高見浩のレビュー一覧
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ネタバレ老人の乗る船が大海原にぽっつりと浮かんでいる。
やがて巨大カジキがやってきて、長い長い苦闘の末にようやく釣り上げる。
かと思えば、そのカジキがどんどんサメに喰われてしまい、再びお互いに命を賭けて格闘しはじめる。
ずっとハラハラしっぱなしだった。特にサメと格闘するシーンでは、あんなに頑張って釣ったカジキが……!とショックだった。
「だが、人間ってやつ、負けるようにはできちゃいない。」
結果が実らなくとも、苦労して釣り上げたカジキが骨だけになろうとも、老人は負けていない。過程があるから。不屈の精神を貫き通したからだ。
そんな考えに行きついたとき、この作品の素晴らしさを真に理解できた気がする。 -
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学生時代に読んで、まあまあ長編だった記憶がまさかの130ページ。読みやすく世界に入り込みやすく、これは10代がまず読むのにもオススメですね。
ちょいちょい出てくる野球用語などは、巻末の「翻訳ノート」に説明されていて手厚い。私はなんとなく雰囲気で読み飛ばしてましたが。
冒頭、サンチアゴを慕う少年のいじらしさ。一人海へ出るサンチアゴ。つい口をついて出てくる「あの子がいてくれたら」という言葉に感じられる、老い。
ですが巨大カジキと対峙するうち、全知識・全経験をフル稼働、自らを奮い立たせ、「老いる」って「それなりに修羅場はくぐってきてる」って事でもあるんだよな。
カジキを捕らえた後がもう怒涛!いろいろあって、ラストは少年に感情移入しまくり。 -
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ラジオパーソナリティのロバート・ハリスさんが番組で良いと言っていたので。
<もしきみが幸福にも青年時代にパリに住んだとすればきみが残りの人生をどこで過ごそうともパリはきみについてまわる。なぜならパリは移動祝祭日だからだ>
ヘミングウェイが20代(1921年〜)の頃の訳4年間、8歳年上で最初の妻ハドリーとパリで過ごした。その間に長男の”バンビ”も生まれる。50代になったヘミングウェイは、30年前の思い出を書く。パリ時代には文化人とも交流した。そのころはまだ新人で作家修行中。後にノーベル賞受賞作家になっても深い思い出だったのだろう。本書はヘミングウェイの死後に、四人目で最後の妻のメアリーが出版した。
パリにいた頃のヘミングウェイはやっと短編集を出したばかりで、収入もなく安アパート暮らしだった(解説によると、妻の資産が相当あったらしいが)。しかし当時のパリはわずか5ドルで二人で楽しく暮らせる時代であり、作家や画家などの芸術家、そんな人たちを後押しする出版社や社交界のパトロンたちと交流していた。ヘミングウェイは執筆用のお気に入りのカフェがあって、たまたま立ち寄った他の作家に「自分の縄張りだ」と反発するようなエピソードも。
そんな作家たちを支えたなかでも印象的だったのは、オデオン通りにある会員制貸本屋の店主シルヴィア・ビーチ。会費が払えないヘミングウェイに「いつでもいいのよ」と本を貸し出した彼女は、まさに1920年代のパリ文学界の重要人物。解説では彼女は1920年代のパリの文学者の中心地で、文学会への貢献者でもあったということが書かれる。かっこいい!!
作家との交流の中でもとても面白く、ちょっと複雑な感情も見られるのがスコット・フィッツジェラルドとのエピソード。
ある時二人は旅行を計画した。ところがまずチケットを持ってるはずのフィッツジェラルドが来ない。「大の大人が列車に乗り遅れるなんて初めて聞いた」などと呆れながら、なんとか合流してみたら、フィッツジェラルドの用意した車は幌がないので雨で足止め足止め足止め。その上酒に弱いフィッツジェラルドはちょっと飲んで、雨にあたって「熱がある!体温計をもってこーい!病院につれていけーー!」と絡む絡む絡む。
ハドリーの元へ帰ったヘミングウェイは「好きじゃない相手とは旅行に行くべきじゃないね」って苦笑い。でもフィッツジェラルドの新作を読んだら「自分は彼にどんな振る舞いをされても、彼の良い友でいなければならない。」と感じるのだった。…そうはいってもその後もフィッツジェラルドとその妻ゼルダはメンドクサイ交流相手!ヘミングウェイとゼルダはお互いを嫌い合っていたようで話半分に聞いたほうが良いのかもしれないが、あるときフィッツジェラルドがしょぼんとして「ゼルダにあんたの”体”じゃ女を幸せにできないって言われたんだ。ぼくのサイズは失格なのか?」と言われたヘミングウェイは「お手洗いに行こうぜ」と連れ出して「問題ないじゃないか!見る角度にもよるから横から見れば良いんだよ!」と慰め…、…、ええ?比べっこしたってこと!?(^^; それでもしょぼんとしているフィッツジェラルドをルーブル美術館に連れ出して男性ヌード彫像を見せて「ほら、君のとサイズかわらないだろ?」と慰める、がまだ「普段じゃなくていざという時のサイズはどうなんだろう」と落ち込み続けている。
男性読者はこのやり取り納得するの??こんな面白いエピソードどうしてもっと広まらないんだ!(^▽^)
さて、この当時はフィッツジェラルドが作家としての大先輩だったが、本書を執筆する30年後までにも複雑な関係が続き、立場が逆転した。本書でヘミングウェイは他の知人への好き嫌いはハッキリ書いているのだが、フィッツジェラルドに対しては、敬意、書く姿勢への反発、嫉妬、憧れ、そして哀れみも混ざり合った複雑な感情が見られる。
本書でも描写が優れているのは最後の「パリに終わりはない」の章。
ハドリーと出かけたスキー旅行の楽しさ、吹雪や雪崩などの恐ろしさとその中での人間の無力さ、そんな美しく厳しい銀世界の描写、なんといってもロッジで食べる料理の美味しそうなこと!!
しかし、パリ生活は破綻仕掛けていた。ヘミングウェイはのちに2番目の妻となるポーリーンと不倫関係にあったのだ。本書ではポーリーンの実名を出さず(出版した当時の妻が削除したのかもしれないが)、「リッチな連中が入り込んできて、自分たちの純粋な環境が壊されてしまった」という嘆き節が感じられる(しかもポーリーンとの離婚理由は、のちに三人目の妻となる女性との不倫)。
実際のヘミングウェイは、ハドリーとポーリーンが納得してくれれば平穏に二重生活できるのに…など身勝手なことも考えたようだが(正直に書いているのがまた正直っていうか)、この原稿執筆のために、最初の妻ハドリーに30年ぶりに連絡を取った。彼にとってハドリーと過ごしたパリの日々は、忘れることのない「移動祝祭日(人生のどこへ行ってもついてくる聖なる思い出)」だったようだ。その数カ月後にヘミングウェイは死去した。
その他
アイザック・ディネーセンの当時の旦那さんと知り合い「彼の最初の奥さんの文章は素晴らしいね」と誉めている。
ヘミングウェイは、ジョルジュ・シムノンを「秀作」と言っている。私もフランス作家ではかなり好き!!
文化活動以外にも、ボクシング、競馬、セーヌ川での釣りを楽しんだり、美術館に寄ったり。
出てきた文化人の中で私が分かったのは、パブロ・ピカソ、ジャン・コクトー、ジェイムズ・ジョイスなど。 -
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大自然の雄大さと人間の心の闇を世界に曝け出した問題作。
世は植民地時代、主人公が血生臭い経験をしながら、アフリカ大陸奥地にある貿易会社の拠点に赴くと悍ましい光景が広がっていた。
おおまかなあらすじはこの小説に辿り着いた読書人なら誰でも知っているかもしれない。
しかし、その中の一定層は、この手の小説に冷ややかな視線を向けるのではないだろうか。
「そういう重たい話は現実世界で十分だ」
「読んでいて疲れるのにはうんざりしている」
私はこのような気持ちから、発売直後に購入したにも関わらず、約三年もの間積読していた。
重い腰を上げたキッカケは些細なものだった。なんとなく近代の海外文学を読みたくなっただけだ。
読み始めた瞬間に気がついた。この小説は読みやすいと。そして、面白い。
本作の語り手であるマーロウの語り口がとにかく秀逸だった。ユーモアがあり、葛藤があり、秘密があり、勢いがあった。
この重い主題を、非常にスリリングな読書体験に変えてくるコンラッドは間違い無く稀代の作家である。
もし、私のこの文章が、本作を手に取ったものの読み始める気力が湧かない方に届き、読むキッカケとなったならそれ以上の嬉しさはない。 -
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ネタバレこれは面白かった。想像していたより読みやすかった。
若き頃のヘミングウェイの目線をそのまま体感できたようだった。
個人的には、パルムの僧院に対する感想が自分と似ていて面白かったし、ヘミングウェイがそう感じたなら、自分の感性は正しいんだと少し自信にもなった。
ヘミングウェイという人物や作品をもっと知った上でこれを読んだら面白いと思う。まだ老人と海しか読んだことのない自分は、この作品を満足に楽しめはしなかったと思うが、それでもお酒を呑んでどこか自由に暮らす姿は痛快さもあった。
もっと本を読んで、色々なところに旅をしないといけないな。それで何かを得るとかではなく、本気で楽しく幸福を感じる事が大切なんだ。ヘミングウェイの作品を読んでから、またこの本を読んでみたい -
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1921-26年、ヘミングウェイ22-27歳。21年暮に、新妻ハドリーとともに、パリに移住。最初は記者の仕事をもっていたが、その後はフリー。カフェやホテルで小説を書く毎日。
ガートルード・スタイン、ジェイムズ・ジョイス、エズラ・パウンド、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルドとの交遊も詳しく描かれている。ジョイスとパウンドには敬愛の念をもって、スタインとフィッツジェラルドについては感謝しながらも、幻滅の出来事も記している。
印象的だったのは、シルヴィア・ビーチが経営するシェイクスピア書店。英文の書籍をあつかっていたため、作家たちの交流の場だった。この書店がパリになければ、ヘミングウェイの未来も、英語圏の文学の現在も、いまとはかなり違ったものになっていたかもしれない。ヘミングウェイが借り出して読んでいたのは、チェーホフ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、トルストイ。ヘミングウェイの作品にロシア文学がどう影響しているのか、考えてみるのもおもしろい。パリの幸福な生活は1925年で終わりを迎える。その経緯にも触れている。
本書は亡くなる数年前の1957年から60年にかけて執筆され、没後3年後に刊行された。書名 “A moveable feast”は本人がつけたものではない。英語版と同時刊行されたフランス語版は“Paris est une fête(パリは祭り)“、こちらのほうが適題かもしれない。
(ウッディ・アレンは、本書にインスパイアされて、映画『ミッドナイト・イン・パリ』を制作した。あのなかの主人公、駆け出しの作家の視点はヘミングウェイのそれである。) -
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330P
ヘミングウェイ
(1899-1961)シカゴ近郊生れ。1918年第1次大戦に赤十字要員として参加、負傷する。1921年より1928年までパリに住み、『われらの時代』『日はまた昇る』『男だけの世界』などを刊行。その後『武器よさらば』、短編「キリマンジャロの雪」などを発表。スペイン内戦、第2次大戦にも従軍記者として参加。1952年『老人と海』を発表、ピューリッツア賞を受賞。1954年、ノーベル文学賞を受賞。1961年、猟銃で自裁。
移動祝祭日――回想のパリ
by アーネスト・ヘミングウェイ、福田陸太郎
「わかってる。ぼくも、コンスタンス・ガーネットの訳を手に入れるまでは、何度も何度も『戦争と平和』を読みかけて、うまく行かなかったことを覚えているよ」 「その訳もまだ改良の余地があるそうだね」とエヴァンは言った。「ぼくは、ロシア語は知らないが、たしかにそうだと思う。でも、ぼくたちは二人とも、翻訳というものを知っている。それにしても、これはまったく途方もない小説になってるね。一番偉大な小説だと思う。何度もくり返して読むといい」
「きみは国籍喪失者だ。きみは土地とのむすびつきをなくしている。きみはつまらぬ奴になった。いかさまなヨーロッパの考え方が、きみを破滅させたんだ。きみは酒を飲んだあげく死んでしまうだろう。きみはセックスにとりつかれている。きみは働きもせず、むだ話をしてすべての時間を過ごしている。きみは国籍喪失者だ。わかるかね? きみはカフェーに入りびたっている」