高見浩のレビュー一覧
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ネタバレレクター博士とクラリス、運命の邂逅。
“悪の金字塔”がいま、鮮烈によみがえる 新訳
獲物の皮を剥ぐことから“バッファロウ・ビル“と呼ばれる連続女性誘拐殺人犯が跳梁する。要員不足に悩まされるFBIが白羽の矢を立てたのは訓練生クラリス・スターリング。
彼女は捜査に助言を得るべく、患者を次々に殺害して精神異常犯罪者用病院に拘禁されている医学博士ハンニバル・レクターと対面するが――。
作品名は映画などで知っていましたが、初めて読んでみて、
「主人公が犯罪者に助言を求める」といった形をはじめ、
現在までのサイコスリラーあるいはシリアルキラーの先駆となった作品だとのことを、なるほどと考えさせられました。
(ジャック・カーリイもその影響を受けていたりするのだろうか…)
上巻では主となる事件の概要と結末へのカウント・ダウンが始まるところまでが描かれているようで、
下巻でどのような展開を見せるのか気になるところです。
ハンニバル・レクター博士、つかみどころがない…。 -
Posted by ブクログ
当時この本を深夜に読んでたのだが ハンニバル・レクター博士の子供時代のあまりに残酷な場面では思わずベッドで寝て読んでられなくてリビングに移動してしまった。カニバリズムはなにかの儀式で生まれてきたのだろうか。それとも飢餓の苦しみで人が狂気に陥ったために?この本の中では飢餓だけどレクターが狂気に堕ちてしまった瞬間が苦しかった。復讐劇の被害者にたいして心が全然痛まなかった。
日本をそこまで重要視しなくってもと思うほど異国の変な日本が 時に情緒的に描かれている。映画の紫夫人は日本人に演じてほしかったなぁ。
ひじょうに痛い1冊だがレクター・ファンは読まねばいけない。
映画はいまだに観れない。
主演のギャスパーが美しくて彼の頬の傷も魅力的なんだが・・・。 -
Posted by ブクログ
前3作と比べると、ちょ〜っと規模が小さいかな〜って感じもしますが。
『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』『ハンニバル』に比べると、犯行も華麗さを欠くところも見受けられますが、その分若いのでアクションもあったりします。
子供の頃から並外れた知的成長をみせるハンニバル。
何不自由なく幸せな生活を送っていたのに、戦争によって全てを失ってしまう。戦争さえなければ、必ず大物になっただろうと思わずにはいられません。まあ、“人喰いレクター”も大物ですけど。
戦争によって、彼の中で何かが変わってしまったのは事実。叔母である紫夫人を侮辱した相手を、まだ13歳だというのに、淡々と殺してしまう。しかも罪悪感無し。そのお手並みは「さすが!」の一言でした。
ただ、これで“怪物”の全てが明らかにされたのかというと、そうではなく、レクター博士の幼少期から青年期の話って感じですかね。
なぜ、人喰いになってしまったのか?とか、なぜ人殺しを楽しむようになってしまったのか?が微妙に不明なままです。
妹のミーシャを殺した(食べた)一味への復讐がきっかけではあるんだろうけど…
叔母である紫夫人。日本人なんですけど、知識の浅い、いわゆる「ゲイシャ」「ハラキリ」とかそんなんじゃなくて、ホントに日本のために書いたの?ってくらい、ちゃんとしてます。
彼女によって、ハンニバルは生け花や書道、水墨画、俳句とかを学んでいったりしてますし。
いきなり上巻の最初のページに、宮本武蔵の水墨画があったのも納得。 -
Posted by ブクログ
――いま考えられることってあるか。何もない。何も考えずに、次に襲ってくるやつを待つ。それしかない。
――自分から諦めちまうなど愚かなこった。
この作品には、老い、魚、自然、孤独、命との戦いが描かれている。老人の生き様は、この戦いに凝縮されている。
老人は戦いの中で、自分の左手、右手、背中、そして頭を、それぞれ別のものとみなして叱咤し、労る。心身二元論のようでありながら、その実、総体としての自分と戦い、コントロールしようとしている。
老いも同じ戦いの中にある。これまでの矜持が故に自分というものを持ちつつも、老いが押し寄せ、蝕み、そして穏やかに、そして気高くなっていく。
では矜持とは何か。自分は何者か? それは外から与えられたものではない一方で、自分で決めたものでもない。
一番印象に残ったのは、「考えるべきこと、備えること、やること、待つこと」。
何を考え、備え、やるのか? そして待つのか? コントロールできないことを受け入れつつ、コントロールできることに集中し、さらに運に委ねる。
自然は、食うか食われるか、というところからさらに進んで、いかにして生き延びるか、という世界として描かれている。
そして命。意味論のその先にある命は、有限ではあるものの、その中でのプロセスが輝いている。
頭にも心にも残り続ける作品だった。老いてから読み返すと、また違ったことを思うかもしれない。