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Posted by ブクログ
さて。仏教を知るための読書、今回は藤田一照師と山下良道師の対談。
僕が知ろうとしている仏教の基本のき、に対しては少し踏み込んだ内容のようにも思ったが、まさに現代のアップデートする仏教感を俯瞰的に知るには良書だった。
要は噛み砕いた言葉でシンプルに伝えていくことの難しさが仏教の世界では課題になっているんだろう。
語れる程の口を持たないので今は実直に知識を吸収していこう。いつかより深く両師の言葉を受け止められるように。
しかし書物を読めば読むほどあれもこれ知りたくなってくる。まるでクラシック音楽のように。古きを知るは深い泉のようなものだな。
Posted by ブクログ
久々に、最後のページまできちんと読んだ本。なぜなら、自分の抱える「病気」を直す治療法が書かれているような気がしたから。
仏教をまったく知らない人でも、軽やかに読み切ることができると思います。
以下は個人的なTake awayです。
▼過去と現在の自分に響く言葉
@エゴは上辺は幸せになりたいというポーズをとるが、本当は自分をみじめな状態においておきたい
@「わたしが幸せでありますように」はエゴへの死刑宣告
@瞑想でひとときエゴを手放しても、なかなか日常の行動がかわっていかない理由としてエゴの名残=ハビットエナジー(長年しみついた心身の癖)があるということ
▼これから探ってみたいこと
@「マインドフルネス」今おきていることに判断を差し挟まずに気づいている状態になるということ
Posted by ブクログ
・覚りには、理論だけで到達することが難しく、師について瞑想をしたとしても、覚れる人は決して多くない。それだけ自我の拘束は、強いのです。
どのような道であっても、書物から学ぶことのできる知識と、師からしか学ぶことができない暗黙知や技があるわけですが、意外にも、仏教にも、その事実が当てはまることを突きつけられるような内容でした。
また、たとえ優れた師に学んだとしても、それまでに身体に染み付いた自我という固定観念を捨てることができなければ、習得することができない境地があることも思い知ることになりました。
釈尊が自らの力で到達した覚りを乞われるまで伝える気持ちがなかったという話も、真実味が増してくるのです。覚りには、理論だけで到達することが難しく、師について瞑想をしたとしても、覚れる人は決して多くない。それだけ自我の拘束は、強いのです。
仏教は、個人や社会を導きうる思想なのに、そうならないのはなぜか、それは仏教の伝来がゆがめられ、仏教自身が生き残るために、思想としてではなく、ある意味、様式を示すビジネスになってしまったからかもしれません。
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ビジネス・実用
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