安藤優一郎のレビュー一覧
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本の紹介文です。
明治の世をつくったのは、「薩長」ではなく敗者たちの「悔し涙」だった!!
幕府が瓦解したあと、徳川に連なる人々は、どう生き抜いたのか!?
篤姫の執念、津田梅子の情熱、江戸っ子の心意気、リストラされた旗本・御家人たちの悲喜劇――。
これまで語られてこなかった維新史に新たな光を当て、日本の夜明けの真実に迫る!
ということで内容ですが、
第1章 篤姫が住んだ大奥とはどんな世界だったのか
(1)男子禁制・大奥の実像と虚像
(2)大奥を去った御台所・篤姫の戦い
(3)師匠になった奥女中たち
第2章 失業した三万余の幕臣はどうなたのか
(1)静岡藩で塗炭の苦しみを味わう幕臣たち
(2)旗本だった福沢諭吉の華麗なる転身
(3)明治政府にヘッドハンティングされた渋沢栄一
第3章 将軍家御典医・桂川家の娘が歩んだ数奇な運命
(1)大奥に入った桂川家の娘
(2)一族を巻き込む政治の渦
(3)徳川嫌いの夫
(4)『名ごりの夢』を残す
第4章 日本最初の帰国子女、津田梅子の奮戦
(1)「幕臣」になった父親
(2)梅子の渡米と帰国後の苦悩
(3)華族女学校と女子英学塾の設立
第5章 東京に転居した大名とその妻はどうなったのか
(1)廃藩置県と大名家の消滅
(2)華族として皇室を守る
(3)社交界を仕切る華族の妻たち
第6章 東京の街は、牧場と桑畑だらけになった
(1)明治維新で寂れた東京
(2)殖産興業の失敗
(3)女学校の生活と西南戦争
(4)薩長偏重の歴史への反発
第7章 江戸を支えた商人や町人はどうなったのか
(1)幕府御用達・三井家の決断
(2)夏目漱石の父たちが東京の市政を支えた
という内容です。
時代の変わり目、勝てば官軍で、葬り去られた側の歴史は抹殺されますが、おっとどっこい、150年後の今日、敗者の側が、明治以降の日本の歴史を作ってきた事実はじんわり出てきています(嬉)。
幕末、参勤交代制度による幕府の締め付けが緩くなり、江戸の商売が不況になったり、大名屋敷などの劣化が進んでいたなど知りませんでした(涙)。
それにしても、女性の芯の強さ、また、芸は身を助くということで、語学に堪能であるということは、いつの時代でもここ一番のスキルのようであります。 -
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関ヶ原の戦いを学校の授業で習った時のイメージは、「天下分け目の合戦」と言いながらも、一日であっけなく終わってしまったというものでした。
両軍合わせて十万人を超える将兵が戦ったにしては印象が薄かったのですが、この合戦を取り扱った歴史小説を読むと、本戦に至るまでに、日本各地で様々な前哨戦が行われていただけでなく、豊臣秀吉が死去してから「関ヶ原の戦い」に至るまで、多くの出来事があることが理解できました。
この本のテーマ「不都合な真実」の一つとして、家康が関ヶ原の戦いを戦ったときは、当時の政権に反抗していた「賊軍の将」であって、それが当時の豊臣政権からお墨付きをもらったはずの「上杉征伐」をしている間に、転落してしまったことでした。
西軍代表である「毛利輝元」は、関ヶ原の戦いに意欲的で、西日本中心に領土を広げていたことも知りました。敵中を突破したことで賞賛される島津軍が、なぜ寡兵で臨まなければならなかったのか、等、面白い話満載でした。
最大のクライマックスとして知られている、小早川秀秋の裏切りは、戦いの開始と同時に行われて、そのためにすぐ戦争が終わったことも意外な事実でした。これも、ドラマや小説にするには、不都合な真実ですね。
以下は気になったポイントです。
・これまでの毛利輝元像とは全くの逆の姿が晒されて始めている。西軍総大将の座に就いたのを機に、毛利家の版図を拡大させようと目論んでいた(p6)
・秀吉は、坂東は家康、坂西は、毛利家の二人、輝元と隆景に統治を任せようとした(p38)
・五大老は同格ではなく、家康・輝元(隆景)が副総理格、利家・秀家・景勝よりも上であった(p40)
・秀吉死後、三成は清正や長政たちの武功派諸将からの襲撃の危機にさらされるが、その直接の原因は朝鮮出兵での対立にある(p55)
・豊臣政権は、家康と利家の連立政権であったが、家康が伏見、利家が大坂という二元政治であった。五奉行も分けられた(3奉行が伏見)(p60)
・利家の警護をしたのは、加藤清正、細川忠興、浅野幸長、であった。武功派だが、利家とも親交あり、家康の屋敷に駆け付けた、正則・黒田長政、池田輝政、藤堂高虎と二つに分かれた(p70、71)
・吉川元春は勝家、小早川隆景は秀吉と交渉して、毛利家は両天秤をかけた。そのため両者の家から人質が求められた。東軍に内応した、吉川広家と、西軍で奮戦した小早川秀包である(p117)
・事実上家康に屈服していた輝元は、秀元分知問題でも家康に介入されて危機感を抱いた。これが西軍の総帥の座に就いた理由(p129)
・宇喜多秀家は、重用した新参の家臣たちに検地を担わせた。彼らには「浮田」の苗字を授けた(p133)
・島津家は、家康に接近していた義久、家康の介入を防ごうとした義弘の対立があった(p142)
・毛利勢が大阪城西の丸に入った7月17日、奉行衆は「内府ちかひの条々」を全国の諸大名に向けて発した。この日、家康は大老職を解かれて、豊臣政権の討伐を受ける立場に転落した。この事実を家康が知ったのは29日(p180、190)
・西軍は秀頼を奉じる豊臣正規軍、東軍は豊臣政権から弾劾された家康を盟主とする反乱軍であった(p182)
・わずか2日での秀信の岐阜城陥落は状況を一変させた(p229)
・大津城の攻防により関ヶ原に向かうはずだった1万五千人を大津で足止めさせたのは、大きな影響を与えた(p248)
・開戦開始(午前10時)すぐに、秀秋が大谷軍に攻めかかって総崩れとなったのが真相(p275、277)
・家康が江戸にとどまらざるを得なかったのは、正則たちの裏切りと、景勝の関東侵攻への懸念であった。これは三成のお狙い通り(p302)
2015年10月31日作成 -
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播磨国の豪族小寺家の重臣の家に生まれた黒田官兵衛が福岡を領する大大名へと上る物語。2014年、大河ドラマの主人公である。
黒田官兵衛といえば、竹中半兵衛と並んで秀吉の軍師として知られるが、大変苦労の多い人であった。敵方の捕虜になり危うく嫡男を殺されそうになったり、あるいは軍功の割に恩賞が少なかったりと、気の毒なことが多いが、けっして腐ることがない。
本書を読むと、単に戦略家として優れていただけではなく、大坂城の縄張りを手掛けるといった才能のあることなど、官兵衛のスケールの大きさがわかる。NHK大河ドラマの筋書を予習しようという人には、手軽に読める便利な本だ。 -
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ネタバレ東京都世田谷区といえば、23区最大の人口(90万人弱)を抱える巨大都市であるが、かつては江戸御府内の外にあり、ほとんどが農村だった場所である。江戸時代、世田谷には彦根藩井伊家の飛び地が存在し、もともとこの土地に土着していた大場家が代官を世襲していた。その大場家には、いくつかの日記が残されており、本書はその内容をもとに幕末維新期の江戸近郊農村の姿を描いたものである。
中でも面白いのは、代官の妻、大場美佐の記した日記である。妻の日記というと家の中の私的な出来事を連想するが、思いの外、村内の出来事や、井伊家とのかかわりなども丹念に記録されていることに驚かされる。世襲であるからには、もし当主が急死した場合、経験の乏しい者を後継に当てる場合もあろう。実際に美佐の夫与一は39歳の若さで亡くなり、美佐の弟を養子に迎えている。そうした場合、妻の役割がきわめて重要だったことを本日記は示しているともいえそうだ。
それにしても、井伊家上屋敷のある桜田門と世田谷は、かなりの距離がある。何かあれば、桜田屋敷に駆けつけなければならない世田谷領の人びとの苦労は大変なものだっただろう。
幕末維新史を描いた本は無数に存在するが、井伊家の代官領という特殊な立場にあった世田谷領から見た本書は、非常にユニークな視点を提供しており、一読を薦めたい。 -
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ネタバレ世田谷にあった井伊家の所領で代官を務めた大場家の代官夫婦の日記から読み解く幕末から明治の世。下野の佐野奉行が上官になるが、江戸の桜田御門外にある井伊家の上屋敷から直接、人足や馬などの調達を指示される関係にあり、農作業をたびたび中断される労務提供の依頼に領民が反発するのをなだめたとか、企業に働く中間管理職を連想させる場面も。桜田門外の変で井伊直弼が暗殺された直後は水戸藩と彦根藩が江戸で衝突寸前だったとか、天狗党の乱や武州世直し一揆の余波が世田谷にどう波及したかとか、幕末維新の歴史の変動を代官一家がどう対処したかを知ることができる良著。特に親子三代の代官一家に嫁いだ夫人(荏原郡中延村出身ということに親近感持った)が夫の死後に実弟を養子に迎え、さらに弟の死後もその息子の裏方を支えたという献身的な生き方に頭が下がる。
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最近、江戸ブームということばがよく使われるが、実は同じようなブームが明治時代にもあった。それは、江戸開市三百年祭を祝った1889年(明治22)が起点になっているという。維新後、新政府に憚るところが多かった旧幕臣が、この祭典をきかっけに、さまざまな組織を作って展覧会を開いたり、出版事業に取り組んでいる。忘れないうちに江戸のことを残していこうという、このような努力のお陰で、研究の上でもきわめて有益な史料が多数残された。
この本は、こうした活動の母体となった旧幕臣、なかでも「南北会」を作った南・北町奉行所に勤めていた者の動きを中心に描いたものである。
本書を読むと、旧幕臣のかなり「したたか」な生き方も見えてくる。たとえば、新政府にはすべての文書を引き継いで江戸城が明け渡されたことになっているが、筆者は「旧幕府引継書」には幕末のものが異様に少なく、おそらく意図的な廃棄が行われたのではないかと見る(p.37)。また、静岡藩士となった幕臣が、新政府へつぎつぎと引きぬかれてゆくエピソードも面白い。中には新政府への出仕を強く渋る向きもあったようであり、「江戸っ子の意地」が貫かれていたのだろう。 -
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主人公の江(ごう)は、浅井長政の三姉妹の末娘、徳川秀忠正室であるが、これまでドラマなどではあまり取り上げられることはなかった。どちらかといえば、秀吉に嫁いだ長女の茶々(淀君)、あるいは家光の乳母、春日局の陰に隠れた存在だった。
一方、本書に描かれた時代は、戦国から徳川の世へと移る大河ドラマでもおなじみの時代であり、歴史的事実そのものも、よく知られた話ばかりである。一見、地味な物語と思われがちだろう。
しかし、生涯で三度の結婚をし、三代将軍家光の生母となった江の一生という側面から見ると、また違った見方ができるから面白い。本書は江をはじめ、この時代のもう一つの主役だった女性たちの立場から見た織田、豊臣、徳川の「新しい」歴史を描きだす。
ともすれば、戦国から徳川政権成立期にかけての女性は、戦乱に巻き込まれた悲劇の存在として描かれることが多い。しかし、安藤氏は、その見方は一面であり、むしろ、たくましく生きる存在としての女性像に注目するのである。 -
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明治維新。
どうしても明治新政府に目がいきがちなこの時代。
この本を見つけたとき、ハッとさせられました。
そういえば徳川家臣団、どこへ行ってしまったの…?
中学校の実習で、ちょうど明治維新あたりの
授業をすることになり、本屋へ直行。
そこで見つけた本がこれ。
ある旗本の御家人1人にクローズアップして
取り扱っているのでとてもわかりやすい。
そこから徳川家臣の動きや生活の様子へと
広がりを見せているのがとても読みやすかった。
面白かったのは、生活苦の士族たちが
明治期に牧場経営に参入し始めたのだが
乳牛は広い土地がいる…そうだ!うさぎにしよう!
とうさぎを飼い始めたものの、肉や皮の利用法は知らないわ
うさぎはどんどん増えていくわ…
で困ってしまった、というエピソード。
東京にうさぎがはねまわってたなんて!