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手話通訳士の荒井尚人は、ろう者の親から生まれた聴こえる子――コーダで、ろう者の日常生活のためのコミュニティ通訳のほか、法廷や警察で事件の被疑者となったろう者の通訳などを行っている。そんなある日、荒井が手話を教えている場面緘黙症の少年が、殺人事件を目撃したと伝えてきた。NPO職員が殺害された事件の現場が、少年の自宅から目と鼻の先だったのだ。話せない少年の手話は、果たして証言として認められるのか!? ろう者と聴者の間で葛藤しながらも、架け橋になろうとする手話通訳士の奮闘を描いた、『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』に連なる感涙のシリーズ第2弾。/解説=頭木弘樹
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Posted by ブクログ
「デブ・ヴォイス」の続編という位置付けの本作は、短編というか、しっかりした長編3話からなる手話通訳人の物語です。
コーダという立場であった生い立ちから、ろう者や障害者に手助けしなければ気が済まない性格になった主人公が、色々な事柄に首を突っ込んで解決していきます。
小説の中に、考えさせられる事、新たに得られる知識等があり、非常にいい本です。
以前はろう者や障害者が差別されていた事は容易に想像は出来ても、実際はどのような事が起きていたかまでは具体的には考えられてはいなかったが、この物語の中で、ろう者等の立場や心境などが、第三者目線で上手に表現されてろう者の理解が深まりました。
素晴らしい本です。
この本を読む前には、必ず「デブ・ヴォイス」は読んで下さい。
Posted by ブクログ
【「龍の耳を君に」丸山正樹】
「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」シリーズの第2作。丸山正樹さんの作品は、ミステリとしての面白さと、社会の中で見過ごされている課題への気付きが相乗りしている。読んでいる間はすごくドキドキ・ モヤモヤするのに、読後感か爽やかなところが好き。
不十分な通訳で無実の罪の被疑者となってしまった林部、
日本語対応手話での取り調べに応じなかった新開、
手話によって「自分の言葉」を得た場面緘黙症の少年、英知。
「意思を自分の言葉で伝える」ということは、「尊厳」そのものなんだと思った。
ろう者や日本手話、ろう教育の歴史などについても多くを知ることができる。その丁寧な描写から、ろう者やろう文化に対する作者のリスペクトが伝わってくる。一方で、いくら知識を得ても、手話を身につけても、ろう者のことを「完全に理解することはできない」ということも、登場人物たちの思いを通して伝わってくる。作者から「これを読んで『分かったつもり』になってはいけない」と言われているような気がする。ちょっと切ないけど、「分かったつもりにならない」 のは、どのような関係性においても大切なことだと思う。
美和ちゃんと英知君が屈託なく手話で遊ぶ様子は、「障害が本人にあるのではなく、社会がそれを障害たらしめている」ということに気づかせてくれる。
Posted by ブクログ
デフ・ヴォイスシリーズ第二弾。丸山さんの作品は、弱者に寄り添い、代弁者として声を上げているのに、少しも押し付けがましさや説教臭さがないのがすごい。知識や情報がたくさん盛り込まれているにも関わらず、それが会話の中なために、不自然さがなく、すっと頭に入ってくる。今回も純粋にミステリーを楽しみつつ、たくさんの学び、気づきを得た。
『弁護側の証人』
聾学校の教師の教育法への自信に対する、生徒であった被告人の習熟感の低さ。教師と生徒の認識の大きな齟齬によって、聾学校の教育法に大きな疑問を投げかける。現在、日本の一般的な聾学校においては、聴覚口話法といって、補聴器を使って残存聴力を活用しながら、相手の唇の形や動きを見て話す内容を理解(読唇)し、同時に聴者の口の動き、喉や胸の震え、舌の位置だけを頼りに発声訓練(聴能訓練)を行う教育方法を採用している。難聴の程度や失官の時期がそれぞれ異なる複数の生徒を相手に行う訓練は困難を極め、習熟度にも差が出てくるために、その後にくる日本語の文法学習、その他教科の学習の遅れにつながることもある。被告人が、それだけで自身の無罪を証明できるのにも関わらず、発声を断固拒否した背景には、学校内でどれほどの成績をあげても、一般社会では通用しないという徒労感、虚しさ、失望、困惑顔を向けられる屈辱感があり、やり切れない。
『風の記憶』
どれほど読唇、口話に長けても聴者には決してなれないという劣等感と屈辱感に苛立ち、心にわだかまる憤懣を、人を疑うことを知らずのほほんと生きているように見える同じ聾者たちに向ける。被告人・新開の行動の底にある感情の機微に触れ切ないが、最後には、荒井の言によって自尊心を取り戻すに至り、安堵する。
『龍の耳を君に』
学校や公の場など他人と関わる特定の場面で話すことができなくなる場面緘黙症の少年・英知が手話により他人とかかわる言葉と勇気を得る。触覚過敏のために手をつなぐことができず、やむなく使用した幼児用リードを、他人に虐待呼ばわりされた、という母親の話には、同様にあまり良い印象を持っていなかった自分の無知さに深く恥じ入ってしまった。英知の証言によって明らかとなった事件の真相は、切なく悲しいものだったが、音声による会話がないゆえの親子の深い愛情の形に触れ胸が熱くなった。
Posted by ブクログ
オーディブルで聴きました。
一冊目より面白かった。
龍はヒゲで聞けるから耳はない。落とした龍の耳はタツノオトシゴになった。。。とのこと。今年の年賀状に耳付きの龍を描いてしまったのを後悔。
どうやって学んでいるのだろうと思っていたが、聾学校では口の中を触ったり、触らせたり、ほっぺの震えを確認しながら、発声を学ぶということ。すごい。
そして、「やはり」だったが、警察の取り調べでも、聾者をぞんざいにあつかっているようで、警察にさらなる不信感を抱いた。小説の中の話だろうと言う人もいるかもとは思うけれど、この本に出てくる性格激悪の警官は普通に存在するに違いない。絶対。
音声言語にもネイティブスピーカーがいるように、手話にもいろんなレベルがあることを知りました。手話を学びたいとちょっと思った時期もあったけれど、下手だと手話のネイティブスピーカーから見下されそう…ってか、絶対されるでしょ。そこはマイナスイメージがついたかな。
いい話だった。聾者の世界を少し見学させていただきました。ありがとうございました。…という感想。
Posted by ブクログ
なんでも、そうだと思うのですが、当事者にならないと、その人の本当の気持ちは、わからないんだろうな〜と、思います
知る努力や、歩みよりは、できるけど、本当のところは、どこまで寄り添えるのかなぁと、考えてしまいます
Uber Eatsさんで、聴覚障害の方がいらっしゃったことがありました
聞こえる方だと、思っていたので、配達物の番号を聞くのですが、2度ほど聞いても、何も、言わない
?と、反応してしまったところ、スマホの画面で、番号を見せてくれました
あ〜、そうなんやって、気づいて
申し訳ない気持ちになりました
申し訳ないと思うことも、よくないのかな?とか
とても、難しいです
私達も、どこまでアンテナを張っておくべきなのかな〜とか
障害がなくとも、人に、あれこれ、気を回し過ぎて、心が疲れてしまうことも、たくさんあるので
本当に正解がないですね
Posted by ブクログ
2作目です。
最近のイチオシです。
今回は、ろうだけでなく
自閉症、緘黙についても取り上げられていた。
緘黙については詳しく知らないので、
そうなんかなぁーって思うだけだったけれど
ろう学校での教育や、
ろう者への取り調べについての部分は
人権無視のあまりに酷い有様で、
本当にこんなんなのか知らないけれど、
きっとそうだと思えてしまう、
なんて理不尽で不当な扱いを受けてしまうのだという憤り、
そういう事態を知らないことへの罪悪感を抱いた。
といっても私ができることも何もないかもだけれど、
巻末にあったセリフ
「特性はあっても、社会を生きるのに困難な状況がなくなれば、障害は障害ではない」
といった趣旨のもの。
これが目指すべき社会なんだな。
本当のバリアフリー。
だれもが生きやすく、
だれもが安心できる社会。
今日、久しぶりに特急列車に乗って、
都会に行って、思った。
見えない、聞こえない、があったら、
ものすごく怖い。
見えていて、聞こえていても、
ものすごく不安なのに。
普段の田舎での生活でだって、
想像するだけで、ものすごく困難で
大変なことがいっぱいあると思う。
視覚や聴覚を失うこと、
歩行能力を失うこと、
何かしらの障害を負うこと。
いつどこで誰に起こるかも分からない。
決して他人事ではない。
安心、安全な社会をつくるには、
どうしたらよいか。
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