安藤優一郎のレビュー一覧

  • 江戸の旅行の裏事情 大名・将軍・庶民 それぞれのお楽しみ

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    瀑布の要請に応えて毎年京都から日光へ派遣される例弊使が駕籠からわざと落ちる「パタル」ことで袖の下(賄賂)をせしめ、一財産を築いていたのに驚いた。

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    2021年12月12日
  • お殿様の人事異動

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    江戸期大名たちの国替えに係る引き交々が赤裸々に描かれている。実務は大変そうだと思っていたが、このようなおおわらわが各地で起こっていたかと思うと、味わい深い。

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    2021年05月18日
  • 渋沢栄一と勝海舟 幕末・明治がわかる!慶喜をめぐる二人の暗闘

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    ネタバレ

    幕末から明治にかけての徳川慶喜、勝海舟、渋沢栄一、3人の動きやそれぞれの考えがまとめられた一冊。その時々のそれぞれに対する心情までもよく書かれている。
    ただ、サブタイトルに(栄一と回収の)「二人の暗闘」とあり、また海舟の死をもって「栄一と海舟との水面下での戦いも終わった」と書かれており、あたかも二人の間で論戦があったかのような記述があるが、実際は、明治も進んだ頃に、まだ慶喜が静岡に引っ込んだままなのは、海舟のせいだと思い込んで、海舟に一方的に不満を持っていただけのようである。私はサブタイトルから、福沢諭吉と海舟の間にあったようなやりとりが、この二人の間にもあったのかと期待して読み進めたが、どうもそのようなことはなかったようである。
    ちょっと肩透かし。
    また、栄一が最初に海舟に会ったときに小僧扱いされて、ムッときたのが、そもそもの始まりのような記述があるが、私が読んだ限りでは、栄一は「伯(勝)とは好んで会ったものである。(海舟の気力が)全然段違ひで、、、、小僧のやうに眼下に見られ、、仏蘭西引揚には、、、などと褒められなんかしたものである」と懐古しており、ずっと後に海舟の慶喜への対応に不満を持ったきっかけだったとは思えない。
    この時栄一28歳、海舟45歳。むしろ小僧扱いされても褒められて嬉しかったのではないか、だから「好んで会った」と思われる。
    二人の間に暗闘はなかったというのが私の結論である。

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    2021年03月18日
  • 江戸幕府の感染症対策 なぜ「都市崩壊」を免れたのか

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    江戸幕府の感染症対策のうち、治療は幕末の蘭方医によるまでほぼ手付かず、それまで経済対策はお救米だった。

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    2020年12月27日
  • 龍馬を継いだ男 岩崎弥太郎

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    三菱を設立した岩崎弥太郎の生涯を描いたもの。ただ時代の背景など概略は分かりやすいのであるが、この本が大河ドラマ龍馬伝少し前に出されていることもあり、あまりにも坂本龍馬を意識しすぎている感があるのは否めない。
    もう少し、弥太郎自身を深く掘り下げ焦点を当てていけば、より面白味が増していくと思われる。

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    2020年07月29日
  • お殿様の人事異動

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    江戸時代における幕府を中心とした武家の人事制度について、国替えの制度をもとに説明している。江戸時代は、幕府が強大な権力を保持していたことを再認識した。参勤交代もそうだが、大名に対する土地の所有権や人事権を、徳川幕府が一手に握っていたことが大きく、その基盤がしっかりしていたからこそ政権が260年も続いたのだと思う。トピック的な事項が多く、論理的な流れとはなっていないが、面白く読み進められた。

    「(家康の関東への国替え)家康の旧領は信長の次男で織田家当主の尾張国の清州城主織田信雄に与えられたが、尾張や伊勢国などの所領を取り上げた上での国替えであった。信雄は父祖よりの所領である尾張を取り上げられることを嫌がり、転封命令を拒否してしまう。よって、秀吉の怒りを買い、改易に処せられた。所領をすべて没収され、大名としての地位を失った。国替えを拒否して改易された最初で最後の大名となる」p20
    「家康入城前の江戸については、葦原が茂り、家が点在する寂れた漁村だったという言い伝えが残されているが、それは事実でない。家康が居城に定める前から、江戸は城下町として発展を遂げていた。家が点在する寂れた漁村どころではなかった。諸国からの商船が港へ頻繁に出入りした。城下には商人が群集し、市も毎日開かれ、人家も密集していた。太田道灌により江戸城が築かれたのは、応仁の乱の少し前にあたる1457年のことだが、道灌が江戸に城を築いたのは陸上や海上交通の要衝であったからだ。だからこそ、江戸は賑わいをみせていた」p23
    「(寛政の改革)当時、幕府財政は逼迫していた。定信が寛政改革を決意した動機にもなったが、その最大のターゲットこそ、年間20万両といわれた大奥の経費であった。定信は聖域とされた大奥の経費にメスを入れ、1/3にまで切り詰めることに成功する。だが、人事などへの発言権を封じ込められた上、経費削減を強要された大奥側は激しく反発する。定信の失脚そして改革政治が頓挫する遠因になるのであった」p72
    「(水野忠邦による大奥改革の失敗(大奥御年寄 姉小路に言いくるめられる))天保の改革政治は約2年半で挫折し、水野忠邦も老中の座を追われるが、早々に大奥の改革は挫折していた」p76

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    2020年07月10日
  • 幕臣たちの明治維新

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    明治維新後、「賊軍」の烙印を押された幕臣(徳川家臣団)とその家族がどう生きたかが書かれた本。

    歴史はどうしても勝者側にスポットライトが当たります。しかし、敗者となった側にも目を向けることで、歴史をより深く理解できます。

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    2020年03月22日
  • 龍馬を継いだ男 岩崎弥太郎

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    西郷、木戸、大久保、そして坂本龍馬など維新志士達の影に埋もれ、三菱の創業者としての認知度の高い岩崎弥太郎。
    そんな彼の生まれから江戸幕末の活躍といった、あまり知られていない史実についてまとめられた一冊。
    岩崎の一生がかたくるしくなく読むことができるので大河ドラマで興味を持った人にはオススメ。
    ただ、大河ドラマファンをかなり意識しており、やたらと龍馬とセットにしようとしたり、弥太郎の龍馬に対する思いについて、筆者の推測がやや多い点が気になった。

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    2020年03月17日
  • 大江戸の飯と酒と女

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    <目次>
    プロローグ
    第1章  <飯>花開く食文化の舞台裏
    第2章  <酒>幕府と居酒屋と料亭と
    第3章  <女>百花繚乱、色恋の秘密

    <内容>
    江戸時代の庶民の生活については多くの本が出ているが、それをうまくつなげた感じの本。外交使節の食事の話や「寛政三美人」の詳しい説明はあまりなかった気がする。

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    2019年10月22日
  • 30の名城からよむ日本史

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    30の名城を紹介。切り口自体は、そう新しくなく、どちらかといえば初心者向けのものか。まあそれでもやはり城に元々興味がある人間としては、ついつい城を巡りたくなってくる。それはこの本の力というよりも、城自体に、人を寄せ付ける力があるからではなかろうか。
    それには、城が築かれる必要性は勿論のこと、伝説や浪漫、城に掛けた人間の営みや、果ては生命の攻防があるからなのだろう。

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    2019年02月13日
  • 龍馬を継いだ男 岩崎弥太郎

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    岩崎弥太郎についてほとんど無知だったので概略を知るには良かったが、明治維新前の記載がほとんどでそれ以後のことについては流してあるのが残念。

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    2018年11月05日
  • 世田谷代官が見た幕末の江戸 日記が語るもう一つの維新

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    世田谷代官屋敷跡の資料館は行った事があります。
    この本を読んで、世田谷の歴史についてますます興味を持ちました。

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    2018年10月27日
  • 江戸っ子の意地

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    明治維新の影に隠れがちな幕臣のその後について興味深い。明治政府を動かしていく基礎にも、在野の批判勢力にも、幕臣の力はあったのである。

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    2018年10月20日
  • 江戸のいちばん長い日 彰義隊始末記

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    著者は、上野・寛永寺での彰義隊の戦いは、勝海舟と西郷隆盛の頂上会談による江戸城無血開城の陰に隠れてしまっているが、歴史上如何に意義のある戦いであったかを述べている。

    だが時代は既に回転し、徳川慶喜は水戸に蟄居し、江戸城は無血開城した後での、わずか半日の戦い、しかもそれほど組織的な抵抗でもない戦いの歴史的意義は、著者が強調するほどは重要とは思いにくい。

    一方、著者が言うように、徳川家を70万石に減じて駿府移封という処分については、不満分子が一掃されたので、新政府としてはやりやすかった面は否定できない。

    別途、興味を引く箇所はいくつかあり、それなりに面白いものであった。
    例えば、新政府は江戸市中の取り締まりは徳川家に委託していたとか、勝海州は、無血開城の後も、新政府との条件抗争を粘り強く行っていた。また、西郷隆盛は徳川家の処理については、穏健派で、新政府内では孤立していたなど興味を引いた。

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    2018年06月01日
  • 世田谷代官が見た幕末の江戸 日記が語るもう一つの維新

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    彦根藩世田谷領の代官である大場家の幕末期の日記をもとにした内容。当時の混乱の様子や、井伊直弼の死を憚りあいまいに書いている点、新政府軍が来る頃の話など、面白い。幕末の舞台が京都であったころの内容が少し薄いが、これはあまり変化のない内容だからだろうか。また、明治期に入って様々な事業に手を出しているが。そのときの詳しい様子を書いてあるといいなと思う。

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    2014年03月22日
  • 幕臣たちの明治維新

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    最近マイブームな「敗者の歴史」の一環
    どんどん長州が嫌いになってく
    薩摩の大義はまだ分かるけど、長州の気質が馴染まない

    松平容保の子と大久保利通の孫との邂逅はしびれる

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    2013年10月24日
  • 世田谷代官が見た幕末の江戸 日記が語るもう一つの維新

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    ネタバレ

    幕末から明治への時代転換を、江戸に近い世田谷の地で、
    見つめていた人物がいる。彦根藩井伊家世田谷領の代官
    大場与一・美佐夫妻である。江戸賄料として、井伊家が
    幕府から与えられた世田谷の地を代官として支配した大
    場家だが、実態は中間管理職のような立場だった。
     序 章 桜田門外の変の衝撃
     第一章 大場家と世田谷領
     第二章 江戸の混乱に巻き込まれる
     第三章 大場家御家断絶の危機
     第四章 関東の争乱と世田谷
     第五章 明治維新と大場家

    幕末史の裏側がわかる本。さくさくと読める。
    桜田門外の変、黒船来航、明治維新を井伊家の代官という
    立場から関わっている。
    個人的な印象として天狗党の乱は影が薄い。これは政治の
    中心が京都に映っていた時に関東で起こった事件であるか
    らであろうが、本書を読むと藩から自衛を求められている
    様子がわかる。

    大場家の日記という貴重な史料が存在する事がわかったのは
    良かったものの全体的に薄い内容であるのが残念なところで
    ある。

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    2013年06月02日
  • 徳川将軍家の演出力

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    [ 内容 ]
    封建時代の圧政の象徴から暴れん坊まで、徳川将軍は様々イメージされてきたが、江戸時代の人々にとって、実際はどのような存在だったのか。
    大名は拝謁儀礼、御成、鷹狩り、拝領と献上などのチャンスを使って、将軍との親密さをアピールするとともに家格の向上を図り、町人は町入能で将軍に「成田屋」と声をかけ、「ありがたく」も「勿体ない」存在として誇った。
    御威光の巧みな演出法にみる葵のブランド戦略。

    [ 目次 ]
    第1章 シュリーマン、将軍を発見
    第2章 御威光の演出
    第3章 大名屋敷への御成
    第4章 御鷹様と江戸の武家社会
    第5章 将軍の求心力
    第6章 寺院の帰依争奪戦

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2011年05月22日
  • 幕末維新 消された歴史

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    ネタバレ

    2010/1/22
     期待してたけど普通だった...​。
     もう1つ、上側の構造があれば読みでのある本になるけど、
     いまの内容だと、歴史フィールドワークかな

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    2011年02月28日
  • 幕臣たちの明治維新

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    2009/12/11
    幕臣達が、明治維新後、どのような生活を送ったかという本。
    観点は良いけど、書いてある内容は扇情的でなく、普通”

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    2011年02月27日