武藤陽生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
主人公ラメッシュは、絶望的な状況にいる。
雇い主にあたる若者ルディとともに誘拐され、指を1本切り落とされてしまったのだ。
なぜそんな状況になったのかといえば。
元々、ラメッシュは貧困層の生まれだった。母はラメッシュを産んだときに亡くなり、父はチャイを売って日々を凌いでいた。チャイに入れるスパイスを挽くのはラメッシュの仕事。父は暴力的で時に女を連れ込んだりしていた。貧困の中、このまま父と同じような大人になるのかと諦めていたラメッシュを白人修道女が救い出した。
彼女のおかげでラメッシュは教育を受けることができたのだ。
それで成功して幸せになった、というのならよいのだが、ことはそれほど簡単ではない。
結局のところ、彼は修道女が望んだような素晴らしい人物にはならず、けれども頭はよかったために「教育コンサルタント」となった。肩書は立派だが、要は替え玉受験の請負である。金持ちの出来の悪いぼんぼんの代わりに大学受験をして、親の望む大学に放り込んでやるのが仕事だ。
それでそこそこの金を得ていればよかったのだが、ラメッシュは少しやり過ぎた。
その年、ルディの代わりに受けた全国共通試験で、1位を取ってしまったのだ。
さあ大変。ルディは一躍有名人となり、クイズ番組のスターとなった。しかし、もちろん、ルディ一人の力ではその座を保てはしないのである。ラメッシュは彼のマネージャーと称して何かと彼に知恵をつける黒子となる。
収入は格段に上がったが、同時にビジネスの危険度も段違いに上がった。まぁそれとて綱渡りで何とかこなせなくもなかったのだが、今度はルディがしくじり、とある筋から恨みを買った。
それが最初の誘拐事件につながっていくのだが、誘拐も1つでは終わらなかった。
あっちへ転び、こっちへ転がり、行先の見えない大騒ぎを、ラメッシュが、ややシニカルなユーモアを交えて語っていく。
さてこの事件の顛末や如何に。
タイトルの「ガラム・マサラ」はインドのミックススパイスを指す。ガラムが「熱い/辛い(hot)」、マサラが「混ぜ合わせる」を意味する。本書原作は英語で書かれており、出版時のタイトルは”How to Kidnap the Rich”なのだが、元々は”Garam Masala”のタイトルがあてられていたという。邦題はこちらを採っている。ラメッシュが父の下でチャイ用のスパイスを用意させられていたことを思い出させるとともに、さまざまな要素が混ぜ合わされた本作自体を連想させるようでもある。
ミステリともクライムノベルとも言えそうなストーリーの根底には、インドの階級社会や受験戦争などの時事問題がある。下層階級からのし上がっていくのは容易なことではなく、だが一方では堕落した金持ちの暮らしがある。ラメッシュは事件の過程でバラモン階級の女性に恋をし、一時は甘い夢も見るのだが、さて、この恋は実るだろうか。階級の壁を超えるのは、想像以上の難事のようである。
著者はこれがデビュー作。
解説によれば、インド系の作家によるミステリは近年、さまざま出版されてきているとのこと。これまでのところ、海外向けに翻訳されているのは英語で書かれたものが大半のようだが、そのうちヒンディー語のものが脚光を浴びる日も近いかもしれないそうだ。それはそれでまた毛色が違っておもしろいかも。 -
Posted by ブクログ
「自分は地球外生命体と人間のハーフ」と名乗る若者から、空き巣に入られて父の贈り物である貴重な石を盗まれたので調査して欲しいという依頼を受け、渋々引き受けたたサムスン。石はなぜ盗まれたのか、そして盗んだのは誰か、という謎を解き明かす「それが僕ですから」を始め、「彼」にまつわる事件を、サムスンが調査するという連作集。
各編とも短めの中編というところで、サムスンの聞き込みで淡々と進んでいるように見えるものの、それぞれの事件には意外な真相が潜んでいた。
新米警察官としての愛娘サムとの絡みも面白いし、全体的にとても読みやすい。
最終収録作の「父親たちにまつわる疑問」では、これまでのシリーズでは触れられなかったサムスンの父親のことが取り上げられており、そのラストにはホロリとするものがあった。
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Posted by ブクログ
タイトルにひかれて深く考えずに購入しました。まず翻訳は非常に質が高く、全体的にとても読みやすかったです。また書かれていることについても、大きな違和感を持つような箇所はありませんでした。ただ本書からは一貫して「底の浅さ」を感じました。書かれていることが浅いといいますかとにかく薄い。巻末に早稲田大学の先生による12ページの解説がありましたが、そのくらいのページ数で十分伝わります(お時間ない方はこれだけ読めば十分)。なにか「カタカナ言葉」で無理矢理バリューアップを図ろうとしているかのようにも見え、正直ほとんど感銘を受けませんでした。面白い本ですと2ページに1回くらいの頻度で赤線を引くのですが、本書は全部で3箇所しか赤線を引きませんでした。
本書の最後の方に著者が書いているように、この本自体も「アジャイル」に作ったと言うことなので、内容が浅くなるのは致し方ないとは思います。またこの本は今後も?アップデートされるということですので、読者の意見を参考に内容を深めて欲しいと思うのですが、特に気になった点はデジタル技術を使った意思決定のパートです。本書によれば、デジタル・アジリティを身につけるためには、「情報に基づく意思決定力」が必要とのこと。そしていくつかのデジタルサービスを事例に、それらがどう人間の意思決定を改善できるかが淡々と記述されていますが、正直言って人間に対する洞察が浅すぎます。IMDにも意思決定の専門家の先生がいらっしゃるかと思いますが、そのような専門家の意見を聴きながら、人間がいかに単独もしくはグループで意思決定をあやまるか、あるいは様々な心理的なバイアスに影響を受けるかを理解した上で、デジタル技術がそれをどう改善できるか深掘りしてほしいと思いました。本書のなかでも人種や性別の偏見を受けない意志決定、という記述はありましたが、これは初心者でも言えることであって、「集団思考」「追認バイアス」「新近性バイアス」「アラーム疲れ」など技術の助けを借りたとしても人間が意思決定を間違える可能性は常にあります。意思決定×デジタル技術、というのはテーマとして非常に興味深いので、是非今後深掘りして欲しいと思いました。 -
Posted by ブクログ
【感想】
この本を読んでいるとき、通信傍受に関する事件が日本国内でも発生していた。
LINE株式会社が自社のサーバーを中国に置いており、LINEに登録されている日本人の個人情報やプライベートな会話を、システム管理を委託していた中国企業の技術者が閲覧可能な状態にあった。その後同社は中国からのアクセスを完全に遮断し、サーバーを日本国内に移すことを発表している。
このニュースを見て、私は、「今さらなんだ」という感想を抱いてしまった。LINEが個人情報を外国に流していることなど周知の事実であり、それを割り切りながらサービスを使っていたのではなかったのか、と考えてしまったのである。
そして同時に、スノーデンが抱いていた「プライバシー保護への意志」が、私の中に根付いていないことを知り、悲しくなってしまった。
スノーデンが暴露を行ってから8年近く経とうとも、NSAの責任が追及されることはない。それどころかアメリカは中国をますます「スパイ国家」と認定し、中国製電子機器の締め出しを強化している。アメリカの首脳陣も、NSAの幹部も、自国が構築した監視網は棚に上げ、彼らは罰則を受けることなく今日まで存在しつづけている。
もうこれは、割り切るしかないのだと思う。今さらインターネットを捨てることはできず、したがってアメリカが構築した監視網から逃れるすべはない。
全てが覗かれている世界の中で、少なくとも自分だけは誠実なふるまいをし、火の粉が降りかからないよう生きていくしかない。政府への抗議活動や反対運動を起こそうと思っても、自分だけは捕まらないように注意して行動するしかない。そんな諦めの気持ちが、自分の中に芽生えてしまっている。
スノーデンの「大規模監視システムが存続すべきかどうかを人々に問いたい」という思いは、宙ぶらりんのまま潰えようとしている。悲しいことに、アメリカはあの事件から全く前に進んでいないのだ。
【本書の概要】
NSAが日常的に世界中の通話記録とメールを収集・定量化していたことを、元NSA職員であるスノーデンが暴露した。
NSAと主要ウェブサービス会社、連邦政府は蜜月の関係にあり、「テロから自国を守る」ことを口実に、世界の国々に対して大規模な通信傍受をおこなっていた。
NSAが監視プログラムに対して、「監視しようとしているのは、悪い人間から悪い人間に対する通信だ。いかなる違法活動にも携わっていないアメリカ国民は、何も恐れることはない」と言う。しかし、他者の視線を感じている時に人が考慮できる選択肢の幅は、プライベートな領域での行動時よりもはるかに限られてしまう。「監視されている」という事実自体が行動を歪めてしまうのだ。
スノーデンの暴露に対して、政府よりのメディア、ジャーナリストから誹謗中傷が届いた。
ジャーナリズムの世界に身を置く多くの者にとって、政府から「責任ある」報道というお墨付きをもらうこと(足並みをそろえること)が名誉の証となっている。
アメリカのジャーナリズムは堕落している。
【本書の詳細】
1 スノーデンとの初接触
郵便物の検閲、電話の傍受といったように、歴史上起こってきた大量監視はいずれも、反対派を抑圧し従順を強制することが目的であった。
アメリカの指導者は、テロへの対策という名目で大量監視を擁護し、極端すぎる政策を正当化してきた。
かつてのスパイ・システムはすべて限定された用途に用いられたものであり、望めば回避することも可能であったが、インターネットは違う。インターネットが大量監視システムに変貌してしまえば、人間のほとんどすべてのやりとり、計画、思考まで国家の眼にさらされてしまうのだ。
元NSA職員であるスノーデンから、秘匿回線を通じて送られてきた文章は衝撃的なものだった。
連邦裁判所が、ベライゾンビジネス社(アメリカの大手通信業者)に、
(1)アメリカと海外とのあいだでの通信、(2)アメリカ全土の詳細な通話記録のすべて をNSAに提出するよう命じていた。眼に見えない国家の監視システムがいつでもどこでも、そのシステムを監督する者もチェックする者もいない状態で、秘密裏に何千万人のアメリカ人の通話記録を収集していたのだ。
同時に、こうしたアメリカ人の通話記録の大規模な収集活動は、愛国者法第215条(9.11テロにより制定された対テロ法)により認められていると明記されてもいた。
スノーデンが筆者に情報提供を持ちかけた理由は次の通りである。
「プライバシーやインターネットの自由、国家による監視の持つ危険性について、世界中で議論するようになってほしいのです」。
そのためにスノーデンは、自分の実名を公表することを決意した。例え情報漏洩の罪で刑罰を受けることになろうとも。
2 スノーデンの略歴と彼へのインタビュー
スノーデンは若くしてCIAの請け負いという立場からフルタイムのスタッフになり、2007-2009年まで、外交官に偽装してスイスのジュネーヴに駐在していた。CIAを離れてNSAに戻ると、2009年には日本のNSAで勤務するようになる。
スノーデンは上級サイバー工作員となるべく訓練を受けていた。上級サイバー工作員とは、他国の軍隊や民間のシステムに侵入し、情報を盗んだり、攻撃準備を整えたりするスタッフのことである。
各国の監視業の高度なアクセス権限を得て目にしたのは、合衆国政府が広範囲にわたって人々を盗聴しているさまだった。NSAの目的は、世界中のあらゆるプライバシーを消滅させ、すべての電子通信をNSAに掌握させることだったのだ。
こうした監視は倫理的に問題である、と上司に訴えても、即座に「お前の権限ではない」と言われ、目をつぶるように促された。上層部において権力と説明責任を切り離すのはとても容易なのだ。こうした現状を変えるべく、スノーデンは機密情報をNSA内部から盗み出し逃亡をはかった。
彼が自分のキャリアのすべてを犠牲にし、重罪犯として扱われる危険を冒してまで暴露した理由は、道義的責任と使命感によるものだった。
彼は次のとおり語る。「人間のほんとうの価値は、その人が言ったことや信じるものによって測られるべきではありません。ほんとうの尺度になるのは行動です。自らの信念を守るために何をするか。もし自分の信念のために行動しないなら、その信念はおそらく本物ではありません」
「プライバシーも自由も存在しない世界には住みたくありません。インターネット独自の価値が奪われた世界には」
「そうしたシステムを破壊したいわけではありません。ただ、そのシステムが存続すべきかどうかを人々に問いたい」
また、彼は自らの身に起こりうることを予想しこう語っている。
「1917年のスパイ活動法に違反する、と政府は主張するでしょう。なるべく刑務所には行かずにすませたいが、政府からどんな仕打ちを受けようとも、私は耐えて生き続ける。しばらく前にそう決めたんです。何もせずにただ黙って生きることはできません」。
自分の身に起こること、そしてアメリカを敵に回すことへの覚悟を、驚くほど冷静に語っていた。
そんな彼の姿勢に、筆者は強く心を打たれた。
3 リーク記事の発表
スノーデンのリーク記事の第一報はガーディアン紙から発表された。
「NSAがベライゾン加入者数千万人の通信履歴を収集」
この記事への反響は凄まじい規模であった。
政府は「通話履歴収集プログラムは、国をテロリストの脅威から守るために不可欠なツールだった」との声明を発表するが、賛同はほぼ皆無だった。
第二報はPRISM計画の暴露である。
マイクロソフト、Google、Yahoo!、Facebook、Appleなど、9つのウェブサービスを対象に、ユーザーの電子メールや文書、写真、利用記録、通話など、多岐に渡るサービスの情報をNSAが自由に獲得できる計画の全貌である。これによりNSAは「いかなる外国人」も監視することが可能になり、外国人と連絡を取ろうとするアメリカ人の情報も、容疑の証明無しに取得することができる。
前回同様、反応は爆発的であった。しかも今回はインターネット企業という地球規模にまたがる会社の情報だったため、反応も世界規模だった。
さらに「バウンドレス・インフォーマント・プログラム」の記事が発表される。これはインターネットや電話回線を傍受して得たメタデータの量を国ごとに表示し、分析するためのソフトウェアである。
また、NSAが日常的に世界中の通話記録とメールを収集・定量化していたことを指し示す記事も発表された。NSAは、外国の情報のみに集中すると法的に定義していたはずなのに、外国の通信システム利用者のみならず、アメリカ国民も同様にNSAのターゲットにされていた事実をこの資料が証明していた。
4 NSAと民間企業の提携
4本目のリーク記事の後、ついにスノーデン自身にインタビューする12分の動画が、ガーディアンのウェブサイトにアップされた。スノーデンが潜伏していた香港のホテルに記者が殺到する。合衆国政府はすでに、香港政府にスノーデンの逮捕と身柄引き渡しを要求していた。
NSAと民間企業は蜜月の関係にあった。
NSAは正式には公的機関であるものの、民間企業と幅広くパートナーシップ契約を結び、主力業務の多くを外部委託している。アメリカの諜報予算の70%は民間企業に支払われていると言われており、インターネット企業や電話会社と協力して、顧客情報を入手しているのだ。
PRISMプログラムの運用により、フェイスブックやスカイプ等のやりとりの履歴が政府に渡されていたことが発覚する。
特に政府と蜜月だったのはマイクロソフトだ。同社は、顧客に提供している自前の暗号化システム――プライバシー保護のために不可欠だとうたったシステム――を回避するシステムを、NSAと協働で構築してしまっていた。
これは何もマイクロソフトだけではない。ツイッター以外の会社は、政府機関が情報を入手しやすいシステムを構築することに協力していたのだ。
しかも、情報の収集基準は、「合法的な外国の情報収集の助けになるかどうか」という一点のみであり、例えアメリカ人同士の会話を誤って収集していたとしても、全面的許可が与えられることが慣例となっている。
5 諸外国との関係
NSAと諸外国の関係には3つのカテゴリーが存在する。
A層がオーストラリア、カナダ、ニュージーランド、イギリスで構成される「ファイブ・アイズ」と呼ばれる国で、NSAとの通信傍受に関して技術協力や提携を行う密接な国である。
B層が限定的協力国であり、特定の活動に協力する国であると同時に、求めてもいない監視をされている国でもある。A層以外の多くの先進国(日本やドイツ、ギリシャ、イタリア、韓国など)が当てはまる。
第3層がアメリカが日常的に監視し、協力関係がほとんどない国で構成される。先進国でいえば中国やロシアなどが当てはまる。
かつてアメリカは、「バックドアが仕込まれている」という口実(確証を得ていたわけではない)をもとに、ファーウェイとZTEの機器やサービスの禁輸措置を行っていた。
しかし、NSAは国外に輸出されるルーター、サーバー、その他のネットワーク機器を定期的に受領、応酬し、それらの機器にバックドアを仕込んで出荷していることが分かっている。中国機器に監視機器が埋め込まれている可能性はおおいに考えられるが、アメリカもまさに同じことをしているのだ。
中国製品に対する合衆国政府の非難の背景には、中国が監視をおこなっているという事実について世界に警告を発したいという思いがあったのだろう。しかし、中国製品にアメリカ製機器のシェアを奪われてしまえば、NSAの監視網が弱まってしまうというのも大きな動機としてあったはずだ。
2007年、NSAのサーバーとシステムの増強、そして新しいプログラム「XKeyscore」が開発された。これらを使えば、Eメールアドレスさえわかればどんな人間でも監視できることが明らかになった。XKeyscoreによって30日間で収集されたデータの量は、SSO部門だけで400億件を超えている。
世界中のあらゆるものをスパイできるシステムは、外交操作を可能にし、経済における優位性を獲得できるだけでなく、世界そのものを把握し続けられる。アメリカがあらゆる存在の行動、発言、思考、計画をすべて把握できるようになったとき、アメリカから誰も逃れられず、アメリカを誰も監視できなくなる。いかなる透明性も説明責任も無い、無限の権力の誕生である。
6 プライバシーについて
プライバシーを保護したいという願望は、人間が人間らしく生きるために必要不可欠なものとして、われわれ全員が共有する願望だ。
個人的な領域とは、他者の判断基準に左右されない場所であり。逆に、他者の視線を感じている時に人が考慮できる選択肢の幅は、プライベートな領域での行動時よりもはるかに限られる。つまり、プライバシーの否定は、人の選択の自由を著しく制限する作用がある。
監視は人々を委縮させ、人々の被害妄想と正当な警戒心の境界はますます曖昧なものになっていく。言い換えれば、国による大量監視は、弾圧へとつながるのだ。
大規模監視のリークに対する合衆国の言い分は次のとおりである。
「監視しようとしているのは、悪い人間から悪い人間に対する通信だ。いかなる違法活動にも携わっていないアメリカ国民は、何も恐れることはない」
しかし、権力組織にとっての悪い事の中には、違法行為や暴力活動、テロ計画だけではなく、重要な反対行動や純粋な抵抗活動も含まれる。単純な抗議運動を不正行為あるいは脅威と同一視するのは、権力側のさじ加減である。
「権力の拡大によって影響を受けるのは特定の個別グループだけだ」と政府が国民を説得し、自分たちの抑圧的な行為には眼をつぶるように国民を言いくるめている。
政府に同調する市民はこう言う。
「彼らが私を探す動機はなく、大量のデータから私を見つけ出すことも困難である。そのため、市民の自由に対する脅威は(個人レベルでは)大したものではない」
しかしながら、社会の自由をはかる本当の尺度は、その社会が反対派やマイノリティをどう扱っているかにあるのであって、「善良な」信奉者をどう扱っているのかということにあるのではない。
また、NSAの監視プログラムは過剰な量の情報を傍受しているため、本物のテロリストが企てている本物の計画を目立たなくし、国家をかえって脆弱にしているとの指摘もある。
7 メディアの堕落
スノーデンの暴露後、一部のジャーナリストやメディアがスノーデンと筆者を売国奴や犯罪者とみなし攻撃した。
「機密情報のリークは、国家の安全をおびやかす行為だ」という理由である。
同様の理由から、司法省がFOXニュースのワシントン支局長であるローゼンの行為を犯罪視した。しかしながら、ローゼンの行為はすべて伝統的なニュース番組の範疇に収まるものであった。言い換えれば、オバマ政権はジャーナリズムそのものを犯罪視したのだ。
政府とメディアは反対派の人間を人格障害と結びつけ、攻撃した。誹謗者の中にはニューヨーク・タイムズといった政府寄りの一流新聞社も含まれていた。
大企業の構造の中で生きる者は、組織の秩序を乱そうとせず、組織におもねるようになる。こうして彼らは組織の力を自らと同一視し、それと戦うのではなく、服従するすべを身に着けるようになってしまうのだ。
今日、ジャーナリズムの世界に身を置く多くの者にとって、政府から「責任ある」報道というお墨付きをもらうこと(足並みをそろえること)が名誉の証となっている。そしてそれが、アメリカのジャーナリズムが不正を監視する姿勢をどれだけ失ってしまったかを如実に物語っている。 -
Posted by ブクログ
企業がデジタル変革を成功させるには、どうすればよいか?組織のリソースを活用し、協働させることで変革に導く「オーケストレーション」について解説した書籍。
「デジタル・ディスラプション(デジタルによる創造的破壊)」が進む今日、様々な企業にとって、デジタルによる「トランスフォーメーション(変革)」の実行は急務。
自社を変革するには「カスタマーバリュー創出」「ビジネスモデル」「対応戦略」の3 要素を合わせた「変革目標」を設定し、変革プログラムを実行する必要がある。
大きな成功を収めるディスラプター(破壊的な企業)は、次の3つのカスタマーバリューを創出している。
①コストバリュー:
コストを下げる、もしくは何らかの経済的見返りを生む。
②エクスペリエンスバリュー:
より迅速で、より便利な、よりパーソナライズされた「顧客経験」をもたらす。
③プラットフォームバリュー:
買い手と売り手の間に、新たなつながりを創出する。
組織変革とは、交響曲の「オーケストラ」のようなもの。指揮者の下、各部門の楽器は調和のとれた演奏に貢献する。このように、組織のリソースを動員し、機能させることで、望み通りの効果を得る手法を「オーケストレート」と呼ぶ。
企業がオーケストレーションを機能させ、変革目標を実行に移すには、次の8つの能力が必要となる。
①カスタマージャーニー・マップ作成
②ビジネスモデル設計
③ビジネスアーキテクチャ
④能力評価
⑤コミュニケーションとトレーニング
⑥社内プラットフォーム
⑦社内ベンチャーファンド
⑧アジャイルな作業方式