『下田にいるか』 坂本司
(『和菓子のアン』の坂本さん)
コロナ禍の鬱屈した日常に、ふと「そうだ! 伊豆に行こう」。会社員の主人公が思い立ったが吉日とばかりに、電車に飛び乗って一泊旅へ。美味しい海の幸やご当地グルメに舌鼓を打ち、イルカショーでは童心に返る。
いつもモヤモヤとしていた仕事の悩みも、潮風と旅先の景色に浄化されていく。
ひと言
「まずは行ってみればいい。おいしい景色は逃げない。」
『情熱のパイナップルケーキ』 松尾由美
初読作家さん
パイナップルケーキの香りに誘われて、ひとり台湾へ。
職場に馴染めず、派遣という立場の曖昧さに息苦しさを覚える主人公。けれど旅先で出会う味と空気が、凝り固まった視点を少しずつほどいていく。
離れてみると見えてくる、同僚たちのささやかな感情。
彼らの隠していた想いと、自分の本心。その距離感を確かめるような“はじめて”の一歩。
ひと言
「少し遠くへ行くだけで、人の気持ちは案外よく見えてくる。」
『遠くの縁側』 近藤史恵
どこかで読んだ気がする——そんな「既視感」の正体は、きっとこの作者特有の“食と少しの孤独”の空気感。あるいは、ただ忘れただけ。
アムステルダム出張で盗難に遭い、急遽ひとり取り残される女性。
ビジネスでも観光でもない、宙ぶらりんな3日間。
頼るものが消えた時、彼女は少しずつ街に溶け込んでいく。
店先に並ぶコロッケの温度、夕暮れの運河、
見知らぬ地の「縁側」に腰掛けたような心地よさ。
それは日常のきしみをそっと癒やす時間でもある。
ひと言
「知らない街のコロッケは、なぜあんなに美味しいのだろう。」
『糸島の塩』 松村比呂美
初読作家さん
福岡・糸島。海風に磨かれた“美味しい塩”の産地。
けれど主人公の心は、しょっぱさより苦さ多め。
不倫相手が始めた旅行会社で働き、コロナ禍の煽りもあって経営は綱渡り。
詐欺同然のツアーを売る自分に、ときどき嫌気が差す。
そんな境界線の上で出会う、一人の女性旅行者。
まっすぐ旅を愛するその姿に触れて、
「本当は何が好きだったか」を思い出して
ひと言
「苦味と塩味があるから、旅はおいしくなる。」
『もう一度花の下で』 篠田真由美
こちらも初読作家さん
幼い頃に祖母と過ごした、あたたかな記憶。
その懐かしさに導かれて、箱館へひとり旅。
香り高いコーヒーが、封じていた家族の記憶をそっとほどきはじめる。
そこで浮かび上がるのは、知らなかった家族の確執。
過去の恋、叶わぬ想い——
ちょっと“耽美な不倫ファンタジー”の気配すら漂って、大人の感傷と子どもの哀しさが混ざり合う。
ひと言
家族の物語は、甘いだけでは淹れられない
『地の果ては、隣』 永嶋恵美
こちらも初読の作家さん
大学卒業前。別れた恋人と行くはずだった卒業旅行を、そのままひとりで敢行した主人公。
行き先はサハリン。日本からほんの少し北へ行けば届くはずなのに、いまや遠い隣国となったロシアの地。
同じツアー客それぞれのサハリンへの思いと、
歴史に引き裂かれた記憶たち。
「旅」と「国境」が交差する場所で、
彼女は自分が見ようとしてこなかった世界を見つめ始める。
ひと言
「遠いと思っていた“隣”は、意外とすぐそばにある。」
『あなたと鯛茶漬けを』 図子慧
コバルト出身の作家さん/初読
家庭にそれぞれの事情を抱えた人たちが集まった、小さな劇団。
忘れ物をきっかけに加わった主人公の女性は、病気の多い家族のもとに育ち、外食経験がほとんどなかった。食事は生きるための作業でしかない。
けれど、新しくできた友との時間の中で、
“おいしい”ことが人生に力をくれると知っていく。鯛茶漬けの湯気の向こうで、
少しずつ、彼女の世界があたたかく開けていく。
ひと言
「誰かと食べるごはんは、明日を変えてくれる。」
出版時期はコロナ禍。
外出や食事に制限がかかったあの頃を逆手に取って、旅や“はじめて”の味の物語がそろっていた。
初読の作家さんも多く、
「まだまだ読書の旅は続くなあ」と思わせてくれる一冊。