新渡戸稲造のレビュー一覧
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小宮一慶先生著書からのリファレンス。全然、想像していた内容と違っていた。ノルマン人支配下のイギリス、ウィルヘルム二世配下のドイツ、はたまたギリシア神話にいたるまで深い欧米の歴史に関する知見をして、飽くまで武士道の輪郭を客観的に浮き立たせていきます。この書籍の序文が書かれた1899年の約10年前、新渡戸博士はベルギーの法学者ド・ラブレー氏と数日過ごした折、日本の学校に宗教教育がないことに驚かれてしまう経験があり、以降の葛藤が本書著作のきっかけであったと述べられています。
これが誰に当てられた著作であったか。そう思いを巡らせてみれば、他ならぬ日本人であることに理解を得ながら世界に出ることを求められる我々に、後輩への愛情を込めてあてられたものだと確信してしまう内容でした。 -
Posted by ブクログ
新渡戸稲造「武士道」について書く。今回読んだのは1899年にアメリカで出版された新渡戸稲造「武士道」"BUSHIDO The soul of japan"の現代語訳だ。訳者は人間学の講師を生業とする岬龍一郎氏だ。本書の正式なタイトルは「いま、拠って立つべき"日本の精神" 武士道」であって、日本の精神が強調されているのは原著の題名にある"The soul of japan"を訳したものだと思われる。本書が描かれた歴史的背景だが、明治維新から30年程度の年月が経過して、日本の国際的地位が固められる最中だった。しかし永続主義や封建主義を続けていたにも関わらず、革命に端を発してみるみるうちに進歩していく、日本の特異性に世界が目を向けた時期だ。その後の日露戦争で日本は白人国家であるロシアを破り、黄喎論という形で人種的な偏見を受ける羽目になる。当時本書が出版された際は非常に好評であったそうだが、そうした偏見が強まるにつれて本書も侮蔑の対象とされた。武士道は自虐的であり、日本人は生来の残酷的な本能を抑制できないとまで語られた。しかし侮蔑の対象になるということは本書が描いた戦前の日本人の気質というのは、まさに概ね正しかったということだろう。それにしても驚愕したのは、本書で描かれる武士道は、全てにおいて我が家の祖母にその影が見えるという点だった。それもそのはずで、祖母は武家の出であるから、幼少期からの教育や気質が異なるのだろう。しかしその気質は子供たちには引き継がれていない。また、本書の卓越した点として、西洋哲学と比較している点も面白い。武士道のみに注視するのではなく、より相対的な思想として、観念として説いているため、本来なら日本人の特異性を示す根拠にはならないだろうに、偏見というのは恐ろしい。最後に少量だけ描かれた訳者の解説は、解説にしては主張の激しいものであったが、昨今の裏金騒動の中で聞く分には心地よかった。歴史的な資料であるだけでなく、内容も非常に素晴らしいものだった。
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Posted by ブクログ
春に一気に咲き誇り、潔く散りゆく桜を見るたびに、読み返したくなるのではないかと思います。
本書を手に取ったきっかけは、本村凌二さんの『教養としての「世界史」の読み方』の中にあった「古代地中海世界に一〇〇〇以上あった都市国家の中で、なぜローマだけが大帝国になり得たのか。十九世紀後半、欧米列強が植民地化を進めるアジアで、なぜ日本だけが植民地支配を免れ独立を保つことができたのか。」という問いです。その問いに対する一つの仮説として「ローマでは「父祖の遺風」、日本では「武士道」という、精神の柱とでも言うべきものがあったからではないか」と提示されており、興味を持って手に取りました。
また、新渡戸稲造が本書執筆のきっかけともなった「宗教教育なくどのように道徳を授けるのか?」という問いも、問われてみれば確かに自分たちのことでありながら不思議なことだと感じ、読んでみた次第です。
欧米人向けに書かれた書物だけあり、野蛮で危険だと捉えられていたサムライたちの精神性や、刀や切腹の扱い方などについて、ヨーロッパの哲人や詩人たちの言葉なども豊富に引用しながら相手に理解しやすい概念として説明されています。
それにより、日本人である私もまた、読んでいて海外の思想や文化と比較・相対化しながら日本文化を捉えることができました。
新渡戸稲造は、本書の中で武士道は当時流行ったベンサム・ミルよ功利主義や唯物主義を重んじるデモクラシーの中で消える運命にあると書いています。名誉や道徳よりも金銭的利害が重きが置かれ始め、その流れは確かに止まることなく現在に続いていますが、私は自分自身や身近な家族の中に、知らず知らずのうちに武士道精神のようなものが行動原理として残っているのを感じます。
また、「このまま欧米流のやり方に則り続けて良いのだろうか?」という違和感が、実際に政治や会社経営、仕事観や人間観・組織観においても噴出し始めていますし、特に経営において今一度日本的経営のあり方が見直され始めているのは、脈々と私たちの精神に息づく武士道と無関係ではないのでしょう。
改めて私たちは何を大切に残していきたいのか深く考えながら、目の前の当たり前を疑い、日々の営みを見直していきたくなる一冊です。