石牟礼道子のレビュー一覧
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ネタバレ石牟礼道子さんの料理関係本。
九州での子供の頃の思い出や、大人になってから料理したエピソードなど。
子供の頃のエピソードの記憶力がエグい。
料理本と言ってもレシピ本では全くない。レシピをあえて載せないとかではなく、本人も勘で作っているものなのでレシピが存在しない模様。読む方はどちらかというと料理そのものについて知りたいのではなく、その料理を中心としたその当時の出来事や人々のエピソードを読んで楽しむという形。
相変わらずの素晴らしい語彙や文才が溢れて、まるで自分もそこにいるかのような情景が目に浮かぶ。
ただところどころで都会もんを見下していると言うか憐れんでいる描写があるのがちょっと「おぉ…」となる。東京のグルメもんはこんなカスい野菜や魚を食べて美味しいとか言ってるんだ、みたいな。
実際どうなんだろう。昔の野菜のほうが美味しいとか栄養価が高いというのはあったんだろうか。今となっては知る由もないが。
「獅子舞」というエピソードで小さい弟が獅子舞に怯えきってしまったので、中の人たちが出てきてあやしてくれたり、どこかから千歳飴を出してプレゼントしてくれたとか、追いかけて鯛となますやお屠蘇をアーンでご馳走したなど、全体的に良すぎる。
そして「よくよくみれば、若者の額やのど元には汗がびっしょりで、紺の腹がけの胸元にも汗が滲み出ている。のちのち思えばあれが、いなせというのか、紺の刺子の腹がけの、胸元の汗の男らしかったこと。」というエロスまである。
「からし菜」の章では「抜群の香りと青くさいような風味。そして歯ざわりのよさ。躰のすみずみがおどろきめざめてゆくような、ぴりぴりと諧調のある辛み。冬の土に育てられたみずみずしい真緑。これは炊きたての白い御飯にかぎる。試しに鰹節をまぶして食べた。ゆたかなる聖餐と思う。」という、自分もすぐに同じものを食べたくなる描写。天才すぎでは? -
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貧しい天草から薩摩に移住した集落の人々を軸に、文字を学ぶ機会がなかった地域の人々が語り伝えてきた西南戦争の記憶を聞き書きした作品。「六道御前」と「草文」は、のちに「まるまるのフィクション」だったことが石牟礼本人から明かされている。
改めて読み直すと、「1970年代」という時代性を感じるテクストではある。第一に、国家の権力とは別の位相で誠実かつしたたかに生きてきた民衆たちと、彼らが作り上げた共同体に対する(たぶんにノスタルジーを含んだ)関心という点で。第二に、反抗・抵抗の契機として西南戦争を見直していくまなざしという点で。前者の関心はいわゆる「民衆史」的な問題意識と接続するし、後者は労働運動・学生運動の「その後」への思いを感じてしまう。おそらくこの二つのベクトルが交差するところに、大江健三郎の『万延元年のフットボール』のような思考が生起するのだろう。 -
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ネタバレ北から順に、
長崎 ……お小夜がみずなとして遊郭に。直衛が仕事で(三之助を伴って)たびたび訪れ、お小夜を落籍。
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天草 ……志乃の出身。お糸と重左。
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葦野=水俣 ……萩原家。直衛。嫁いだ志乃。娘のお咲。婿入りの国太郎。孫娘の綾。
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薩摩 ……弟の三之助と姉のお小夜の出身。
(すべて不知火海の近辺)
という位置関係だと整理した。
で、同じく著者の家族を題材にした「椿の海の記」で、以下のようにメモした。
・祖父。松太郎。天草の石。天草出身の石工。
・祖母。おもかさま。めくらさま。蓬髪。狂女。神経殿(どん)。漂浪(され)く。
・後妻。おきやさま。権妻殿(ごんさいどん)。
・大伯母。お高さま。祖父の姉。肉食を忌避。
・大叔母。お澄さま。おもかさまの妹。
・父。亀太郎。入り婿。焼酎。
・母。春乃。
・国人。春乃の兄。松太郎とおもかさまの子。跡取りだったが、29歳で死んだ。
・叔母。はつの。お洒落。
・わたし。みっちん。狐。
・弟。一(はじめ)。病死。
・ぽんた。末広の遊女。淫売。花魁。殺害される。
・髪結いの沢本さん。
これを本作と対応させたら、
直衛=松太郎。
志乃=おもかさま。
お咲=春乃。
国太郎=亀太郎。
綾=みっちん=著者。
上の位置関係には書かなかったが、「椿の海の記」(1976)における、国人とか、お高さまとか、対応する人は本作(1992)にもいる。
が、果たして、お糸と重左は、「椿の海の記」に出ていたか?
綾にあたるみっちんに、育て役の青年っていたっけ? たぶんいなかった……と思う。
ということは、おそらく、お糸と重左のような、高貴な娘に対する、使用人の青年の悲恋、が本作の意義。新たなステップ。
しかも、重左が三之助に重ねられたり、お糸と志乃と綾が重ねられたりするように、歴史は繰り返す……ループする……輪廻転生する……しかも三之助が、噂として重左の存在を聞いて意識したり、志乃の認知の中で混濁したりするように、時間は単線だが、人(個人というよりは共同体の)の記憶の中では同時に存在することもある。
中上健次は、相当初期の詩作で、「世界はいつまでもギリシア悲劇を上演している」と書いていたが、中期以降の作品でオバら(共同体)の噂話という、個人の集合体を語りの主体にした、つまり語りは騙りであると表明した。
脱線したが、本作の「行きつ戻りつ」する、場所と記憶の記述って、中上に影響あったんじゃないかしらん?
ひとつの小説として、ある場所のある共同体を描くわけだが、作中で語りの在り方が混交する……視点人物が特定人物ではなく、拡散していく……手法を取ることで、近代的小説という枠をはみ出そうとするような。
石牟礼道子を読むことで中上健次に再入門できることの、僥倖。
できたら、「椿の海の記」と「十六夜橋」の、発表年として中間にあたる、「あやとりの記」も、読んでみたい。 -
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ネタバレひときわ悲哀を感じさせる物語で、余韻を噛み締めた。
土木業を営む萩原家を中心として、その現在と過去が継ぎ目なく語られていく。夢か現か、次第にどちらでもよいように思えてくる。きっと志乃の生きている世界はこれに似ているのだろう。
盲目で夢の世界に生きている志乃は、本人はあまり多くを語れないのにも関わらず、その存在感が強く印象に残る。ときどき正気に戻ったように喋るのが切ない。志乃と娘のお咲、孫の綾が愛情という絆で繋がっているようで胸が熱くなった。いつかあの世へ渡るとき、よき舟がこの親子のもとに迎えにきてくれたらいいのにな。
土木業界の騒がしい宴会の場面から始まったために、荒々しい男性の世界という印象から始まったけれど、読み進めていくうちに守りに長けた男性も数名登場するのが興味深かった。十把一絡げではなく、それぞれの心をひらいて性格を示していくところに丁寧さを感じた。実直でしなやかな強さと奥ゆかしさを備えた重左と三之助にはやはり好感を持った。一族のお姫さまを守る役割を立派にこなし、かつ一族の土台を支えているような男たち。
小夜のことも気になるし、まだまだずっと読んでいたい物語だった。 -
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侍も、苗字のなか者共もひとしなみになるちゅう噂は本当らしゅうもあった。どこらあたりの庄屋殿じゃったろうかな、こういう噂がながれてきた。一日、村の人間を集めてご馳走する、といわるげな。その庄屋殿の家のにわに、今まで使いよった肥桶と肥柄杓がきれいに洗いおさめてある。その洗い上げた肥桶になみなみと酒をいっぱい入れてあるちゅう。それから洗った肥柄杓で湯呑に酒をついで、「一統づれよう来て呉れた。今日はご馳走するぞ。何ば遠慮するか、さあ呑め」と配ってまわる。「呑まれんかのう。呑まれんじゃろうのう。やっぱりそうじゃろうとも。お前共平民も、苗字を名乗ってよかごとなるちゅうて威張ってみよるが、元はと言えばおまえどもはこの、肥柄杓や肥タゴと同じ身分の、どん百姓ぞ。よかか、洗うても肥桶は肥桶ぞ」
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発売と同時に買ったのに,ずっと積ん読。
まる2年以上も!
きのう、雨に降り込められ、何となく読み始めたら
止まらなくなった。
よくぞ、買っておいたものよ、でかした2年前の私!
当時は石牟礼道子を、ちょこちょこと読んでいたので買ったものの
池澤夏樹が、ちょっとなぁ、若い頃好きだっただけに、最近は・・・と
読むのをためらっている間に、まる2年!
けれど『また会う日まで』で池澤長編を読み、
池澤の本へのためらいが解けたところ
なのも良かったのか。
前置きが長くなってしまった。
本書で、わたしは、大きな間違いをしでかしていたことに気づく。
「苦界浄土」はルポルタージュだと思っていた。
あれは紛れもなく創作。
たくさんたくさん聞き書きをし、それを1度咀嚼した上で
構築したものだったのだ、と知った。
池澤夏樹も長く気づかなかったというのだから、
私如きが気づかなくて当然かw
それにしても、何と石牟礼さんの言葉が豊かなこと!
池澤氏が対談嫌いのくせに、足繁く石牟礼さんの元へと通ったのもわかる。
弱っていく命の灯火・・・少しでも触れておきたい、そばにいたい、
そんな気持ちだったのだろう。
こんな部分、普通はカットではと思うような点まで
再現されている対談集。
池澤氏の想いは深い。
またしても付箋でいっぱいになってしまった。
大事なことが一杯詰まった、折に触れて読み返したい本。 -
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神様と動物と人間の魂が、今よりも近くつながっていた頃のお話しです。
いろんなところに神様がおられて、お葉もおじいさんもそのことをとても大切にして暮らしています。
私はこの時代に生きたことがないけど、胸がじんとして懐かしい気持ちになります。
石牟礼さんの書く物語は、人間の深いところに流れているものと繋がっているからでしょう。
山福朱実さんの版画も本当に素敵です。
小学校上級以上と書いてありますが、子どもの頃に読んでいても、あらすじだけを楽しんで、この本のしみじみとしみ入るようなよさはわからなかっただろうなと思います。
今、出会えてよかったです。
手元に置いて何度も読み返したい1冊になりました。 -
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ネタバレ今回読んだのは、赤い平凡社新書(2007)。以下、目次。
■まえがき 石牟礼道子
■第一章 飢えと空襲の中で見たもの
パーキンソン症候群──読めなくなる、書けなくなる/声が出なくなるかもしれない/食べ物をつくれないのが不自由/石牟礼さんの印象に残っている死についてうかがいたい/飢えの経験/水俣の空襲人間ってこんなものか/物資不足と竹槍訓練/そのころ、お年寄りはどうしてましたか/お年寄りも「この世に用があって生きている」
■第二章 印象に残っている死とは
祖母の死/あの世は「良か所」/祖父・松太郎/父の死──猫のミーを懐に入れて、ぽとんと/いい死に方をした父/父は殺されたぽんたの解剖に立ち会った/『苦海浄土』を書く前に解剖に立ち会う/ぽんたの事件に死の実相を見た/行き倒れの人の死/一人で死ぬのは寂しかけん/お名残惜しゅうございます/父の葬儀/お母様のこと/「勉強しておけば道子に加勢できたのに」
■第三章 それぞれの「願い」
『あやとりの記』──流々草花(るーるーそーげ)/お経はどこで習いましたか/『正信偈』を唱える/『梁塵秘抄』につながっていく/後白河院と白拍子/お能の魅力/いじめられっ子の味方をしてきた/父と母の老いと病気に向き合うと『梁塵秘抄』が現われる/後白河院が『梁塵秘抄』に込めた願い/景戒が『日本霊異記』に込めた願い/石牟礼さんの願いとは/宗教とは/「そらのみじんにちらばれ」──宮沢賢治との共通点/石牟礼さんの愛唱歌/自分が死ぬということ/寝たきりの母が「生きたい」と言う/自殺を考えたこと/弟の死/自分は半端な人間で
■第四章 いつかは浄土へ参るべき
『梁塵秘抄』を飛び飛びに読む/「我等も終には仏なり」/「よろづの仏に疎まれて」/仏様と乞食さん/「勧進どん」への施し/「いつかは浄土へ参るべき」/自分は浄土へ参るのか/良か夢なりとも、くださりませ──七夕の願い/「遊ぶ子供の声聞けば」/「囃せば舞い出づる蟷螂、蝸牛」/伊藤さんの好きな法文歌/「人の音せぬ暁に」/『あやとりの記』のお経を唱える
■あとがき 伊藤比呂美
その後、石牟礼道子が亡くなった年に、青い平凡社新書から〈新版〉が出る(2018)が、
・
増補 詩的代理母のような人ほか一編
満ち潮――解説がわりの献詩
詩的代理母のような人
・
が増補されているらしい。
よくある対談のような持ち上げ合戦ではない、結構話の方向がズレたりして、お互いに隔靴搔痒感が残ったのではないか。
でもそれが生々しい。
特に周囲の死や自身の自殺念慮について語る石牟礼道子の声が印象的で、それを引き出せた伊藤比呂美すごい。
亡くなった祖母や、連れ合いを喪って寂しくしている祖父を思い、といって母や自分や家族も全然他人事ではない、もはや死を想う必要のなかった幼年期から遠く追放されて久しいからこそ、身近な本になった。
といって重いわけではない、飄々とした会話の在り方が、読者を励ましてくれる。
石牟礼道子が言及している鶴見和子の最期の言葉
「死ぬというのは面白い体験ね。こんなの初めてだワ。こんな経験するとは思わなかった。人生って面白いことが一杯あるのね」
ほどの高み? は目指せないことは判っていても、
本書を読んだことで少しは何か精神のありようが変わりそうな気がする。
そんな予感を抱かせてくれるという意味で大事な一冊になりそう。
伊藤比呂美絶賛の「流々草花(るーるーそーげ)」が気になるので、『あやとりの記』を読もうかな。
あとは「梁塵秘抄」。
まっっったく文脈の違う、単に思い出したことを書いてみるだけだが、押井守が宮崎駿「崖の上のポニョ」と自作「スカイ・クロラ」を指して、
「映画監督ってある年齢になったら死生観を描くようになるんですよ」
と言っていたが、作り手だけでなく受け手(消費者)も、他人の創作に乗っかる形ではあっても、死を想うようになるのかも。
十代で「元気いっぱい」という言葉を嫌悪していた側だが、例えば徹夜しても大丈夫という若さのマジックがあったころには「抹香臭いな」と思っていた事柄が、切々と迫ってくる。
老いというんだか成長というんだか。 -
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水俣病の歴史を知っている。しかし、その時代の前後した熊本に生きる人々の生き生きとした生活を4歳から5歳であろうみっちゃんの目からみたままを描写する。
その後に起こる水俣の悲しい歴史を想像して、豊かな自然に暮らす人々が公害により自然と奪われ変わっていく様と相まって、えも言われない気持ちになる。決してチッソを憎む気持ちが根底に垣間見えるわけではない。ただ淡々と描写する。日本は自然豊かな、地方地方の独自の文化を持つ国だったのだなという気持ち、現代の波にのまれ変わってしまった今、もう二度あの頃の日本は戻ってこないだなという気持ちがわいてくる。
ゆったりとした時間のなかでも一度読み直したい本 -
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ネタバレ「苦海浄土――わが水俣病」は、ルポルタージュとも小説とも言い切れない、「凄い文章」と呼ぶしかない、異様な散文だった。
それに対する本書は、いわば「苦海浄土」エピソード・ゼロ。
著者が1927年生まれなので、作中のみっちんがおおむね4歳ということは、1930年前後の水俣が舞台なのだろう。
しかし4歳児がここまで精緻に記憶していたかは怪しい。
そして彼女を取り巻いていた大人の事情をここまで把握していたはずはない。
単行本は1976年刊行。
50歳近い著者が、45年前の自分自身や、今は亡き家族親族知り合い、どころか村自体を憑依させて、書いた。
(その村は、人が自然死するよりも理不尽に、決定的に損なわれた……「水銀漬け」「生き埋め」)
「もはや語れぬ者」の言葉を「語れる自分」を媒介にして代弁しているのだ。
それを2022年現在、約50年前の言葉でもって、90年ほど昔の村を追体験させてくれる、これもまたやはり異様な散文。
てなことを理屈っぽく書いてしまったが、語り口がマイルドで、読んでいて深呼吸できるような気持ちになった。
字の文の擬音語擬態語多用もそうだが、やはり方言による会話。
「おもかさま、気分はどげんでござりまっしゅ」
「あい、あい」
とか、
「ここばずっとゆけば、湯ノ児にゆかるっと?」
「ゆかるっと」
「ゆこい、湯ノ児に」
とか、パッと開いたところを引用してみただけだが、いいなー。抒情。
現在5歳児と暮らして幼児のごっこ遊びを間近に見ているというのもあるのかもしれない、おもかさまとの遣り取りは胸を突く。
が、ここに描かれた「とんとん村」が古き良きユートピア! パラダイス! なんてことは一切ない、峻厳な視点があることは、書き漏らせない。
そもそもその呼び名自体が差別意識を含んでいるし、差し挟まれる人々の言葉には、モロに差別意識や近代化についていけない、怒りや虚しさが滲む。
チッソの件はチッソが悪いと限定し糾弾して済む問題ではなく、日本の近代化の、もっとマクロに見るなら都市化やグローバル化のひずみが顕在化しただけ、なのだ。
都市生活者が自分を見失う、という文学の題材(うーん深く考えずに挙げるなら安部公房とか、村上春樹とか?)とは異なるベクトル、(おそらく実生活者にとっては何でもない)一地方を取り上げて、磨き上げて作品に仕立て上げる、文芸……大江健三郎とか中上健次とかジェイムズ・ジョイスとかウィリアム・フォークナーとかガルシア=マルケスとか。
自分で発見したような気がしていたが、池澤夏樹が世界文学全集を編んだときも似たことを言っていたかもしれない。
だから都市こそ文学という丸谷才一の文学全集構想とは、自分の全集は自ずと異なるんですよ、と言っていたのを、どこかで読んだ。
ともあれ中上健次に熱中していた十代には知らなかった石牟礼道子を、中上健次再読に先駆けて教えてくれた池澤夏樹には感謝しきり。
中上が書いたオリュウノオバやレイジョさんが、熊野だけでなく水俣にもいたのだ、と。
この発想は路地をブエノスアイレスなどに拡張した後期中上のもので、読者としては過去・現在・未来に渡って根拠地を想う方法。
その一例が石牟礼道子という作家。
人とは。村とは。都市とは。共同体とは。国とは。近代化とは。交換とは。生死とは。
ゆっくり読んでいきたい。
■第一章 岬
■第二章 岩どんの堤燈
■第三章 往還道
■第四章 十六女郎
■第五章 紐とき寒行
■第六章 うつつ草紙
■第七章 大廻(うまわ)りの塘(とも)
■第八章 雪河原
■第九章 出水
■第十章 椿
■第十一章 外ノ崎浦
◆あとがき(初版)
◆河出文庫版あとがき
◆解説 池澤夏樹 -
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本を開いて一行目でもう、匂いや風まで感じられるように浮かぶ、行ったことも見たこともない昭和初期、熊本県水俣の、部落の生々しい風景。
4歳から5歳くらいの頃の著者の「目」を通した世界を、大人になった著者が書いているのだが、あとがきで池澤夏樹氏が言うように、エッセイや回想録というにはあまりにも深淵な世界が描かれている。
幼い日に抱いたなんともいえない寂しさとか恐怖心とか、本来ならば言葉には到底おこせない「心の中にむらがりおこって流れ出る想念」を、言葉にすることに不完全さを感じながらも極限まで尖らせ、尚且つ生身の血の脈打つのを感じる言葉をもって、「送り出してしまうことに」なっている。
片足は象皮病で肥大した、裸足の、盲目の、村の皆から「神経どん」(つまり精神病)と呼ばれ、石つぶてを受けることもある祖母、「おもかさま」と、ある日は甘く、ある日は悲しく、またある日は靉靆として、まだ人の手のあまり入らない部落の村をその自然と同じ目線で見ていく。
赤ちゃんが完全な存在でこの世に生まれてから、人間というものになっていく過程で、根源の深い世界から離れ落ちていく、みずから手離していく感覚を追体験しているよう。
特に、第九章「出水」が個人的にはかなり、頭を岩で殴られたような気持ちになった。
出だしは、「五月の暗鬱は、麦の熟れ色に宿ってやって来る」
柿山の婆さま、と呼ばれる片目の潰れた働き者のおばあさん。山のことや猿のことを、みちこに優しく教えてくれるその婆さまが、突然に柿山で首をくくってしまう。気持ちはまた書き出しに引っ張られていく、また重ねて読む。
「わたしにはなにかが納得され出していた。それは確実な不幸感と云ってもよかった。この世の正相と変相が、同時にみえはじめたと云ってもよかった」
前半の章では、おもかさまの髪を女郎のように結いながら、髪につけたペンペン草の揺れる音に、この世の無常と有情とをつくったりほぐしたりするあそびをあそぶ幼女だったみちこ。そこから後、
「なにか濃密な、バランスをたもちきれぬ生命界の変相が見えてこようとしていた」みちこは、水の溢れた田んぼへ入っていく。
そういう鋭敏な目をもった人が見てしまう心の在り様のなんたる残酷さと美しさなんだろうか。
確かにまだ全部手離す前に、「現世へはもう帰りたくなかった」と思うのかもしれないと感じた。
選び取られる言葉も、色々と好きだった。
三千世界
徒然なか(方言の響きがとても良い)
弱いものたち向きに捨象された世の中(安らかに生きていくために草や土と等しいものになる、そればかりでは決してないはずだけど)
子どものふりをして、胸の中の悲哀を深くして、見聞きした様々のことは、全編を通してこの「弱いものたち」のことだった。
これはあの水俣病以前の、壮大な魂の世界だ。
子を産んでから、子というものの完全さに感嘆することが多いが、なんでみんなそれを手離してしまうんだろうな、そうでなければ生きていけないのかなこの三千世界では、と、少し泣いた。 -
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石牟礼道子さんと、藤原新也さんの対談。東日本大地震の、いや、福島原発事故の後、3ヶ月後から行われた対談。石牟礼道子さんの語りが美しすぎて、、藤原新也さんの子ども時代との共通体験に話は滑らかに進行するが、今から10年前のこの時にも、今なお水俣病を発症し何世代にもわたりこの病に苦しまへている方がいる、この衝撃。私も学生の頃水俣にお伺いして、とてもおいしいお刺身をご馳走になり、今風に言えば、本当に利他の心、そしてダライ・ラマの教えに通じる慈悲の心に満ちた方々にお会いした、美しい海、風景を思い出しながら、今なお、、と思うと怒りが湧き起こる。当時は成長成長で風景を壊し環境や生命を破壊破損しそれが正義だったけど、本当に地球の主人は人間ではない。人間は山も海も全ての資源をお借りしているのだ。金持ち連中や金持ち国家がもう資源取り尽くし温暖化と環境破壊で終わりゆく地球横目に宇宙にまで出張って自分のものでもない他の星をなんとかしようとしているのがこの対談から10年後の今。山のものをとるとき、海や川のものをとるとき、とりすぎませんので少し分けてくださいとお断りして採取する、そのようにして共生、それが共生であり、いまは免罪符の流行り言葉いや流行り病のようにSDGsとか叫びながら煌びやかに資源とお金を使い広告垂れ流しで、ほぼすべてグリーンウォッシュのように見える、外形標準整えて、今まで我が物と勘違いし好き勝手した分お返しなければ、という気持ちはない。自分たちの都合と延命のためのSDGsと思えないか、
水俣の患者さん、被害者さんが、不平等、傲慢な和解をさせられてきた中で、チッソも国も世間も誰もわかってない、理解しない、しようともしない中で、水俣病になってよかったばい、と、おっしゃる。憎しみと許しという章で石牟礼さんがはっきりとおっしゃる。いままでずっと書いてこられたことだ。
引用
世間の人たちもわかってくれなかった。なんでこう苦しまなければならないんだと考えて、「あんたたちは誰も病まんけん、代わって俺たちが病んでいるんだ」という気持ちになられるのです。なんでわたしたちが病むんだろう。回復不能の病気をなんで病まなければならないのか。みんなの代わりに病んでいるんだ。「病むと言うことを知らない日本国民、病んだものの気持ちもわからない世間さまに対して、わたしたちが代わって病みよったぞ」と自分で思い聞かせることにした。、とおっしゃっています。
引用終わり
病まん人の分までわたし共が、うち負うてゆく、全部背負うてゆく。
このことがそのまま2010年代に原発事故と被爆でのさらなる棄民に無反省、無知の連鎖に連なっていく。社会科の時間に水俣病とか公害病のこと習うんだろうけど一行二行教科書に書いて読むのではなくこのような文章を読んだりして学んでいくことはできないものか。偉そうな書き振りになり心苦しいが例えばテレビだってなんだってSDGsとかなんとか声高く喧伝するなら、グルメ番組とかに大半の時間使わず垂れ流さず視聴者をバカにせずに、このような美しい言葉、思想、本質に触れるようなものを作れないものか。まとまりきらないが石牟礼道子さんは人智を超える存在と再認識。映画ミナマタを見る前に読んだ。このような美しい言葉、美しい生きざまをたっぷりとお示しいただき、もう映画見なくても良いか、と思ったり。