千早茜のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
もっとこの世界観に浸っていたくて、わざとペースを落として読んだ。★4〜5で迷う。
離婚というとネガティブに捉える人も多いと思うけれど、必ずしもそうではない時代になってきてると思う。とくに女性にとっては。諸々の手続き云々の苦労は置いておいてね。
離婚からの疲弊や解放感だけではなくて、そこから始まる新しい生活。登場人物ではマキさんと由井くんが好き。まりえにとって甘えられる、親子ほども年の離れたマキさん(私のなかでは夏木マリさんのイメージ)。その言葉で心に残ったものが2つ。
“「知っている関係におきかえなくてもいいのよ。どんな人との関係も初めてのものなんだから。かたちなんてないの」”
これは当たり前のようでいて、改めて言葉にされるとはっとした。
“「前に話したでしょう。あたしは離婚したくないから結婚しないって。うちの男にはね、安心なんかしないで、ずっとこっちを見ていて欲しいの。繋がらないことで繋がりを感じていたいのよ。そんな我が儘を通せることがあたしの矜持に繋がっているんだから」”
そんな少女のようなことを言うのは、何十年も前に悲しい出来事があったからだそう。でもその悲しさを共有できる相手は“あの男”しかいなくて、“あの男”にとっても“あたし”しかいないのだと。その出来事はうっすらと想像し得る気もするけれど、その内容や関係については、他人には一切踏み込ませない。その気高さがかっこよかった。
最後の金原ひとみさんとの対談もよかった。対談のなかで、江國香織『シェニール織とか黄肉のメロンとか』の一節が出てきて、お〜!と嬉しかった。私もそのセリフを覚えてたから。
そして、やはり千早茜さんの小説は五感を刺激してくる。匂い立つ、色鮮やかにみえる、感覚が研ぎ澄まされるような文章。ほんとうに落ち着く。ハマるね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ新聞の書評欄で紹介されていたので読んでみた。千早茜という作家の事は何も知らなかった。調べてみたら、2023年に直木賞も受賞している。
シングルファーザーにより育てられた藤子は、大学生の時、突然、父親を事故で亡くし呆然自失としていた。そんな折、突然父の友人で、藤子を幼いときから知る写真家、広瀬全が現れる。広瀬は藤子を食事に誘い、浄水器を直し、腐った麦茶を捨てるなどとして、正常な生活に戻してくれる。
藤子はまだ処女でどうやって異性と付き合うべきか分からずにいる状態であった。やがて、写真家である全は、まっさらな藤子に惹かれ、藤子は全の魅力に取り憑かれ二人の間に性的な関係が成立するようになる。
そしてしばらく経つと、全がいなくなるのだが、その後現れた全の妻から全は癌におかされていて、メキシコで死んでいたことを告げられる。また、裸体の藤子の写真集として出版されることの同意を求められる。
恋愛とは何か、二人の肌の間に隙間がなくても、二人の精神の間には埋めようのない隙間があることをこの作品は語っている。藤子の中で全は青春の
一幕を飾った恋愛対象であり、全にとっても人生の最終コーナーで溺れたのが藤子であった。また、末期癌である自分が藤子と暮らすことができないのだから、その関係が成立している瞬間を写真として残していったのである。
作者から人生は過ぎ去るが、その日その日を大切に記憶するようにというエールをもらったような気がした。 -
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餅とチョコレート。
白くて、やわらかくて、素朴なもの。
黒くて、甘くて、ときに濃厚なもの。
こんなにも対照的なふたつの食べ物を、
ここまで愛情たっぷりに語れるなんて。
「好き」という感情は、
それだけで立派な読み物になるのだなぁ。
『しろとくろの偏愛』千早茜
千早茜さんが愛してやまない
<餅>と<チョコレート>について綴ったエッセイ。
タイトルの「しろ」と「くろ」は、
もちろん餅とチョコ。
……なんて潔い偏愛なんでしょう。笑
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千早さんの小説を読んでいると、
言葉の選び方や描写の美しさに
いつも惚れ惚れするのだけれど、
エッセイを読むと、
千早さんって、日常の過ごし方そのものにも
なんだか品があるなぁと思う。
同じものを食べても、私なら
「うまい!もう一個!」で終わるところを。笑
千早さんは味や香り、舌触りだけでなく、
そのときの風景や記憶まで丁寧に描き出していく。
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そして何より、餅への情熱がすごい。
「そんなに餅のこと考える?」と思うくらい、餅。笑
理想の餅を求め、
食べたいと思ったときにはいつでもどこでも食べる。
その潔さを読んでいると、
好きなものに対してここまで素直でいるのっていいなぁと思う。
<偏愛>って、 なんだかいい言葉ですよね。
みんなに理解されなくてもいい。
自分だけがわかる「好き」を 大事に抱えている感じ。 -
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ネタバレ全さんの最後の女がなぜ藤子なのか。
父親を亡くした友達の娘に同情あるいは面倒をみるため?
自分の娘のことを重ねて見ていた?
全さんの周りにはいない素人っぽさに惹かれた?
写真家にしか分からない藤子の特異性に?
それともたまたま?
全さん視点の物語も読んでみたい。
私の予測は『たまたま』です。
余命宣告をされたタイミングで、藤子の父親が亡くなり、身寄りのなくなった藤子が全さんに惹かれ、全さんは余命を藤子と過ごすことを決めた。
タイミングが重ならなければきっと藤子のあの夏は訪れなかった。
『たまたま』ゆえに燃え上がるのであって、
順当な流れで成立するような男女関係ではない。
人は偶然の流れに運命を感じる。運命と感じたらあとはのめり込むだけ。
自分もそういう経験があるので、作者はそこを伝えたかったんじゃないかな。 -
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ネタバレ3.7
感想が難しい。好きな系統という視点では全然はずれてた。こういう恋人の枠にとらわれない大切な人ってストーリーだと流浪の月とか。正直、不倫とか、年の差とか全然好きじゃないから、読むのに時間かかったし、別に心動くとかそういうことも全くなかった。
大学生が近所のおじさんと過ごす中で恋するって話。
おじさんは写真家で余命ありのがんを患っている。
最後に主人公と出会って、その若さ、生に触れて、写真に残す。おじさんは仕事の中で恋愛をするタイプ。写真を撮るためなら何でもするのだろうし、主人公は搾取されたのか、されてないのか。どちらか分からない。本当に主人公に魅力を感じてのめりこんでいったようにも見えるし、根底の人間性としては冷たい人間だろうから被写体としてだけ見ていた可能性は高い。
でも娘と同い年くらいの子と恋人関係になるというのがなんかキモいとても。
客観的に見た正論を言うなら、無知な若い女とキモイおじさん。でも、おそらくそれも客観的に見たもので、本人たちからしたら輝いて見えるのだろう。
作中、自分の恋愛は綺麗で他人のは汚いという言葉が出てくるが本当にその通り。
おじさんは妻がいるとも別れたともはっきり言っていなかった。だから不倫しているつもりは本人にはなかったのだろうし、恋に気づいた時にはもう引き返せなくなっていたのだろう。友達から聞いたら、馬鹿すぎるとなるような話だが、そういう正論だけでは生きていけないのが人間なのか。
ゲイの友達が出てきて、普通じゃなくてもいいということを伝えて来る感じがあったが、ゲイと不倫はまた違うと思うし、私は少なからず逸脱した人生を送ろうと思えないからこそ、理解に乏しい。