トマ・ピケティのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読むのにかなり根気が必要だったが、面白い箇所は非常に面白い。なにより平等への道が遠く険しい事、この200年の間に、想像される平等に近づいている事、過去の悲惨な出来事を経て平等が形成されているという事だ。個人感覚では税金を安く抑え、手元の残りをできるだけ残すことが正義に思われるが、社会全体で考えると、そりゃ税収が多い方が国として発展する。国同士の争いだって、国家にお金があるかどうかでも決まる。戦争の結果として、どのように資本が再分配されたか。
専門用語や前提の歴史知識が必要で、中々読み進めにくい本であったが、新たな気づきや視点を提供してくれる良書である。だからといって1000ページを越える過去の著書を読める気はしないが笑 -
Posted by ブクログ
今年の初めに出版されたばかりの本。日米同時発売だがら、翻訳のタイムラグもなく、まさに今の社会状況についての本である。ピケティという人は初めて知ったが、サンドルは読むたびに感心させられる刺激的な哲学者で、彼の名前に惹かれて、ほとんど対談であることも意識しないで購入した。全体としては互いに対するリスペクトに満ち、わかりやすい話し言葉で展開されており、とても気持ちよく読むことができた。
ふたりの意見は必ずしも一致しているわけではなく、いくつかの側面で激しく対立するが、共通している認識も多く、その共通の部分について、僕自身もなるほどと思い、確かにそのとおりと思うところが多かった。それはこの本の中の論で納得したと言うよりも、元々自分の中にそういう考え方があり、それがこの本を読むことが掘り起こされた、という感じが強い。例えば、比較的最初の方に出てくる、自由経済主義は考えることの放棄と考えられるといった話は、漠然と心の中にあるイメージに言葉を与えてくれたような気がした。
だから、彼らが話す「方策」についてもいちいちなるほどと思い、それが正しい道だと思いながら読んだ。ただ、現実の社会を見ていると、彼らの述べるような形で平等が実現することは極めて困難に思える。既得権者に苦い薬を飲ませることになるからだ。
ピケティの語る歴史の流れは頭ではわかるものの、自分が死んだあとのような長い人類史の流れよりも、今目の前の不平等をなんとかしたいと心が焦ってしまうのは確かだ。まさに今の社会情勢を観るにつけ、特に本書の中では言及されない日本の現状を思うと特にそう考えてしまう。50年後に10前進するために、今の10歩後退があるのかもしれないが、その後退が溜まらなく辛い人はたくさんいるのだから。
そんないらだちを超えて、特に強く心を打たれたのは、平等というのはなによりも尊厳の問題だという指摘である。例えば経済的な不平等は、単に経済的な不利益だけではなく、そのような扱いを受ける人間が感じるアイデンティティに損失を与えざると得ない。自分はダメな人間だと思わされてしまう危険がある。そのとおりだと思うし、経済に起因する自己尊厳への深い傷が、今の社会に毒ガスのようにただよっている気がする。
経済的な不平等、政治的な不平等などは大きすぎる問題で、ごくありふれた一人の人間の力だけでどうこうできるものではないかもしれない。しかし、この尊厳の平等については、なにかできることがあるような気がする。根本の問題には手が届かないにせよ、自分自身やごく近くにいる仲間のことだけになってしまうにせよ。まずは、ここからでいい。そこからがいい。 -
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ネタバレ北側諸国(残念ながら日本含む)が植民地から搾り取った資本をさんざん貯め込み、戦争が終わったり独立した後も補償をすること無く、復興のスタート地点から回復し難い差をつけた。
それにとどまらず、今度は自由主義と市場主義の名の下に、貯め込んだ資本をさらに投資して利益を吸い上げ、援助と言う名の投資すらも自らの利益として還流するシステムを作り上げてきた。
ついにはr>gが決定的となり、自己フィードバックでますます資本が集まるような強固な国際体系が完成しつつある。
これが、自由と平等を謳う民主主義が国際協調の美名のもとに行ってきたこと。ピケティの母国で、自由の国と見られがちなフランスも、例外ではないどころかその最右翼(ピケティは偽善的とまで言っている)。
富の不平等も、その副産物としての成長の限界も、もうこれ以上放置出来ない中で、どうすれば良いか。
これ以上、市場主義を進めても南側諸国へのトリクルダウンは起きない事は十分以上に証明されており、政治的な不安定化、ポピュリズムというより孤立主義の台頭、自然環境の疲弊を考えれば、市場の前提となる社会が崩壊しかねない。
ピケティが提案するのは、一言で言うなら資本の共同管理、と言えるかと思われる。
最大90%以上にもなる所得税の累進性の強化、遺産をいったん公的機関にプールして皆に分配する「みんなの遺産」、グローバル企業への国際的な課税と得られた収益の貧困国への分配、これらで得られた収益を公教育、住居を始めとしたベーシックサービスに徹底的に配分すること。
一見、共産主義としか見えないラディカルな主張だが、あくまで提案されるのは、参加者の合意に基づく資本の管理であり、寡頭制による独占ではない、としている。故に、実効性を持たせるには国際的な枠組みを作ることが必須となる。常任理事国が拒否するであろう国連ではないのだろう(明記されていないが、そうならざるを得ない)。
昔、沈黙の艦隊で日本の共産党に似た政党のキャラクターが言っていた、世界社会主義、と言うのに近いかも。確か作中では、「国連を中心に管理すべきは軍隊では無く資本だ」と言われていた(選挙で負けてたけど)。
リバタリアンでなくとも、ここまでの資本集約は、普通の人なら疑問を感じるだろう。かつての社会主義国のように、イノベーションを削ぎ、パイオニアの意欲を奪い、経済を停滞させるのではないかと。基本的人権の剥奪ではないかと。
本書の特徴として、著者の過去の膨大な研究から抜粋されたデータを引いて論を進めているところがある(故に、ちゃんと読まないとならず、グラフや数値が苦手だと辛いかも)。過去、アメリカで累進所得税の税率が非常に高かった時代の経済成長率はむしろ高かった、としている。累進税による事後的な分配だけでなく、資本化が節税として資産を圧縮する結果、放出された資産が結果として分配される事前分配の効果もある、と説明している。
もしかすると著者の他の著作に詳細な説明があるのかもしれないが、これについては時代の違い、人口構成の違い、主たる産業と要求されるスキルの違い、といった変数があるので、税率のみで比較して良いかはなんとも言えないように思われる。だが、少なくとも十分な報酬が無ければイノベーターや経営者、労働者の意欲を削ぎ、経済が停滞する、との固定観念に疑問を持たせるデータではあるだろう。
むしろ問題となるのは、こういった資産監視を行う国際組織を造りうるのか、に尽きるだろう。ピケティ自身も難しい事は認めているが、現代の社会を構成する有力な国自身が自分たちの優位性を放棄し、過去の清算を否応なしに行わせる(ついでに人道色の化粧も剥ぎ取る)組織の設立など口にすら出すまい。途上国も一致団結するには国内事情の問題が有りすぎて厳しいし、途上国内でも某国のように途上国仲間のはずが援助の振りをして、資本支配を進めようとする国が出て来るだろう。
それでもなお、と言い得る政治家が存在するのかどうか。可能性があるとすれば、巻末に述べられているように、我々市民が経済(大学での経済学では無く、今の世界の成り立ちとしての経済)に関心を持ち、人類が滅亡しないために行動出来る政治家を表舞台に送り込み続け、かつ、常に彼らをチェックする意思を持ち続けるしかないのだろう。これ自体、多大な精神的エネルギーを要する事だ。
ピケティ自身、困難であることは認識しつつも、不可能なことではなく、平等に向かって少しずつでも、時には後戻りしながらも進んできた人類の歴史を振り返りながら進めていく事でそれは可能だ、としている。間に合うかどうかは分からないし、必要性について合意出来た時には手遅れなのかも知れないが。
本書の内容を空論と退けるかどうかは、最終的には個々人の信念によるのだろう。少なくとも、r>gの式だけ流行的に終わらせるよりは、考えて、出来る所から行動出来る市民であれればと思う。 -
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「r>g」で著名な経済学者トマス・ピケティ氏のこれまでの書籍のエッセンスを詰め込んだ一冊。総計3,000ページを250ページに凝縮(が、内容が簡単というわけでない)。
これまでの「不」平等の歴史や背景を数値で分析・解説。それを以って社会国家・累進税・参加型社会主義・公平な選挙や教育・新植民地主義からの脱却を主張する。本書を読むと、植民地政策や租税方針など、18-20世紀の欧州の悪影響を感じざるを得ず、フランス出身の経済学者だからこそ切れ味鋭く自己批判と推敲が出来ている印象。
現在の権威主義や保護主義が台頭し、分断が再度進む世界において、氏の論説は社会主義や資本主義と並ぶ大変革であろうが、もはや地球がOne Wholeである以上、次のステージに進むための新たな指針なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
だいたい海外の学者さんが書く本は分厚くて怯んでしまう。でもこの本はスター学者2人の議論をたのしめるしな、とミーハー心とコスパ精神から取り寄せましたが、手にとってみれば150ページ強という薄さ。対談なのでさらにリーダブル、という読みやすい本でした。対談ものは日本以外はあまりウケない、とどこかで読んだ気がするけれどそんなこともないのかな?内容についての自分の理解としては、我々は特にここ数十年の政治的社会的経済的体験をもとにいわゆる個人にあらゆる責を帰す「公正社会仮説」信者状態だけれど、そのよって立つ足場はあらゆるものが商品化された「市場」だよー。ということ。2人の学者は大きくは脱商品化と人としての尊厳の回復、というもう一つ下の足場の強化が必要だと考えているのかな、と。それには政治レベルの改革と、地べたからの運動、両方やっていくのが良いのではないか、という感じでしょうか。頭の中がだいぶ整理された感じでよい読書になりました。
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Posted by ブクログ
長い歴史を俯瞰したときには、社会の「平等」が進んでいることがデータをもとに説明されている。著者によれば、本書は、過去の複数の著作のサマリとして編纂されており、そのうえで、未来への展望を加えた内容になっているとのこと。たしかに、他書のボリュームを考えると非常に見通しが良くなっており、「比較すれば」とても読みやすい。
読んでいて、感じたこととして、「社会の平等は善である」が当然の前提として議論が進んでいるが、それは「本音?実際?」の社会のコンセサスといってよいのかと思った。つまり、この「平等は善」について、幅広い実際的なコンセサスを図ること自体について課題を考えなくてよいのかと感じた。もちろん、各国憲法などをみえれば、ほぼすべてに記載されていて、それは自明だといえば自明なのかもだが、今の社会を考えると、「本音?」では、皆がそれを善とおもっていないのではと感じてしまう。
・資産の分布/集中からみた平等の歴史
→これまでゆっくりと進んできたが、戦後大きく再分配(平等)が進んだ。ただ、直近は逆行している。
・奴隷制/植民地主義を観点とした平等の歴史とその「賠償」に対する問題提起
→ユダヤ人問題はまだまだ賠償があっても、他の植民地の賠償はされていない。むしろ、植民地側が「補償」していういびつ(不平等)の存在。力が正義になってきた歴を踏まえるとそうなるだろうということ含め、なるほどと思った。
・環境に配慮した多民族共生の民主社会主義へ
→理念として分配を強化した社会主義的な発想の社会(既存の社会主義制度ではない)への期待。
著者の提案を読んで、前述の、なにが「善」かという課題について考えてしまった。どの視点での「善」を考えるかによっても違ってくるのだろうと思う。個々の善、社会レベルの善、国家レベルの善、人類レベルの善。地球レベルの善。 -
Posted by ブクログ
19世紀から20世紀にかけての世界のお金の流れを、今までにない規模でのデータから集約、分析し、資本主義のなかで拡大する格差に歯止めが必要であると訴える書。
ふとしたきっかけから手にした、ピケティ『21世紀の資本』。
本文、およそ600ページ。
経済の話、苦手だし……、読んでもわからないかもしれないし……。
読まない理由はいくつもあったけれど、2010年代を代表するベストセラー、せっかくならどんな本か知りたい!と1ページ目から体当たりしていくことにしました。
さいしょは「資本」とか「所得」の用語が出てくるたびに、意味が頭に定着していないから、いちいち立ち止まっていました。
ノートにメモをとって、付箋をはって見返して。
くりかえしていくごとに、少しずつ定着して、第2部あたりからは、わからないなりにもなんとなく本のリズムにのって目を動かせるように。
基本的に、集約したデータの結果をグラフで示して、その内容を解説していく形式なので、経済に詳しくなくても案外(?)読めるな、というのが途中からの感想。
けっきょく、議論の詳細や深みを追うことはできなかったけれど、世界を流れているお金の量や、階層ごとの格差の規模感は、なんとなく肌で感じることができました。
とくに、上位1%の人々が所持している資産って、莫大だなあ。
これだけ資産があったら、好きな本を値段を気にせずいくらでも買えるかしら。
本書(5500円+税)をネットで注文したとき、クリックする手がふるえた本読みとしては、うらやましいかぎりです。
「あらゆる市民たちは、お金やその計測、それを取り巻く事実とその歴史に、真剣な興味を抱くべきだと思うのだ。お金を大量に持つ人々は、必ず自分の利益をしっかり守ろうとする。数字との取り組みを拒絶したところで、それが最も恵まれない人の利益にかなうことなど、まずあり得ないのだ。」
最後を締めくくるこの言葉が身に沁みる。
とりあえず、私は経済のもう少し基礎的な部分を学べる本をまた探して読んでみよう。