丸山正樹のレビュー一覧
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万引き犯を絶対悪として捕まえ続けた結果、最終的に死なせてしまったコンビニの店長、柳田。柳田を中心に、犯罪からの転落人生のその後や、犯罪の連鎖を描いています。
読後感は重いです。傷害致死と過失致死。量刑が大きく異なりますが、主観的な判断と言わざるを得ず、自分が実際にこのような加害者側の立場になってしまったらと思うと、非常に怖かったです。そんなつもりはなかったと訴えたとしても、信じてはもらえない。流れてくるニュースの見え方も、少し変わりました。
前科がついてしまったあとの暮らしも絶望的です。特に、ネットに顔や名前が出てしまっていたら、一生涯付きまといます。まともな仕事には就けず、犯罪を繰り返し -
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息子の高校で感想文の宿題となっていた本でした。
紹介文を読んで気になって読み始めた。
私は障害者雇用を進めている特例子会社の責任者を、していますが、社員に聴覚障害者が複数人います。
手話に複数の種類がある事は知らなかった。コーダという存在も知らなかったが、存在はありうるし、小説の中の事もありうるのではないかと理解は出来た。
昔は、障害者に対して差別的な社会であったと思うし、物語のような事も表に出ていないだけで沢山あったと想像できる。
若い人に読んでもらいたい小説に選ばれて然るべき内容であり、大人も読むべき内容です。
小説としては、かなりドキドキした部分が多く、早く読み進めたい衝動に駆られ -
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丸山正樹『キッズ・アー・オールライト』朝日文庫。
ハードな社会派エンタメ小説であった。これまでの丸山正樹の小説とは一味違い、ハードな一面が際立っていたが、相変わらず社会問題にもズバッと斬り込んでいる。
少子高齢化が進む日本はヤングケアラーや移民外国人の増加が問題化している。さらには、かつての暴力団に代わり、半グレによる凶悪犯罪の増加も大きな社会問題となっている。
少子化の波は自分の勤務する会社にも押し寄せている。数年前までは30人、40人という多くの高卒新入社員が入社していたが、ここ2年は2人、3人という有り様だ。派遣会社に頼るにしても、そもそも派遣する社員が居らず、最近は外国人労働者を -
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一つの出来事から生活が一変していく。
逃げ場がなく、嫌な方向にどんどん転がっていく。
このなす術ない感じがとても怖かった。
抗いたいのに、それしか道が用意されていないように感じる感じ。
読んでて苦しかった。
同時に正義感って何なんだろうと考えさせられた。
過度な正義感は人を滅ぼす、と言ってしまえばそれまでだけど、自分が頑なに信じていることを疑うことができるのは、こういった大きな失敗を犯した時だけなんだろうか。
正しいと信じていることを疑うなんて難しすぎる。
大きな失敗が、家族をも巻き込んでいくのがまた恐ろしかった。
盲目的に信じていたばかりに。
行き過ぎた行為に立ち止まるチャンスはなかった -
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ネタバレ聾の字のエピソードを初めて知って、すぐさま友達に共有、、、!
私含め友達は特別支援学校教諭の免許取得予定でちょうど聴覚障害についての学習を進めてる中で出会ったこの作品。色んな人にオススメして色んな人に聾の世界を知ってもらいたいなあと思いました。
デフ・ヴォイスシリーズは、メインの事件の事よりも彼らの生きてる世界に関することの方が多く描かれている印象があります。
途中で難しかったり自分には理解できる限界があったりと彼らの世界をそのまま理解するにはまだ時間がかかりそうではあるが、今回も少しではあるが彼らの世界に足を踏み入れることができたと感じました。 -
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ネタバレコーダを初めて知った。
ろう者の親をもつ聴者の子どものことを指すんですね。
恥ずかしながら、「ろう者」「聴者」の言葉もなじみが薄く、耳の聞こえない方々をとりまく様々な問題について、今回の小説を読んで初めて知ったことも多かった。
コーダの存在なんて考えもしなかった。
転んで泣いても親に気づかれない。我慢するしかない。
両親とは、聴者の世界を分かち合えない。
コーダの孤独に気づかされる。
本当に理解や寄り添いが必要なのは障がいをもつ人だけではないのだ。
手話ができる。
仲間だと思われる。
でも聴者だとわかると「仲間ではない」と落胆に近い表情をされる。
ここでも孤独を感じる。
「損なわれ -
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「デフ・ヴォイス」4冊目。コロナ禍の下での荒井と家族の物語。
今朝の朝日新聞「天声人語」に、1880年にミラノで行われた聴覚障害教育国際会議での決議(ろう者教育では口話法が手話より優先されるとされた)のことが載っている。
2010年のバンクーバーでの会議でその決議が完全撤回されるまで日本も含めて多くの国々の教育現場で手話が禁止されてきたこと、50年ほど前から手話を独自の言語として認める動きが出始めたこと、今のニュージーランドでは手話が英語・マオリ語に次ぐ公用語になっていることなどが紹介されており、日本で初めてとなるデフリンピックの開幕を契機に、ろう者のコミュニケーションについても考えたいと結 -
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手話は独立した言語である。そう考えるととてもすっきり腑に落ちる。日本語の便宜上の代替品だと考えるから扱いにくくなってしまうと言うことだ。
日本語を使うろう者の手話に、言語として別体系の日本手話と日本語対応手話があることを、私は知らなかった。手話で話せないことが、コミュニケーションの欠落となり、日本語読解の妨げとなりうることも、考えたことがなかった。
ろう者の、そしてコーダの問題を描きつつ、しっかりミステリーでもある。自ら望んだわけではなく、渋々始めた手話通訳の仕事に、初めはやむなくだった尚人が、いつか前向きに取り組むようになり、自身の存在意義を見出す過程もきちんと描かれる。
続くシリーズ作も読