新渡戸稲造のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
■感想
仏教とか神道とか興味ありますね
絶対と自分を調和させる、いいですね
座禅やってみたいです。体験してみたいですね。
汝自身を知れって真理過ぎるだろ
知識というものは、これを学ぶものが心に同化させその人の品性に表れて初めて真の知識となる、ということ
→その通り過ぎる、知識として手に持ってるんじゃなくて、自分の自然の行動として表れて初めて意味を持つ敵なことだよね。
息をするようにできるってことだよな。
知行合一
高校生の時もこれってマジ大事!って思った気がする
絶対思ってたわ
貴族(力あるもの)を商業から離しておくことはある程度ごうりてきなのかもしれないな
お金持っている人が強い社会になっているもんな
これが当たり前じゃない世界もあるってことだ。
封建制度にも一定の合理性があるんだわ
ちょっとわからないけどさ
侍は本質的には行動の人であるからだ (第10章)
有機を養うのに役経つ場合に限って必要とした 知識は
もし1年で辞めるとするならば、目標とかどうでもいいし、評価とかどうでもいいんだから、
自分がやりたいことベースで考えたほうがいいんじゃん?
やる事やって、やりたいことだけやって、やめちまった方がいいんじゃねえの?
とか思ってたりするわけです。
日本人はほかの民族よりもはるかに多くの朝に何倍ももの度とに感じやすい性質をもっていると
→そんなことあるんかな?繊細な心キビとかは大事にしているんかな、わびさびとか
でももっと欧米とかは素直にすごいと機や楽しいときは喜ぶし、感情を表に出していくよね
こうしないと自分の気持ちにどんどん気づかなくなっていくと思うんだけどそれとはまた違うのかな
って思ったら次に書いてた
自然に発する感情を抑えようとすること自体が苦しみをともっているからである。
感情を顔に出すのは男らしくないとされた
→俺はこれをかっこいいとはもう思わないよ
感情を出していくやつの方が絶対かっこいい。素直に感情出せるやつの方がかっこいいんだから
思想隠す技術
→何でこれがいいんだろうか?
日本人にとっての笑いは、逆境によって乱されたこことの平衡を取り戻そうとする努力を、うまく隠す役目を果たしているからである
つまり笑は悲しみや怒りとのバランスを取るためのものなのだ。
→わからんでもない
逆に出さないから
その心の機微に気が付けるみたいなこともあるかもしれないね
その気持ちを詩にしたりとかして、違う表現方法に頼ってきたって言うのはあるかもしれないね
でもそれは表現方法の違いに過ぎなくて、日本人が感じやすいかって言われたらそうではないだろうっと思うよ。
絶対出していった方が良いもん
ポジショントーク多い
聞きたないねんそんなの
日本人の過度に感じやすく、激しやすい性質についても、私たちの名誉心にその責任がある。そして外国人からもよくして切れるような「日本人は尊大な自負心をもっている」という言葉も、これもまた名誉心の病的な行き過ぎによる結果であると言える
→自負心持ってるか?よくわからん。
人の目を気にして自分の物事言えない人の方が多いと思うんだけど。
それは自負心とは違うのか?
理想は自己を磨く宗教
→これは本当にそう、何か目指すべき像があるからこそ力が湧いてくるのであって、無いと何をすればいいのかわからない
結局、何を信じるか。何をしたいか。どうなりたいか。だ
それは自分の内面から出てくるものであっても、与えられるものであってもいいんだ
後者であればとても楽だ。宗教が無い日本はとても不親切といえるかもしれないな。
何も秀でないことを強制される。何も考えないことを強制される日本は優しくないかもしれないな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ新渡戸稲造といえば1代前の5千円札の人物です。
国際人として知られ、晩年では太平洋戦争の回避に奔走しましたが、道半ばで病没した悲劇の人でもあります。
本書はその新渡戸稲造が残した自己修練の指南書とも呼べるもの。
個人的に、今の時代にあってこの類の思想書は異彩を放っていると思います。
なんというか、目先の利益を追わず、相対的な成長に見向きもせず、ただただ正しい道を行く信念を堅持し、絶対的成長を追い求める姿が際立っています。
孔子や佐藤一斎、安岡正篤など、外の評価に惑わされずに内なる成長を説くこのような思想に触れると、とても勇気づけられます。
その中でも新渡戸稲造の『修養』については、より身近なテーマを取り扱っているので、『論語』や『言志四録』を読んでピンとこない人にあってもとっつきやすいのではないかと思います。
本書を手元におきつつ、日常での仕事や生活の各場面で本書の内容を思い出し、ほんの少し高い視座で行動する、その積み重ねが重要ではないでしょうか。
一つ残念なのは、本書は新渡戸稲造の原書ではなく、丹羽宇一郎さんの解説が差し込まれた編集版だということです。
(うーむ、やはりネットで買うとこういうことが起こってしまうんですよね。。。)
まだ原書にあたってはいませんが、本書はビジネス書のような体裁を備えています。
各所で小見出しが設けられており、重要箇所は太字で表現されています。
個人的にこの手の本は(難解な外国語で記されていない限り)原書にあたるべきだと思います。
というのは小見出しも太字個所も、それが原作者(新渡戸稲造)の手によるものではなく、他人の意図が反映されたものだからです。
本書においては丹羽宇一郎さんの編集なのでしょう。
少なくとも重要箇所というのは赤の他人に教えられるものではなく、自分で感じ取るものでしょう?実際に太字以外の部分でも、私の胸に刺さる箇所は少なくありませんでした。
そういう意味で、本書の体裁に大きな抵抗を感じます。
上記編集が役に立つとすれば、原書を読み解く時間がなく、細部にはこだわないので大要のみを短時間で把握したい場合でしょう。
(実際に本書を完読するのに2時間もかかりませんでした。)
上記のニーズを持つ方にとっては有用な一冊ではないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
武士道と生きてきた日本人たちのの実例集
日本人が何を大事にしてきたか、それらをどう発揮してきたかを実例を交えながら解説している。
西洋の文化から見ると異様な光景でも、東洋の考えではよくあることだし、
深く考え本質を探れば似た要素もある。
武士道の要素を解説する中で、いろんな西洋圏の人の本を持ち出しながら同じ感性を持つと伝えている。
そんな日本人紹介本
義:道理に従い、ためらわず決断する心
義理:厳しい監督者、ムチを手にして怠け者に役割を果たさせる存在
勇気:生きるべきときに生き、死ぬべきときにのみ死ぬ
義がすぎると硬直的となり、仁がすぎると弱さに溺れる
礼:他人の気持ちを思いやる心の現れ、物の道理を正しく尊重すること
儀礼とは目的に到達する最適法を長く考えた末に生まれた。
最良の道とは、効率的であるとともに優雅である。結局は労力
・時間が節約される
江戸時代では富と権力が分離されていた。
武士の教育とは、叡智・仁愛・勇気の三本からなる。
価値がないわけではなく、測れないからこそ、精神的な労務は金銭で報われるべきではない
日本人はこの時代感情的すぎて激しい性質だった。無礼な言葉に耐えられない -
Posted by ブクログ
■全体として何に関する本か
本書は新渡戸稲造氏が、1908年から1912年までの間、雑誌「実業之日本」の中で、働く青年向けに連載していたものを纏めて本にしたものである。本書が現代語訳され再度出版されることになったのは、東日本大震災という危機を多くの若者達に乗り越えて欲しいという願いによるものである。熱心な教育者として知られ、当時の国際連盟の事務局長まで務めた新渡戸稲造氏が、どういう考えの持ち主だったのかを知るのに適した一冊である。
■何がどのように詳しく述べられているか
本書は「人が逆境に立たされたとき、どのようにして乗り越えてゆくべきか」について書かれており、大きく分けて「①キリスト教の考え」と「②逆境の善用」の2つの方法がある。
①キリスト教の考え
氏は熱心なキリスト教徒であったため、本書にはキリスト教の話が多く登場する。「天は人間をひどい目に合わせるものではない」という考えに基づいて、今の状況を逆境と感じていたとしても、それが永遠に続くものではないので、順境が来るのを信じて耐えるべきであるという考えである。
②逆境の善用
逆境は避けるだけではなく、むしろこれを善用することを氏は勧めている。逆境を精神の修養に役立てるのである。身をつねってこそ人の痛さを知れというように、逆境に陥りそれがどういうものか知った者でなければ、本当の人情を知ることはできない。氏によれば「武士はもののあわれを知るといい、これを知らない者は本当の武士ではない」という。
■その本は全体として真実か、どんな意義があるのか
本書の考え方は現代を生きる若者にとっても、非常に参考となる素晴らしい考え方であり、今から100年も前に書かれたことには驚く。しかし、私自身は本書の考え方はある程度身についていると感じている。
実は私は、昨年の8月に少々無理をしたため、体調を崩してしまったことがある。仕事は何とかやり抜いたが、しばらく他のことは何もできず、気力さえ失っており、正に逆境そのものであったが、幸いにも乗り越えることができた。私が乗り越えることができたのは、ただ、この逆境が続くはずが無いという希望を持つことができたからである。
私自身、この逆境から本当に多くの事を学んだ。それまでほとんど病気というものをしたことがなかったため、病人や弱者の苦しみがあまり理解できなかったが、この出来事を切欠に大きく変わった。以来、自分の仲間や大切な人には、無理だけはしてほしくないと思うようになり、自分に関しても健康管理を大切な仕事と位置づけて日々を過ごすようになった。また、人生が有限だという事を病気によって強く自覚することができ、以前より人生に燃えられるようになったと感じている。あの出来事は私にとってはとんでもなく厄介な逆境であったが、今となれば得たものの方が多かったと考えている。本書を読みながら、ちょうど1年前の私に起きた逆境を思い起こしていた。
本書の考え方には大いに賛成できるのだが、今まさに逆境にいる者にとって、氏の言葉が伝わるのかは疑問である。仮に昨年の私が本書を手にしたとしても、氏の崇高な考えを受け入れることはできなかったであろう。本当の逆境にいる者に「ポジティブに考えたらいい」や「逆境を活かせばいい」と言ったところで、とても受け入れられるものではない。心に傷を負えば癒す時間が必要であるし、最終的には、本人の気力で乗り越えるしかないというのが私の考えである。もちろん、周囲の人達のフォローや愛情などは、本人が気力を取り戻すためには役立つが、これらは本などの媒体で補えるものではないと考える。本書は、今、逆境にいる者には、考えが崇高すぎて受け入れられないかもしれない。
■一番面白かったのはどこか、なぜ自分は面白かったのか
本書で、徳川家康の遺訓「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくがごとし」が引用されている。氏の解釈によると、「重荷を負うことは大きな苦しみである。それも一時だけ背負うなら大概の人にはできるだろうが、重荷を背負ったまま遠くまで行くことはとても苦しいことだ」としている。
多くの若者が夢ややりたいことに燃える瞬間があるであろう。誰でも、そのための重荷を一時だけは全力で背負うことができる。しかし、その重荷を背負ったまま遠くまで歩み続けることができるのは、ほんの一握りの人達だけなのであろう。その一握りの人達が逆境を越えて、自分の終着点までたどり着くことができるのだ。私自身も逆境を一時は乗り越えることができたが、今後も数多くの逆境に出くわすことは避けられないであろう。逆境を過度に恐れる必要は無い。どんな逆境に陥ったとしても、決して重荷を放棄することなく、歩み続けていきたいと強く思う。