又吉直樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
良い作品を作りたいという強いこだわりが時に周囲の人間を傷つけてしまう。
そんな残酷さと社会から孤立した芸術家の苦悩が感じられる作品。
売れない劇作家の男とその男の才能に惚れ込んだ女優志望の女の物語。
この男はいわゆる“クズ男”で、劇団員を誹謗中傷し他人の作品を見下しながら、自身の劇は売れず常に金欠状態。
そんな彼をすべて包み込むように肯定し続ける彼女の存在が、あまりにも報われず読んでいて辛くなる。
火花にも同じような人間が登場したが、又吉自身がもしかしたらこの男のような生活をしていたのかもしれない。
演劇の夢を追いかけるという真面目なテーマの中でも、くすりと笑わせるような文章が散りばめられており、やはり芸人ならではのセンスが発揮されている。
不器用で人との付き合い方が下手すぎる主人公にもどかしさを感じるが、他人の作品を侮辱したりする態度などクズすぎる部分が出すぎていて、特段応援したいとは思えなかった。
期待を膨らませて上京した人間の夢が散って行く様はとても切ない。 -
Posted by ブクログ
かるい気持ちで又吉作品は読めないことがまず分かりました。それは自分が娯楽読書ばかり読んでいたからこの本が難しいということもあるけれど、気持ちの面でもふわふわっと読み進めるタイプの本ではないかもと思って。
才能の有無とそれに対する立ち回り、世界の見え方、周りの人間との関係などについて複雑すぎる(こじらせとも言える)考え方をする人たちは、共感されにくい生きづらさがあると感じました。まさにこじらせ代表であるような永山や影島、ナカノタイチといった人物の考えに触れ、自分とは全く違う思考回路を巧みな表現で感じさせてくれる一冊でした。
好き嫌いは分かれそうだけれど、読んだ体験そのものが強く印象に残ります。 -
Posted by ブクログ
たぶん『火花』を読んで、映画も見て、この本を手に取ったように思う。久しぶりに頭から読み直した
又吉さんの「青い東京生活」が透けて見える。どうでもいい嘘をついたり、イライラして逆に落ち込んだり、無意味に楽しいフリをしたり、先が見えない不安に押し潰されたり、「何者かになりたい」と思う自分こそ「ゴミ」に思えた毎日。その時の心模様が駅や地名、景色や音、においと合わさった文章。夢を持って上京した人にはどこかしら刺さる部分はあるのでは。年齢は違うけれど又吉さんが上京したころと時期と場所が重なるので、自分の「青い東京生活」も思い出した
観光にも聖地にもなりようがないけれど「この場所と言えば」という思いは誰にでもあると思うので、ちょろっと気が向いた時に読むのにちょうどいい本だと思う
私にとっての東京百景のひとつは「高円寺駅3・4番ホームの先頭の先から見える夕方の富士山」。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ子供の冬休みの宿題で一緒に読まなくてはいけなかったため買った本。王様の命で二人の男がめずらしい本の話を集めてきて、報告するという内容。
又吉直樹の文章は初めて読んだけど、あんまり刺さらない。ヨシタケシンスケさんの方がシュールで面白いと感じた。
言葉が分からない幼児しか読めない本が一番好きだ。子供が赤ちゃんの頃、言葉で仕切られていない世界ってどういうふうなんだろうと思ったことを思い出した。言葉にすると、途端に失われてしまう世界。私にはもう絶対に理解できない世界。でも私も確かに感じていたはずの世界なのだ。きっと面白い世界のはずだ、という確信だけがある。
私はひねくれているので、又吉さんの第7夜は長くていかにも泣かせよう泣かせようとする予定調和を感じて嫌だった。本の中で女の子は生き続けるということだと思うけど、人が死ねば感動という浅い素人臭い話で興ざめしてしまう。
誰かへの想いを載せたまま届かない本が山ほどあるにしても、わずかな届く可能性を信じて人間は本を世に送り出し続ける、ということをこの本の中でヨシタケさんは書いているが、この本自体はそれほど私宛ての本ではなかったかな。でも、私も私宛ての本がどこかにあるということは信じて毎日読み続けている。一冊でも多く、私宛ての本を見つけられますように。 -
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色気ってのは腹が据わった覚悟の有る人間が醸し出すもんだ 知る事の、大切さも無意味さも素晴らしさも恐ろしさも全てこの作品が描いています。 娘ヨレンタがノヴァクの感情の部分に触れる唯一の存在であるのにも関わらず 以降は信念というよりは最早執着 それこそ「アポリア」(相反する二つの見解が等しく成立する場合、解決の糸口を見出せない難問)だと思うんですけど。 ある意味、完全オリジナルを作るという欲望は幻想だったり。もう流石にこの世界には蓄積が有り過ぎるから、どういう組み合わせで更に新しい事があるかなって事を皆探求していると思います。 文化は大きな川の流れであるという事を良く言っているんですけど、文章、文節ってその流れの一部でしかないですよね。 何かにグッと偏ってる 僕には山口さんの世代が、個人と世界を接続する「社会」という中間項を成立させていたように見えるんですよ。 社会性を持つには自分自身のオリジナルな状態を維持しないといけないっていう 人間は結局、回顧主義だから未来のものを懐かしく感じて、過去のものを新しく感じるようなサイクルがずっと続いていく気がする。 地動説への強い憎悪を露わにするノヴァク 自分が『チ。』の物語の悪役だったと気付くところもメタフィクション(フィクションの中のフィクション)的で面白いですよね 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』という曲を作った時は、サブカルチャーとハイカルチャーを融合させて、日本の詩吟とダンスミュージックとクラシックの三角関係を曲にしようと考えたんだけど、純粋にメロディを作ったり歌詞を書いてる時は、ほぼ「無」でやっていたかも。 尖っている個性の手前にある普遍性をどれだけ腑に落とせているかで その行為を「考古学のようで楽しい」と表現していました 僕の二十代の屈辱が疼くのを感じた 感動させる作品には個々の挫折や劣等感と繋がる瞬間がある気がする 今後の僕等には『チ。』が有る。彼等は僕等が前進する意志と共に戦ってくれる。 今でも多くの国が、天体を国旗のシンボルとして採用し続けているのは、その名残だ。 宗教が信徒に求めるのは教義への「信」だが、科学に必要なのは「信」では無い。寧ろ逆である。科学が求めるのは「疑い」だ。だから『チ。』は「信念」の物語であると同時に、いや、寧ろそれ以上に、「疑念」の大切さについての物語でもある。 叶う方法を探せば道筋は立てられる 昨日礼賛されていた言葉が今日は禁句になっているような毎日なのに 私が変化したという事実からあなたは今何かを受け取ったんです γはその紙資料を所定の位置に戻すと 教会が説く善に従う事は、私達自身の生を断念し、道徳的命令に従う「畜群」として生きる事を暗に意味するからである。 重罰になる可能性をも考慮にいれて 「何故人を殺してはいけないのか」という問いに対して、それを予め封印するような動きを見せる「僧侶」達が私達の周りには今も尚存在しているからである。『チ。』は、フィクションの形をとりながら、現代人がどのような〈嘘〉に隷従を強いられているかを私達に改めて問いただすのだ。 時には手厳しい論駁等も珍しく無かった 〈真理〉は、誤りを無慈悲に宣告する。〈真理〉の正しさは、思いや努力等の人間的な事情とは関係ないところにあるからだ。 朽ちる事の無い静かな衝動を指す事を暗示している 迷いは、変化の兆しがそこにある事を意味している。