美樹本晴彦のレビュー一覧
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ネタバレ 購入済み
映画見てきました。
中学時代に近所の図書館に稀にしか借りられず、読み漁っていたガンダム小説。この閃光のハサウェイだけはなかなか見つからず、読まずにいました。その後、悲しい結末であることを知り、キャラやモビルスーツを知りながらも読むのを避けてきていました。映画化されると聞き、先週見に行って、読んでみました。やはり、小説を読んで映画のあの場面の言動の意味はこういうことなのかとわかる楽しみを思い出した。例えばハサウェイのホテルを後にした後の「夕方の便にしようかな」の言葉、映画では何気ない一言、ただ意味のある一言だあることなど、奥深さは小説読んで初めてわかるところ。また来週2回目見に行こうかな。久しぶりに楽しめたガンダム映画で中、下巻も読んで、映画を見に行こうと思う。
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ネタバレ最終巻のテーマは友情。上巻のテロリズムと移民、中巻の恋愛と比べれば随分地味な気がしないでもないが、本書で描かれたハサウェイとケネスの素晴らしい読後感だった。
“「いや、マフティーがはっきりとした戦いの目標をかかげても、そんなに人を殺していれば、いつかはマフティーが生贄になるなって、そう思って……」”
(富野由悠季『機動戦士ガンダム――閃光のハサウェイ(上)』角川書店〈角川スニーカー文庫〉、1989年2月28日初版発行、206頁より引用。)
と上巻でケネスに対して正直に語ったハサウェイは、早くもその運命を辿ることになる。しかし、その死には卑屈さも惨めさもない。多くの人々に敬意を抱かれながら、自らの運命を従容として受け入れ、戦士に対する礼を以て銃殺されたテロリスト、ハサウェイ。上巻の感想文で述べた通り、その姿にはチェ・ゲバラのようなものを感じる。
それと、本書で良かった点は、富野監督がハサウェイをニュータイプとして描かなかったことであった。「ニュータイプにできることなんて人殺しだけですよ」と語ったカミーユ・ビダン、「子供はみんなニュータイプ」ということで始まって収拾がつかなくなったZZ、よくわからない理屈で地球に住んでいる人々の大量虐殺を図った逆襲のシャア。チェ・ゲバラのいう「新しい人間」(革命後のキューバには、実際にはこのような人間類型が育たなかったことは周知の通り)という概念並みに曖昧模糊としたニュータイプという言葉に引きずられて、ガンダムはよくわからなくなっていったという感が私には強かったため、ハサウェイを特にニュータイプではない人間として、なおかつ魅力的な人物として描き、そして物語に破綻がなかったことは素晴らしい。
“’「……ぼくは、まえにニュータイプといわれた人びとに会ったことがある。彼等は、年齢に関係がなく、大人社会にくいこんでいったけど、いい結果を手にいれられなかった。それに、ぼくには、ニュータイプ的な才能はない……となれば、地球を中心にした体制にふくまれている毒をとりだして、根源的な問題を、人類のすべてに認識してもらうためには、こんなことしかできないな」”(本書41頁より引用)
ハサウェイが「こんなことしかできない」と語る「こんなこと」の内容は、テロ組織マフティー・ナビーユ・エリンによる地球連邦政府の閣僚暗殺を中心とした一連のテロ活動である。本書のラストではハサウェイが神話化された救世主(正に史実のイスラームの救世主マフディーである)として語り継がれていく展開が示唆されているが、本書の一番素晴らしい点は、「ニュータイプ」といった概念で偶像化されがちな「救世主」ではなく――それは現在の神話化されたゲバラの姿である――一人の人間が革命家として立つときの、こんな人物は実際にいそうだという姿を、リアリティを以て示したことではないか。映画の公開が待ち遠しい。 -
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ネタバレ劇場版「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」とは同じ舞台をテーマにした、別の作品。
作者である富野由悠季氏は、「あとがき」の冒頭で「映画を本編とすれば、本書は、モチーフ小説と位置づけられるもので、本来、発表されるべき性質のものではないでしょう。」と言い切っている。
最初に「あとがき」から読んだので、作者の意図することや彼の伝えたかったこと、試したかったこと、映画ではできないことをしたいこと、が何だったのかわかった上で読むことができた。
劇場版を観た上でお読みになる方には、是非「あとがき」から読んでいただきたい。
この作品でアムロとシャアの織りなす、宇宙世紀の物語は終わる。
そのことを改めて実感したいがために読んだ。
富野由悠季という人が、その終わりに伝えたかったことは何だったのか、をすべて知ることはできないけど、その一面を垣間見ることはできたのかなぁと。
余談:どこかのこの作品のレビューで「アムロが父親になることは許されなかった。主人公が父親になることを許されるようになったのは、ドラゴンボールの孫悟空以降」と読んだ。確かにそうなのかもしれない。 -
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Life「動員と革命〜10万人で何をしようか」に投稿した「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の参考資料は、映画・劇場版ではなく、この小説版「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア - ベルトーチカチ・ルドレン」です。
初見の際あまり感じませんでしたが、「革命」への糾弾、そして「近代の徹底・近代の超越」論的に対する思いを、Lifeへの投稿です。
あとがきに作者(富野由悠季)かいてる「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の【原作】ではなく【モチーフ】と書いておりており、サブタイトル(?)あるベルトーチカは映画では出てません、
無論、映画も見ましたが、引用の台詞の書き起しも小説版です。(小説と映画に台詞の比較はしてません。) -
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ネタバレマーモ公国の公王となったスパーク。風の部族と炎の部族との対立に頭を悩ませるスパーク。風の部族の騎士アファッド、ウッディンの反乱。単身乗り込み説得するスパーク。妖魔の銀の鉱脈を求めての捜索。ダークエルフの兄弟との出会い。闇の森から現れる魔獣たちに対抗するためアラニアの森に住む魔獣使いエレーナの説得にあたるスパーク。セシルの同行。マーモの人間と自分の笑顔のために同行を承諾するエレーナ。エレーナの活躍により徐々に成果を上げる魔獣狩り。ヒュドラとの戦い。マーモ皇帝ベルドの遺児レイエスを皇帝としてマーモ帝国を復活させようとするヴェイル。
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ネタバレ『炎を継ぐ者』
炎の部族ダレスの死後、族長となったナルディア。邪教と手を組んだことで窮地に陥っていた炎の部族。邪教の神官戦士団を追放することを決めたナルディア。ナルディアの従兄弟スパークを誘拐した神官エズード。砂走りの巣に馬に乗せられ放たれたスパークの救出。
『魔獣の森』
ナダールの村へ説得に向かった帰り道に森に迷い込んだセシル。森で出会った魔獣を支配する謎の少女エレーナとの出会い。魔獣を操る術を会得した導師グージェルミンの娘エレーナ。グージェルミンの弟子ランディス。マーモのために魔獣を支配しようとするランディス。解放された魔獣。
『暗黒の島の領主』
太守シャダムが留守中に発見されたウィンドレスト城の隠し通路。自分の立場に思い悩むスパーク。地下のマーファ神殿でニースとの会話。隠し通路の中での亡霊との会談。マーモを最初に統一したブルネイ王の亡霊。
『生命なき者の王』
マーモ奪還を図るヴェイル。死者の王となったバグナードへ協力を求めるために女たちを献上する。ヴェイルの野望を阻止すべく動く妹のミネア。生贄にされる女性たち。バグナードを倒したと思ったミネアだったが・・・。 -
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ネタバレアニメは小学校の頃に見たし、劇場版も見ていたから知っていたけど、ラストシーンに近づくにすれてバッタバッタと登場人物が死んでいく。
でも、ラストはアニメ版とも劇場版とも異なっていた。
富野由悠季がガンダムで伝えたいことって何なのだろう?
根底としてあるのは、いつでも人種差別問題。アースノイドとスペースノイド。母なる星に住むアースノイドは、宇宙へ暮らすスペースノイドを見下す傾向にあり、その反発が戦争に変わる。戦争を起こす両者に正義があり、そして協調がない大人たちは両者が互いに敵となる。
それと、その戦争に巻き込まれる少年。その少年は少年であるがために、純粋な子供気持ちがあり、また大人たちに現実を突きつけられて、その狭間で足掻いていく。足掻きながら新しい道、人が建前でなく直感的に理解し合える、分かち合えるニュータイプという存在に覚醒していく。
しかし、結局はそれも戦争の道具として消費されて消えていく。誰かの記憶に残りながら。
現実と理想と可能性、そして相対的に見れば変わらない、しかし、絶対的に見えれば革新している、そんな現実をイメージさせようとしているのかな。
飛躍しすぎ?
内容は十分に面白かった。
エゥーゴ、ティターンズ、アクヒズと互いに牽制し、策略を企て、三つ巴の戦いになっていく。
その最終戦で次々と死んでいく。悲劇の主人公ジェリドも最後にニュータイプに覚醒したように思えるが、それに上回る急成長を遂げたカミーユに無残にも敗北する。
カミーユなどの兄貴分であったアポリー中尉も戦死。カツも脱出ポッドに攻撃され、潰されて死亡。エマ中尉も死亡。エマ中尉が「まだ恋をしていない」と死に際に思ったことはアニメ版や劇場版では読み取れなかった。
戦争中に 「・・・みんな死んでいく・・・。こんな死に方・・・嬉しいのかよ!満足なのかよ!誰が・・・誰が喜ぶんだよーーーー!」 とカミーユが叫べるのも大人に成りきれていない、戦争に利用されているためなんだろうな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこのレビューに辿り着くということは、貴方はよほど熱心なガンダムファンか、あるいは熱心な富野信者でしょうか。
であるなら、本作のストーリー・面白さ・悲劇性・あるいは富野成分の濃さ(笑)については、今更解説する必要はありませんね。
本当に、誰も救われない話です。登場人物がその無慈悲な運命に翻弄され蹂躙されるような話は、私の好みですが、この「閃光のハサウェイ」はかなりキツい。下巻にてハサウェイが捕縛されてから処刑執行までの展開には、辛くなって何度も本を閉じてしまいました(結局また開いてしまいますが)。
ハサウェイが辿る人生の軌跡は、かつてのシャア・アズナブルを彷彿とさせます。恵まれたニュータイプの資質を持ちながら(本人たちは謙遜していますが、ことMS戦闘においてはシャアもハサウェイも優秀なニュータイプといえます)、不思議な少女と出会い、悲しき別れを経て、革命を志しテロ組織の首魁となりますが、やがて破滅的な最期に向かって転がり落ちていった…
こんな風にまとめると、二名は同じ轍を踏んでいます。明らかに著者の意図したところでしょう。歴史は過ちを繰り返すとはいいますが、これではあまりにやるせない。
ハサウェイとブライト・ノアのすれ違いも、今作の無常感を高めていますね。ブライトについての描写は控えめですが、撃墜されたガンダムを眺める時の台詞などでストーリーを引き締めているし、ハサウェイ処刑後のノア一家についても、あえて書かれないことが想像力を掻き立てます。
それにしても、今作を書き上げた時富野氏はどんな心境だったのでしょうか…日々明るい気分だったら、こんなストーリーにはなりませんよ。ララァ・スンとかギギのようなスピリチュアル少女をよく出させるのも、考えあってなのか、ただの好みなのか、気になるところです。本当に面白い人ですね。
ガンダムと長く付き合っていてまだ未読の人は、是非手にとってみてください。きっと、あなたのガンダム観をより広げてくれると思います。