伊集院静のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
少し前に伊集院さんのエッセイ集を読んで、同氏のことを「かっこいい大人」と評していました。その思いは亡くなられて少し経った今も変わりはありません。この本は亡くなられた後に編集された、他の作家さん達の追悼文が収録されたエッセイ。
若くてなりふり構わず生きていた頃、家族を失った時の喪失感、酒とギャンブルに溺れたこと、震災で多くの悲しみに向き合わざるを得なかったこと。伊集院さんは人として向き合わざるを得ない喪失感というものを否定せずそのまま受け入れ、より多くの人たちに希望を授けるようなメッセージを残してくれていた。周りの人達への気配りができる人であった。やはり、芯がぶれない人なのだ。
この作品には角田光代さん、池井戸潤さん、朝井まかてさん等々、著名な作家さんが追悼文を寄せいている。
皆さんが評している伊集院さんの人間としての大きさ。直接接することが出来た人も、その作品から滲み出る人間性を感じた人も、やはり皆さん、伊集院さんに対する印象は大差なく、、、
この本を読んで伊集院さんから教わったことがある。(p147−148)「人生の目標というよりは、生きることの証し、標のようなものが必ず見つかる。下を向いちゃいけない。見上げないとダメなのだ。私は六十を迎えたとき。仕事を三倍に増やした。六十を迎える前からそう宣言し、実践した。」・・・「慣れてしまえば、当人に残るのは「まだまだできていない」という思いだけだ。」
何だか納得してしまいました。真似てみたい。 -
Posted by ブクログ
昨年亡くなられた伊集院静さんのエッセイ集。作品中の様々なシーンでかなりご自身の本音が語られている。この切り口で語られるエッセイが今後読めなくなってしまったのは悲しい限りです。
昔から「カッコいいな!」と感じる大人の人たちがいました。例えば、古くは(というか、自分が青年の頃?は)司馬遼太郎さん、池波正太郎さん、石原慎太郎さん、曽野綾子さん等々。
人によっていろんな見方、ご意見があると思います。私には少し憧れに似たような、カッコいい大人として見えていました。思えば自分自身の親以上の年代の方々でした。二回り以上お年上でしょうか。自分自身が作者と同じ意見なのかどうか?生き方に共感を覚えるのかどうかといったことには関係なく、こういった雲の上の人たちの作品やエッセイ等に結構のめり込んだモノです。時代の動きを感じることもできました。
そして、自分が社会人になった頃、前述の皆さんに加えて、ちょうど一回り前後年上の世代に椎名誠さんや伊集院静さんがいらっしゃり、「かっこいい!」と思ったモノです。実際の自分自身の生き方と比べると全く異なる世界に生きておられるのだけれど。そして真似をしようとは思わないのだけれど、とにかく「カッコよかった」。その生き方に憧れのようなものもありました。
伊集院さんは私にとって「かっこいい」、「憧れていた」、「大人」でした。「酒」「ギャンブル」という観点では、私自身の生活からはかなりかけ離れた??ハチャメチャナ生活を送りながらも素晴らしい作品を残してくれた。
「大人の流儀」シリーズなどのエッセイに心が癒されたことが何度もありました。
かっこいい大人がまた一人、、、寂しい限りです。
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Posted by ブクログ
2016年初版。著者に対する知識は、夏目雅子さんの夫だった方・篠ひろ子のご主人であること。ギャンブル・お酒が、大好き。きっと女性にもモテる方なんだろうと言うだけです。先日、亡くなられたと言うこともあり、読んでみました。読後感としては、私の先入観どおりの方だなあと認識しました。今は死語かもしれませんが無頼な生涯を全うされたのかなあと思えました。今は、こんな生き方をする方は、あまりいないのかなあ。今後も、あまりいないのかなあと思います。私は若い頃、憧れていた生き方です。全然違う生き方をしていますが。無頼な生き方をした方のようですが、文章の端々に優しさやユーモラスな部分も溢れています。こういう大人は記念物のようになるんでしょうね。
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Posted by ブクログ
先日、惜しくも亡くなられた伊集院静さん。この大人の流儀シリーズは、週刊誌で掲載されているエッセイをまとめたものですが、その時々の社会的な出来事や、伊集院さんの身近に起きた出来事を、氏の無頼派的な目線でバサッと批評するのが受けたのか、人気のシリーズですね。
本作はコロナ期間中に書かれたもの。愛犬との別れと重なって、いら立ち、寂しさを感じさせる内容が多かったです。
ご両親に厳しく躾けられたという伊集院さん。自由で無頼派的な生き方の中にも、人として筋を通す品格のある生き方はカッコよかったと思います。エッセイ中心にしか読んでいなかったので、小説も読んでみたいと思います。 -
Posted by ブクログ
1.著者;伊集院氏は、小説家・作詞家。電通のCMディレクターになり、松任谷由実や松田聖子のツアー演出を手掛けました。その後、作家デビュー。「乳房」で吉川英治文学新人賞、「受け月」で直木賞、「機関車先生」で柴田錬三郎賞、「ごろごろ」で吉川英治文学賞を受賞。また、伊達歩の名で作詞家としても活躍。「愚か者」で日本レコード大賞を受賞。マルチな才能を発揮しています。
2.本書;本の帯にある言葉です。「人は誰でも別れ、離れ、ひとりになる。そして、誰にも静かな時間がやってくる。喧騒が消え、孤独が友となる。一人の時をじっと味わう。人生、こんな楽しみもあったのだと、気付く」と。四章構成で著者の考えを35項目綴ったエッセイ。「第一章;過去を振り向いたところで」「第二章;苦しい日々もいつかは」「第三章;ひとりもいいもの」「第四章;大切な人」。シリーズ合計で、200万部超えのベストセラー。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第一章第7項;孤独と不安』より、『私は若い頃、教師にこう教わった。「良い本、良い小説は、一度読み終えてから、十年後、二十年後に読んでみると、初めて読んだ時には発見できなかったものを見つける事が出来る」人が生涯で何度か読んだ小説は、やはり良い小説なのだろう。・・・人も書も、接する側の成長によって見え方、読み方が違うからかも知れない』
●感想⇒読書の目的は、三つあると言います。❝①職業人としての専門知識を得る ②現代人としての時代の風潮や傾向を知る ③自分の生きる糧となる❞です。中でも、❝③は、自己形成の土台作り(考え方や生き方)❞になり重要と考えます。沢山の知識を習得した所で、陳腐な人生観・世界観では、如何なものかと思うのです。❝自分が選んだ良書を多く読んで先人に学ぶ事❞です。「人が生涯で何度か読んだ小説(本)」はそんなにはありません。私が良書と思う本の書評です。❝人間は強い意志さえ持ってれば、どんな逆境に陥っても、そこから必ず這い上がってくるものだ❞。良い本は、個人の生い立ちによって異なり、各人各様です。人生の糧となる本に巡り合える喜びを噛締めたいものですね。
(2)『第三章23項;大人の男』より、「大の大人の男が、銀座のバーのカウンターで一時間半もの間、どこそこの店が美味いとか、裏メニューとか、アホ女優がお忍びで来るとか、果ては会社の経費で食べられた、と品性の欠けらもない話を延々と出来る事が、オカシイと言うより、そんな事を知っている事が君達の人生に何を与えてくれるんだ?」
●感想⇒若者3人の話です。バーテンダーが、伊集院氏の前に来て、「お席移られますか?」と訊いたようで、余程酷かったのでしょう。バカ話で盛り上がるのは分からないでもありませんが、TPOを弁えられない人達ですね。私も時よりそういう場面に出くわしました。キチットした身なりの若者達が、上司に対する愚痴・低レベルな芸能人の噂話・・・にうつつを抜かしていました。友人知人と酒を酌み交わしながら、高尚な話でなくても、時事・趣味・家族などの話題の方が刺激になると思うのですが。所で、最近はデジタル化の浸透で、新聞を取らない、読まない人が増えているそうです。若い頃、上司から「日本経済新聞をとって、会社に来る前に目を通してきなさい」と言われました。仕事の仕方は言うに及ばず、人間としてのあり方に関するアドバイスをしてくれた上司には、感謝あるのみです。師と言える人でした。
(3)『第三章27項;不器用なほうがいい』より、「新人が応募する文学賞の選考会へ選考委員として参加する事が続いて、私が、これはと推した作品がことごとく落選した。・・・受賞作は分かり易くて、むこう受けしそうな作品だった。小説が以前より読まれなくなって、読者を広げるには、そういう類の作品がイイのだろうが、小説は何かの答え、結論を見つける為にあるものではない。むしろ逆で、答えがない、もしくは答えが見えない点が、何度も同じ作品を読む行為につながる」
●感想⇒「私が、これはと推した作品がことごとく落選した。受賞作は分かり易くて、むこう受けしそうな作品だった」。伊集院氏のような作家がいて安心しました。文学賞の裏では、人脈や金銭が動くと耳にします。真偽の程は分かりませんが、当たらずしも遠からずでしょう。今は亡き作家、S氏の逸話です。某文学賞の審査委員だった頃の話です。氏は審査の時に「金銭で受賞作品が左右される審査は出来ない」と言って、自分のコサージュを外し席上において退席したそうです。伊集院氏にもそうした気骨を感じ、拍手喝采です。次に、最近の小説に関する感想です。確かに読み易いと思いますが、立ち止まって考えさせられる本が少なくなりました。加えて、過去に読んだ本に比べ、言葉を辞書で調べる事も減りました。大江氏や遠藤氏の本は難解ですが、深慮する事が多く、読み答がありました。
4.まとめ;本書冒頭の言葉です。「人間には一人になる状況が否応なしにやって来て、一人で生きる事と向合わねばならない事が、実は大半なのだ」。人間は、生まれる時も死ぬ時も一人です。その間の人生で諸々の人に出会い、交流し、喜怒哀楽します。当然に目標を定めその達成にも刻苦勉励骨身を惜しまず努力するでしょう。成功してもしなくても、良いではありませんか。プロセスが大切です。頑張った自分を褒めようではありませんか。そうした中で、いつかは一人で生きる事になります。現代は、戦争の恐怖や高齢化等の難題を抱え、将来の展望が見えず、私達を脅かしています。それでも生きなければなりません。一人になったら、読書で先人と会話し、楽しみを見つけたいものですね。(以上) -
Posted by ブクログ
この小説は、夏目漱石の一生を書いたものだけど、あの夏目漱石を持ってして、最初からその人生がひらかれたものではなかったわけです。
優秀な学生ではあり、エリート街道を走っていきますが、子供の頃はまわりから期待や愛情を注がれてきた子供ではなかったということ。優秀な学生となったからこそ、道がひらけたけれど、案外、その後も語弊を恐れず言えば、漱石の人生は定まらない。
学校の先生になるものの、そこで学生の不勉強さに辟易して、徐々にそこに距離を置き、絵を描いたりする中で見出したのが、小説だったということ。驚くことに、学校の方を辞めて、小説家に目指すあたり、過去の“ミチクサ”のおかげで、どんな道を歩もうとも、そこには道ができていくことがわかっていたのか、それまでの常識などにとらわれず、その道を選んでいく。
人生で大事なことを彼の生き方は教えてくれている気がします。
大事なのは生きること。生きているなら、行動すること。行動するなら、とことんやり抜くこと。違うと思えば、周りに流されず、自分自身に問い、答えを出して決断すること。
ここに集約されるような気がします。