安藤優一郎のレビュー一覧
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ネタバレ幕末から明治にかけての徳川慶喜、勝海舟、渋沢栄一、3人の動きやそれぞれの考えがまとめられた一冊。その時々のそれぞれに対する心情までもよく書かれている。
ただ、サブタイトルに(栄一と回収の)「二人の暗闘」とあり、また海舟の死をもって「栄一と海舟との水面下での戦いも終わった」と書かれており、あたかも二人の間で論戦があったかのような記述があるが、実際は、明治も進んだ頃に、まだ慶喜が静岡に引っ込んだままなのは、海舟のせいだと思い込んで、海舟に一方的に不満を持っていただけのようである。私はサブタイトルから、福沢諭吉と海舟の間にあったようなやりとりが、この二人の間にもあったのかと期待して読み進めたが、どうもそのようなことはなかったようである。
ちょっと肩透かし。
また、栄一が最初に海舟に会ったときに小僧扱いされて、ムッときたのが、そもそもの始まりのような記述があるが、私が読んだ限りでは、栄一は「伯(勝)とは好んで会ったものである。(海舟の気力が)全然段違ひで、、、、小僧のやうに眼下に見られ、、仏蘭西引揚には、、、などと褒められなんかしたものである」と懐古しており、ずっと後に海舟の慶喜への対応に不満を持ったきっかけだったとは思えない。
この時栄一28歳、海舟45歳。むしろ小僧扱いされても褒められて嬉しかったのではないか、だから「好んで会った」と思われる。
二人の間に暗闘はなかったというのが私の結論である。 -
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江戸時代における幕府を中心とした武家の人事制度について、国替えの制度をもとに説明している。江戸時代は、幕府が強大な権力を保持していたことを再認識した。参勤交代もそうだが、大名に対する土地の所有権や人事権を、徳川幕府が一手に握っていたことが大きく、その基盤がしっかりしていたからこそ政権が260年も続いたのだと思う。トピック的な事項が多く、論理的な流れとはなっていないが、面白く読み進められた。
「(家康の関東への国替え)家康の旧領は信長の次男で織田家当主の尾張国の清州城主織田信雄に与えられたが、尾張や伊勢国などの所領を取り上げた上での国替えであった。信雄は父祖よりの所領である尾張を取り上げられることを嫌がり、転封命令を拒否してしまう。よって、秀吉の怒りを買い、改易に処せられた。所領をすべて没収され、大名としての地位を失った。国替えを拒否して改易された最初で最後の大名となる」p20
「家康入城前の江戸については、葦原が茂り、家が点在する寂れた漁村だったという言い伝えが残されているが、それは事実でない。家康が居城に定める前から、江戸は城下町として発展を遂げていた。家が点在する寂れた漁村どころではなかった。諸国からの商船が港へ頻繁に出入りした。城下には商人が群集し、市も毎日開かれ、人家も密集していた。太田道灌により江戸城が築かれたのは、応仁の乱の少し前にあたる1457年のことだが、道灌が江戸に城を築いたのは陸上や海上交通の要衝であったからだ。だからこそ、江戸は賑わいをみせていた」p23
「(寛政の改革)当時、幕府財政は逼迫していた。定信が寛政改革を決意した動機にもなったが、その最大のターゲットこそ、年間20万両といわれた大奥の経費であった。定信は聖域とされた大奥の経費にメスを入れ、1/3にまで切り詰めることに成功する。だが、人事などへの発言権を封じ込められた上、経費削減を強要された大奥側は激しく反発する。定信の失脚そして改革政治が頓挫する遠因になるのであった」p72
「(水野忠邦による大奥改革の失敗(大奥御年寄 姉小路に言いくるめられる))天保の改革政治は約2年半で挫折し、水野忠邦も老中の座を追われるが、早々に大奥の改革は挫折していた」p76 -
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著者は、上野・寛永寺での彰義隊の戦いは、勝海舟と西郷隆盛の頂上会談による江戸城無血開城の陰に隠れてしまっているが、歴史上如何に意義のある戦いであったかを述べている。
だが時代は既に回転し、徳川慶喜は水戸に蟄居し、江戸城は無血開城した後での、わずか半日の戦い、しかもそれほど組織的な抵抗でもない戦いの歴史的意義は、著者が強調するほどは重要とは思いにくい。
一方、著者が言うように、徳川家を70万石に減じて駿府移封という処分については、不満分子が一掃されたので、新政府としてはやりやすかった面は否定できない。
別途、興味を引く箇所はいくつかあり、それなりに面白いものであった。
例えば、新政府は江戸市中の取り締まりは徳川家に委託していたとか、勝海州は、無血開城の後も、新政府との条件抗争を粘り強く行っていた。また、西郷隆盛は徳川家の処理については、穏健派で、新政府内では孤立していたなど興味を引いた。 -
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ネタバレ幕末から明治への時代転換を、江戸に近い世田谷の地で、
見つめていた人物がいる。彦根藩井伊家世田谷領の代官
大場与一・美佐夫妻である。江戸賄料として、井伊家が
幕府から与えられた世田谷の地を代官として支配した大
場家だが、実態は中間管理職のような立場だった。
序 章 桜田門外の変の衝撃
第一章 大場家と世田谷領
第二章 江戸の混乱に巻き込まれる
第三章 大場家御家断絶の危機
第四章 関東の争乱と世田谷
第五章 明治維新と大場家
幕末史の裏側がわかる本。さくさくと読める。
桜田門外の変、黒船来航、明治維新を井伊家の代官という
立場から関わっている。
個人的な印象として天狗党の乱は影が薄い。これは政治の
中心が京都に映っていた時に関東で起こった事件であるか
らであろうが、本書を読むと藩から自衛を求められている
様子がわかる。
大場家の日記という貴重な史料が存在する事がわかったのは
良かったものの全体的に薄い内容であるのが残念なところで
ある。 -
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[ 内容 ]
封建時代の圧政の象徴から暴れん坊まで、徳川将軍は様々イメージされてきたが、江戸時代の人々にとって、実際はどのような存在だったのか。
大名は拝謁儀礼、御成、鷹狩り、拝領と献上などのチャンスを使って、将軍との親密さをアピールするとともに家格の向上を図り、町人は町入能で将軍に「成田屋」と声をかけ、「ありがたく」も「勿体ない」存在として誇った。
御威光の巧みな演出法にみる葵のブランド戦略。
[ 目次 ]
第1章 シュリーマン、将軍を発見
第2章 御威光の演出
第3章 大名屋敷への御成
第4章 御鷹様と江戸の武家社会
第5章 将軍の求心力
第6章 寺院の帰依争奪戦
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]