青山文平のレビュー一覧
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江戸時代の後半、主人公・平助は本屋「松月堂」を営み、城下から在郷の名主らに本の行商に出ます。舞台が華やかさと無縁の村なのが特徴的です。
平助は、人気の読み物などは扱わず、学術書にこだわる矜持をもっているのでした。異問や謎を、本を介して解き明かしていく3編の連作物語です。
単なるエンタメやミステリーではなく、本が生活に根差し暮らしを支えていた情景が浮かびます。本を愛し知識を求める人々の個性が豊かで、当時の本を作る・売るという様子を知り、さらに本の世間への浸透や寄与を想像するよい機会となりました。
作中に出てくる多くの言葉へも共感が多かったです。特に、「本は出会いだ。蔵書は出会いの喜びの記憶でもある」「本や人を信頼し切れるのは贅沢で豊かなこと」には唸りました。
書店の激減、読書離れが叫ばれる中、これまでの本の歴史に想いを馳せながら、読書の喜びを多くの人に実感してほしいと願うばかりです。やっぱり、それは教えられるものではなく、自分で気付くものですよね! -
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本屋で見かけて一度は手に取ったものの、(いやいや積読半端ないし)と諦めた。
しかし、やっぱり気になる。
えーい、今買わねば後では出会えぬやもしれぬ!と購入。
買って良かった。
惣兵衛さんの御新造さんの森と里の際の話、これは自分の場合はまさに子供と社会との関わりについても言えるし、名主がなぜ国学をやるのか、についても考えさせられた。他にもあるを信じられることで楽になる、というのは実感してるからなあ。諦めるわけでも見放すわけでもない。
だけど、他があると思えることでちょっと楽になることはある。
今の自分にとって、何か種を植えてもらったような、そんな本だった。
気になったのも、このタイミングで読んだのも、
本に呼ばれたのかもしれない。
ホントに本は出会いだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレとても読みやすく良質な作品である。ビックリした。が、御殿様の妄言とは何だったのか?? 作品内でヒントがあったのかな?他の方のレビューを読んでも考察などが見つからない。ということは私の読み方が浅いわけではなく、読者の想像に委ねられているということだろうか。
私の頭に浮かんだのは、御殿様は元重さんを禁じられた意味で愛しており、元重さんもまた心の内で愛していた(それ故に彼の痛みを感じることができた)という説しかない…。
元重さんは、心の深いところで家族よりも誰よりも御藩主を愛してしまったこと、それが痛みの共有という形で証されていることを畏れ悩み、また御藩主に立派になってほしい気持ちと、自分が彼の愛の対象になってしまったことにも深く罪の意識に苛まれていた。プラス家族への罪悪感、などなど。
御藩主の「誰にも言わん」の内容は元重さんへの愛(;_;)
しかしそれでも2人の愛は言葉にすらされない、2人の間での秘め事であった。
が、麻酔時のうわ言で、それが向坂先生にバレてしまった。omg...
ということで元重さんは向坂先生をも犠牲にして、秘密を墓場まで持っていくことにした。
すべては御藩主のため…。
という究極のプラトニック・メンズラブ…かな…。
幻肢痛の話も何か象徴的に見えるけど、何を表しているのか。あと、御藩主が麻酔から覚めた時に元重さんがはばかりに行ってたのも何かを示していそうだけど…。たんに重彰との会話の描写の都合上、そうなっただけなのかな。
とにかく、最終的に、メチャメチャ切なかった小説。
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ネタバレ印象的な言葉が出て来る。『褒められたいのだと思う』藩主が親同然の家臣に求めたものは褒められたいであった。領民の為の良政は、シンプルに褒めてもらえそうというところから来ていた。妙に納得がいった。私も仕事しながら、褒めてもらいたいと素直に思ってるのを得心したら、笑ってしまった。あぁそうか褒めてもらいが根本の本音だ。カッコよく社会の為とか、そんなんじゃない。好きな人がいたら、尊敬する人がいたら尚更だ。分かるぞ。
もうひとつ、躾についても言っていた。躾とは気持ちが動かずとも身体が動くようにするのが躾だと。
そのままの言葉を引用する。『人なら、疲れ果てもするし、塞ぎ込みもするでしょう。目の前の用に、手が出せなくなるのもめずらしくありません。それでも気がつくと、ひとりでに身体が動いて、やらねばならぬもろもろをやっている。そういう者に育つように仕込むのが躾なのです。なんで、そうするのか、わかりますか?当人が楽になるからです。生きていく、ということは、日常の用をこなしていくということです。人です。獣ではないのです。汚れたままの皿で物を食べるにはゆかぬのです。誰かが皿を洗わなければなりません。自分で洗わなければ、何者かが洗ってくれているのです。もろもろな事情で、その何者かがいなくなるさのはいくらでもあることです。そうなったとしても躾られていれば、なんの痛痒も感じません。日常の用を、自分で苦もなくこなせるというのは、それだけで縛られるものがなくなるということです。自由になるということなのです』 -
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江戸時代が背景で、お役が回ってこない下級武士たち。
それでもなまじ身分があるゆえお上と民衆に挟まれるような立場の苦悩があり、反対に、民衆はといえば身分の低さの苦労が描かれた短編時代小説です。
形や程度に差はあれど、現代にも通ずるものを感じます。
それぞれの章には救いのヒントになるような人物がおり、だいたいの話は出口が見えたような、薄日が差したようなラストになっていたように思えました。
個人的に
『乳付け』
・初産で乳が出なく、自身の子どもに乳をあげられない母親が「乳付け」に悋気しながらの葛藤しつつも、その乳付けや夫、まわりの人情を描いたお話。
『逢対』
・武士とは何かを識りたいもの、武士を地でいくものが「逢対」にてそれぞれの道を立てるお話。
の2話が特に好きな話でした。