伊集院静のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
1.著者;伊集院氏(2023年11月没)は、小説家・作詞家。電通のCMディレクターになり、松任谷由実や松田聖子のツアー演出を手掛けた。その後、作家デビュー。「乳房」で吉川英治文学新人賞、「受け月」で直木賞、「機関車先生」で柴田錬三郎賞、「ごろごろ」で吉川英治文学賞を受賞。また、伊達歩の名で作詞家としても活躍。「愚か者」で日本レコード大賞を受賞。マルチな才能を発揮した。
2.本書;ベストセラー「大人の流儀シリーズ」の中の一冊。無頼派作家が贈る希望・勇気・励ましを綴った。帯書きから「私は、これまでの短い人生の中で、多くの人との別離を経験してきた。・・人は別れる事で何かを得る」。四章・37項目の構成。第一章(10項);月(世の中の肌触りを覚えるには、理不尽と出逢うのがいい・・) 第二章(9項);天(愉しみなさい。・・でもあせっちゃダメだ。) 第三章(10項);心
(・・・哀しみにも終りがあるのよ) 第四章(8項);風(旅をしなさい・・・)。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第一章 月;あれから三十年が過ぎて』から、「自分だけが、自分の身内だけが、なぜこんな目に・・、と考えない事である。気を病んでも人生の時間は過ぎる。明るく陽気でも過ぎるなら、どちらがいいかは明白である。私達はいつもかつもきちんと生きていく事は出来ない。それが人間というものである。悔やむような事もしでかすし、失敗もする。もしかするとそんなダメな事の方が多いのが生きるという事」
●感想⇒「自分だけが、自分の身内だけが、なぜこんな目に・・、と考えない」は良い言葉だと思う反面、時によっては難しいと思います。内容とはズレますが、人は育った境遇が異なるので、「なぜこんな目に・・と考えない」の受止めは千差万別です。例えば、裕福な人を見ると、「私の家は何で貧乏なのだろう」と誰かを怨む気持ちになる人もいると思います。振返れば、私も少年時代に、裕福な家庭を見るとよくそ
う思いました。救ってくれたのが、周りの聡明な人達や読書での偉人の言葉でした。小中学校の恩師からも、励ましの言葉を数々頂きました。「自分だけ不幸だと思ってはいけない。もっと不幸な人もいるのだよ。自分で人生を切り開く気概を持ちなさい。」など。人間は弱い生き物だと思うので、人生の指針となる言葉を与えてくれる人・書物・・に出会い、心の糧にしたいものです。
(2)『第二章 天;そういう人生だったのだ』から、「(2011年3月発生の東日本大震災)大きな地震と、その直後から予期しなかった大きな津波が襲った。・・北上川沿いの大川小学校には、校舎がそのまま残り、慰霊碑と天使の像があった。碑に刻まれた犠牲者の数の多さと、祖父母、両親、子供、孫の名前と没年齢に言葉がない。・・先生と生徒を思っていると、・・・祈るしかすべがない」
●感想⇒日本は地震大国です。1995年の阪神淡路大震災(死者・行方不明;6,437人)、2011年の東日本大震災(死者・行方不明;22,325人)。私は、阪神淡路の時、車で某工場に行く途中で信号待ち。その際、大きな揺れが起き、ボデーに衝撃を感じました。後方車に追突されたと思い、後ろを見ました。追突ではなかったので、すぐにラジオをつけたら、阪神での大地震報道。工場に着いたら、木々がなぎ倒され、屋根が吹き飛び、地震の恐ろしさを身をもって感じました。当時テレビで阪神淡路大震災の映像を見る度に、胸を締め付けられました。東日本大震災では、二万人超えの死者行方不明者。津波の影響が大きいとの事。某テレビ局のアナウンサーが津波で人、家、車・・が流される映像にコメントしていました。「映画の1シーンを見ているようだ」と。無神経にも程があると憤慨です。❝人の心に寄添えない❞マスコミには、❝思いやる心とは何か❞という人間教育が必要です。原子力発電も話題になりました。我国は、経済至上主義を見直すべき、時代の節目を迎えているようです。それにしても、与野党共に気骨のある議員がいませんね。
(3)『第四章 風;人が人を信じるという事』から、「(先生の教え)いいですか、国家は政治家が何かをするのではなく、国民一人一人が正しい事は何かを知る事です。マスコミが正しいと信じてはいけません。マスコミも多くの過ちをしてきたのです。・・人間がいかに愚かで、いかに素晴らしいかを知るのが学問の最初です。・・差別はおろか肌の色も関係のない一つの市民だという考えは、衝撃だった。・・・何人もの教え子に人間として何が一番大切かを教えてくれた人が日本中にいるのだろう」
●感想⇒マスコミ、特にテレビのレベルが落ちています。ワイドショーは視聴率に拘り、テーマ選択やコメンテイターは人気取りで競争状態。あまり有益とは思えない番組が増えたと感じます。私は、娯楽以外は、テレビを見ません。世の中の動向やモノの考え方に関する情報は、新聞・雑誌・書物・先達から得ています。「教え子に人間として何が一番大切かを教えてくれた人が日本中にいる」に関しては、私も、恩師・上司・祖父母・・から教えられました。「自分の境遇を嘆かず」「仕事は世の為、人の為にする」「人の恩義を忘れたら、畜生にも劣る」等。会社に入社した時の上司はこう言いました。「我が社の強みは、マニュアルには書いていない。先輩が後輩に仕事の意義と心を伝える事だ」と。私の解釈は、「マニュアルにあるhow-toではなく、モノの考え方を伝える」でした。解答はなく、各人が知恵を絞るテーマでしょう。
4.まとめ;「大人の流儀シリーズ」は、無頼派と言われた、伊集院さんのエッセー。苦難や悲しみに出くわした際に、どう行動すれば良いかのヒントをたくさん提示しています。本書は、別離をキーワードに、読者に希望、勇気、励ましの言葉(ヒント)を豊富に綴っています。上記の3点の他にも、「自分が人生を決め、そこに向かって歩き続ける」など、有益な言葉の数々。本書を読み終えて、某作家の言葉を思い出しました。「喜び、悲しみ、怒り、寂しがり、そして笑い、そういう風な感情が出来るだけ幅広く、活き活きと豊かにある人の方が人間らしい」。私は、素直に❝喜怒哀楽の情❞を表し、❝人の気持ちに寄添う情❞を大切にしたいと考えます。(以上) -
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伊集院静(1950~2023年)氏は、在日韓国人2世として山口県に生まれ(その後帰化)、立教大学文学部卒、広告代理店シマ・クリエイティブハウス、電通勤務後、作家に転身し、1992年に『受け月』で直木賞、その後も、柴田錬三郎賞、吉川英治文学賞、司馬遼太郎賞等を受賞。2011年に出版した『大人の流儀』は、その後シリーズ化し、ベストセラーとなった。二人目の妻は夏目雅子、三人目の妻は篠ひろ子。競輪、麻雀をはじめとしたギャンブルにも造詣が深く、「無頼派作家」と呼ばれた。紫綬褒章受章。
本書は、初出はダイナースクラブの会員誌「シグネチャー」の連載「旅先でこころに残った言葉」で、一部再編集し、加筆、改題の上、2013年に出版され、2017年に文庫化された。
内容は、長年公私を問わず旅をしてきた著者が、題名の通り、旅先で出逢った言葉や、旅先で思い出した言葉を、エピソードを添えて書き綴ったエッセイ33編をまとめたもので、旅先は、多くが、著者が美術館や画家の出身地を訪ねる旅を続けていたフランス、スペイン、イタリアで、他にアメリカ、スコットランドなどである。また、「言葉」は、必ずしも著名人による著名な言葉(いわゆる「名言」)ではなく、著者の家族や友人、旅先でたまたま出逢った人による言葉が多い。
私はこれまで、著者の作品では、『伊集院静の流儀』、『旅人よ どの街で死ぬか。男の美眺』、『無頼のススメ』等、何冊かのエッセイ集を読んできて(小説は読んだことはない)、同性の男から見ても惚れ惚れするほど恰好がいいが、一方で、シニカルとも、達観しているとも受け取れるような表現に、僅かな違和感も持っていたのだが、本書に収められたエッセイは、いずれもとても真っ直ぐで、読後感は清々しくかつ温かなものであった。
紹介されている言葉はいずれも印象的であったが、その中の幾つかを挙げると以下のようなものである。
「この言葉は 私たちの身体の一部ですから」・・・スコットランド/アイラ島で、宿の女性老主人が、自らの母語であるゲイル語について、たどたどしい英語で、しかし毅然として語った言葉。
「その美しい洗濯物を見て 息子を預かっていただこうと 決心しました」・・・元サッカーのフランス代表のジダンが、14歳のときに、家を離れてカンヌのクラブチームに入ることになったときに、それに反対していた母親が、ジダンを預けることになる家の奥様がジダンのユニホームや衣服を丁寧に洗い、きれいに折り畳んで持たせてくれたのを見て、語った言葉。
私は、旅をすることも、文章や言葉を読むこと・書くことも好きだが、いずれも満足させてくれる一冊である。
(2025年3月了) -
Posted by ブクログ
苦難に立ち向かわなければならないとき。人に優しくありたいと思ったとき。どうしようもない力に押し潰されたとき。自分のふがいなさが嫌になったとき。大切な人を失ってしまったとき。とてつもない悲しみに包まれたとき。こんなとき、大人ならどう考え、どう振る舞うのだろう。 ...
……
伊集院静さん。昔から読んでみたいと思っていた作家さんです。この本はエッセイなのですが、なんとも破天荒で正直で素朴な人柄なんだなと。
自分の考えをしっかり持っていて、へつらうことなく、忖度されない。
こんなふうにハッキリと意思を伝えるエッセイって、私は初めて読んだ。なんとも、小気味いいではないか。笑
最後の章で、奥様だった夏目雅子さんの亡くなるまでのお話があったけど、やはり辛いですね。
あのキラキラした方が、最期そんな風に闘病されていたんだなと思うと、切なくなりました。
素敵な女優さんで、好きでしたね。