新渡戸稲造のレビュー一覧
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ネタバレ昔の人は良かった。新渡戸稲造のように、人の在り方を問う言葉を吐いてくれる人いたから。今は何を自身のバックボーンにして世の中を生きていけばよいかわからない時代だと思う。小手先のテクニックを使ってうまく生きる方法を書いた本は多くあるが、またそういう本が売れているのも事実だが。報酬以上の務めとういう章にこう書かれている「世の中を生きていくには報酬以上の仕事を行う心がけなければ報酬分の仕事はできないと思う。つまり金を払ってもできないくらいの仕事を行う物でなければ、払った金も多すぎるような気がする」真摯に仕事に取り組む事の重要さを教えてくれる。
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Posted by ブクログ
【グローバルな文脈で日本人の精神性を語ろうとする執念/新渡戸稲造の熱量】
・大学時代、「何で日本人はハラキリ/自殺するのか?」「日本人は主張しないけど何考えてるの?」と問われ続け、自分なりに理論武装を試みて読んでみるも当時はいまいちピンと来ず自分のものに出来なかった
・少し歳を取って『菊と刀』を再読して腹落ち感が高まったことに気付き、武士道も再読してみたところ、やはり当時と感じるものが全く違って面白かった
・大学卒業後、仕事等を通じて上・下両方の世代の価値観や背景にある経験や思いに触れたり、伝えることの難しさやもどかしさを経験してきたからかもしれない
・日本人の価値観を外国に少しでも理解してもらおうと、引用・対比を宗教~文学・哲学まで縦横無人に行う姿勢に凄みを感じる
・「分かるだろう!?分かってくれぇー!」という新渡戸稲造の声が聞こえてくるようだった。笑
・例えば、
>運命対する沈着/服従/死への親しみー仏教
> 正義の道理ーキリスト教、シェイクスピア
> 礼の考え方ーヒンズー教
> 忠義ーソクラテス
> 刀ーマホメット
> 武士道の精神性ーコーラン、等・・・
・流石に無理があるのでは?と思う強引な引用に笑ってしまったり、次第に説明が熱を帯びてきて止まらなくなる彼の思いを感じたり、少し引いた目で読んでも楽しめた -
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武士道 新渡戸稲造
元々世界に向けて文徳と武徳からなる人としての道を極める古くからの慣わしであり
明治期における軍部とは一線を引く道徳観を著したモノである
この本は英文で書かれたモノを現代の日本語に訳したモノである
読みはじめて最初に武士道と武士とかサムライと言う意味合いが違うことを感じた
武士とかサムライと言う言葉は庶民にも根付いた文化であり
男女に共通する潔さとか内面に秘めた決意であり魂である
武士道は源平のころから起こったのであろうが社会と関わる中で作られた外付けの信頼関係であろう
徳川幕府の政治と共に育てあげられ
神道や天皇と深く関わる精神性であると同時に生活に根差した約束事である道徳の基本でもある
武士道は西洋の騎士道(ドンキホーテ)に通じるモノだろう
この本は西洋の文化やキリスト教と比較しながら紐解いているのが特徴と言えるだろう
ここで気になるのが「愛国心」と言う
権力側が作り上げた矛盾多き洗脳である
国家と言う時の権力組織に「情」を感じるのはありだけれど
「愛」と言う無限環境の言葉を持ち込むのは
とんでもない間違えだと気づくべきだ
国家だけではない神社組織や天皇という
現人神に対しても同様である
例えば「母子」の間でさえ情を省いて愛することは難しい問題だ
母性性に対しては客観性を持って向き合えるけれど
感情を秘めた母と言う肉体に対して
無心に愛せるかというと微妙だろう
母が子に対しても対等に愛せるかと言うと無理な話だ
一人の母に二人の兄弟がいたとしてどちらかを選ぶことはできても
エコ贔屓なく暮らせるとは思えない
それが男女の二卵性双生児だとして考えてみればわかりやすいかも知れない
封建制度であれ資本主義であれ共産主義であれ独裁であれ
為政者が無私で正直で義務を重んじ精力的で謙虚であるべきだとビスマルクが言っていると言う
しかし歴史を見る限り有史以来逆の流れが続いている中で
シリアのタガフィ大佐やウルグアイのムヒカ大統領やアメリカのジェファーソン大統領
日本で言えばかまどの煙で有名な仁徳天皇など多くの民主的政治家がいたのも事実だ
読めば読むほど武士道が権力側の洗脳装置であり
武士の魂とは真逆にあるモノだとの認識に至る -
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その感情移入は殆ど崇拝の域である 「義」の精神を幾ら机の上で学んでも_自分よりも強い暴漢に怯えて実行出来なければ無意味である 吉良の首を取った赤穂浪士達は高輪泉岳寺の内匠頭の墓前に報告した 人間の闘争本能の底には…もっと貴くて美しい_「愛する」という本能があるのだ 新渡戸は、敢えてこうした西洋の読者が興味を持つであろう「フック」を沢山織り込んだのではないでしょうか。西洋人が日頃親しんでいる文化との類似性を感じさせる事で、極東の国、日本について理解して貰おうと試みたのでしょう。 言語化されていなかった日本人の精神性を、異なる文化の人々が理解出来るよう工夫して語った新渡戸の手法は、世界中にインパクトを持って受け止められました。
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ネタバレ1938出版。文章も当時のままで書かれたものなので読みにくいのではあるが、あえて当時の文体で読むことで、武士道の当時の捉え方が伝わってくる。
新渡戸稲造が英文に→英語を 矢内原 忠雄が日本語に訳すと言う、ラウンドトリップなのであるが、太平洋戦争前なので、この武士道思想が日本の軍国主義に大きな影響を与えたのはやぶさかでないだろう。
切腹や仇討ちついての詳細な記述もあり、読んでいると時代劇のシーンはフィクションではなく、150年前ぐらいまではあのような切腹があったということで、そんなに前の話でもないのだな、とぞっとしてしまった。明らかに精神性は今の日本人と武家では異なっていたのだ。 -
Posted by ブクログ
読んでいる中で、今や日本人が忘れ来つつある徳目だなと思った。何が正しいのかわからず、何を信じていいのかもわからず、何のために生きているのかわからない。武士道とは改めて日本人としての誇りを認識するのにとても良いと思った。
闘うにしても、弱く抵抗しない者とは闘わない、闘う時はフェアであること。
敵に塩を送る。何に対して戦うのか目的がはっきりし、敵でも困っていれば助け合う。
弱みに付け入らないことがカッコ良いなと思った。
いくら義があれど、鍛錬なければ実行できない。
忠義のためと思っても恐れ慄いては意味がない。だから文武両道。
勇気があっても、犬死には意味が違う。
今の現代人、私も含め社会に流されて生きていく中で、やりたいことだけやる、やりたいことはやらない。自分のためだけに頑張り、見返りを求める。時代がそうなのかもしれないが、なんて自分勝手な人間なんだろうと感じる。
せっかく日本人として生まれて素敵な文化を持っているのだから、武士道の精神論をもっと学んで体現して、未来に継承していかなければなと思った。
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武士道という士農工商の士だけが持つ思想をあたかも日本人全体が持っているように書いている。さすがに、日本人共通の観念とすると無理がある。1899年刊行とすると黄禍論の頃か。野蛮な黄色人種ではなく知性ある文明人としての日本人を紹介したかったからこのような文章になったのだろうか。賛美に恥ずかしくていたたまれない気分になる。四民平等になり、1877年の西南戦争で武士は農民に敗れた。それも集団行動も駆け足も行進もできなかった農民兵にだ。農民が日本の大多数なら農民が持つ思想こそ、日本の思想として紹介すればいいのに。でも当時の外国人受けを狙った本としてはこれでよかったのかもしれない。
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Posted by ブクログ
本書の持つ歴史的意義は、少なくとも2つある。1つは、サムライが往来で兇器となる刀を差しやみくもに人を斬る好戦的で野蛮だと思われていた当時の西洋人の誤解を解消したこと、そしてその武士道論を通じて日本的思考の枠組みを日本人として初めて英語で世界に問うた日本文化論だという点である。
新渡戸は、武士道の体系を義、勇、仁、礼、信(誠)、名誉、忠義の順で解説。各徳目の詳細は本書に譲るが、それぞれの関係性は、智仁勇が義を支え、信が礼を支え、義と礼が忠を支える構造となっており、徳目の最上位にくる忠は武士自身の名誉と恥を重視する他律的な行動規範が基本となる。
さらに本書では、武士の教育、切腹と仇討ち、刀、女性の教育と地位なども解説されており、初めて日本人に接した多くの外国人が、礼儀正しく貧乏でも幸せそうな民族と賞賛した理由が明かされる。
独自の規律と勤勉で形作られた当時の日本人の素晴らしさは、現代人から見てもさもありなんと納得。
敗戦後はグローバルスタンダードなどと闇雲に欧米を追従する癖がついてしまっているが、もっと自信を持って、日本民族らしい独自の美意識と価値観を守っていく選択肢も考慮すべきではと考えさせられた一冊でした。