辻原登のレビュー一覧

  • 東大で文学を学ぶ ドストエフスキーから谷崎潤一郎へ

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    『東大で文学を学ぶ』
    辻原登

    ……小説の中から何かを教えてもらうとか、教訓を得ようとか、そういうことをしてもほとんど意味がありません。……小説は、われわれの見る夢である。たとえそれが現実と似ていても夢である。……ですから、小説というものは頭で読んでもわからない。背筋で読む。(p78)

     小説に意味を求めない。頭で理解しようとしない。背筋、それはプロットとも考えられる。夢を見る器官と同じところで小説は読むということ。

     ここで、『古事記』を『旧約』に、『源氏』を『新約』になぞらえてみるのも面白い。(p225)

     はっとさせられる。なるほど。

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    2015年01月04日
  • 東京大学で世界文学を学ぶ

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    『東京大学で世界文学を学ぶ』
    辻原登

     小説家は、フィクションをもって隠喩を解体し、また別の隠喩をつくっていく。……隠喩を解体するのは、隠喩でもってるすしかない。(p26)

     ……作家は何かを現実に訴えかけるときもやっぱり隠喩に頼ってしまう。それは別に作家でなくてもそうですが、ひょっとしたらここに落とし穴があるかもしれない。(p28)

     暗喩について。ここでよく読まないとわからないが、村上春樹氏を批判している。大江健三郎に対するスーザン・ソンタグのように。

     我々の生きているふつうの次元を超えた時間と空間を文章に盛り込んでいく。そいういう世界です。(p34)

     時間の描き方。時は、一

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    2014年05月18日
  • 闇の奥

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    おすすめ!これは二回読まなきゃいけないやつ。big issueの書評にあって気になっててbookoffで見つけて一気に読んだ!もちろん買って笑。

    小人族を探して行方不明になったミカミ博士と、彼を捜す人たちの話し。

    「空想があってこそ現実が生まれて、またその現実によって空想が大きくなる」っていうのがテーマだったのかな。読んでると、ファンタジーなのか実際にあった話なのか区別がつかなくなる。読み終わって色々事実確認のためにググってしまって、まさにテーマ通りになった気がする。

    もととなった同名の小説、コンラッドの「闇の奥(Heart of Darkness)」も是非読んでみたい。コンラッドの「闇

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    2015年09月25日
  • 闇の奥

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    円朝~でもうまいなあとうなったけど今作も思わぬところでゾクっとさせられる。
    まず、入りは思いっきり怪談調。
    熊野の奥に「小人の村」があるから行こうと意気込んで男三人が山へ入る。
    そこで経験したことについては誰も語らない。

    そして主人公が父親の家の遺品を整理しに行き、偶然見つけた手紙に誘われるように物語は進む。

    戦中戦後父親が探していた三上隆という博物学者。彼は小人の存在を信じ、調査を続けていた。
    主人公の父親がメンバーの一人だった三上隆捜索隊のジャングルでの冒険譚、首狩族、小人たち、ふっと話に現れては消える三上隆らしき人物の影。

    通常、物語は最初「え、なにこのエピソードたちどうやってつな

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    2014年03月15日
  • 抱擁

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    すごい。こんなに短く簡単に美しく「ねじの回転」日本版が!

    「ねじの回転」、新潮版はちょうど昨年の今頃読んでて、すごく好きなタイプの小説だったから、岩波のデイジーミラーも入っているほうも買ってある。「抱擁」読んだし、近々読もうかな。

    「ねじの回転」のわからなさ、見通しのわるさがシンプルに表されているのがすごいです。

    「ねじの回転」にはふたつ説があって、「抱擁」は幽霊説じゃないほうを採用したのね。もちろん、こっちのほうが面白味あって好き。

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    2013年11月06日
  • 抱擁

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    「ねじの回転」「レベッカ」を連想させる。

    ん?抱擁?なんで抱擁?…ああ、そうね、そういうことね。
    怖さよりも、かすかに残る抱擁の切なさがキモなのでは。

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    2013年09月06日
  • 東京大学で世界文学を学ぶ

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    近代小説について十講にわたり解説される。小説の読み方について縦横に語られ、まさに目から鱗が落ちたとの感がある。19世紀が近代小説のピーク、ドン・キホーテが最初の近代小説、騎士道小説の批判がドン・キホーテである等の指摘に納得した。女ドン・キホーテだという「ボヴァリー夫人」を読まなくては。

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    2013年05月19日
  • 東京大学で世界文学を学ぶ

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    面白い!
    ゴーゴリもあひびきもドン・キホーテもボヴァリー夫人も白痴も読まなきゃなぁ。
    というか、この年までにドストエフスキー作品をカラマーゾフと貧しき人びとしか読めてない情けなさ。
    読書が趣味って言ってる割には全然読めてないんだよな。時間が足りない!

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    2013年04月25日
  • 東京大学で世界文学を学ぶ

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    ネタバレ

    小説論から文化論へ。
    面白い!
    視野の拡大と飛翔。

    ★★★

    1 ゴーゴリ。カフカ。ナボコフ。
    言語表現の根底には比喩の問題。
    古びた比喩を壊すこと。その繰り返し。
    何がリアルなのか。

    2 二葉亭四迷 日本
    NOVEL 内面を書く文章がない。
    近代になって、行動の前に考える人間の登場。
    近代的=ロマンチシズム。
    近代人=個人。
    成長する個人の見る自然。
    リアル感=カタルシス。
    自然=客観。
    近代の散文は自然・風景をとらえる。あるがまま。印象主義。
    内面がはっきりするのは肉体が病のとき。
    詩想をとらえる。純粋言語を日本語によって救い出す。
    ベンヤミン。翻訳者は自国語を外国語によって拡大し深め

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    2013年04月25日
  • 許されざる者 上

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    ネタバレ

    和歌山県「森宮」を舞台に、実在の人物をモデルに描かれた時代小説。

    大国ロシアを敵として無謀な戦いを挑む小国日本。
    世論の大半が開戦戦争を支持する異様なムードの中、
    海外で学んで日本に帰ってきた「ドクトル槇」は、戦争に反対する立場を主張する。

    『戦争を扇動するのは悪徳の人手、実際に戦うのは美徳の人だ』

    しかし医者としての使命を果たすべく、槇は、当時不治の病であった「脚気」から人々を守ろうと戦地に赴くのであった。

    ドクトル槇を中心に、時代の流れに巻き込まれていく「森宮」の人々の物語を描いていく。
    若くして「山林王」となった美貌の「千晴」をめぐる愛憎劇の行方も気になるところ。

    『萎びたり枯

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    2013年03月08日
  • 闇の奥

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    矮小族に魅せられた民族学者・三上隆を追ってボルネオ、チベットへと、とりつかれたように捜索する人たち。タイトルはコンラッドから着想を得たもの。冒頭から話に引きずり込まれ、あれよあれよと読まされた。
    辻原登って、なんか文学文学して時期もあったような気もするが、適度なエンタメ度が加味されて妙に読みやすかったりする。小説を読む体力が落ちてきたなと思っていた時期に読んだので、ちょっとスタミナを回復させてもらった気がする。

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    2013年02月17日
  • 円朝芝居噺 夫婦幽霊

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    物語の本筋だけでなく、あちらからもこちらからも、面白い話題が湧いていて、満腹。落語のこと、もう少しちゃんと知っていたら、もっと楽しめるのかも。

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    2013年02月14日
  • 許されざる者 下

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    日清・日露戦争のあたりの紀州。ドクトル槇を中心にさまざまな人々が次々と言いたいことを語っては去っていく。周り灯籠みたいな印象で、小説の最後も終わった感じがしない。まちも生活も続いていく。
    最初は話に入っていけなかったが、途中からグングン世界に引きずりこまれ、ぶん回されて放り出された。一つ前に読んだ「小さいおうち」と時代が近いことを思ったが、世界は大違い。

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    2013年01月18日
  • 村の名前

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    言葉が通じない、風習がまるで異なる、日本の常識も通じない。そんな異国で自己を保つのは難しい。外国に行ったことがないから想像だけど。弟は本当に存在するのだろうか。錯乱した母親の妄想が息子に浸透し、居もしない弟との思い出を捏造したのではないか。記憶は常に改竄される。しかし結局は現実を直視できないから、有りもしないものを見ることで逃避しているのではないか。という考え方はきっと底が浅いのだろう。探している弟かいつの間に自分自身になっているような危うさは、誰だって持っていると思う。

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    2012年12月28日
  • 父、断章

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    この作者の芥川賞受賞作「村の名前」を読んでから本作を読むと繋がってくるところがある。長編読み物小説の「韃靼の馬」などとは違う傾向だが、この「父 断章」には短編に凝縮された面白みがある。

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    2012年12月22日
  • 父、断章

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    ネタバレ

    自伝的な素材を生かした短編をそろえた短編集。作家自身に限りなく近い「私」が登場し、主な舞台は郷里の新宮である。それでは作品が事実に基づいているかといえば、首を傾げねばならない。辻原登は、そんなに簡単に素の自分を語るようなタイプの作家ではない。

    近松門左衛門の芸論を弟子が書き写した中に「虚実皮膜論」というものがある。高校生時代に古文で学んだ。虚と実の間にこそ慰みがあるといった内容のものであったと記憶する。本当ばかりを書いてもだめで、かといって嘘ばかり書き連ねても人を満足させることはできない。身体を覆う外皮(嘘)と剥き身の身体(真実)の間にこそフィクションの持つ妙味というものがあるといった話で皮

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    2012年08月01日
  • 円朝芝居噺 夫婦幽霊

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    新たに園朝の速記が発見され、速記が解読されるように円朝の落語は名調子で語られていく。これって、創作なんだよね?(苦笑)と思いつつ、発見されたから、各章ごとに注釈なんかついちゃって、これまた「速記」が副テーマのように。そうして、最後の最後まで、円朝の息子と芥川龍之介まで出てきちゃって、作者の博学がストーリーに余すところ無く。あっというまに読み終えた。楽しかった。寄席に行きたくなった。全生庵の幽霊画が又見たくなった(一度きりしか見たことないけど)。

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    2011年09月26日
  • 円朝芝居噺 夫婦幽霊

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    円朝へのなんの予備知識なしに
    読んでしまった自分に後悔。

    狐につままれたような読後感でした。

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    2011年07月31日
  • 抱擁

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    違和感を感じた。どこでとか、なにがっていうのは具体的には説明出来ないのだけど、読んでいる途中にぞくってした。あ、強いて言うのであれば、語りの女。彼女に一種の狂気みたいのを感じた。語りの女が語れば語るほど違和感も増し、するするとページをめくる指も早くなった。「抱擁」ってありきたりの題名が手抜きだ、と思っていたのだけど、読後そっけないようで熱いその二文字の言葉にぬたっとくる。

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    2011年03月04日
  • 円朝芝居噺 夫婦幽霊

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    とにかく凝った作品です。
    中盤は速記で書かれた円朝の芝居話を翻訳して紹介するという設定ですが、まずこの話(フィクション)がなかなか良く出来ていて面白い。
    その上に、途中で文体を変えたり、それを訳注の形で指摘したりと、色々な小細工が施され、楽しませます。
    もっとも最後は眩惑され過ぎて、読み解くのも面倒になってしまいましたが。。
    少々、凝り過ぎですかね。
    ちょっと読み急いだ感じもあるので、今度機会があったらじっくりと読み直してみましょう。

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    2016年07月31日