井上靖の作品一覧
「井上靖」の「本覚坊遺文」「氷壁」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「井上靖」の「本覚坊遺文」「氷壁」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
京都帝国大学(現京都大学)哲学科卒。1950年『闘牛』で第22回芥川賞、1958年 『天平の甍』で芸術選奨文部大臣賞、1959年 『氷壁』で日本芸術院賞など数多く受賞作品がある。1976年文化勲章を受章。長編小説・短編小説など多数の作品を世に送り出した。『猟銃』、『風林火山』、『敦煌』など映画化、ドラマ化された作品も数多い。
小説・文芸
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Posted by ブクログ
江戸末期、漂流日本人としてロシアに渡り9年9ヶ月を過ごした光太夫たちの記録。
それはあまりにも壮絶で過酷な体験だった。
極寒の地で、凍傷で壊死したり、桜の木の皮を食べて飢えを凌いだり、生きるだけでも大変なのに次々に町を移動しなければいけない。
気の遠くなるような移動距離に、無理だよ、、、とこちらも絶望的な気持ちになった。
作者は様々な記録を元に、できる限り詳細に当時の様子を書き記そうと努めている。
そのため記録を忠実に引用したり、作品が書かれた時代が古いので難しい表現や漢字があったりで、読むのに少し苦戦した。
エピローグや本文からは、当時は光太夫たち以外にも遭難してロシア領に漂着した船がたくさんあったと知って驚いた。
時代のせいで手続きや移動には恐ろしく時間がかかりもどかしかったけど、ラックスマンを始め、ホッケイチ、ブーシュ、ニビジモフなど彼らの力になってくれる素晴らしい人たちに出会えたことは幸運だった。
というか、出会ったロシア人や土人たちは概ね親切で漂流日本人に手を貸してくれる。
それに比べて日本は、官僚主義でなんと情け無いことか。
仲間との別れや出航には胸が締めつけられ、日本の対応には不安と重たい気持ちでいっぱいになった。
Posted by ブクログ
全身全霊でかける想い、登り切る感動もあれば、予測できない自然の猛威や誤った判断による失敗などもあり…
山という危険な場所に挑む者たちの現実離れした経験が、山の恐ろしさと神秘を物語る。
この本は山へ向かう者が、山の下の世界で悶え、
また己と闘うために山ヘ戻るような様子を描いていた。
前から井上靖の文章は詩的であると思っていたけど、彼は詩を勉強し、それを土台に文学を作っている。彼の文章は詩を連ね、間を小説的に埋めたものだと捉える。
全体的に静かな狂気を感じる、一本の映画みたいだった。地獄の黙示録の"The End"を聞く感じ。
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純粋な自然に比較して人間世界の鬱陶しさは、
気づいてしまえば苦しくて仕方ないかもしれない。
しかしそれが私たちが生きる社会の運命であって、
私たちらしさ、人間の有様。
それを浮き彫りとするのがあの真っ白な雪山
と思うと神秘的にも感じた。
Posted by ブクログ
池田大作全集の(十七巻)ですね。
井上靖さんとの往復書簡『四季の雁書』が収められています。
十二か月一年間を通して書簡を重ねられました。
目次
友好そして師と弟子 池田大作
“永遠”に触れること 井上 靖
武帝と霍去病のこと 井上 靖
ある獄中体験に思う 池田大作
滝山祭・そして恩師戸田先生 池田大作
カントの言葉・若い人たちのこと 井上 靖
烈日の如き人生への想い 井上 靖
「アロハ」の精神と世界市民 池田大作
生と死について想うこと 池田大作
千利休・秋水・『化石』の頃 井上 靖
穂高のこと・鉄斎のこと 井上 靖
人生の年輪・トルストイの顔 池田大作
広島で考えたことども 池田大作
老人問題・龍のこと 井上 靖
富士のこと・殯のこと 井上 靖
ロシアの美術・仏教の死生観 池田大作
大阪の心・「周恩来戦友」のこと 池田大作
沖縄のこと・ダ・ヴィンチのこと 井上 靖
芸術家・学者 井上 靖
早春の賦・祈りについて 池田大作
卒業式のこと・女性の生き方 池田大作
春・ヨーロッパの旅 井上 靖
茶室の意味・新聞記者時代の勉強 井上 靖
「子供の庭」のこと・人間化の季節 池田大作
あとがき 池田大作
井上 靖
実に感慨深い心に残ることどもと、それぞれの人間性の豊かさと人を想う懐の深さ、四季の移ろいに寄せる自然への愛着などなど、書簡ながら優れた随筆を読む思いですね。
Posted by ブクログ
この小説は大きな事件を追うというより、人が人の中でどう揺れ、どう傷つき、どう自分を保とうとするのかを描いているのだということだった。
洪作は、飛び込み台から落ちざるを得なかったり、カバンをなくしたり、成績が下がったり、女の子を意識して赤面したりする。ひとつひとつは、子どもの頃なら誰にでもありそうな出来事である。
けれど、その時の本人にとっては大事件である。
周囲の人は一時は心配してくれる。しかし時間が経てば、少しずつ他人事になっていく。本人だけがまだその出来事の中に取り残されている。そういう人間の距離感が、とても自然に描かれている。
叱られることを恐れる。 人の目を気にする。 友人と比べる。 異性に緊張する。 誤解に傷つく。 誰かに認められると、自分まで認められたように嬉しくなる。
これは、大人になってもあまり変わらない。
ただ、年齢を重ねると、少しだけ他人の事情を想像できるようになるのかもしれない。
この読書で、知らない世界に行き、忘れていた自分の過去に戻ることができた。
Posted by ブクログ
足立美術館で王昭君の肖像画をみた時、どこかでこの美女の物語を読んだ、と記憶をたどり、この本の「明妃曲」をもう一度読んでみました。
王昭君は前漢時代に匈奴に嫁がされた(多分実在する)悲劇の女性です。この「明妃曲」では「私」と「田津岡」という、ともに匈奴という民族に心惹かれた二人の交流から、王昭君の物語が語られます。
王昭君は後宮から匈奴へ貢物のように嫁がされ、好意をいだいた王の息子ではなく、年老いた王に娶され、自殺をはかりますが未遂に終わります。その息子から「しばらく待ってほしい、父はまもなく死ぬ」と言われ、老王が亡くなった後、息子が王となり、王昭君を娶ります。その後は子供を産み、2度と祖国へ帰ることはなくたくましく生き抜きました。
伝説とは異なり、たくましく幸せに生きたという救いの物語でした。