トマ・ピケティのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ一般的に、ここ1世紀でだいぶ不平等が解消されたような印象があるが、『世界不平等リポート』のデータで見ると中間層が増えただけで資産ゼロの貧乏人の割合は実はぜんぜん変わっていない。フランスもフランス革命の栄光を自慢するほど平等にはなってない。
それでも全体がゆるやかに平等へと向かっているのも事実。例えば平等世界一を誇るスウェーデンも、第一次世界大戦までは税金納付額に準じた票数を富裕層で割り振って貴族が首相をつとめる国だったが、識字率の高い労働者階級が参政権運動に励んだ結果1932年社会民主主義系の政権が成立し、今のように変わっていった。スウェーデンが特殊なのではない。社会構造は永続的な物ではなくいつでも変化するものである。だから希望を捨てず、経済学者まかせにせず、教育に公的資金を投入し、みんなで平等への道を歩いて行こうぜ。
最近自由研究のテーマとして新自由主義関連本を読んでいるせいで、地球はもう強欲商人の遊園地として焼け野原になるしかないようで気が滅入っていたが、まだこんなまともな文化人もいたのかと元気が少し回復した。
所得の再分配に関して、第二次世界大戦後のドイツに相続税の引き上げを指示したアメリカの話も興味深い。民主政が金権政治に脱しないようとの意図だったと。新自由主義にそまったレーガン大統領以前のアメリカは旧大陸的な不平等社会を反面教師にして富の再分配にも非常に積極的だった。それが現在は第一次世界大戦前のヨーロッパ並みに逆行している。まるでオセロゲームのようだ。社会構造は決定論では語れないとのピケティの言葉はここにも当てはまる。
分厚くて読みづらそうなイメージで名前しか知らなかったピケティを講演録というダイジェスト版で、しかもこのタイミングで読める価値を考えると、薄めの本だが投資分の収穫は充分ある。 -
Posted by ブクログ
時間が有り余っている学生時代に読めておけて本当に良かった。
r > g の原則を知らずに社会人として社会に放り込まれていた可能性を考えると怖くなる。
中々裕福になれないやるせなさを感じるも原因は分からない。なぜなら資産の大半は上位層がガッツリ確保しており、それを使って芋ずる式に不労所得を蓄えているのだから。
歴史から得られる原則と、信用性の高い数字と向き合う大切さを学べた。
様々な事象や通説が重なりあって経済は動いている。
あとは読解力がかなり増した気がする。本書を読む前後では、他の本を読む時の理解力が断然に違う。
本書に出会えたことに感謝を。 -
Posted by ブクログ
5年以上、積読だった本。きっと一人じゃ読まないままだ、と思い友人を巻き込みたった二人の読書会を企てました。二週間に一部ずつ読んで、週末2時間zoomで語り合うという方式です。全4部構成を4回で読み終わりました。ものすごい達成感!ノートを取りながら読書したの学生以来か。夜、夕食後に自宅で集えるzoomという仕組みに感謝。いやいやこの試みに付き合ってくれる友人の存在することが最大の幸せ。大昔、パルコのコピーに「本読む馬鹿が、私は好きよ。」というのがありましたが、本を読む馬鹿仲間は宝物です。この読書会と同時に読んでいた「人新世の資本論」でピケティの新刊「資本とイデオロギー」が出ることを知り、次のテキストはそれにするか?その前に、もう一発、別の読むか?そんなやりとりも楽しいです。
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Posted by ブクログ
ネタバレ「所得」だけを見ていると、富の構造を見誤る
本書を読みながら最も大きく変わったのは、経済を見るときの視点だった。これまでは「いくら稼いでいるか」という所得のフローを中心に考えがちだったが、本書はその背後にある資本ストック、そこから生まれる所得、さらにそれが世代を越えて蓄積されていく構造を見せてくれる。
GDPや所得が「一年間にどれだけ生み出したか」というフローだとすれば、資産は過去から積み上がったストックである。この違いを意識すると、同じ「お金」の話でも見えてくる世界がまったく違ってくる。
資産は「持っているもの」ではなく「生み出すもの」として見る
本書を読み進めて、資産についても見方が変わった。資産とは単に現金、株式、不動産などを所有していることではなく、そこから将来の所得や便益を生み出すストックとして捉えられる。
金融資産なら配当や利息、不動産なら賃料、事業なら利益を生み出す。そして、さらに広げれば、知識、技能、経験、人脈、信用など、将来の所得を生み出す能力そのものも、人的資本という別の形のストックとして考えることができる。
「お金を持っているか」だけではなく、「将来の価値を生み出すものを持っているか」という視点が重要なのだと思った。
コップからあふれた水を使う
このことを考えていて、映画『マルサの女』に出てくる「コップから水があふれるまでは我慢し、あふれた分だけを使う」という資産家の話を思い出した。
これは単なる節約術ではない。資産ストックから生まれる収益が生活費を上回る状態をつくり、その余剰を再び資産に戻していくという、資本蓄積の構造そのものに見える。
資産をA、収益率をr、生活費をCとすれば、A×r>Cになったところから、資産収益だけではなく、その余剰まで次の資産形成に回せる。すると「働いて稼いで貯める」という段階から、「資産が生んだ余剰がさらに資産を生む」という段階へ移っていく。
お金が「お金を呼ぶ」という言い方も、こう考えれば神秘的な話ではない。
資産形成はお金だけの問題ではない
ただし、最初から大きな金融資産を持っている人ばかりではない。むしろ重要なのは、資産を形成するための原資をどこから作るかという問題だろう。
そこで人的資本という考え方が効いてくる。学習、経験、技能、信用、人脈などへの投資によって所得を生み出す能力が高まれば、その所得の一部を金融資産へ変換できる。
つまり、
能力を育てる
↓
所得を増やす
↓
余剰をつくる
↓
資産に変える
↓
資産が所得を生む
↓
さらに資産を増やす
という循環が考えられる。
「ある分使う」ことと「将来の自由度を買う」こと
もちろん、所得をすべて使わずに貯めればよいという単純な話でもない。現在の消費には現在の価値があり、経験や生活そのものも重要な便益を生む。
問題は、所得をすべて現在の消費に変えるのか、それとも一部を将来の所得や自由度を生むストックに変換するのか、という配分にある。
ここで本書の「資本」という視点が効いてくる。所得だけを見れば、毎年いくら入ってくるかが問題になる。しかし資産ストックまで見ると、「誰が何を所有しているのか」「その所有物はどんな所得を生むのか」「それは次の世代へどう移るのか」という別の問題が現れてくる。
格差を「所得差」だけで見ない
本書の意義は、格差を単なる年収の差としてではなく、資本の所有構造と、その資本が生み出す所得、さらに相続による世代間移転まで含めた長期的な現象として捉え直したところにあると思う。
r>gという有名な関係も、それだけを覚えて終わるものではない。重要なのは、資本から得られる収益が再投資され、資産ストックが拡大し、それを所有する人が次の世代へ資産を渡すという循環が、どのように社会の分布を形づくるかということだ。
そして読後に残ったのは、「どうすれば金持ちになれるか」という問いよりも、「人は所得だけでなく、どのようなストックを形成し、それをどのように次の価値創出につなげているのか」という問いだった。
『21世紀の資本』は、経済格差について書かれた本であると同時に、「フローだけを見るのではなく、ストックを見る」という認知フレームを与えてくれる本でもある。その視点を持つと、個人の家計から企業、国家、世代間の資産移転まで、これまでとは違った景色が見えてくる。