安藤優一郎のレビュー一覧
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窮民救済として効果的な制度は天明の大飢饉で
打ちこわしが政変を呼び「御救米制度」が誕生
飢饉や大地震・感染症蔓延時に弱者を対象に支
給される
その基準は
①70才以上独り者で自立困難者
②孤児
③長患い
その後拡大していく
④家族も対象
⑤その日稼ぎとなり以下のとおり実施
1802年288,441人(インフル)
1803年 41,020人(麻疹)
1821年296,987人(インフル)
1831年278,353人(米価高騰)
1832年306,038人(インフル)
1833年318,420人
319,359人(米価高騰)
1834年333,827人(米価高騰)
1836年350,35 -
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司馬遼太郎の『峠』から、童門冬二による『小説 河井継之助』を読み、そして本著に至る。河井継之助に何故こんなにも惹かれるのか。三冊読んで自己分析すると、大きく二つの事に絞られる気がする。一つは、家老まで昇格する継之助のリアリストかつ改革者としてのスタイル。本著では特に山田方谷に教えを請う所から、改めて読み直した。もう一つは、定まらない評価。幕末の揺籃期に新政府対幕府の判断を迫られる中、結果は、幕府側について賊軍の汚名を背負う事になった上で負けたのだ。財政改革に成功し、ガトリング砲などの近代兵器を取り入れながら軍備強化をした所で、結果的に長岡藩を不利な立場に置かせる事になった。この判断は、正しいと
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徳川幕府は15代将軍・250年以上も続きました。武力で日本を統一した徳川家ですが、時代が経過するにつれて、資金繰りが苦しくなってきたようです。
中学や高校の頃、江戸時代の後半にもなると、金の含有量を減らした価値の低い貨幣を発行したと習って、これは良くないことだと思っていましたが、現代の政府も「量的緩和」と称して同じことをやっているのではないでしょうか。
更に貨幣価値を戻した政策は素晴らしいと当時は思っていましたが、言い換えれば貨幣流通量を減らして緊縮財政をして景気を悪い方向へ持っていたことになったことも今になって理解できてきました。江戸時代も中盤以降になると資金繰りは色々と苦労していた様子 -
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ネタバレ幕末から明治にかけての徳川慶喜、勝海舟、渋沢栄一、3人の動きやそれぞれの考えがまとめられた一冊。その時々のそれぞれに対する心情までもよく書かれている。
ただ、サブタイトルに(栄一と回収の)「二人の暗闘」とあり、また海舟の死をもって「栄一と海舟との水面下での戦いも終わった」と書かれており、あたかも二人の間で論戦があったかのような記述があるが、実際は、明治も進んだ頃に、まだ慶喜が静岡に引っ込んだままなのは、海舟のせいだと思い込んで、海舟に一方的に不満を持っていただけのようである。私はサブタイトルから、福沢諭吉と海舟の間にあったようなやりとりが、この二人の間にもあったのかと期待して読み進めたが、どう -
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江戸時代における幕府を中心とした武家の人事制度について、国替えの制度をもとに説明している。江戸時代は、幕府が強大な権力を保持していたことを再認識した。参勤交代もそうだが、大名に対する土地の所有権や人事権を、徳川幕府が一手に握っていたことが大きく、その基盤がしっかりしていたからこそ政権が260年も続いたのだと思う。トピック的な事項が多く、論理的な流れとはなっていないが、面白く読み進められた。
「(家康の関東への国替え)家康の旧領は信長の次男で織田家当主の尾張国の清州城主織田信雄に与えられたが、尾張や伊勢国などの所領を取り上げた上での国替えであった。信雄は父祖よりの所領である尾張を取り上げられる