田房永子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2021.1.27
エッセイかと思って借りたら漫画だった。
もう、ザクザク刺さりすぎて、その通り過ぎて、こんな社会に生きてるのか…と絶望しかなくて、読むのが本当にしんどかった。
見たくなかった、知りたくなかったことに蓋をして生きてきたけどよく考えたらひどいことっていっぱいある。はぁ、生きることってしんどい…。
でも、ネットとSNSで少しずつ、少しずつ今まで声を上げられなかった人たちが声を上げ始めていることに希望を持ちたい。
私たちの時代はまともな性教育を親からも学校からもしてもらってなくて、これから性教育も、ジェンダーについても、息子にどう教えていけば良いか悩みます。
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ネタバレ 購入済み
誰も教えてくれないことを
私も妊娠中の性欲が強くなり、感度も上がって、これは自分だけなのかな?と恥ずかしい気持ちになりました。
そうゆうことはなかなか人に打ち明けられないので、この本で同じような人に出会えてホッとして、爆笑しました。ありがとうございます。
私も毒親育ちなので、母がしんどいも読んでみたいです。 -
購入済み
呪詛抜き入門って感じです
この本を読んでから「私って〇〇だな」と思った後に「なんでだ?」と考える事が癖になり、
原因を突き止められるようになりました。
これがまさに呪詛抜きの第一歩となり、心が少しずつ晴れていっているというか、
なんであんな風に思っていたんだろうという自分自身へのモヤモヤが少なくなりました。
自分を少しずつ理解し認められるようになる、いいきっかけになりました。 -
Posted by ブクログ
タイトルから、虐待的な親を想像していたが、ストーリーからわかった親は、過度な過干渉。というよりも、子供を自分の所有物と捉える親だった。
表立っては、所有物とは言っていないけど、「◯ちゃんのため!」って言うのは、逆に自分のためであるから。
読んでいって、この方、大丈夫⁈いや、大丈夫じゃないよな。。。と、思うこと多々。
負の連鎖が起きないように、すごい戦っている感じだが、それがまた、負の連鎖に足を突っ込みそうになる入り口でもある。
でも、本人がそれに気づくので、踏みとどまれる。
逃げるにしろ、恨むにしろ、諦めるにしろ、何にしろ、親という存在は消しきれないし、切れないもの。
恨み言を並びたてている時、その裏には「本当は、こうして欲しかった。」「本当はこうしたかった」という思い。それが対象者を変えて表出をしたのが、負の連鎖の始まり。
人間は過去には戻れないので、それらの思いをしないことはできないけれど、その思いに気付いて、納得することは、大人だからこそできることなのだと思う。その過程、相当苦しいけれど。
著者は、それらを子育てしながら一生懸命やっているのだと思う。
でも、◯ちゃんのために頑張ってやらなきゃ!と思うと、またドツボにハマるから、「自分が何をしたいのか」と、肩の力を抜いて楽しんで欲しいなーと思った。
でも。。一番初めに文鳥さんで気づけて良かったね。
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Posted by ブクログ
親子に関する違和感、体験や考えがまとめられたコミックエッセイ。
親に対するヘイトを口にすると「いくら嫌いでも苦手でも、育ててくれた親なんだから!」と説教してくる人いますよね。そういう風に言えるのってきっと真っ直ぐに育ってきた方で、純粋に羨ましいしすごいなと思います。
私の親はたぶん毒親ではなかったけれど、それでも私はなぜか小さい頃から家族という枠にずっと居心地の悪さを感じていて、高校卒業後すぐに実家を出て現在に至るまで両親、きょうだいとは滅多な理由がない限りは距離を置いて過ごしている。
だから、家族を嫌いであること、家族と関わらずに生きていくことを認めてくれるこんなエッセイがあると心底救われる気がします。
それでも親子でいなきゃいけないの?そんなことはない。
"毒親"は、決して親を罵るための蔑称ではない。病名でもない。
あくまでも子供が自分と親を切り離して考えるための言葉であって、誰かに判定してもらうものでもなく、自分の「つらい」という気持ちを基準に決めていいんだ。 -
Posted by ブクログ
この世は男中心にできており、それが最も露骨に現れる場の一つはセックスである。
誰もが知っている真実だが、誰もが敢えて触れようとはしない真実でもある。フェミニストですらそうだ。なぜならセックスの場において自分と相手との間にある優位と劣位の差に気がついてしまうことは、とんでもなく痛いことだからである。
だから男向けエロ業界を女が観察してきました、というルポの多くは、男と一緒にエロが楽しめちゃう私、というキャラをかぶったり、冷静な観察者というキャラをかぶって書かれている。この本が他と大きく異なるのはそこだ。田房さんは、自分が現場にいる時に感じるざらっとした感触から目を背けることができるほど、器用な人ではない。
ていうか、心配になるくらい不器用な人だと思う。なんで男たちが無意識に醸し出す優越感に対して人一倍敏感な人が、わざわざこんな辛くなりそうな仕事を選んじゃったのかと、田房さんが取材する風俗嬢の方ではなく、田房さんのことが心配になってしまうくらいだ。
田房さん自身は風俗ルポの仕事を選んだ理由を、「そういう仕事に憧れがあった」としか説明していないけれど、たぶん風俗の現場に敢えて踏み込むことで、男の態度にも痛さを感じないで生きていける私になりたかったんじゃないだろうか。酸いも甘いも噛み分けて、男とは女とは世間とはそういうもんだよねと飲み込んでしまえれば、痛さを感じずに生きていける、と。
でも田房さんはそれほど器用な人ではなかった。だからこそ、この社会の本質が見えるようになったんだと思う。その本質とは、この社会全体が「男しか行けない場所」になってるんだということ。男中心の社会だからこそ、性風俗がこんな形でできあがってるのだ。
そんなこと、とうに知ってたって?でも自分の痛みを痛みとして感受できなければ見えないことがある。そして自分の痛みを認識するのは決して容易なことではないのだ。