安田浩一のレビュー一覧
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第二次世界大戦後、日本はアメリカの統治下に置かれた。そこで、アメリカからの統治を拒絶し、旧来からの日本の伝統を取り戻し、日本国民で国を守るというスタンスで「右翼」が形成されたのは知っていました。しかし、今の右翼団体を見ると、アメリカを迎合している状態。もっといえば、アメリカの手下になって、中韓を威圧するスタンスに鞍替えしており、とても矛盾を感じたため、なぜそのような経緯を辿ったのか、興味深いと思い購入してみました。
読んでみると、初めはアメリカに対する敵対心を軸として活動していましたが、アメリカと日本右派勢力も共に「反共」を掲げていたため、考え方が一致したという経緯らしいです。
-「古い上着を脱ぎ棄てても、右翼の細胞は体内に生きている。右翼が心情に訴えかける思想であることは先に述べた。国と国民を守るー右翼思想の根底に流れるのはナショナリズムである。日本の場合はそこに天皇への崇敬の念を重ね合わせ、時代状況に応じて、看板が塗り替えられてきた。」(本文引用)
この本を読むまで、左派と違い、右派は「堅物」「頑固」のような、古来からの伝統を守り通すというイメージがあったのですが、そんなことはなかったようです。
右派・左派共に、主張の違う勢力を押さえつけるための手段として用いられていたのが「暴力」だったのはいつの時代も変わらないことがわかります。(右派・左派に分類される全てのグループがそうだとは言えませんが...)
右派勢力だけに限ってみると、近年では、SNSの普及で、ネット上で思想宣伝を行う「ネトウヨ」の台頭により、若者まで「ネトウヨ」の右派思想が広まっている現状に恐怖を感じます。それは、「ネトウヨ」の喧伝している情報を信用した者がマイノリティに対し直接危害を加えることが起きていること、その情報自体が真偽不明なものが多く信憑性が欠けること、などがいえるのにもかかわらず、信用してしまう若者が多数いることが恐ろしいです。
そのような「ネトウヨ」の活動に対し、「世間に対するイメージが下がってしまう。右翼は元々民族主義をベースに形成されたため、中国、韓国の人たちも尊重すべき。」と考える右翼団体も多数あり、右派系の中でも色々な主張があるのは驚きました。
本書の締めにもありますが、右翼は社会の矛盾と向き合うことで勢力を拡大していったにもかかわらず、左派勢力の逆張りをしていった結果、現在はマイノリティをただ差別するだけの集団になっています。
今の政治と一緒で、右派・左派共に相手の主張の「逆張り」(と不祥事の「揚げ足取り」)をするだけで、両者のそれぞれにいい主張があっても霞んでいる印象があります。そこをどうにかしないと... -
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【右翼とはいっても,すべてが同じ色に染まっているわけではなかった】(文中より印象)
街宣車や拡声器,そして時にはネトウヨという言葉に代表されるようなイメージで語られてしまう戦後の「右翼」。敗戦後の混乱から現在に到るまで,多様な潮流を生み出したその思想的な歩みを眺め,今日的意義を考える作品です。著者は,『ネットと愛国』等の著作でも知られる安田浩一。
表題が示すように大枠としての「右翼」の歴史を知る上で大変勉強になる一冊でした。右翼という言葉とその響きからは想像もできない思想的なグループがあったりするなど,意外性に満ち溢れた作品でもあるかと。
評判の高さも宜なるかな☆5つ -
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おもしろかった。少なくとも本来の右翼は筋は通っていた。私がその主義や主張に同意できなくともどういった機序でその主義主張に至ったか、何のためにその主義主張を掲げているかは理解できる。
だが昨今の右翼的な風潮やそれを加速させるネトウヨ的なふるまいは何も一貫性がなく、理屈がぐちゃぐちゃになっている。嘲笑、冷笑、ヘイトスピーチ、偏見に基づく差別。それらが現在もっともポピュラーな右翼の姿だと思う。
戦後の右翼の姿から現在の右翼の姿までの歴史とのその変遷を追った1冊だったが、私とは相容れない人たちがなぜその主張をするのか、それがどう広まっていったのかを理解する上では非常に助けになった -
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米軍基地が沖縄に設置された経緯がわからないのでまずは沖縄の歴史から知りたいと思った。
本土からすると基地問題は他人事と捉えている節は大いにあるのではないか。興味関心がなかっただけかもしれないが、実際、これまで基地のことを耳にしたことはほんの数回あるかないかだと記憶してる。
沖縄といえば、きれいな海、独特な食文化、日本だけどちょっぴり海外気分。そんな リゾート地 として捉えている人がほとんどなんじゃないかな。
沖縄の上澄みだけ享受していて、ほの暗い部分は見ようともしていなかったな。
己の知見の狭さを実感した。
沖縄についてもう少し学んでから読み返したい。 -
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読み終えるのに意外と時間がかかった。文量があるのだから、当然ではあるが、それだけが理由ではない。
一つ一つのインタビューが、生きた人間による、熱量のある生の声であるから、流し読みができないのだ。「ちゃんと向き合って話を聞かなければ」という気になってしまう。
私は右寄りでも左寄りでもない。そのような思想のないボンクラなのであるが、この本の中に登場する人物は、私のような「思想のない人間」にも共感ができる部分がある。生きていく中で、私も経験したことがある、同様の「弱さ」や「迷い」を抱えている。
右翼や在特会について興味関心がなくても、読み物として面白い。また、ライターさんならではの文章表現も堪能できる。
全体を通して、著者は在特会に対して否定的であるように私には感じられた。理解は示しているが、納得はいっていない感じ。
しかし、「世間一般の根底にも同じ気持ちがあり、その上澄みが在特会」というならば、決して無視はできないだろう。
昨今、「日本人ファースト」という言葉が共感を得ているが、はたしてどう転がっていくか。その行く先を追っていくのに、本書は十分参考になる。 -
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もともとは世界の浴場や温泉を巡ろうという企画がぶれて(?)過去の戦争にまつわる日本の負の、そして清算できていない歴史を訪ねる旅と折衷されたような感じ。代表的なのが旧泰緬鉄道の沿線の温泉で、あの過酷な敷設工事のかたわら日本軍や関係者が整備した温泉がいまも残っているという。まさに、温泉のあるところに日本人の足跡あり、傷跡ありという感じ。そうなるとただ気持ちいいとだけは言っていられない。癒しや憩いの場も視点を変えればさまざまな背景や歴史があることを感じさせられた。
瀬戸内の大久野島は戦中、毒ガス工場になっていたという。そこで働いた人たちは、戦後も毒ガスの後遺症に悩まされた人が少なくなかった。毒ガス製造は戦中当時にも国際的に非合法なものだったことから、その製造に携わった人を公的に補償するという表向きの論理が立たず補償は遅れたし、徴用されていた朝鮮半島の人たちなどは見捨てられたまま。
少年の頃に大久野島の向上で勤労動員されていた藤本安馬さんもそうした一人。抗いようなかったとはいえ、自分が作った毒ガスが中国大陸などで使われいまも被害が残ることに心を痛めている。自身も毒ガス製造による体調が安定しない、つまり被害者だが「わたくしは加害者でもあるんです。わたくしは大久野島で鬼にされたんですよ!」(p.354)、「だからわたくしは忘れない。鬼にされたことを、犯罪者にされたことを、人殺しの道具をつくらされたことを、絶対に忘れない」(p.355)と著者らに語る、いや思いをぶつける。戦後80年近くになろうとしながら、少年の頃の苦い記憶をその何倍もの人生の間、抱えて生きてきた悲痛さが迫ってくるようだった。平和って、平和でない記憶をもつ人たちがいないとその方向に進まないのだろうか。伝えるだけでは不十分な気がする、伝わらない人には伝わらないから。悲しいかな、戦争を知らない子どもたちは簡単に戦争をしはじめてしまうような気がしてならないこのごろ。
韓国のチムジルバンのような男女が共に過ごせる施設は1999年の法改正以来で意外と新しい文化だということや、垢すりタオルを「イテリ(Italy)」といって、そもそもは1960年代に使い道のないイタリア製の生地(ビスコールレイヨン)を転用したアイデア品だったということが知れたのはなかなかの収穫だった。 -
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中国人研修生に対する判を押したかのような協同組合、受け入れ企業の奴隷的扱い、また送り出す中国側の汚職、それ以前に日本経済を支えてきた日系ブラジル人の苦労の軌跡と悲惨な実情、そして形だけ変わって実態は何も変わっていない人身取引に等しい日本の外国人労働者に対する制度、こういった誰もが目を背ける『日本の暗部』を抉り出した傑作ルポ。これを読んで戦前の徴用工や慰安婦の問題を思い出すのは私だけだろうか。人は本質的に変わらないのかもしれない。こういったことは日本だけでなく米国含む他の国でも当然のように現在も行われているが、この書籍では日本だけに限定して問題提起しているために⭐︎4としたが、将来に残し幅広い人間に読んでもらうべき書籍であると思う。
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今から100年ほど前の関東大震災。流言飛語により多くの朝鮮人が殺された事件を追ったノンフィクション。当時の新聞記事から震災体験記、子どもの作文など。警察署の記録など。
一方には隠したい歴史、一方では暴きたい歴史、筆者はどちらかというと日本政府を貶める立場。事実は直視せねばならないが、その立ち位置には疑問が残る。未曾有の震災の混乱の中、警察、軍も含め流言飛語により暴走した事件が多くあったのだろう。そして事件の後に慌てて隠蔽したのかと。
筆者は官憲が震災前から計画的に朝鮮人の虐殺を考えていたような書きぶり、それは行き過ぎに思える。日本人の恥ずかしいまでの無計画性と窮地に立つとパニックで感情的になる国民性こそ非難すべきであろう。
100年前とはいえ、また大災害があれば今すぐにでも再発しそうなヘイトクライム。隠蔽は良くないが筆者の被害者ビジネス的な立ち位置には違和感を感じ、釈然としない読後感でした。人と人の相互理解は本当に難しい。 -
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ネタバレ(24/08/23-12/29)
既存の文献(郷土史、当時の新聞記事、公文書)を基に展開
特色
・現地訪問
・関係者インタビュー
・朝鮮半島出身者のみならず、日本、台湾、中国の人たちも対象
・取り上げた件数の多さ
これらの虐殺事例を中心に、当時と現在の関連というか往復。
過去の終わった事件ではなく、現在でも十分に再現される可能性を訴えているように感じました。
ただ……
件数(犠牲者数)は、今後も調査は必要だけど、確定は難しいかと
虐殺の根拠を新聞、公文書に拠っているけど、デマ、虚偽とその新聞、公文書を否定しているという矛盾。
虐殺における組織性
保護にまわった警官もいたので、どの程度徹底されていたのか疑問。
亀戸事件は、前もってリスト化されていたみたいでしたけど。
「虐殺はなかった」と言う人たち
私の意見としては、虐殺はあったが、数は不明。拘束はともかく、殺害までするのが、どうもしっくりこないのでした。とは言っても、付和雷同な国民性もあるので、完全に否定もできないのです。あった根拠は、各地にある追悼碑。冤罪なら、さすがに地元民が黙ってはいないでしょう。
で、本題なのですが、「なかった」という人たちの根拠をインタビューで深堀りしてほしかったのでした。
あとがき
P592
>過去と現在は断絶することなく続いている。
「旧」を付与して、「無関係」な体にしている組織を知っています
東京スカイツリー+荒川河川敷
おそらく表紙カバーの場所かと -
Posted by ブクログ
関東大震災から101年を経過した2024年に出版された関東大震災・朝鮮人虐殺について記された決定版的本。
朝鮮人虐殺については多くの研究者や作家、独自に調査する在野の研究者によって数多くの本が出版されている。
郷土資料や日記までも調査され、事実として確かな強度がある。
にも関わらず、どこかの馬鹿夫妻が記した朝鮮人虐殺はなかったなどというデマ本にネトウヨはまんまと踊らされた。そして、この10年で朝鮮人虐殺はなかった論というものが登場してしまった。
その影響はそれまで毎年形式だけでも追悼文を出していた都政のトップが、追悼文を出さないまでに発展している。
都政だけではなく、内閣の官房長官までもが事実関係を把握出来る記録が見つからないなどと発言している有り様だ。
それは地方にまで伝播し、群馬では朝鮮人虐殺碑が撤去されてしまった。
100年足らずで歴史修正主義が跋扈している状況が今である。
若干高く、ページ数も多いためこれを最初に読むのはちょっとしんどいだろうと思う。だが読んでおくべき一冊である。