苫米地英人のレビュー一覧
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タイトルで選んだ本だったけど、分かりやすくかつ斬新な良本。
国家の歳出はおもに一般会計(主に人件費)ざっくり100憶円と特別会計(建設費などの年度をまたがり計上されるもの)ざっくり400憶円からなっており、
国債償却などをのぞけばおよそ250憶円の純粋な支出がある。
特別会計の詳細は実質国会の承認なく決まっており不透明。
さらに増税とか。
一方で苫米地氏の提案は、「税金をなくし、日本国民貸付制度に一本化する」「税金を消費税25%に一本化する(所得税や法人税は廃止)」という2案。
累進課税をなくすことで平等なシンプルな仕組み。
個人的には大賛成。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ評価:★★★★☆
本書は、著者が2010年に出した『なぜ、脳は神を創ったのか?』を一部修正・加筆したものらしい。
そっちも発売当初に読んだのだが、だいぶ時間もたっているので記憶がおぼろげなところもある。
その上で言いたいのは、『なぜ~』を読んだ人も気にせず、新作として読めるくらい修正・加筆してある(と思う)。
著者は、価値観を決めるものを全て宗教とする。
価値観とは一言で言うと「何が正義で、何が悪か」ということ。
その境界線をはっきり引くことで、本来なら遺伝子レベルで禁忌なはずの同族殺しが可能になり、人は人を殺せるようになる。
皆が疑いなく正しいとしている正当防衛ですら、一歩間違えると、人工中絶を行う産婦人科医を殺すキリスト教原理主義者を肯定することになりかねない。
日本人がオリンピックで活躍すると、次の大会までにルールが変更されてしまって、思うように活躍できなくなるというのを見て歯痒い思いをした人がいると思う。
時間がたてば新しいルールにも適応するのだが、全てはルールを作る人たち次第。
これは価値観を決めることで集団をコントロールするのと同じことだ。
他人のモノサシ=価値観の束縛から自由になることを著者は説く。
だが、そうなることは同時に他人と価値観を共有するという安心感を失う危険性も伴うから、そうとうタフでないと叶わない。
正直言ってかなりエリート主義というか、厳しい。
その厳しさに関してまで本書では詳らかに言及していないが、そういった苦さを感じつつ読むと、また一味違った味わいが加わると思う。 -
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ネタバレテレビを見てはいけない、という題名から、テレビを見てはいけない理由について書かれているだけかといえば、そんなことはなく、その大半は苫米地先生が得意とする洗脳に関する記述が大半を占める。確かにテレビがどれほど庶民に害悪を与えるかも知ることが出来るが、テレビ以外の他人からだって我々は洗脳されている。「空気」を読むことで我々は夢を失ってしまうのだ。洗脳とは何か、洗脳から抜け出すためにはどうすればいいか。テレビを代表的な例に出してお答えしているのがこの本だ。
ちなみに僕は印象的だと思ったのはブームはマニアから生まれるという章だ。
あらゆるカルチャーは、最初はごく少数のマニアックな人たちが始めて、それが口コミによって広がり、やがてメディアに載ることで多くの一般大衆の受け入れられ、、社会に定着する。
オタク文化がいい例であり、いまやアニメはオタクだけではなくみんなが見るようになっている。
これもまた洗脳なのである。 -
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般若心経には興味があり、今まで何人かの解説本を読んでました。解説者毎に「なるほど」と思い、この短いお経には、人生の道しるべなるものが刻まれていると理解しています。
昨日本屋さんの新刊コーナーを久しぶりに見ていたときに、今まで何冊かの本を読んできた、苫米地氏が般若心経の解説本を出していて思わず手に取ってしまいました。それも、「超訳」というフレーズに惹かれました。
なんと、彼は、般若心経の一部分を「添削」しているのです、昔から伝えられてきている有名な「お経」に対して、よくもそんなことが!、と思ったのですが、近くの喫茶店で読み進めているうちに惹きこまれて読み終わってしまいました。
彼のポイントは、般若心経で伝えたいのは「空」の概念である、空とは「有も無も両方を包み込む概念、つまり、有でも無でも同じである」(p40)ということです。それが、このお経(訳されたもの)は、「空」ではなく「無」と書かれているのでその部分を修正(その逆もあります)しています。
異論はあるとは思いますが、六根、六境をあわせた「十二処」、これに、六識を合わせて「十八界」、これがすべて「空」という解説は納得しました。今後、是非これに対する反論も聞いてみたいと思いました。
以下は気になったポイントです。
・般若心経を唱えたら人生が変わったとか、唱えただけで夢がかなったなどということは絶対にない、書かれている内容を理解せずに、ただ文言だけを音で唱えても、ご利益は無い(p5)
・日蓮宗、浄土真宗では、般若心経を唱えないが、開祖である、日蓮や親鸞も元は、天台宗のお坊さん。比叡山延暦寺には木像もある。さらに、法然、栄西、道元らの、鎌倉新仏教の開祖たちもみな、比叡山で修業した天台宗の僧である(p17)
・瞑想とは、自分自身から離れて、自分自身を外側から見つめなおす作業、自分を外側から見るには、自分と周囲との関係をよく見る必要がある(p18)
・般若心経の「心」とは、マントラ、つまり「呪文」である、もともとは「般若心」と呼ばれていた、つまり、般若のマントラであった(p24)
・マントラの出典について仮説としては、シュメール文明である、一般的にはメソポタミア文明である。最後の部分は、サンスクリット語ではよくわからないが、シュメール語では意味が通る。(p34)
・シュメール語では、「とありたい、とありたい、とありたくないとありたい、からこそとありたくない、それでとあるのだ」(p35)
・マントラは、その言葉自体に力があるのではなく、それを唱える人の心に力がある(p38)
・空とは、有も無も両方を包み込む概念、有でも無でも同じだよ、というのが「空」。高い視点で、その両方を見下ろすことができる概念(p40)
・円には必ず中心がある、といっても点には面積も体積もない、つまり、点はあるとも言えるし、無いとも言える。それこそが、まさしく「空」(p50)
・上座部仏教では、「空」という言葉は使わずに、「縁起」という概念を使う(p51)
・五蘊とは、色薀(物質的な存在)、受薀(五感で感じる感覚)、想薀(感受した情報を脳が想起するもの)、行薀(こうしようと思う心の働き)、識薀(認識作用)である(p55)
・般若心経の内容をしっかりと理解して、その中身をリアルにイメージできれば、アファメーションと同じ効果が生まれて、内容が現実化する(p58)
・アファメーションで最も大事なのは、明確なゴールを設定して、そのゴールが詳細にイメージできる内容になっていること(p59)
・中国語では、協調したい内容を、語順をひっくり返して繰り返すことが多々ある(p114)
・受想行識とは、全ての心の作用を指し、受:感覚、想:感情、行:意志、識:認識(p125)
・五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)に、心の作用を加えたものが、六根(眼耳鼻舌身意)、情報入力のインターフェース(p139)
・六境(六下処)は、六根という感覚器が感知する対象と捉えるべき、「色」は目で見える物質の色、形、「声」は耳に聞こえる声、音、「香」は、鼻で感じる香り(におい)、「味」は舌で感じる味、「触」は皮膚で感じられる触覚、最後の「法」は、心で感じるものを指す、これらもすべて「空」である(p145)
・六根+六境=十二処、これに、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識の、「六識」をあわせて、「十八界」と呼ぶ(p148)
・煩悩はなくさなくてよい、だた一度止めてみる、そうすると自分や世界を自由に観ることができる、これが、止観瞑想である(p161)
・生老病死、の四苦に、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五取薀苦、の4つを加えて、「四苦八苦」と言う、その原因を取り払うのが、八正道という(p162)
・一切の苦しみを取り除くのは、マントラの力ではなく、止観瞑想によって、自分も含めたすべてのものが「空」であるとリアルに感じる力である(p180)
・「幸せ」とは、到達すべきゴールを設定し、それに向かうためのベストの選択をすること、これ自体が「幸せ」(p194)
・ゴールは、自分が幸せだ(うれしい、楽しい、気持ちいい、すがすがしい、誇らしい)と感じられるもの、あなたが行う選択は、必ず「幸せ」を感じるための選択になる(p195)
・何等かの選択的行動を取る際、必ずその役割に近づける選択をすべき、その選択をしているあなたは、すでに「幸せ」だから(p201)
2015年7月5日作成
2017年9月10日作成(再読) -
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経済大国であるという国の財布と個人の財布にお金があるかは全然別の問題だと思いつつ、共通点も多いですよね。どっちも、何かやりたいことや必要に迫られたことができたときに対応できるだけの余裕は必要だと思う。そのために、国の一般会計と特別会計の特性を明らかにしながら、どんな策があればもっと豊かさを感じられるようになるかを検討してみたのがこの一冊。個人的におもしろいと思ったのは、国家がはじめるクリエイティブなファイナンス。これができるようになったら、税金だけでなくいろんなお金の作り方が考えられそうだし効果もありそう。だからこそ逆に、財務省ってできることまだまだやってないんじゃないの?増税だけが手段じゃないでしょと思いもしました。まぁ、自分についてもそうですね。今見えている手段だけでなく、もっと個人の財布についてもできることを探してみたいと思います。
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★★★★☆
苫米地英人の本はいつも新鮮な驚きをくれるが、これは二重の意味で面白かった。
巷で話題のトマ・ピケティ著「21世紀の資本」の関連本のひとつだが、ピケティに興味がなくても大丈夫。
というのは、本書も他の苫米地本と同様、解説にかこつけて著者が自説を展開するという“いつものやつ”だからだ。
それも、今回は(前にも書いたけど)二重に面白い。
他のピケティ本の著者との視点の違いが楽しめるからだ。
ピケティの主張は「r(資本収益率)>g(経済成長率)、つまり資本を運用して得る収益の方が、働いて得る収益より大きいから格差は縮まらないどころかどんどん開いていく」というもの。
ピケティはこの解決案として「金持ちは資本をタックスヘイブンに逃してるから全世界で一斉に資本課税をしなければいけない」というアイデアを出しているが、それに対し苫米地は「金持ちの資本はタックスヘイブンではなく金融空間にある。それもレバレッジが効いているから課税できない」という。
「レバレッジが効いてるから課税できない」というのは、例えば100万円の手持ちがあって、レバレッジが10倍なら1000万円の取引ができるわけだが、その場合100万円に課税するとすると、実際には10倍の取引をしているからいつまでたっても格差は縮まらない。
といって、1000万円の方に課税すればいいかというと、手持ちは100万円しかないわけだからこの1000万円の内訳は、100万円(手持ち)+900万円(借金)ということになり、900万円の借金がある人から税金取るわけにはいかないから、やはり格差は縮まらない、となる。
では、他のピケティ本の著者はどういうことをいっているかというと、特に経済学者がいっていることなんだけれども、もっと根本的なところに問題があるという。
それは「r>g」の「r(資本収益率)」である。
「r(資本収益率)」の「資本」の定義の仕方がピケティはおかしいというのだ。
難しいことはわからないが、どうやら一般的に経済学で使われている「資本」の定義より、ピケティは広い意味で「資本」という言葉を使っているらしい。
哲学の本を読むと、冒頭に「この本ではこの言葉はこういう定義で使いますよ」ということが書かれている。
言葉は使う人によって意味が変わってしまうから最初に意味を限定しておかないとちゃんと内容が伝わらないからなのだが、逆にいうと定義さえ変えてしまえば、内容なんていかようにもなるということだ。
苫米地の意見は三菱地所で実際に資本を右に左に動かしていたから出てくるもので、経済学者の意見は学問だからこそ出てくる意見という意味で、両者を比べてみるととても面白い。 -
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いいこと書いてあるし、今の新しい第二言語習得の考えに基づいてる。これをここまでわかりやすく、悪く言えば、わかりやすく単純に書きすぎて、胡散臭くなってしまっているほどに、そこまで書いてある本は他にないんじゃないだろうか。
ただわかりやすく書きすぎているがために内容が薄い。
今の第二言語習得に基づいているのに、短略かしすぎてて、胡散臭い。もっと、どうして文法は勉強しても役に立たないのか、どうして、英語は脳で処理する部分が違うという主張になるのか、そしてそれを分けたほうがいい理由はなんで、本当に第二言語でも、臨界期後にパラメータリセットできるのか?
そういうところを、まずしっかり簡単でもいいから、主張のもととなる実験や研究結果を引用したりして、そこにわかりやすく、もう少し詳細な説明を加えれば、ここまで、なんか売るために書いているというアヤシサが出なかったのではないかと思う。
内容に関して、ホントかよー、と思う方は、ぜひ、第二言語習得の分かりやすい、入門書、クラッシェンのインプット仮説などをちょっと調べてみたら、よりこの主張
英語でドラマを観る
以上!!!!
とも言える、単純なやり方をもうすこし、やってみていいんじゃないかと思えると思う。
あと、個人的には、見ていれば、ちょっと言えるようになるポテンシャルはすごく上がっていくと思うが、結局のところ、実際に話す場がなければ、これ、自分英語力付いてるの?となってしまったり、話そうとして、なれずにアワアワしてしまうのではないかと思う。
Skype英会話や、実際に留学、などのアウトプットの機会を得る必要も、そういう意味ではあるし、資格試験などを受けて、伸びを確認することも、そういう意味では大切だと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人(をはじめとする知能のある動物)の脳は、イヤなこと、予想が外れたときのことを「重要な情報」と判断して記憶する。同じ間違いを繰り返さないために。この仕組みは大昔は失敗=命の危機だったので大きな意義があったが、そこまでの危険が及ばない現代人の社会では、過去の失敗ばかりを集積する機能がいささか過剰な働きをしている状態にあり、「悩みの種が尽きない」「私の人生は失敗ばかりだ」といった感情につながっているのだそうだ。
専門知識が無くてもできる主な対策は以下の通り。
・一つ上の抽象度で考える(前頭前野の理性を使い、視野を上げ、「自分の怒りはまっとうな怒りであるか」と内省的に問い、理由や対策を考える)。
・自分が望んだ選択をする(例え結果として間違ったとしても後悔しなくなる)。
・あらゆる感情を娯楽にする。強く働かせる必要が無い(命の危険が無い)現代社会では、感情を娯楽にしてしまえる余裕がある。
他、うつ病についての覚書。
・うつ病という診断は、会社における錦の御旗。
・「自分がうつ病だ」と決めているのは他の誰でもない。自分自身がうつ病だと決めている。
・「オレはすごい」と思う人にうつ病の人はいない。エフィカシーを上げるとドーパミンとセロトニンが分泌されるので、うつ病の症状(セロトニン不足)にはならない。 -
Posted by ブクログ
抽象的な思考、最低限の食事、長時間続けられる運動、こららが脳を若返らせるキモだと作者は説く。激しく同意である。
苫米地英人さんには遠く及ばないが、毎週二冊程度は読むようになって、頭がスッキリしてきたのだが、確かに抽象的な思考力が増したのだと改めて思った。このチカラは、プログラミングや小説などの物語を創る事に通じるという。確かに紙に書き出す、作業をする前に頭の中でコネコネと作るのだと気付いた。先生と呼ばれる作家は総じてこの能力が高いということの理由なのだろう。
この本の納得感やお得感は、解脱を目指す宗教家やヨガの達人を科学的な根拠が無いからと見ないのではなく、むしろ未だ解明されていないことの多い脳科学の可能性と見ているだけでなく、一番可能性がある学説を披露してもらえるのは、それだけでありがたい。何を信じて良いものかわかりにくいこともあり、参考になるからである。
本を読み、書き出すことは、脳の活性化に役立ちそうだ。これからも続けていく。