君塚直隆のレビュー一覧
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エリザベス1世は後継を残さなかったためテューダー朝は断絶。開祖ヘンリ7世の子孫スコットランド王がジェームズ1世として即位、スチュアート朝はじまる。
17世紀、チャールズ1世は議会を軽視し絶対君主を目指すが、抵抗を受け内戦に入る。議会側指導者に清教徒が多かったので清教徒革命と呼ばれる。クロムウェルの活躍で議会派が勝利し、国王は斬首された。共和制となる。クロムウェル死後、チャールズ2世が即位し王政復古。しかし次代ジェームズ2世の専制にオランダ総督ウィレムがイングランド上陸、国王は逃亡し名誉革命成る。
スチュアート朝断絶後、ハノヴァー朝ジョージ1世が即位。ドイツ系であり18世紀の政治は政党の有力者に -
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大英帝国を率いたリーダーシップの物語
歴史は人間によって創られる
1940年英国首相に選ばれるのがチャーチルではなく、ハリファクス外相であったら、英国は早々にヒトラーと講和し、ナチスドイツの世界覇権は実現していただろう。(282)
その英国も第二次大戦の勝利と引き換えに、世界の盟主の座を、アメリカとソ連に譲ることになる。
歴史は禍福の如し。
結局、技術・経済・社会システム・軍事により世界の覇権を手中にしても永遠には続かない。
心地よい勝利者の地位は、慢心と怠惰を生み、民衆はパンとサーカスをリーダーに求め、政治はポピュリズムに陥る。
その時に積み上がるのは、軍事費とエンタメ経費を賄うための「公的 -
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ユーラシア大陸東西のそれぞれの端にある日本と英国。16世紀までの歴史の中で大陸からの様々な流入があった後者は国際色に富み、日本と異なるのは当然かなと思った。
聖職者イコール宗教(キリスト業務)のみという印象があったけど、かの昔は唯一ラテン語を使えた存在で政治の中心的役割であったと知ると、欧州諸国における宗教のプレゼンスの大きさを納得できた。さらには英国では庶民の勢力が増し、議会政治が進んでいった。
世界史で離婚ばかりしていた英国王がいたなぁーというのも思い出し懐かしい気持ちになったけど、それもテューダー朝の安泰のためとなると少し見方が変わった(それでもひどいけど)