が置かれていた。はたして伊集院静は金を懐に入れて決勝戦に向かったのか…。
いかにも伊集院静と思わせるエピソードで、小説にもなった『なぎさホテル』のエピソードを彷彿。出会って間のない人から厚遇を受ける伊集院静。あらためて人たらしな方である。
■総評
1章は数多の食エッセイとは一線を画す、無頼なエピソードが随所に見られ、一遍の短編小説のような味わいを醸す。2章は日々の雑感が主で、テーマがギャンブルになると筆が踊り多弁になる。臨場感に溢れ俄然説得力を増す。
伊集院静の人生観を形作ったのは、明らかにギャンブルではないか…と思うほど、やはり只者ではない妖気を放つ。
伊集院静のエッセイでの語り口って、曖昧さはなく断定。配慮はしても遠慮会釈はない。『俺がそう思い、感じるのだから仕方ないだろ…』って筆は奔放。
例えば、付き合いのある太田和彦については褒める一方で、吉田類にはハンチングを被り黒づくめの服装を指し。胡散臭い御仁であるとテレビ画面の印象をストレートに書き、カイロ大学主席卒業の小池都知事へは学歴詐称の罵詈雑言を浴びせ、ディズニーランドのような人が群れる場所に出かけて行くという行動を戒める発言をする割には、ご本人は競輪場に赴いているという自己矛盾。いよいよ伊集院静もここまで放埒な言い方するようになったのねと苦笑い。
ただ懸命に生きてる人、苦労を抱え込んだ人、一途に何かに打ち込んでいる人への愛情は深く惜しみがない。阿川佐和子の伊集院静の人物評『無頼に見えて律儀。言葉には道理があった』は概ねそうなんでしょう。
まぁ、これが伊集院静ワールドなのである。酒・女・タバコ・麻雀・銀座・ゴルフ・ギャンブル・文壇…昭和の頃には当たり前の情景が語られ、そこに伊集院静を伊集院静たらしめている礼儀・律儀・長幼の序・痩せ我慢が相まって、皆が口を揃えて語る『色気』が立ち上り、『無頼』と呼ばれたのでしょう。
流行作家になってからの伊集院静は、それを逆手に取り、伊集院静を演じていたのかも…と書くと、伊集院静ファンの方に叱られるかな。ご冥福をお祈りします。
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Posted by ブクログ
忠臣蔵という話は幼い頃に祖母が見ていたドラマや
テレビで放送されていた宝塚歌劇、12月になると放送されていた「真実!忠臣蔵!」のようなスペシャル番組で知っていたので本で読もうとは考えたこともなかった。
完全なるジャケ買いというか、忠臣蔵には似つかわしくない題名に、つい手にとってしまった。
大石内蔵助の主君を想う気持ちや家老としての生きざまをしっかり読み込める物語なので、松の廊下の日の場面では史実を知っていながら「こらえて、浅野内匠頭!」と胸がキュッとなった。
浅野内匠頭の切腹から討ち入りまでの日々の赤穂浪士たちの心情や葛藤、本懐を遂げてからの覚悟、一貫して描かれる「汚名を雪ぐ」という志をじっくり読んだ。
生きるはつかの間、死ぬはしばしの暇
大石内蔵助が語ったとされる言葉。
ただひたすらに主君を想い、ひたむきに生きた1人の家老の純粋で、強くしなやかなお話。
そして、48人目を配した読者をうならせる仕掛けに
もっと時代小説も書いて欲しかったと伊集院静さんのご冥福をお祈りします。