安田浩一のレビュー一覧
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良心的な人とか社会活動家とかに胡散臭さを感じる自分ではあるが、この本でも彼らの所業が暴かれていた。
ミスター日教組と呼ばれた槙枝元文の所業に言及した74ページの記述がそれだ。
学校での犯罪隠蔽が止まらない理由をここに見た気がした。
数々の問題が指摘されているセブン-イレブンの社長だった鈴木敏文は労働組合を認めなかったのだが、何と鈴木は大学で学生運動をやっていたのだ(『セブン-イレブンの正体』古川琢也)。
さて、この本の冒頭で、ブラジル人労働者のみタイムカードに名前が書かれず番号が書かれていることが紹介されていた。著者はこれで人格が尊重される筈が無いと指摘する。
私も同感だ。
外国人への蔑称や学校での嫌な呼び名は決して小さいことでない。
人格を認めない相手は、簡単に暴力の対象になる。
そりゃそうだ。人でないから殴る蹴るだって躊躇が無い。
(終) -
Posted by ブクログ
在特会のルポ。単行本は2012年の刊行。ポストトゥルースな2025年の現状はすでにこの頃にはすっかり準備されていたんだなという驚きの連続だった。
彼らは愛国の名のもとに差別する。しかし彼らの活動には思想も地域社会との共生もない。まるで「愛国に名を借りた鬱憤晴らし」のようなのだ。ある朝鮮学校のOBは語る。「朝鮮人がバカにされるのは今に始まったことじゃないしな。それにあの人たちだって、楽しくてしかたないって人生を送ってるわけじゃないんやろ?」
在特会はインターネット上で似た意見を持つ者たちが集まって結成された。平成22年には活動資金として年1800万円ものカンパが集まった事実から、彼らの活動がその程度には市井で支持されていると考えられる。もっとも、有力な支援者だった資産家女性を失った今はどうなのかは知らない。動画配信で支持者を集める手法のため内容が過激化していき、やがてついていけなくなった一部のメンバーが離脱する事態に至っているのは昨今のYouTuberの動向を予告しているかのよう。テレビは捏造ばかり、真実はネットにあるとのネットde真実な人たちへの言及もある。
在特会が目の敵にする在日特権について一章が割かれている。特権なんてデマだけど、彼らは事実には興味なさそう。暴れるために都合よく特権を持ち出しているように見える。外国人が生活保護を受給する一方で日本人は「水際作戦」で受給させてもらえず餓死する人まで出ている、と彼らは主張する。一方で彼らが年越し派遣村などで行政から切り捨てられた人々に寄り添ってこの問題に取り組んだ事実はない。ただ「「外国人にも生活保護が受給されている」事実を批判し、「日本で生きていけないのならば祖国へ帰れ」と叫び続けているだけである」。
「在日特権とかね、あまり関係ないように思うんです。盛り上がることができればいいだけで」「朝鮮人を叩き出せという叫びは、僕には『オレという存在を認めろ!』という叫びにも聞こえる」と元メンバーは語る。地域に根付いた活動もせず、地域社会に居場所もない人間でも在特会に参加して日の丸を持つだけで仲間から認めてもらえる。それが居心地いいから彼らは活動しているのではないか。
「連中は社会に復讐してるんと違いますか? 私が知っている限り、みんな何らかの被害者意識を抱えている。その憤りを、とりあえず在日などにぶつけているように感じるんだな」
フジテレビ抗議デモは在特会ほどの過激さはない、普通の人々(幼児を抱えた母親や若いカップルたち)が、何となくの不快感や「奪われた感じ」を表明しただけの「上品な」デモだったが、そこに6000人もの人々が集まった事実。「日本が貶められている」「何かを奪われた」と感じる人々の憤りは水面下で広がりつつ、ナショナルな気分を醸成していく。2015年に書かれた文庫版あとがきで、著者は3年前ほどの勢いを失った在特会について、今や彼らは用済みになった、在特会は差別のハードルを下げ、彼らを拒まなかった結果、社会が在特会化したと書いている。先だっての参院選での特定政党の驚異的な躍進は、まさにそれを証明するものだろう。
ただ、個人的には社会がリベラルな方向へ強く振れたがために保守への反動が起きているのが(日本のみならずアメリカやヨーロッパも)現状なのかなという気がしている。しばらくは世界的に保守的な傾向が続くのではないだろうか。 -
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ウィシュマさんの事件で少し表に出てきた人権侵害ともいうべき入管の実態、ヘイトスピーチなどの差別と暴力、技能実習生制度といった外国人差別をめぐる状況が紹介され、著者二人の対談で解説や示唆が得られる。
例えば、人を逮捕するには現行犯でない限り司法手続きを経た令状がいるのに、入管はそうした司法の手続きを介在させずに人を拘束することができるなんてことは初めて知った。また、今日の入管につながる制度・仕組みができた戦後間もないころに、特高経験者が多く入管に関係したなんてことも知ると、そのアウトローっぷりとつながる気がしてくる。
ことほどさように、制度ですらこれでは大衆が外国人差別をするのも無理ない気さえする。しかも日本人ってこの方面に関する感度が本当に低い。自覚なしに差別的なことをしている場合も多くあるはずで、こうしたことはどうやって解決していけばいいのだろう。
そういう自分だって、日本人だから外国人の扱いに関してはどこか自分に関係のないことと思っていた部分がある。ところがこういう腐った体制はいろんなところに影響しかねない。でもそうではいけないんだよね。差別が許容されている社会では、いつ巡り巡って自分に矛先が向いてくるかわかったもんじゃないんだから。 -
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関東大震災における朝鮮人の虐殺の現場を訪れ、残された記録や証言を丁寧に紐解きそこで起こった虐殺の記録を書いた本。
日本人全員読むべき本だと思う。
朝鮮人虐殺のことは歴史的事実として知ってはいたものの、この本を読んで自分は何も知らなかったと思い知らされた。
まず驚かされたのが、デマを流布させたのが、国、警察、行政、新聞であったということです。
巷間で流布したデマだと思っていたので衝撃でした。
そして、自分が思っていたよりもずっと虐殺の範囲も人数も多かったことにもショックが大きかったです。東京のみならず、千葉、埼玉、群馬、神奈川と、関東全域で起こったことでした。
加害者たちの残虐性は目を覆うほど酷いものですが、朝鮮人への差別心が人をどこまでも残酷にしたということ、人はお墨付きさえあれば、どこまでも残虐になれるということ…は、後世に伝えていかなければいけないと思いました。
そして、各地の虐殺の事実を独自に何年もかけて取材した市井の人々の努力には頭が下がる思いです。
本書を読むと、震災の「混乱」が朝鮮人を殺したのではなく、日本社会の差別と偏見が朝鮮人の虐殺に導いた、ということがよく分かります。
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安田浩一
1964 年生まれ。静岡県出身。「週刊宝石」などを経てフリーライターに。事件・社会問題を主なテーマに執筆活動を続ける。ヘイトスピーチの問題について警鐘を鳴らした『ネットと愛国』(講談社)で2012 年の講談社ノンフィクション賞を受賞。2015 年、「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2」vol.17)で第46 回大宅壮一ノンフィクション賞雑誌部門受賞。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『ヘイトスピーチ』(文春新書)、『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(朝日新聞出版)、『学校では教えてくれない差別と排除の歴史』(皓星社)など多数。
「右翼」の戦後史 (講談社現代新書)
by 安田浩一
「いまでは教育勅語を生徒に朗誦させるようなことはしていません。生活指導には力を入れていますが、かつてのような愛国教育と呼ばれるようなカリキュラムもありません」 当然、三島を「顕彰」する行事もないし、宮城遥拝もおこなわない。同校のホームページから伝わってくるのは、サッカーと野球に力を入れた学校、というイメージくらいのものである。つまり「普通の高校」になったということだ。
ワシントンハイツは比較的出入りが自由だったので、近所に住む日本人の少年たちが草野球を楽しむ場所としても利用された。そのなかから生まれた少年野球チームのひとつに「ジャニーズ」があった。監督として指導していたのは、やはり近所に住むジョン・ヒロム・キタガワという米国帰りの日本人で、後にジャニー喜多川を名乗り、少年野球チームから始まった「ジャニーズ」を日本有数の芸能事務所に育て上げることになる。
晩年、その鈴木は右派団体「日本を守る国民会議」に参加した。 81(昭和 56) 年に設立された「国民会議」は、我が国の改憲運動を牽引した。日本国憲法は米国の「押しつけ憲法」だとし、日本国憲法が、日本の堕落した「戦後」を作り出し、家族制度を崩壊させ、共産主義の脅威を招きこんだのだと訴えた。日本国憲法によって、日本が日本でなくなったという主張は、影山が一貫して訴えてきたことでもある。
「日本を守る国民会議」は 97(平成9) 年に、同じように改憲運動を続けていた右派宗教者による組織「日本を守る会」と統合し、さらなる右派大衆運動の拡大を目指して新組織を結成した。鈴木もそこに代表委員として加わった。 その新組織こそが──「日本会議」である。
「保守」とは思想ではなく、生き方の問題である。伝統を尊び、時代の流れに翻弄されることなく、地域や社会に尽くすことではないのか。日章旗を乱暴に振り回しながら街を練り歩くことで保守だ、愛国だと悦に入っている連中は、こうした地に足の着いた生活をどう感じるであろうか。
礼儀正しい担当の青年は、「いわゆる右翼として活動しているわけではない」と私に告げた。街宣車で街中を流すことなどしない。繁華街で声を張り上げることもない。あくまでも国学、歌道などを通じて日本の伝統精神護持、普及に努めているのだという。定期的に国学の講座や詩吟教室を開催し、道場ではフルコンタクトの空手教室も行っている。
〈日本の右翼は本質的に左翼に対抗して生まれたもの〉〈過去の国家主義者のなかゝら反米主義者が出現することは断じてないのである。むしろ、かつての国家主義者、すなわち、天皇と国家にあくまで忠実であった者のなかゝらこそ、真の親米派は生まれでることを自分は確信するものである〉
だが、多くの右翼はいとも簡単に「反米」から「親米」へと路線転換した。その逡巡や苦痛を表現したものは、ほとんど存在しない。これは戦後の右翼の軌跡を見るうえでは重要なことだ。民族主義、国粋主義の旗を振りながらも日米安保を肯定し、沖縄での米軍基地固定化に手を貸すのが、いまや右翼の大部分と言えるからだ。結局、右翼は常に権力の近場にいるしかなかった。
私はその話を三ヶ根山から遠く離れた熱海(静岡県) で聞いた。実は、三ヶ根山に眠る遺骨は、もともとは熱海の興亜観音に納められていたものが分骨されて、同地に届いた。その経緯を、私は興亜観音の住職・伊丹妙浄の説明で知った。 伊丹は私が熱海を訪ねた際、向こうから声をかけ、親切に案内に回ってくれた尼僧である。おそらく参拝客が訪ねるたびに、そうしているのだろう。 諳んじた歌を披露するかのような滑らかな口調で、伊丹は次のようにことの経緯を話してくれた。
なお、素顕が設立した「防共新聞社」を母体として、 55 年に誕生した右翼団体が「防共挺身隊」である。代表を務めたのは素顕の長男・進だ。彼は福田邦宏の叔父にあたる。 「行動右翼のパイオニア」とも呼ばれる「防共挺身隊」は、戦後右翼の象徴的な存在だった。現在、右翼と言えば黒塗りの街宣車と、大音量で流される軍歌といったイメージが強いが、そうした街宣スタイルを確立させたのが、まさに「防共挺身隊」だった。
しかし、昭和に入って転向。これは活動資金を地元財界に求めた事例を同志から批判されたことが原因だとされる。今も昔も社会主義者は、少なくとも建前上は「金に綺麗」であることが求められる(実際、アナーキストの中には、企業に金をせびっては、それを活動資金に回す者も少なくなかった)。赤尾とすれば、仮に「汚れた金」であっても、社会主義革命のために使うのであれば浄化されると考えたのであろう。
その後、赤尾は国家社会主義者の 高畠素之 などとともに、赤色メーデーに対抗する「建国祭」を開催し、反共の道を進む。赤尾が提唱した「建国祭」は、紀元節の日に国民が一斉に皇居の二重橋を目指し、皇居前広場で天皇陛下万歳を三唱するといったものである。
若き日の曺はマルキストであり、朝鮮独立運動の闘士でもあった。
「靖国の桜はソメイヨシノですな。私はソメイヨシノがあまり好きではないんです。なんというか、あまりに華美で、自己主張が強すぎるような気がするんです。人工的な感じもします。その点、山桜はいい。素朴で、ひっそりと、控えめに、昔からそこにいるかのように優しく咲いています。風景の中で浮き上がることなく、自然と調和している」
古い上着を脱ぎ棄てても、右翼の細胞は体内に生きている。右翼が心情に訴えかける思想であることは先に述べた。国と民族を守る──右翼思想の根底に流れるのはナショナリズムである。日本の場合はそこに天皇への崇敬の念を重ね合わせ、時代状況に応じて、看板が塗り替えられてきた。
右翼としての新しい門出を考えたとき、エネルギーとすべきは「反共」だった。戦には敗れても、社会主義革命によって日本が日本でなくなることは避けねばならなかったのだ。社会主義(あるいはその発展形の共産主義) は、天皇を否定する。伝統よりも進歩を重視する。革命歌の「インターナショナル」に象徴されるように、国際連帯が国益以上に重視される(そうした意味において、北朝鮮など、現存する共産主義国家は本来の意味の共産主義を実行していない)。右翼にとっては、国を守るためにも、社会主義・共産主義は断じて許容できるものではなかった。〝容共〟は国家の否定にもつながるのだ。
曺寧柱にしても、あるいは町井にしても、在日コリアンである彼らがなぜに日本の右翼となるのか理解に苦しむ向きもあるだろう。もちろん当時は「反共」なる大義名分を前に、むしろ日韓の裏社会が太いパイプで結ばれていたという時代背景もある。「反韓・嫌韓」を叫ぶことだけが愛国だと思い込んでいるネトウヨ世代には理解できないだろうが、右翼界隈にあって日韓は、「対北朝鮮」の同志でもあった。
そう話すのは、全日本愛国者団体会議(全愛会議) の顧問を務める三澤浩一( 58 歳) だ。前述したように、全愛会議は時対協と並ぶ右翼団体の全国組織である。学生時代から右翼の世界で生きてきた三澤が、〝親韓〟から〝嫌韓〟に変化した右翼の経緯について説明する。
いまやネトウヨと変わらぬ、剝き出しの排外主義とヘイトスピーチで反基地運動を貶める「日思会」だが、組織の創設に関わったのが「在日」であることを知っているメンバーはどれほどいるのだろうか。「朝鮮人出て行け」と連呼する彼らは、自らの組織の歴史を否定しているに等しい。
「日本学生新聞」創刊号には、三島由紀夫が激励文を寄稿している。 〈偏向なき学生組織は久しく待望されながら、今まで実現を見なかった。青年には、強力な闘志と同時に服従への意志とがあり、その魅力を二つながら兼ねそなへた組織でなければ、真に青年の心をつかむことはできない。目的なき行動意慾は今、青年たちの鬱屈した心に漲ってゐる。新しい学生組織はそれへの天窓をあけるものであらう。日本の天日はそこに輝いてゐる。〉 三島の期待の大きさが伝わってくる。
「論争しました。そのたびに左翼の人はよく本も読んでいるし、勉強しているんだなあと感心しましたよ。もちろん、こちらも負けるわけにはいかないから必死で勉強する。左翼の存在は刺激にはなりましたね」 余談ではあるが、後に魚谷が京都市内で古書店を開業する際、古本などを提供してくれたのは、学生時代の論争相手である左翼連中だった。一貫して保守、右派の道を歩むことになる魚谷だが、元ブント、元赤軍といった左翼人脈が魚谷の開業を手助けしたのだ。
大会では評論家の福田恆存や京都大学教授の会田雄次が記念講演を行っているが、もっとも鈴木はこれらの保守系文化人を冷めた目で見ていたという。 「なにか、学生に迎合しているみたいで嫌な感じがしました。だいたい、保守を名乗ることにも抵抗を覚えていたんです。保守と保身は同じようなものだ、くらいの意識でいましたから。改革してこそ学生運動だろうと」
そもそも三島は「愛国心」を声高に叫ぶ者を信用していなかった。既存の右翼団体のことも毛嫌いしていた。三島の美学は、子どものように殴り合う学生たちの姿には重ならず、あるいは、街宣車でわめくだけの行動右翼にも向かわなかったのだ。
結成から2年後の 74 年に、その後の鈴木の人生を決定づける事件が起こる。北海道の陸上自衛隊千歳基地で隊員が基地内にストリッパーを呼び、ストリップショーを開いた事実が報じられた。一水会ではこれを問題とし、防衛庁に対する抗議街宣を行った。その際、鈴木と同志数名が制止する警察官を振り切り、正面門扉を乗り越えて庁内に侵入。全員があっけなく逮捕された。この一件により、鈴木は産経新聞社を 馘首 される。
巨大宗教組織・創価学会を支持基盤に持つ公明党は、その頃から「自公連立」を推し進めていた。公明党は確実に「権力」の側に居場所を求めてきた。数の力を背景に自民党にすり寄るかのような姿勢は、ほかの宗教団体の反発を招いただけでない。もともと天皇制護持や国家神道に距離を置いてきた創価学会は、右派から信頼されていない。そのためか、現在もなお、右派勢力にとって公明党は警戒すべき相手として認識されている。
「今回の検定を通った道徳教科書で目立つのは、古めかしい〝男女の役割分担〟や古典的な家族像です。非常に復古的な描かれ方がされている。たとえば、子どもと接するのは常に母親です。父親は職業人として描かれ、家で子育てするのは母親であることが当たり前のように描かれています。また、祖父母も、優しい祖母と伝統を守る祖父、といった役割分担がされている。祖父は戦前育ちとしかいいようのない価値観の持ち主で、時代を考えてもリアリティがありません」 そこに透けて見えるのは、やはり日本会議を始めとする復古勢力の存在だ。彼らは長きにわたり、日本古来の「家族像」を教科書に反映させるよう訴えてきた。
「本来、神社はイデオロギーとは無縁の場所にあるはず。神社本庁や神政連は結局、改憲運動などを通して権力による支配の道具に成り下がってしまったと思うのです。彼らの言う『伝統』にしても、要するに戦前回帰、大日本帝国のことですからね。伝統を口にするのであれば、神社を本来あるべき祈りの場に戻すべきです」 戦前、神社は一宗教というよりも国家機関の一部だった。神社界が改憲に躍起となるのは、国家と一体化した「戦前の神社」を神社本庁幹部らが夢見るからではないのか。だからこそ、戦後という時間は否定されなければならないのだ。
現代の右翼は「背広を着た右翼」だけが目立っているわけではない。これまで見てきたように、右翼は土台をそのままに装いのリニューアルを繰り返す。いま、日本社会で跳梁跋扈するのは、鼻歌交じりに「愛国」の旗を掲げるライト(light) なライト(right) だ。 ただし、重みはなくとも破壊力はある。社会に深刻な亀裂を持ち込む。笑いながら、軽やかにスキップしながら、人と地域を壊していく。従来の右翼観を塗り替えたという意味において、あるいは国際的な基準で言えば「極右」そのものである。
だが「宇予くん」のアカウントを管理していたのは、暇つぶしにヘイトスピーチを書き込むような単なるネトウヨではなかった。公益社団法人「日本青年会議所」(日本JC) ──地域の若手経営者などで組織される経営者団体が「宇予くん」を動かしていたのである。 「宇予くん」のプロフィール欄にも、ツイートの内容においても、JCのことはまったく触れられていない。だが、ネット上に「宇予くん」を用いた改憲戦略を示すJCの内部文書が流出したことで、両者の関係が明らかになった。
この文書によると、「宇予くん」はJCの憲法改正推進委員会によってつくられたキャラクターで、「憲法改正をはじめとする歴史や愛国心など保守的なことを面白くつぶやく」「対左翼を意識し、炎上による拡散も狙う」ことを目的としたネット戦略の一環であるという。「 19 歳」「浪人生」「右寄り」といったキャラクターイメージも設定され、ツイートする際には語尾を「~ど」「~だど」とするよう決められていた。 私が愕然としたのは、JCがかくも下劣なキャラクターを用いてまで改憲運動を推し進めようとしていたことだけではない。内部文書を読むかぎり、JCは「宇予くん」なる存在を本気で「対左翼」「改憲運動」に有効だと思っていること、さらには右翼にひもづけられる「 宇予」なる文言を用いることに、何の躊躇も見せていないことだった。 その後、「宇予くん」の〝中の人〟であったことがバレたJCは、アカウントを消した。ウェブサイト上で「不適切発言を繰り返しておりました」とのお詫びメッセージも掲載した。 -
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近年、沖縄の基地反対闘争をあざ笑う発言が耳目を集めている。その代表がひろゆきの辺野古座り込み抗議行動への、言葉尻をとらえた揶揄だ。ひろゆきは、座り込み抗議が終わって誰もいない夕方に現場を訪ね、「座り込み抗議3011日」の看板前で自身の記念写真を撮り、「0日にした方がよくね?」とうそぶいたのである。
「座り込みとは要求貫徹まで座り続ける抗議」と辞書に書いてあるというのが、「論破王」の唯一の論拠である。
本書は、このひろゆきの論難を記録にとどめ、的確に批判している。他にも私たちが忘れてはいけない、この種の薄弱な論拠による批判や不当な差別発言を怒りとともに資料化している。例えば、辺野古反対運動者は「日給をもらっているプロ市民だ」という「ニュース女子」というテレビ番組、高江ヘリパッド建設反対運動者に対する機動隊員による「土人」発言などである。
私たちは、笑いながら差別する人たちの言辞を忘れてはならない。(門倉/本土に沖縄の米軍基地を引き取る福岡の会) -
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第1章 ジャングル風呂と旧泰緬鉄道(タイ)
第2章 日本最南端のユーフルヤー(沖縄)
第3章 沐浴場とアカスリ、ふたつの国を生きた人(韓国)
第4章 引揚者たちの銭湯と秘密の工場(寒川)
第5章 「ウサギの島」の毒ガス兵器(大久野島)
歴史修正主義がなんと言おうと過去は現在と繋がっていることを人の記憶や行政の記録、建造物や死者達が物語る。私達の国がどんなに酷い事をしてきたのか…直視するのはしんどいけれど、ほんわかタッチの絵と文章のおかげで情景が目に浮かぶし、おふたりが持つ「出会うべき人に出会うべきタイミングで出会うパワー」に驚かされながら最後まで一気読み。今も昔も、被害は隠され分断され広くは知られないまま忘れられるのを待っている。反対に私達にできることは
「隠さず、繋がり、忘れない」ことなのかも。たまには温泉で息抜きしつつ、語り、伝え続けたい。
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ノンフィクションライターの安田浩一氏と文筆家でイラストレーターの金井真紀氏はともにお風呂好き。二人でタイ、韓国、沖縄、大久野島などの温泉を巡り、湯けむりの先にある歴史を紐解くという歴史紀行本。
風呂で出会った客や温泉関係者との語らいにはユーモアもあり、癒されるが、タイトルにあるように、基調には戦争がある。日本軍が残した負の遺産について、生き証人になる方が語るところは重く厳粛な気持ちにならざるを得なかった。
特に深刻な気分になったのは現在はうさぎで有名な大久野島の毒ガス兵器工場の歴史に関する話だ。元教諭で大久野島のガイドをしている山内氏や工場で働いていた95歳の藤本氏の語りの中には、断じて風化させてはならない歴史があった。
毒ガス兵器製造の事実が隠蔽され、島の人々が実情を知らぬまま、工場従事者の体に異変が起きる。後遺症で死ぬ人も続出するが、被爆者援護法のような戦後の救済措置は十分になされなかった。
毒ガス兵器は中国戦線で多用され、民間人も犠牲となったうえ、戦後は毒液を海や川に捨てたり、土中に埋めたりして大量の毒ガスが中国大陸に置き去りにされた。
大久野島には加害と被害両面に関する負の歴史が残っているのだ。
この他、タイとビルマを結ぶ「泰緬鉄道」建設に20万人超の労働者を集め過酷を極める強制労働をさせたこと、終戦後、夫の故郷である朝鮮半島に来た日本人女性が支配者だった日本人ということで強烈ないじめにあい、精神を病んだりした事実、相模海軍工場でイぺリット製造に従事させられ、身体を病んでも十分な補償はしてもらえなかたった徴用工の話などの悲話も盛り込まれている。
日本では気持ちを落ち着かせるために風呂に入るが、韓国では風呂が垢を落とし、体に刺激を与え活力や鋭気を養う場所になっているという記述は新鮮で面白かった。
沖縄唯一の銭湯「中乃湯」の話など、風呂巡りと戦争がうまく融和したレポートもあるが、戦争の悲劇的な歴史が突出している部分も多い。だが、それはそれで、立派なルポになっていると感じた。
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Posted by ブクログ
現代史必読書というてもよい。
安田浩一さんのあとがき、おわりに、のところに
排他の空気に満ち満ちた、いまの社会に対する私たちの小さな抵抗でもあるから
と。この本の存在意義。安田浩一さんと金井真紀さんが、歩いて出会った人との貴重な記録。
こんなコンセプトで実際にたどり着き出会い聞いて答えて聞いて書き付け、私たちの血肉に、忘れてはいけないものを刻みつけ?お二人の行動力人間力よ。
そしてほのぼのと、人柄を感じる金井さんのイラスト。油断させて、ギスギスしないで、人や物の本質をつく。
排他の空気に満ちたこの国の人の必読書じゃないかな。
装丁も素晴らしい。