藤田一照のレビュー一覧
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仏教を作ったブッダや、著者が仏教に専心した理由が書かれている。
ブッダの素の名前は、シッダールタ。大事に育てられていたが、外に出て、病人や老人を見て人はいつかおいて死ぬのだと言うことを目の当たりする。老・病・死の苦しみから逃れられないと言うことを知る。
心の中で、「いつか出家して、老・病・死の苦しみを解決する道を探したい」という思いが、少しずつ育っていった。このエピソードは、「 四門 出遊」と呼ばれている。
仏教の出発点には、生きることが苦悩であるという大きな問題の自覚があった。
苦行で弱った体を癒し、気力を回復したシッダールタは、ガヤーという町の 菩提樹 の下で静かに坐禅を始めた。そ -
Posted by ブクログ
ネタバレお経を翻訳している詩人と曹洞宗の国際センターのお坊さん。ふたりともアメリカ在住で活動している。
そのためか、言葉遣いが新鮮で、逆に坐禅の本質に切り込んでいるようなところもあるのでは、と感じた。
「そもそも仏教とは」から始まって大局的に坐禅の位置づけをして、坐り方や効用(?)、海外の禅の現状まで一通り目を通すことができる。
強調されていたのは、坐禅は瞑想とは微妙に違うこと、効能が目的でないこと。
仏教の中での位置づけは「シッダールタと同じ体験」であり、お釈迦様が寝てる時に悟っていたら坐禅ではなく寝禅だったろう、というのがわかりやすい。一切経(すべてのお経)は坐禅の脚注である、と言っている。
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Posted by ブクログ
久々に、最後のページまできちんと読んだ本。なぜなら、自分の抱える「病気」を直す治療法が書かれているような気がしたから。
仏教をまったく知らない人でも、軽やかに読み切ることができると思います。
以下は個人的なTake awayです。
▼過去と現在の自分に響く言葉
@エゴは上辺は幸せになりたいというポーズをとるが、本当は自分をみじめな状態においておきたい
@「わたしが幸せでありますように」はエゴへの死刑宣告
@瞑想でひとときエゴを手放しても、なかなか日常の行動がかわっていかない理由としてエゴの名残=ハビットエナジー(長年しみついた心身の癖)があるということ
▼これから探ってみたいこと
@「 -
Posted by ブクログ
「自分とか、ないから。」を起点にもっと知りたいと思って。
自己と自我のお話は、目から鱗だった。
ビジネスパーソンとしては、「他人、感情、過去といったコントロールできないものは思考で整理せよ」と教わってきたが、ここでは「受けたもう」として、ただ受け入れて隅に置いておけよと。そして浮き沈みを愉しみなさいと。
避けられないと分かっていても、苦しみは避けたい。制御したい。30年以上も生きていても、そう思ってしまう自分にとっては、考えが広がる良い機会になりました。
このワードはおそらく本には出ていないが、自分の言葉では「ゆるめる」ということが愉しむコツな気がした。 -