辻原登のレビュー一覧
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『東京大学で世界文学を学ぶ』
辻原登
小説家は、フィクションをもって隠喩を解体し、また別の隠喩をつくっていく。……隠喩を解体するのは、隠喩でもってるすしかない。(p26)
……作家は何かを現実に訴えかけるときもやっぱり隠喩に頼ってしまう。それは別に作家でなくてもそうですが、ひょっとしたらここに落とし穴があるかもしれない。(p28)
暗喩について。ここでよく読まないとわからないが、村上春樹氏を批判している。大江健三郎に対するスーザン・ソンタグのように。
我々の生きているふつうの次元を超えた時間と空間を文章に盛り込んでいく。そいういう世界です。(p34)
時間の描き方。時は、一 -
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おすすめ!これは二回読まなきゃいけないやつ。big issueの書評にあって気になっててbookoffで見つけて一気に読んだ!もちろん買って笑。
小人族を探して行方不明になったミカミ博士と、彼を捜す人たちの話し。
「空想があってこそ現実が生まれて、またその現実によって空想が大きくなる」っていうのがテーマだったのかな。読んでると、ファンタジーなのか実際にあった話なのか区別がつかなくなる。読み終わって色々事実確認のためにググってしまって、まさにテーマ通りになった気がする。
もととなった同名の小説、コンラッドの「闇の奥(Heart of Darkness)」も是非読んでみたい。コンラッドの「闇 -
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円朝~でもうまいなあとうなったけど今作も思わぬところでゾクっとさせられる。
まず、入りは思いっきり怪談調。
熊野の奥に「小人の村」があるから行こうと意気込んで男三人が山へ入る。
そこで経験したことについては誰も語らない。
そして主人公が父親の家の遺品を整理しに行き、偶然見つけた手紙に誘われるように物語は進む。
戦中戦後父親が探していた三上隆という博物学者。彼は小人の存在を信じ、調査を続けていた。
主人公の父親がメンバーの一人だった三上隆捜索隊のジャングルでの冒険譚、首狩族、小人たち、ふっと話に現れては消える三上隆らしき人物の影。
通常、物語は最初「え、なにこのエピソードたちどうやってつな -
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ネタバレ小説論から文化論へ。
面白い!
視野の拡大と飛翔。
★★★
1 ゴーゴリ。カフカ。ナボコフ。
言語表現の根底には比喩の問題。
古びた比喩を壊すこと。その繰り返し。
何がリアルなのか。
2 二葉亭四迷 日本
NOVEL 内面を書く文章がない。
近代になって、行動の前に考える人間の登場。
近代的=ロマンチシズム。
近代人=個人。
成長する個人の見る自然。
リアル感=カタルシス。
自然=客観。
近代の散文は自然・風景をとらえる。あるがまま。印象主義。
内面がはっきりするのは肉体が病のとき。
詩想をとらえる。純粋言語を日本語によって救い出す。
ベンヤミン。翻訳者は自国語を外国語によって拡大し深め -
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ネタバレ和歌山県「森宮」を舞台に、実在の人物をモデルに描かれた時代小説。
大国ロシアを敵として無謀な戦いを挑む小国日本。
世論の大半が開戦戦争を支持する異様なムードの中、
海外で学んで日本に帰ってきた「ドクトル槇」は、戦争に反対する立場を主張する。
『戦争を扇動するのは悪徳の人手、実際に戦うのは美徳の人だ』
しかし医者としての使命を果たすべく、槇は、当時不治の病であった「脚気」から人々を守ろうと戦地に赴くのであった。
ドクトル槇を中心に、時代の流れに巻き込まれていく「森宮」の人々の物語を描いていく。
若くして「山林王」となった美貌の「千晴」をめぐる愛憎劇の行方も気になるところ。
『萎びたり枯 -
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ネタバレ自伝的な素材を生かした短編をそろえた短編集。作家自身に限りなく近い「私」が登場し、主な舞台は郷里の新宮である。それでは作品が事実に基づいているかといえば、首を傾げねばならない。辻原登は、そんなに簡単に素の自分を語るようなタイプの作家ではない。
近松門左衛門の芸論を弟子が書き写した中に「虚実皮膜論」というものがある。高校生時代に古文で学んだ。虚と実の間にこそ慰みがあるといった内容のものであったと記憶する。本当ばかりを書いてもだめで、かといって嘘ばかり書き連ねても人を満足させることはできない。身体を覆う外皮(嘘)と剥き身の身体(真実)の間にこそフィクションの持つ妙味というものがあるといった話で皮