都甲幸治のレビュー一覧
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都甲先生の名前を初めて見たのは、2005年、未亡人の一年で。すごく大先輩な翻訳家と思っいたら、私より若かった…(笑)
翻訳以外で読んだ生き延びるための世界文学の時も、勝手に年上と思っていた…まあ、同世代、むしろ年下…
97年以降、なんとなく一途に柴田先生を追いかけて来たのですが、この年になり、新たな翻訳家的推しが登場した!という感じです。
対談集ですが、文学案内として、読みごたえあります。また、知らなかった翻訳家の方を知る機会にもなりました。
どの対談も良かったのですが、個人的には、読書案内として堀江さん、星野さん、藤井先生、翻訳家として岸本さん、生き方としていしいさん(笑)、同窓の雰囲気が羨ましく小野さん。
柴田先生や芳川先生、沼野先生と内田さんとの村上論、はまた別格に勉強になる対談でした。
いよいよ村上春樹を読まなくてはならないという気にさせられました。(ただし、気になるだけ。他を読むのに忙しく…)
やっぱりフルマーク。
マイノリティ、越境文学…
翻訳ものを好きな自分の根幹を、良くも悪くも揺さぶられました。
とても良かったです。
柴田先生とのちょっとしたやりあいも、うらやましく(笑)
堀江さんの次の言葉が心に残りました。
(以下引用)群像社のロシア文学の翻訳は、本当は全部買わなきゃいけない(笑)。一部の達人にしか読めないものを、僕ら素人に教えてくれているんですから。忙しくて、いつ読めるかわからなくても、とりあえず出会いのチャンスは残しておく。(P54)
ご自身を「狂気の読み屋」と。もう、ぜひともたくさん読んで紹介してください!
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Posted by ブクログ
教養としてのアメリカ短編小説
2025.5.21
「書記バートルビー」を読んだ。
グローバル文学という大学の講義で触れた文。初めて読んだ時は理解しがたい登場人物が溢れていて、何が何やらよくわからなかった。
しかし筆者の考察を読み、なるほど!こんな捉え方があるのね!と驚かされた。
特に驚いたのは「何もしないこと」についての考察だ。資本主義的思想で満ち溢れ、頑張った分だけお金が手に入るという時代に何もせず虚無的に振る舞うことのコントラストや皮肉、何もしないのはだめなのかと訴えかけてくるという捉え方は鋭いなと思った。アイロニー的文法の本をちょうど読んでレポートを書いていたのでますます興味深かった。(太宰治の「走れメロス」と「十二月八日」)
仕事や文学における摂食障害という言葉も新鮮だった。(過食と拒食に似た症状がバートルビーに現れているという指摘。)
ひとことでつまりこういう文だといえない複雑で解釈しがいのある文だということが重々に伝わってきた。
今後も深みのある文学に触れていきたい。
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「教養としての」とは言いつつも、かなり濃密な内容だった。
米国文学に共通する寂しさに私はずっと惹かれている。
ポーの「黒猫」では、トニモリスンの言っていたように、黒人が脅威のイメージを背負わされている。白人性という幻想に縋るも裏切られ、言葉にならない叫び(殺害)をするしかない貧困層の白人。摂食障害文学に見られる世界を拒否するような何もしなさ、サリンジャーの文学における眠気とPTSDからの回復、カーヴァーの「足もとに流れる深い川」の「backyard」のくだりにみられる夫婦間の言語コミュニケーションの齟齬、イーユンリー「優しさ」に登場する愛の可能性の断片(過去の素晴らしい思い出に縋り、現実的な深い関係を築くことを拒否する)など、確かに歴史や土地には結びついているのだが、人種主義や言語とジェンダーと言った具合に抽象化すれば日本文学にも適用されうる。
あとサリンジャーとブコウスキーを見出したウイットバーネットという編集者も気になる。
今後の研究の指針としたい。 -
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これは傑作。
酒に女にギャンブルと、いつものダメ男チナスキー。
配達なんて楽勝。何なら女ともヤれて俺にピッタリの仕事じゃね? と始めた郵便局の仕事。
だが、そんな簡単にいくはずもなくて労働はめちゃくちゃキツい。しかも上司はクソ野郎で、キツい区域を任されたりする。
最悪、辞めちまったらいいんだ。なんて思いながらも、10年以上もそんな仕事を続けてしまう。
かつてはこんなダメな奴もいるんだ、なんて思いながら読んでいたブコウスキー作品。
だが、いつの間にかチナスキーは俺なんじゃねえか? と思いながら読んでいる。
それもあって訳者である都甲幸治の解説も自分ごとのように刺さった。
ブコウスキーは齢50にして運良く抜け出せた。だが、そうでないものは8時間労働から抜け出せない。生活のために死ぬまで働き続けないといけない。
その苦しさが『郵便局』には描かれている。 -
Posted by ブクログ
そうか、わたしはアフリカ系の人が書いた本を読んだことがないんだ。
いままで意識していなかったけど、本書を読み進めるうちに気がついた。
「奴隷たちの心や想像力や振る舞いに目を向ける学問には価値がある。けれども、主人たちの心や想像力や振る舞いに人種のイデオロギーがどんな影響を与えたかを見ようとする本気の知的努力にも、同様に価値がある。」
モリスンは「白人男性至上主義」「進歩史観による人種主義」これらで構築された、普遍的な価値が評価する、アメリカ文学を「黒人奴隷が白人アイデンティティに与えた影響」として、ヘミングウェイやハックルベリーフィンの冒険を例に具体的に考察している。
黒人たちは、強制的にアフリカから連れてこられたにもかかわらず、白人の自己保身のために動物的な階級へ格下げされ、人間的な意思疎通の可能性を閉ざされ、呪物化されて恐れられ、白人たちの醜さを投影され、貶められた。
当事者側からなされたこうした指摘や考察は、今後あらゆる分野で必要になってくることだろう。
ジェンダー、フェミニズム、貧困格差。
当事者の視点を受け入れなければ、それはいつまでも前時代的な何かのまま、止まってしまう。
本書を読んでいる最中、偶然、日本の音楽グループがMVでコロンブスとナポレオンとベートーヴェンに扮して、新大陸発見と類人猿との踊りを演出し、炎上したというニュースがあった。
知らないということがどういうことなのか。
それを改めて知る良い機会となった。