千早茜のレビュー一覧
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直木賞にしては、個人的に読みやすいと感じた。闇を書けば書くほど生を感じる1冊 というあとがきに納得。
あとは、女性の複雑な感情(父性と憧れ、 愛情とライバル心の狭間みたいな)の描写が上手いのかも。女性としてのキャリア面でのやりきれなさ、その一方で家庭を持てる満足感 とか。400年も前を舞台にしてるはずなのに、なぜか親近感がわく。
そして、女性体と銀山洞窟を一緒と見立てたのがすごいな。。。改めて考えると共通点が多くて考えるほどエロさを感じる。どうやってこんな発想に至ったのか。。。
・掘り進めて探し当てる、でも掘り進める側が死ぬ
・respectが無いと悪い結果(死/無)となる
・冷たさと温かさ
・離れられない
とかとか。。。 -
Posted by ブクログ
もちろん恋愛模様だったり男ともだちについての定義だったり30の節目での仕事への向き合い方だったり..いろいろ着目する点はあるけれどシンプルに食事の描写や新幹線,路面電車や駅など、黄金の雪景色や大晦日,桜など季節ごとの情景、煙草,コーヒー,紙袋,着信履歴などお洒落するなど生活感のある描写が最後までずーっと続くのが心地よかった。
千早茜さんの作品は好きで、『男ともだち』もずっと積読していて他の本を読み進めているうちに映像化の予告を観てしまい、読み始めた頃にはハセオは完全に成田凌で想像してしまったのでキャストが明かされていない時に読んでいたら自分の中のハセオはどんな声で、表情で、佇まいだったのだろうと少し後悔、、ただ成田凌は元々大好きな俳優さんなのでもちろん上映されたら観に行きます。京都行きたいなあ。 -
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「ページをめくるたび、文字の奥から微かな香りが立ち上ってくる。もともと言葉とは遠い場所にあるはずの、姿を持たない、香り、と名付けられた空気の揺らめきが、文字を追う視覚よりもずっと繊細に伝わってくる。言葉の意味を越えて、嗅覚が際立つという稀有な体験をさせてくれる小説である」まさにその通りだと思った。
読み進めていくうちに心の奥深くから沸々と湧き上がる感情があった。興奮でも悲しみでも何かに強い共感があったわけでもない。ただ、沸々と。感情に名前がつけられなかった。すごく不思議だ。
感動したわけでもない。悲しんだわけでもない。ただ小説の中の人物たちに流れる時間はしごくゆっくりで、かなり落ち着き、シンとした空気が流れているが、その様子を1番近いところで見届けたい、ページをめくる手が止まらない。そんな感情だ。
それでも香りだけは1ページ目から最後の1行まで鮮明に感じ取ることができた。嗅いだことのない香りもあるはずなのになぜかわかるような気がした。それが妙に心地よかった。
それはもしかすると、私自身が日常生活の中で香りを頼りに生きているからなのかもしれないと感じた。柔軟剤を嗅げば何歳の時に使用して、どんな出来事があったのか全て鮮明にフラッシュバックしてくる。顔は思い出せななくても、人の行動や発した言葉、当時の感情、全て蘇ってくる。この小説の登場人物たちと同じように思い出したくないものまで。
柔軟剤だけではない。街中である口臭の人とすれ違えば私は自分の暗黒時代をフラッシュバックしてしまう。これは登場人物の一香と同じではないか?目を逸らし事実を受け入れきれていないのか?その人が何か言葉を紡ぐために口を開くたびにコーヒーと甘ったるいタバコの臭いが混ざったであろう腐ったコンポタージュのような匂いが漂ってくる。当時の私はほとんどの確率で鼻の空気の通り道を意図的に塞ぎ口から酸素を求めたものだ。決して気づかれることないよう。
もしかすると私自身も香りに執着して生きているのではないか?だから香水を好み、自ら良い思い出とお気に入りの香水とを選択して、己の海馬へ永遠の記憶として刻みこもうとしているのか?
それは果たして良い選択なのか?そもそも意図的にそのような行動をすることは悪なのか?
興奮を「昂奮」と記したり情景を想像しやすい香りの説明だったりと千早茜さんの書く文章はとにかく綺麗で澄んでいる。なぜか夏を描いていてもこの小説の中ではどこかひんやりした場所があって爽やかな風が通っている。私はそこが気に入ったのかもしれない。
また読もう。 -
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まず手に取って、イラストかわいい、装丁素敵!とテンションあがりました。
紙や印刷にも高級感がある。前半の餅は白、後半のチョコは少しチョコレート色を感じさせる紙になっていて、紙自体も厚め。遊び紙も前後2枚ずつ入っていて、とても凝った造りになっている。色や手触りもよい。本文の内容も千早さんなので同じくこだわりがあって読み応えありそうと期待が高まる。
千早茜さんは、細やかな感性と、それを物語へと昇華し、さらに美しい文章へと言語化して、ひとつの作品として構築する才能を、神様はよくぞ与えてくださったものだと思っていたけど、この作品を読んで好奇心、好きなものや興味のあるものへの貪欲さ、探究心と行動力も素晴らしいんだなと感じた。作家になるべくしてなった人なのだと思う。
餅もチョコレートも、とにかくこだわりと知識と愛がすごい。だけどクスッと笑ってしまったり愛嬌あってサクサク読めてしまうのだ。さらに千早さんの文章力が加わるとありありと風味や食感など五感に訴えかけられて手に取りたくなる。食べたくなる。買いに行きたくなる。
どっちもスーパーで売っている市販のものをそのまま食べても十分おいしいから、わざわざ専門店やデパ地下で買うことはふだんはほとんどないのに。
こんなに奥深くこんなにもたくさんの種類があるとは知らなかった。千早さんが味わっている餅とチョコレートの世界は私のそれとは全然違った。次元が違う。
そして最後は不覚にもほろりと。
チョコレートを食べられるということは、平和だということなんですね。
このまま続けて、明治の100周年のチョコレートのアンソロジー本も読みたくなりました。 -
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『マリエ』を手に取ったのは、「離婚って、幸せになるための選択なんじゃない?」という一文を見かけたことがきっかけだった。ちょうど大切な人と別れ話の最中で、私自身「別れること=悲しいこと、不幸なこと」だと思い込んでいた。だからこそ、離婚というさらに先のフェーズさえも「幸せになるための選択」になり得るのかと気になり、ページをめくった。
物語の中で特に私の胸に刺さったのは、「私の幸も不幸も私が決める」という一節。
作中でマリエは、孤独死した昔の知り合いが周囲から勝手に「不幸だった」と決めつけられることや、自分が離婚したときに「大変だったね」と同情されることに、世間一般の考えと自分の感覚のズレ、そして「気持ちの悪さ」を覚える。その違和感からこぼれ落ちたこの言葉は、今の私の状況と痛いほど重なった。
私自身、周りから否定されて、決して手放しで応援されるわけではない状態にいる。世間の物差しから外れていると言われるたびに、これでいいのかと不安になり、つらさを感じていた。けれど、マリエのこの言葉に触れ、「幸も不幸も、他人が決めることじゃない。私が決めるんだ」と思えたとき、縮こまっていた自分の心をようやく許せたような気がした。周りに何を言われようと、私は自分の決めた選択を積み重ねる人生にしたい。そう強く背中を押された。
その一方で、作中で描かれる結婚や恋愛、条件をめぐる人間模様には、正直なんとも言えない複雑な気持ちになった。誰もが自分の心のよりどころを必死に探していて、その姿を見ていると「人間って、どこか生々しくて汚いな」とも感じてしまう。
それでも私は、心のどこかで「世間一般の考えのように、結婚して、子供を産んで、温かい家庭を築くことで幸せになりたい」という願いを捨てきれずにいる。打算や綺麗事だけでは語れない人間の弱さやずるさを突きつけられながらも、それでも自分がどういう幸せを掴みたいのかを、改めて考えさせられた。
世間が描く「正解」のレールから外れたとしても、あるいは王道の幸せを願うとしても、最終的に自分が選んだ道を「幸せだった」と言えるかどうか。それこそが人生において一番大切なことなのだと、『マリエ』は教えてくれた。誰かのためでも、世間体のためでもなく、自分の手で幸も不幸も選り取っていく。そんな覚悟を胸に、これからも自分の人生のハンドルを握りしめていきたいと思う。 -
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離婚後の楽しい話なのかな?と思って読み始めたら、思った以上に現実的でグサグサくる話だった。
子どもがいなくて、仕事もあって、自分でそれなりに稼いでいる。それなら離婚したって、お金があれば自由に生きられるんじゃないかと思う。
でも、実際はそんなに簡単じゃない。
老後を一人で過ごすこと。
婚活。
年下の恋人との不安定な関係。
誰かと一緒に生きるなら、何かを妥協しなきゃいけない。かといって、一人で生きることにも寂しさや心細さがある。なんで人生って、こんなにうまくいかないんだろう。
現実って難しい。
そして読んでいて思ったのが、マリエさんみたいに生きられる人って、実はそんなに多くないんじゃないかなということ。
マリエさんには自分で生活できる仕事や収入があって、子どももいない。
もし子どもがいたら、離婚したあとも自分の気持ちだけで人生を決めることはできない。
経済的なことや子どもの生活、元夫との関係……考えなきゃいけないことは、もっと増える。
だから「離婚して自由になった!」なんて、そんな単純な話ではないんだと思う。
それでもマリエさんは、何かを選ばなかった。
結婚することも、再婚することも、誰かに人生を預けることも。それはそれで、いいな!と思えた。
読んでいて楽しいのに、現実がどんどん浮き彫りになってくる。
でも最後には、
「あたしもマリエさんみたいに、もう少しゆるく生きてもいいのかも」と思えた。
人生に、これが正解っていう選択肢はないのかもしれない。
だったら、無理に何かを選ばなくてもいい。
自分なりのペースで、ゆるく生きていくのも悪くないのかも。
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よ(良)ぉ、、、、、。
めちゃくちゃ、わかる。
そう言うと、人格を疑われそうで怖いけど、めちゃくちゃ、わかる。
きっと僕も何かが、欠けている。
でもハセオはその一歩先にいて、おそらく全ての行動は、カンナを大切に思っての自覚的なものなんだろうなと思う。
どこか野生的で、でも美しい、と思う。
正しいことが、間違っていないとは、限らない。
あなたにとっての間違いだって、その人には必要不可欠なものなのかもしれない。
うん。
そうだよな、みんな違うもんな。自分自身、そこに自覚的に生きていこうと思ったし、もっと他者のことを慮れるような余裕ある人間になりたいなと思った。 -
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見返りを求めないスタンスでいたはずで、だからずるいとか悔しいとか寂しいとか思っちゃダメで、でも思っちゃう自分を卑しく感じて…本当に恋をした人の心の行ったり来たりがなんてリアルなんだ。触れたい、抱きたいって言葉が淫靡さを保ったまま切なく使われる感じがたまりません。また写真ってのが憎い。美しいその一瞬を切り取って残し続ける残酷さ!
30ほども離れた歳の差の傍から見たら歪なひとつの恋愛だけど、本当に恋をしたことがあれば誰もが藤子に共感してしまうような
恋をする前の自分にはもう戻れない、と言うけどきっとそれは成長のひとつと分類してもいいんじゃないかな。新しい感情を獲得したことを喜んであげたいなと。
千早さんの言葉の選び方が好き。
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香りは記憶の『嘘』と『真実』を見抜く
シリーズ3作目。『燻る骨の香り』とは。
10年前に遡る、朔と京都の『瑞雲堂』の真奈。
暴かれる『嘘』と『真実』。
すべて香りが纏い、残された人たちの心の隙間にスルリと入る。
香りを嗅いだその人の記憶をたどり思い起こす。
朔の言う「嗅覚は呪いのようなもの」「誰かと楽しめるわけなどない」
喜怒哀楽が潜んだ記憶。
香りに敏感であればあるほど記憶のフラッシュバックが蘇ること。
真奈や父、親族からすれば嗅いだ記憶は果たしてどんな香りだったのだろうか。
その時その時嗅いだ香りを向き合わなければならない時に真奈は妹の丹穂が持つ『嘘』と『真実』が苦いものだったとしても、前に進まないといけないということだったのかもしれない。
今まで出会ってきた本の中で、本に香りがついてるのかと思うぐらい、ほのかに感じる香りを漂わせる物語で、とてもおもしろかったシリーズでした。
それが人間の記憶の不思議。五感の一つ、嗅覚が呼び起こすもの。
自分の人生で香りを感じることは様々な場面であっても、香りが好きと言ってる中でもなぜ好きなのか嫌いなのかまでの判断がつかないけども…。
記憶が蘇る程の香りに出会った時に、私は前に進められるのだろうか?