木村元彦のレビュー一覧
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ワールドカップやオリンピックが近づくといつも読み返したくなる本。
少しでもユーゴ紛争のことか、ストイコビッチのことを知っている人であれば、まえがきの
-ワールドカップは誰のために戦いますか?
「祖国のために」
これだけで良い作品だと感じてもらえるはず。
あと作品を読みながら思い出すのは、深夜にかじりついて見てたEURO2000の中継。3点ビハインドを追いついたスロベニア戦でのユーゴスラビア!ユーゴスラビア!の大合唱。祖国を追われた移民の母国への純粋な想いと、ユーゴスラビア紛争により敵となったかつての同胞への異常なまでの敵意の爆発。
youtubeなどで探せば動画も見つかると思いますので、作品と合わせて観るのも良いのではないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
『誇り』がストイコビッチに焦点をあてた本であるのに対し、これはユーゴスラビアサッカー全体に焦点をあてた作品。
そして、そのサッカーを切り口にして、ユーゴスラビア紛争やコソボ紛争などを見事に描きだしていると思う。
自分がワールドカップを見始めたのが、98年のフランス大会。そこにはユーゴもクロアチアも出てたけど、「統一ユーゴスラビア」の代表をみたかったなぁ。
ストイコビッチ、サビチェビッチ、ミヤトビッチ、ミハイロビッチ、ミロシェビッチ、ユーゴビッチ、シュケル、ボバン、ヤルニ、ボクシッチ、アサノビッチ、プロシネツキ…
こんなドリームチームが失われてしまったのは、本当に残念。もちろん仕方ないことなんだろうけど、一サッカーファンとしてはもう一度、このチームをみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2007/6/17 阪神百貨店LIBROにて購入。
2017/3/29〜4/11
10年ものの積読本。オシムの言葉で有名になった木村元彦さんの初期作品。主役はそう、あのストイコビッチである。華々しいデビューから、内戦によるユーロ直前の締め出し、失意の中での日本への移籍、フランスワールドカップへの出場、と表面的なサッカーの出来事はよく知っていたが、その後ろにはこんなに悲しい事実があったとは。本当に人間は哀しい存在だ。
そういえば、私はフランスワールドカップで、ドイツ代表対ユーゴスラビア代表の試合を生観戦したんだった。凄い試合だったのを覚えている。確か翌日は、本書にも頻出する因縁のクロアチア代表と我が日本代表の試合であった。あの日のナントの風景は良く覚えている。 -
Posted by ブクログ
校則をなくす、(定期)考査をなくす、子どもたちの人権を尊重する。
そういう言葉を聞いて、それはすごい!となるのか、それで成績は伸びるの?とか、それで授業は成立するの?となるのか。
そもそものスタンスが違えば、方法だけを真似したって、形だけで終わってしまう。
それどころか、予期していた「悪い結果」になってしまうかもしれない。
本の中では、自分が良いと思ったら、まずは自分一人ででもやってみなさい、と書かれている。
けれど、責任を持つ立場の人がやることのスピードと、その人達に(ある意味逆らって)実践することのスピードは、違うと思う。
それでも、子ども達と向き合うことの、何か糸口みたいなものを、この本はくれていると思う。
公立という場所の存続さえ課題になっている今、もう一度、学校という場を捉え直すのは、誰なんだろう。 -
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サッカー、というかスポーツ全般に興味がない。
オシム監督の名前は聞いた事があったけど、
具体的な事はほとんど知らなかった。
脳梗塞を起こして外国に電話して救急車呼んだ人、
ラジオCMで脳梗塞後の速やかな救急搬送の重要性を伝えていた人、というイメージの方が強い。
祖国が崩壊して家族を人質に取られた様な状態でサッカーチームを指揮し、結果を出していた、とか、
選手一人一人を見て公平に接する教育者の様な一面は本作で初めて知った。
哲学者であり、経営者であり、教育者である名将。
祖国を失ったけれども、民族の誰からも好かれるコスモポリタン。
こんな素晴らしい人が同時代にいたのに知ろうとしなかったのをもったいないと今更ながら思う。 -
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JFAやJリーグにおけるガバナンス欠如案件についての本。よってカテゴリは「スポーツ」ではなく「法律」に分類した(「ビジネス」でもよいけど)。
ほんの30年前までスポーツの競技団体なんてどこも手弁当で有志(?)が運営していたので、人材の欠如や偏りがあるのは必然である。
その中でいちはやく自立に道筋をつけたのがJFAやJリーグであるが、そんなに一朝一夕に解決できるとは思えない。本書の事例は2007年の出来事であるから、なおのこと。
ガバナンスの欠如そのものには「しょうがないね」と思う部分もあるのだけど(本当はしょうがなくない)、それよりも暗い気持ちになるのは、指摘を受けてからの態度。
それがポジショントークとして必要だと考えているのか、問題の所在を理解していないのか、自己正当化に終始する態度は醜悪。
専門性の高い部門に外部から専門家を招くのは当然だが、その専門家の言動についてのチェック機能が働かないという「ガバナンスの欠如」が本事例の肝である。
本書の事例では、「各クラブのチームドクターが好き勝手にするのはいかん」と言うJリーグドーピングコントロール委員会委員長が、だれからもチェックされずにいる(好き勝手にやっている、と言いたい)ようなシステム、機構上の問題がある。
ドーピングについてはその後に改善が図られたと思うが、しかし同様の問題はまだ潜んでいるように思える。
たとえばハラスメント関係についても、専門家に丸投げしてチェック機能が働いていないという疑いはある。専門家が「調査報告書」を出して、それが実態として「起訴状兼判決文」になっているのは際どいと思って見ている。
とか書いているが、中小企業勤務の私としては他人事ではない。弊社にもちゃんとした法務部門が欲しいなあ。。。