君塚直隆のレビュー一覧
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岡本隆司、君塚直隆「帝国で読み解く近現代史」(中公新書ラクレ)
現代では国民国家=善、帝国=悪と捉えられがちだが、19世紀末の世界は帝国だらけだった。イギリスのように本国の中では国民国家だが、海外では帝国という存在もあった。本書では東洋の大帝国の清朝と西洋の帝国である英国との出会いに始まり、産業革命を経て強大化した英国が清にアヘン戦争を仕掛ける迄になること、それに触発された日本が大日本帝国になること、第一次世界大戦でドイツ、オーストリア・ハンガリー、ロシア、トルコ、清という従来の帝国が一掃されたこと、それらに変わりアメリカとソ連が新たな帝国になることなどについて語る。冷戦後の世界でのアメリカ、 -
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物語 イギリスの歴史 下
清教徒・名誉革命からエリザベス2世まで
著:君塚 直隆
中公新書 2319
フランス・ドイツの干渉を受けて来た、イギリスはやがて、大陸との関係を分かち、グレートブリテンとしての歩みを進めていく。1801グレートブリテン及びアイルランド連合王国成立
中国の王朝とはちがって、英の王朝とは、議会も、その母体もかわらず、親戚に本家を譲っていくようなイメージであり、緩やかな一貫性があり、王朝間での断絶も対立もない。優秀な人物は、王朝を超えて連携を行っていく。名君には、名宰相あり、国運が傾くと、イギリスを救うべく政治家が現れる
遠くは、ローマや、ノルマン、フランスなどから絶 -
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ギリシャ、ローマ帝国、中世ヨーロッパ、中国、そして日本の貴族の歴史について解説。特に、世界で唯一貴族院の残るイギリスについては、産業構造や戦争の在り方が大きく変わる時代を、貴族たちが強かに生き抜いた姿が描かれる。
フランスやドイツで貴族が衰亡する中、イギリスでは貴族政治が徐々に衰退しながらも、最後まで残り続けたが、トドメを刺したのは第一次世界大戦であった。貴族の「高貴なるものの義務(ノブレス・オブリージュ)」の筆頭として軍役があったが、国民全てが動員される総力戦を経た結果、貴族政治は大衆民主主義へと移行したのである。
最終章では、洋の東西を問わず貴族には特権と引き換えに「徳」が求められたが、特 -
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著者の専門であるイギリス王室を中心に欧州、アジアの王制について広く説明している。第二次世界大戦を機に王室を廃止する国もあれば、王室と国民の絆が強まり、王制が盤石なものとなった国もあり、王制をとる国によって歴史はさまざまである。
また、最終章では象徴天皇制を今後も維持できるかについて、考察しており、皇族の数の減少が大きな問題として指摘している。側室を前提としない現在の天皇制において、男系男子のみが天皇となる制度を維持するのは難しい思われる。世界の国々を見ても、女王を認める国が増えてきており、安定した象徴天皇制を維持するためには、皇室典範を改正し「女帝」の存在を認める必要があろう。 また、女性皇族 -
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物語 イギリスの歴史 上
古代ブリテン島からエリザベス1世まで
著:君塚 直隆
中公新書 2318
日本は、外国からの侵攻を受けたことは、数えるほどであったが、イギリスは違う。
遠くは、ローマや、ノルマン、フランスなどから絶えず侵攻を受けていて、英語の中には、多くのフランス語が含まれているほど、文化の影響もうけている
日本は、太古からその文化や制度はほぼ一貫した流れをもつが、イギリスはそうではない、侵略者や時の支配者によって、不連続に変わっている。そのことがいっそう歴史を複雑にしている
イギリスは、時代によって、その顔を変えるのである
上巻は、古代から、エリザベスⅠの近代まで、下巻は、 -
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主にイギリスの「王権と議会」をキーワードとしたイギリス通史。
イングランドでは、アングロ・ノルマン王国やアンジュー朝では防衛する領域がブリテン島とフランス西部と広く、その防衛費用や戦費の捻出のための課税に地主貴族階級の力を借りざるを得なかった事、王位継承争いが絶えなかったため議会に頼らざるを得なかった。そのため議会があってこその王権という状況が続いた。一方フランスは治める領域が狭く防衛費用がそこまでかからない、かつてイングランドが領有していたフランス北西部を領有してからは収入が一気に上がった事、王位継承者に恵まれ継承がスムーズに行えたために王権が強く、議会に頼ることもイングランド程はなかった。 -
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7世紀頃七王国が形成され、マーシアのオファ王がイングランド初めての王となり、初の法典を作った。
9世紀からバイキング(イングランドではデーン人と呼ばれる)の侵略を受ける。ウェセックスの王アルフレッドはこれを撃退し大王と呼ばれる。アルフレッドの孫は初めてイングランド王と公式に呼ばれた。賢人会議を開催するようになる。その子エドガーはキリスト教に基づく戴冠式を初めて行った。
ウェセックス朝の無能な王に代わりデンマークのカヌートが王位を継承しデーン朝が成立するも、7年で終わる。
再びウェセックス系のエドワード証聖王が即位するが家臣団と合わず、後継者をノルマン公ギョームに指名。ギョームは征服王ウィリアム -
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君塚直隆(きみづかなおたか)
1967年東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒業。英国オックスフォード大学セント・アントニーズ・コレッジ留学。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。東京大学客員助教授、神奈川県立外語短期大学教授などを経て、関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『悪党たちの大英帝国』『立憲君主制の現在』(後者は2018年サントリー学芸賞受賞、ともに新潮選書)、『ヴィクトリア女王』『エリザベス女王』『物語 イギリスの歴史(上・下)』(以上、中公新書)、『肖像画で読み解く イギリス王室の物語』(光文社新 -
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利他という言葉をよく耳にするようになったのはコロナが始まった頃だったか…行き詰った資本主義を打開するキーワードとして語られているのか、閉塞感のある時代の生きにくさを乗り越える思想として語られているのか、使われている理由は様々だと思いますが、99%クラブに表出しているような富の偏在をつくった新自由主義のエンジン、利己主義に対する違和感として多用されているように思われます。ただ21世紀になって利他主義が突然出てきた訳ではなく、その源流のひとつにノブレス・オブリージュがあったことを、さらにはその水源に古代ギリシャ、ローマ、中国における「徳」という価値に立脚する政治があったことを、そしてそれを支える社