藤田一照のレビュー一覧

  • アップデートする仏教

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    テーラワーダ仏教の書籍を読み、それに感銘を受けた自分にとっては、それではまだ限界があるんだという本書の主張に衝撃を受けた。ただ、何が限界なのかという点は極めてシンプルである。
    本書でも述べられているように、仏教3.0は、いわゆる日本の伝統的な仏教1.0と、テーラワーダの仏教2.0を包含したものであるので、少し方向修正をすれば、良い方向に向かうのかと思う。

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    2013年11月04日
  • アップデートする仏教

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    難しくて全部は理解できなかったけど、目から鱗。
    仏教(宗教)って心を救うためにある、と思っていたが、実際にそう思っている僧侶は少ない?のかな。
    とても興味深いお話でした。

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    2026年02月23日
  • ブッダが教える愉快な生き方

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    「自分とか、ないから。」を起点にもっと知りたいと思って。

    自己と自我のお話は、目から鱗だった。
    ビジネスパーソンとしては、「他人、感情、過去といったコントロールできないものは思考で整理せよ」と教わってきたが、ここでは「受けたもう」として、ただ受け入れて隅に置いておけよと。そして浮き沈みを愉しみなさいと。

    避けられないと分かっていても、苦しみは避けたい。制御したい。30年以上も生きていても、そう思ってしまう自分にとっては、考えが広がる良い機会になりました。

    このワードはおそらく本には出ていないが、自分の言葉では「ゆるめる」ということが愉しむコツな気がした。

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    2025年08月26日
  • 不要不急―苦境と向き合う仏教の智慧―(新潮新書)

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    各人にとっての不要不急を、もっと尊重し合える社会になったらいいな。人の心は見えないのだから。優しい世界を望む。

    資本主義社会の経済自体が我々の身体にとって不要不急で非本質的なものでなり立っていることからうまれるねじれ。
    身体的なものに向き合ってきたのが宗教という切り口はとても面白かった。
    私たちの本質的な部分と、経済構造自体がかけはなれているのだから、「不要不急」は軋轢が生じるのも必然。。

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    2025年03月13日
  • 禅的修行入門 誰でもあらゆるものから自由になれる秘訣

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    時々ドキッとする言葉が出てくる。禅を理解できるようになるためには、自分のエゴを捨てることなんだなと思った

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    2024年06月17日
  • [新訳]禅マインド ビギナーズ・マインド

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    なかなか難しかったです。自ら体験することがベースの仏教や禅を文章で語ったり、知ろうとするのは難しいのだろうなと思いました。

    けれど、いいなと思う考え方やフレーズも多かったので読んでよかったです。いろいろと感じることもあったのですが、いかんせん言葉にするのは難しいですね。

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    2024年04月21日
  • ブッダが教える愉快な生き方

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    本書で扱われるブッダとか、併せて読んだキリストとか、難しいというよりは興味が持てず、入門編みたいなのにトライしてみては、真価が分からず今に至る。真価というと大層だけど、入門すらできないなら、こっちから願い下げだ、くらいの気がある。そんな中、本書はなかなかに楽しめる内容だった。
    例えば、”周りとの交流全体から自然に何かがまなばれる、オーガニック・ラーニング”にこそ学びの本質がある、と。これは、考える力こそが注目される昨今、いかにも納得のいく主張。だけど、しなきゃならない一辺倒では上手くなく、”ネガティヴケイパビリティ(しない能力)”こそ必要で、中でも坐禅は、”やることを増やすのではなく、最大限減らしていくことで、深い未知のものを受信”するのに有用だ、と。これ、らしく言うとマインドフルネスやね。あと、”不可逆的に出会う痛みや快感に、自分の中の抵抗や執着を識別する、解像度の高い眼で臨む”ことも、苦痛との向き合いにおいて有効かな、と。
    そんな感じで、なかなかに示唆に富むブッダの教えなのでした。

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    2023年06月06日
  • 考えすぎない生き方

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    本を読んだだけで悟ること難しいと知った。ただし、人生について考える1つのやり方なんだろうと思う。簡単に答えに結びつくものではないけれども、1つの人生の途中で起こる些事を背負っていくための方法として捉えることとした。

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    2023年05月06日
  • ブッダが教える愉快な生き方

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    ブッダが苦行を捨てて、愉快に旅をし修行をしたというところが印象に残りました。
    何事も苦しみながらやってもいい成果は出ないと思いますし、楽しみながらやれば、おのずと成果は出るだろうと思います。その過程自体が既に平安というのも印象に残りました。

    座学だけでなく自然体験から学んで自己世界を拡張する。それこそが学ぶ喜びだというのも印象に残りました。

    とはいえ、世の中しんどい事やきつい仕事もあります。その時は受けたもう!の精神で無理やり自発的にやることで楽しめてくるというのは面白い発想だと思いました。
    受けたもう!受けたもう!心の中で口癖にしたいと思います。

    あと苦しみ、幸せの方程式はなるほどと思いました。苦しみは受け入れれば楽になる。幸せは求めれば苦しくなる。確かにそうだと思いました。
    心に留めておきたいと思いました。

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    2022年08月21日
  • あたらしいわたし 禅 100のメッセージ

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    「明日はないかもしれない」というのが仏教の基本。幸せになるなら今日なるしかない。それが、明日の幸せの種になる。なぜなら、幸せの種から幸せは生まれてくるから。今日から、次の日が生まれてくるわけだから。
    座禅時の複式呼吸は「外側が呼吸している感覚」というのが印象深かった。

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    2022年08月02日
  • ブッダが教える愉快な生き方

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    この本はどちらかというとブッダに関する専門書のような説明が多め。
    日常生活に落とし込んで実践したい自分には「反応しない練習」の方が好きだった。

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    2022年05月02日
  • ブッダが教える愉快な生き方

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    ブッダ、仏教、禅に興味があり大変読みやすくスーッと完読。後は自分が変わるだけですね、実行あるのみです

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    2022年03月22日
  • ブッダが教える愉快な生き方

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    初めて触れる分野だったので興味深く読めた。
    学び続ける姿勢は仏教徒以外にとっても大事なことだと思う。

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    2021年11月17日
  • 禅の教室 坐禅でつかむ仏教の真髄

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    仏教の教えも交えながら、座禅が生まれた背景や瞑想との違いをなるべくわかりやすく解説している本。普段から瞑想をしているが、仏教的な理解をしているのとしていないのとでは、得られるものも変わってきそうだと思った。

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    2020年10月15日
  • アップデートする仏教

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    ・覚りには、理論だけで到達することが難しく、師について瞑想をしたとしても、覚れる人は決して多くない。それだけ自我の拘束は、強いのです。

     どのような道であっても、書物から学ぶことのできる知識と、師からしか学ぶことができない暗黙知や技があるわけですが、意外にも、仏教にも、その事実が当てはまることを突きつけられるような内容でした。

     また、たとえ優れた師に学んだとしても、それまでに身体に染み付いた自我という固定観念を捨てることができなければ、習得することができない境地があることも思い知ることになりました。

     釈尊が自らの力で到達した覚りを乞われるまで伝える気持ちがなかったという話も、真実味が増してくるのです。覚りには、理論だけで到達することが難しく、師について瞑想をしたとしても、覚れる人は決して多くない。それだけ自我の拘束は、強いのです。

     仏教は、個人や社会を導きうる思想なのに、そうならないのはなぜか、それは仏教の伝来がゆがめられ、仏教自身が生き残るために、思想としてではなく、ある意味、様式を示すビジネスになってしまったからかもしれません。

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    2020年04月29日
  • 感じて、ゆるす仏教

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    真面目に仏教をやっている人には面白い内容だと思うが、一般の人には、少し退屈な話だと思う。「感じて、ゆるす仏教」について詳しく知りたい方は他書を当たった方が良いと思う。

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    2018年11月11日
  • 退歩のススメ

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    働き方改革といった話も前に進むのではなくて、削ぎ落とし尽くしたところから始めないと本当の改革にはなり得ないのではないかと思う。

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    2018年04月29日
  • アップデートする仏教

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    人間にとって最大のアディクションとはシンキングに対するアディクション。



    仏教が教えとして骨身にしみるくらいわかる為には、大きなショックが必要。心臓を毒矢で射抜かれた若き獅子の如き状態。



    デカルトは、根拠の曖昧なドグマを盲目的に信じている限り、真理に到達する事はできないから、まずはその真理に至る方法を確立しようとした。その方法とは、この世界のあらゆるものを分析していった果てに、お前の心に明晰なものだけを受け入れろ、そしてそれを少しづつ組み立てていけというもの。この疑いがないほど明晰な事が真理であるが、これを保証するものは神である。



    行解相応(ぎょうげそうおう)、、、修行と教義理解のバランスが取れている事



    マインドフルネスという言葉は、サティというパーリ語の英訳であり、アメリカで80年代から90年代にかけてベトナム僧のティクナットハンが広めた。サティとは、ビルマを中心とするテーラワーダ仏教の実践の中心の技術。



    マインドフルネスとは、「今起きている事に判断を挟まずにはっきりと気がついている」事。「判断を加えないで」だけではなく、何か行為をする時に、「何の為にするのか思い出してから」やる事。



    マインドフルネスの本質は、主体と客体が分かれていないところで気づく事。主体も客体もない非二元的な世界に入り、体の感覚だけがある世界に入っている。ここまで来て、「気がつく事=思いの手放し」になる。



    ヴィパッサナー瞑想の究極の目的は生滅滅己(しょうめつめっち)。涅槃に入る事。この状態を始めて認識した時が道智、それを認識し続けるのが果智。



    雲として生きるから青空として生きる。青空には認識する力と慈悲の力がある。自分が青空である事を自覚した時に初めて慈悲がリアルなものになる。



    心に落ち着きがない状態をモンキーマインドと言う。



    ハビットエナジー、、、長年染み付いた身心の癖。この核がエゴ。



    エゴは、自分が幻である事を隠す為に、うわべは幸福になりたいというポーズをとるが、本当は自分をみじめな状態に留めておきたい。なぜなら、ネガティブエネルギーは実在感を得られる為。

    つまり、「私が幸せでありますように”May I be well and happy”」と言うのは、エゴに対する死刑宣告。





    体の微細な感覚を見る事で、シンキングマインドから解放され、慈悲の瞑想によってエゴにまとわりついていたハビットエナジーを根こそぎにする。そして最後に残る「気付いている意識」がマインドフルネス。



    強為とは、俺が無理して強制的に何かをやろうとする行為。云為とは、頭を通さない、自発的で思慮分別をはさまない行為。強為では何も到達できない。

    「アップデートする仏教」藤田一照、山下良道



    人間にとって最大のアディクションとはシンキングに対するアディクション。



    仏教が教えとして骨身にしみるくらいわかる為には、大きなショックが必要。心臓を毒矢で射抜かれた若き獅子の如き状態。



    デカルトは、根拠の曖昧なドグマを盲目的に信じている限り、真理に到達する事はできないから、まずはその真理に至る方法を確立しようとした。その方法とは、この世界のあらゆるものを分析していった果てに、お前の心に明晰なものだけを受け入れろ、そしてそれを少しづつ組み立てていけというもの。この疑いがないほど明晰な事が真理であるが、これを保証するものは神である。



    行解相応(ぎょうげそうおう)、、、修行と教義理解のバランスが取れている事



    マインドフルネスという言葉は、サティというパーリ語の英訳であり、アメリカで80年代から90年代にかけてベトナム僧のティクナットハンが広めた。サティとは、ビルマを中心とするテーラワーダ仏教の実践の中心の技術。



    マインドフルネスとは、「今起きている事に判断を挟まずにはっきりと気がついている」事。「判断を加えないで」だけではなく、何か行為をする時に、「何の為にするのか思い出してから」やる事。



    マインドフルネスの本質は、主体と客体が分かれていないところで気づく事。主体も客体もない非二元的な世界に入り、体の感覚だけがある世界に入っている。ここまで来て、「気がつく事=思いの手放し」になる。



    ヴィパッサナー瞑想の究極の目的は生滅滅己(しょうめつめっち)。涅槃に入る事。この状態を始めて認識した時が道智、それを認識し続けるのが果智。



    雲として生きるから青空として生きる。青空には認識する力と慈悲の力がある。自分が青空である事を自覚した時に初めて慈悲がリアルなものになる。



    心に落ち着きがない状態をモンキーマインドと言う。



    ハビットエナジー、、、長年染み付いた身心の癖。この核がエゴ。



    エゴは、自分が幻である事を隠す為に、うわべは幸福になりたいというポーズをとるが、本当は自分をみじめな状態に留めておきたい。なぜなら、ネガティブエネルギーは実在感を得られる為。

    つまり、「私が幸せでありますように”May I be well and happy”」と言うのは、エゴに対する死刑宣告。





    体の微細な感覚を見る事で、シンキングマインドから解放され、慈悲の瞑想によってエゴにまとわりついていたハビットエナジーを根こそぎにする。そして最後に残る「気付いている意識」がマインドフルネス。



    強為とは、俺が無理して強制的に何かをやろうとする行為。云為とは、頭を通さない、自発的で思慮分別をはさまない行為。強為では何も到達できない。

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    2016年02月06日