小林よしのりのレビュー一覧
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扶桑社の『SPA!』誌に平成七年1月4・11日号から4月12日号まで連載された分の第132章から145章までを書籍化。ほかに『週刊金曜日』誌に同年4月に四回連載された「よしりん仮面」を掲載。単行本にあった特集などは文庫版ではすべて無くなっている。
第125章で坂本弁護士失踪事件を取り上げたことで、オウムから猛抗議を受け、彼らからつけ狙われることになる作者。名誉毀損で裁判闘争に発展し、その模様を漫画化している。実際に暗殺計画も始動していたし、生命の危機にあった時期だが、作品からはそのような緊迫感は薄い。何でもギャグにしてしまう作者の漫画家魂の所以か。仮谷さん拉致事件があり、その一件もリアルに描く。この年には阪神大震災も起きた。『噂の真相』掲載の元社員・末永女史の過去に関するデタラメ記事について、本人が自ら語った手紙が作者に届き、その内容を公開している。それがなかなか文才を感じさせるもので、調べてみたら退職したあと作家として名を挙げたらしい。多才な女性のようである。「よしりん仮面」は『週刊金曜日』を創刊した本多勝一氏の直接の依頼があって始まった連載。『ゴー宣』のノリでやったもんだから、購読者から大顰蹙を買い、やむなく四回で打ち切りに。クソ真面目な読者の多い雑誌で、ちょっと無理があった。作者が、当時の本多氏についての無知を「若気の至り」と述懐しているのが面白い。 -
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扶桑社の『SPA!』誌に平成六年9月21日号から12月28日号まで連載された分の第118章から131章までを書籍化。本編の他に当時ヒットした映画『フォレスト・ガンプ』の監督ロバート・ゼメキスとの対談、オウム真理教との激闘を巡って"よしりん弁護団"のふたりの弁護士との鼎談の前編、スタッフ4名による特別付録漫画で構成されている。
"死闘編"がはじまり、ケンカを売ってきたスガ秀実氏や平岡正明氏らの論者を粉砕し、鈴木邦男・塩見孝也両氏との討論会、中沢新一氏との対談をこなし、『ゴー宣』100万部突破記念パーティを開いてもらうなど順風満帆に見える作者であるが、『噂の真相』誌にスタッフ末永女史が攻撃され、彼女が退職してしまうという事態を招いた。作者はこの件で追い込まれてしまい、漫画家人生ではじめて原稿を落としてしまう。そこから『真相』誌との戦争がはじまる。第125章「拉致--最低最悪の抗議手段」で坂本弁護士一家拉致事件に関わることになり、作中でオウムの犯行を暗示する。この思い切った作品はオウムの逆鱗に触れることになり、後に命まで狙われることになってしまうのだ。当時は雑誌による小林叩きも激しかったが、物凄く『ゴー宣』が面白い時期でもあった。 -
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扶桑社の『SPA!』誌に平成六年6月8日号から9月14日号まで連載された分、第104章から117章までを書籍化。本編のほかに『月刊コロコロコミック』に平成四年9月号から六年5月号まで連載された「おこっちゃまくん こども編」全12頁が掲載されている。
パリで人肉食事件を引き起こした佐川一政との対談を描いた105・106章。あの事件に至る佐川の心理を見事に漫画で表現した秀作だが、自身の描かれ方に佐川が激怒。文庫版では「後悔かましてよかですか?」と1頁を使って、「描くんじゃなかった・・・」と吐露。佐川から抗議の電話・FAX・手紙を幾度も送られ、雑誌に悪口雑言を書かれるなどで作者は相当に辟易したらしい。この二章の作風はいつもの『ゴー宣』なのだが、何が気にいらなかったのか。自分の顔を醜く描かれたことにご立腹なら笑止であろう。
本巻一番の傑作は111章「美は才能である」だ。『SPA!』誌に掲載された女権拡張論者のミスコン批判に対し、作者が正面から批判したもの。ミスコン批判への批判としては見事な論理構成である。この頃から雑誌を中心に作者への批判が激しくなり、本巻でスガ秀実氏・永尾カルビ氏に猛反論。批判者に対して徹底抗戦の構えを取り、"死闘篇"の開始を宣言する。怒れる作者のゴーマンが鈍い光を放ち始めた一巻だ。 -
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扶桑社の『SPA!』誌に平成六年2月23日号から6月1日号まで連載された分、第76章から89章までを書籍化。本編のほかに雑誌掲載の「人物研究 小林よしのり」、「秘書2レディースのよしりん分析」、スタッフ4名による付録四コマ漫画などが掲載されている。
この頃は差別論が一段落した後で、時事ネタ・身辺ネタなどを中心に構成されている。時事ネタは当時話題になったニュースを散りばめている。"悪魔くん"命名問題、平成コメ騒動、裕木奈江叩き他。薬害エイズもこの巻で初めて取り上げている。"悪魔くん"命名問題では、非常識かつ無責任な暴論をまき散らすコメンテーターを切っているる、作者の主敵はこの頃から相対主義的知識人なのが分かる。それは後のオウム真理教との死闘の過程でより顕著になる。オウムを擁護する連中がいかに多かったことか。
身辺ネタは石原慎太郎および佐高信との対談、西部邁に対する"娯楽としての悪口"、マスコミ業界人や学生の無礼への怒り、裕木奈江叩きを受けた"ブリッ子"論などなど。石原と対談したことで今はなき某"奇形左翼"雑誌に粘着されたり、裕木奈江を擁護する一言で女性読者から狂った手紙を送られたり、何を描いても人を刺激してしまう作者だが、「ゴキブリ連中のあぶり出し作戦」と更に挑発するのだから、スゴいものだ。 -
購入済み
現代日本のタブーへ挑戦
「コロナ禍になって、インフルエンザの話題が、さっぱり聞かなくなったなぁ?」
「日本人はみんなマスクを着けているけど、本当にマスクで、微小なウィルスの出入りを防げるのかなぁ?」
「飲食店の営業自粛って、本当に効果があるのかなぁ??」
今の日本のテレビや新聞では答えが報道されませんが、そんな素朴な疑問をあなたは持たれませんか?
マンガ家の『小林よしのり』先生が、科学的な根拠を基に、わかりやすく答えてくれます。
私は書店で第3巻をたまたま見つけて手に取ったのですが、もやもやしていた気持ちが、すっきりしました。 -
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小林よしのりが、ロシアのウクライナ侵略について、どう描くのか、興味があり、購入しました。印象に残ったのは、ロシア軍のウクライナでのさまざまな戦争犯罪と、ソ連軍の樺太や千島列島での戦争犯罪についてのところです。知識として知っている部分もありましたが、絵で見せられると、より強烈に伝わってきます。今のウクライナ情勢を見て、77年前は日本も同じ目に合わされたことを、今の日本人には、記憶として残っていないのか、と情けなく思いました。そして、知らなかったことは、占守島の戦いです。この戦いで、旧日本軍が命がけで戦ったおかげで、北海道をソ連に占領されずにすんだことは知りませんでした。母親が、何回か、昔は北海道がソ連に占領されるところだったんだよと言う事がありましたが、このことだったんだと伝聞と知識が繋がりました。筆者は、同盟国のアメリカにもかなり厳しい批判をしていたので、今回のことはアメリカにも責任があると、批判を展開するのかなと思っていましたが、それはなく、概ね筆者の主張には賛同しました。筆者の言うように、日本人、特に大人は、ソ連軍の日本での残虐非道な振る舞いと、旧日本軍の占守島の戦いで見せた勇敢な戦いの記憶を喪失することなく、未来永劫語りついでいかなければならないと強く思いました。ウクライナ情勢について関心がある人におすすめです。
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ネタバレゴーマニズム宣言 2nd Season 第4巻
2020年5月30日初版第1刷発行
小林よしのり氏による著作。
(初出 週刊SPA2019年10月1日号~2020年4月14日号)
コロナが本格的に世界を襲う直前の作品ばかりが収録されている。
その頃のゴー宣ではこのような議論をしていたのかと。
そしてコロナによってあまりにも変わってしまったんだなと。
冒頭で小林よしのり氏は新型コロナでの死亡者数が
交通事故死亡者数より少ないことを引き合いに経済自粛はおかしいと指摘している。交通事故死者をこれ以上一人も出さないために自動車を無くせとは言わないのにと。
これは鋭い指摘だ。
この論理は池田信夫氏が原子力発電の必要性を説明した時にも使った方法だ。
この指摘を小林よしのり氏も覚えていたのだろうか。
巻末には2003年7月発行のわしズムVol.7に掲載された中村哲医師との対談が掲載されている。その中に米軍が撤退したらカルザイ政権は一日ともたないと書かれている。中村氏は一日は言い過ぎだとしてもそう長くもたないと発言している。
しかし2021年8月の米軍完全撤退でタリバンがアフガニスタンを掌握するなど、現実は2003年の中村医師の予想以上であった。
本当に一日ももたないとは・・・・
当時戦争論3を出しアメリカ軍の動きを批判していた小林よしのり氏はネトウヨや自称保守派に叩かれたものの、最終的には小林よしのり氏の指摘が正しかったわけだ。むしろ戦争論シリーズでは3の価値が
むしろ1や2より高いかもしれない。
印象に残った点
わしはイラク戦争に反対し、SAPIO誌に連載していた
「新ゴー宣」で「イラクに大量破壊兵器はない」
「この戦争は必ず失敗し、中東はカオスになる」と予言した。
そしてイラク戦争大賛成の外交評論家・岡崎久彦や
杏林大学客員教授(当時)田久保忠衛、産経新聞などを
親米ポチと批判し、対米自立・自主防衛を主張した。
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岡崎は「アングロサクソンについていけば100年安泰」が持論(というか信仰)で、開戦前はこんなことを断言していた。
(産経新聞2002・9・14)
米国がイラクを攻撃すればパレスチナ問題も解決する
イランも大きく影響され中東全体が変わる
北朝鮮も中国もおとなしくなる
確率90%で世界史的な「アメリカ帝国」ができあがり、
米国が全世界を支配する「パックス・アメリカーナ」の時代が来る
米国は世界の秩序を守るため自国民の命を犠牲にしても
世界のどこへでも派兵するだろう
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すごいだろ?何一つ当たってないだろ。
バカ丸出しだよな。
アメリカはイラクの次は北朝鮮をやってくれるという
自称保守派の期待も見事に裏切られた。
その後、岡崎久彦とテレビ番組で同席する機会があった。
そこでわしが「米国についていけば100年安泰と言っていたじゃないか」
と問うと岡崎は呆れたことにこう答えたのだった。
「世の中は、なるようにしかならないものですよ」(岡崎久彦)
岡崎はその後も「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書返済に
関わり「原爆投下によって終戦が早まった」と取れる親米記述を加え
「反米記述を削除して非常にバランスがよくなった」と豪語した。
レイプの被害者に対して「被害に遭った方にも非があるんじゃない?」
ということが、よく言われるが、これは完全に間違いだ。
被害者にも非があったなんてあり得ない。
加害者が100%悪いに決まっているのだ。
強盗の被害者が「被害者にも、非があった」と言われることなどまずない。
レイプというと見ず知らずの人にいきなり襲われるというイメージが強いが、実際には被害の8割が「顔見知り」による犯行だという。
(性暴力救援センター日赤なごやなごみ調査)
まさかそんなことをする人とは思いもせず、信用して顔を合わせていた相手からレイプされてしまった被害者は、まず自分の身に何が起こったのかを認識するまでに時間がかかる。
内閣府調査では性暴力の被害者で被害を誰にも相談しなかった人は56.1%にも上る。
もう一度言う。「合意」のない性行為は性暴力・レイプである。
加害者がより身近な人物で、肉親などに日常的にレイプされていたような人にはもっと深刻な事態が発生する。
自分がレイプされているという事実を認めたくないがためにレイプされている自分は本当の自分じゃない、断じて違う
そのように自分で自分の人格を切り離し「幽体離脱」のような状態になり、傍観者のごとくレイプされている自分を眺めるもう一人の自分が出現してしまい、多重人格症状になってしまう例もある。
実際に親からレイプされた人には多重人格者が多いらしい。
レイプは「魂の殺人」と言われるが、その言葉でも表しきれない複雑な心の傷を生涯にわたって残すような、ものすごい恐怖をもたらすものである。
山口敬之(やまぐちのりゆき)はレイプをしたと裁判で
明確に認められたのだ
表現の自由は待っていたら与えられるものじゃなく、自分で動き回って獲得するものですからね。
「あいちトリエンナーレ」は抗議に屈してはいけなかった。
抗議・恫喝・脅迫などに屈していたら、表現はどんどん不自由になっていく。
警察を100人呼んででも展示会は続けねばならなかった。
表現に対する「批判」はいくらやってもいいが、
「抗議、恫喝、脅迫」は出版社や主催者が恐れて
「表現の萎縮」「表現の不自由」につながる。
「表現の自由」は民主主義の基盤である。
「抗議・恫喝・脅迫」は民主主義へのテロ行為なのだ。
特定のメディアを「廃刊にしろ!」と叫ぶ奴はダメだ。
内田樹は「出版社に覚悟がない」とか言っているが、誤魔化しの理屈である。
今では過去の時代を舞台にしてドラマでも、現代の感覚が当時もそっくりそのまま通用していたかのように描かないと視聴者が感情移入できないようだ。
「時代考証」というものが消滅しつつある。
(これは同意できる。鬼滅の刃でもやたらに誰も死なせないとか明らかに今の時代の価値観でしか大正時代が描かれていない)
身売りか間引きしかないという、極限の貧困の時代を描いたドラマが今後、作られることがないなら、「おしん」は小学校で毎朝見せることにした方がいい。
当時には、当時の感覚があり、現在とは全く違った常識があったという当たり前の事も分からないほど、人々の想像力は劣化してしまった。
青木理や玉川徹は「韓国併合」を絶対悪と考え、
日本は加害者、韓国は一点の非もない被害者という
「韓国無謬論」に洗脳されている。だから中二病なのだ。
現代の価値観を過去に適用して「韓国併合=悪」と思い込む愚
彼らは韓国併合が当時の国際法では合法だったことを知らないのである。
当時、朝鮮にいたイギリス人旅行家イザベラ・バードは(1831~1904)
「朝鮮には二つの階級しかない。盗む側(王族・両班)と盗まれる側(平民・奴隷)だ」と書いている。
朝鮮紀行〜英国婦人の見た李朝末期 (講談社学術文庫)より
李朝末期の朝鮮はソウルを除くほとんどの地域で強盗がはびこり内乱も頻発し道にころがる死体を見るのは日常的だったのだ。
日本は韓国併合に一切、罪悪感を持つ必要はない!
イザベラ・バードは決して親日家だったわけではない。
むしろ逆で日本人のことを度々「矮人(こびと)」という蔑称で記している。
日本嫌いで朝鮮好きのイザベラ・バードにして
日本の朝鮮改革を評価せざるを得なかったのだ。
もし韓国が近代化する必要がなかった、
国民を奴隷状態のままにしていて良かったというなら
日本は単なるおせっかいだったかもしれない。
しかしそれではロシアに吸収されて、韓国も含め
朝鮮半島全体が赤化していただろう。
ケネス・ルオフ
たぶん人間は社会ができた時からどの伝統を守るか、
どの伝統を捨てるかということを決めてきたはずですよね。
そうすると、良く考えて守った方がいい伝統もあるし、
もう時代に合わなくなってきた伝統を捨てた方がいい時もあります。
全くその通り。
伝統は「型」を延々と守ることではない。
エートス(魂)を守ることだ。
「型」を守るのだったら、今でも男はチョンマゲをしなきゃいけないし女は結婚したらお歯黒をしなきゃならない。
部屋は畳敷きでトイレは和式でなきゃならない。
型なんか何もかも壊れているじゃないか。
男系男子限定による血統の存続は、必ず「側室」とセットなのだ。
一夫一婦制で必ず男子が生まれるなんて不可能!
側室がとっくに廃止されている以上、それと不可分である男系男子継承は直ちに廃止されなければならない。
「伝統」という言葉の魔術に縛られてはいけない。
「伝統」とは問答無用で思考停止させるためのマジックワードなのだ。
皇統は男系男子というのは伝統ではない
側室があったからこそ続いた、男尊女卑の野蛮な因習なのだ。
男系固執派の論客は旧宮家の、今や一般人のことを4人も皇室に入れて宮家を4つ作り、眞子さまや佳子さまと結婚させて、男子を
産ませれば皇統は安泰などと言っている。
そのために今の天皇の「直系」であり「男系」でもある
愛子さまを皇室から追い出すというのだ。
なんという暴挙。
そこまで無理して4つの宮家を作っても嫁にされた皇族女性が「男子を産む機械」扱いされることには変わりなく
側室がいないのだからたちまち行き詰まるのも目に見えている。
現天皇から600年も離れた男系一般人を聖域に育った皇族女性に競走馬の種付けのようにあてがうとは何事か!
男系固執は男尊女卑であり、イスラム国なみの悪習でしかない
共同通信の世論調査(2019年10月26日、27日調査)では「女性天皇」を認めることに賛成が81.9% 反対は13.5%「女系天皇」に賛成が70% 反対は21.9%
国民の圧倒的多数が女性天皇も女系天皇も賛成しているのだが安倍政権のコアな支持者、ノイジーマイノリティに阻まれて実現しない
安倍政権に食い込んだノイジーマイノリティは男系が伝統と言い張るが男系主義はシナや韓国の伝統であって、その本質は単なる男尊女卑である。
日本は古代、母系社会だったが、シナの儒教に影響されて男系主義が皇室の中にいまだに残ってしまっている。
愛子さまは天皇陛下の「直系」であり、しかも「男系」なのだがそれでも女性天皇は許さないというのだから、
もはや男系固執派はカルトの域に達している。
側室とセットの男系継承はすでに死んでいる。
捨てなければならない。
秋篠宮殿下は天皇になる気はない。
当たり前だろう。5歳しか違わないんだから。
仮に天皇陛下が上皇陛下と同じく85歳で退位されたら
秋篠宮殿下は80歳の天皇ということになる。
一刻も早く国民待望の愛子皇太子殿下をつくり、
女性宮家をつくる。
そのために皇室典範を改正するべきだ。
安倍政権と男系固執カルトは皇統を断絶させる極左だったのか
2019年12月4日中村哲氏がアフガニスタンで殺害される
2003年の小林よしのり氏との対談の中で
私はあの国で20年ほど仕事をしていますが、はっきり言って今が最悪の状態です。(中村哲 2003年)
2019年12月9日ワシントン・ポストがアフガニスタンペーパーズをスクープ
これはアメリカ政府高官らはアフガニスタンでの軍事作戦や復興支援が完全に失敗していることを認識していながら国民に隠蔽していた。その事実を記した内部文書
これは1971年にニューヨーク・タイムズがスクープした
ペンタゴン・ペーパーズの再来
大統領や軍の指揮官らはアフガニスタンで「成果を上げている」「これは闘う価値のある戦争だ」と長年繰り返した。
だが実際には、不利なデータの隠蔽や改ざんを繰り返し、アメリカが勝利に向かっているかのように見せかけ意図的に国民を欺いていたのだ。
アフガニスタン・ペーパーズで明らかにされた証言
ダグラス・ルート
(退役軍人中将。ブッシュ政権とオバマ政権で、ホワイトハウスの軍事顧問)
アフガニスタンに関する根本的な理解が欠けていた。
我々は何をやろうとしているのか分かっていなかったし、何の考えも方向性もなかった。
ジェームズ・ドビンズ
(国務省元特別代表、アフガニスタン政策担当)
我々は紛争の絶えない国家に侵攻し、平和的な国家に
つくりかえようとしたが、アフガニスタンでは明らかに失敗した。
ボブ・クローリー
(退役陸軍大佐。2013~2014年の間アフガニスタン現地部隊の顧問)
真実が歓迎されることはほとんど無かった。
統計調査は自分たちが正しいことを補強するために使用された。
我々は自分たちがやっていることを続けることだけが目的になっていた。できるだけ最高の絵を見せられるように、全てのデータに手が加えられていた。
マイケル・フリン
(陸軍情報将校としてアフガニスタンでの軍事作戦に参加、後にトランプ政権で大統領補佐官)
私が朝、現場から得た情報で良かったものなど無かったが情報は上に上がるほど骨抜きになる。
誰もが「素晴らしい仕事をしている」と言うが、本当か?もし、我々が本当にそんなに素晴らしい仕事をしているのなら、なぜ負けていると感じるのだろうか?
ジェフリー・エガーズ
(米海軍特殊部隊出身、ブッシュとオバマ政権下でNSC上級担当部長)
1兆ドルを投じて、私達は何を得られたと言うんだ?
果たして1兆ドルの価値があったのか?
ウサマ・ビンラディンを殺害した後、私はこう言ったよ。
「ウサマは海の墓場で、アメリカがどれだけアフガニスタンにカネをつぎ込んだかを考えて、笑っているだろうよ」と。 -
Posted by ブクログ
ネタバレレビュー済みの商品 · 2020年9月28日
ゴーマニズム宣言2nd season 2
2019年4月10日初版第1刷発行。
小林よしのり氏による著作。
週刊SPAに2018年9月18・25号~2019年2月26日号
他の読み切りや週刊エコノミストに連載した作品を収録している。
小林よしのり氏は1998年発売した戦争論で知った。
当時大きな影響を受けた。
過去作のゴーマニズム宣言も読み漁ったし、2001年の戦争論2、その後の戦争論3、雑誌わしズムも1年ほどよく読んでいた。
わしズムで橘玲氏を知る事になり、私のお金の対する思想に大きな影響を与えた。
言ってしまえば小林よしのり氏の作品との出会いは私の人生を変えたと思う。
今でも言論の最先端を行っている。
南京虐殺事件など秦郁彦氏の著作「南京事件」の方が正しいと思うなどについては小林よしのり氏の間違いだとは思っている。
しかし大切な事は、正確に間違うよりも漠然と正しくあれ!である
言論空間において100%いつも間違えない存在などいない。
小林よしのり氏の強み、表現力は今大きくネトウヨ化している日本だからこそ必要だと思う。
高齢になってきているが、むしろ10年前20年前よりも作品を作る質量ともにあがっている。
印象の残った点をあげていくと
わしは戦争論で戦前の祖父達は凄かったと描いたが、
戦後の日本人を凄いとは描いていない。
むしろ米国の属国民となって、堕落したと描いている。
そこをネトウヨは全然、読解できなかった。
戦争論は自虐史観を吹っ飛ばして、言論空間を変えた。
わしはそれを正しいことだったと思っている。
例えネトウヨが増えて、言論空間が右に寄り過ぎたとしても「日本悪玉史観」よりは健康的だ。
自分の国を自分で守る覚悟もない甘えた属国民が戦前の若者たちを侮辱する資格など、絶対にない!
ルソーはこう言う。
市民が社会契約によって国家をつくる場合、
統治者が市民に向かって、「お前の死ぬことが国家に役立つのだ」
というとき、市民は死なねばならぬ。
なぜなら、この条件によってのみ、彼は今日まで安全に
生きて来たのであり、また彼の生命はたんに自然の恵みだけではもはやなく、国家からの条件つきの賜物なのだから。
大日本帝国憲法は天皇主権の憲法
(伊藤博文の憲法義解を読むとわかる)
しかし大日本帝国憲法をそのまま運用すると天皇の失政がただちに国家の失敗になり、天皇がその責任と取らなければならなくなるのだ。
だから実際には誰かが政治を代行してその責任を取り、天皇は政治からは超然とした存在とするしかない。
そして、そうするには「解釈改憲」をするしかない。
大日本帝国憲法は最初から解釈改憲しないと運用できない欠陥憲法だった。
実はその「欠陥」には、伊藤博文の狙いがあった。
伊藤が望んだのは薩長藩閥による権力独占体制の維持である。
だが当時は、まだ「藩閥は徳川幕府から権力を簒奪した」という非難が根強く、それを避けるため、建前として天皇に権力を集中させる「天皇親政」の憲法を作った。
そして、実際の運用では解釈改憲をして、権力を藩閥政府が独占できるようにしたのだ。
憲法で議会の力を非常に弱く抑えるようにしたのも、藩閥政府を脅かす存在となる政党政治を排除するためだった。
ところがその後、伊藤が予想していなかった解釈改憲が行われた。
それが、美濃部達吉の「天皇機関説」だ。
本来、大日本帝国憲法は政党政治を排除するように作られていたのにこれが一言一句、変えられないまま、美濃部の超絶的な「解釈改憲」によって政党内閣まで実現するようになった。
そしてそれが大正デモクラシーによって「憲政の常道」とまで呼ばれるようになったのだ。
本来、とっくに「憲法改正」しなければいけなかったのにアクロバチックな「解釈改憲」で乗り切っていく。
これって日本人の特質かもしれない。
だが一方で、憲法は条文通りに運用すべきで、解釈改憲を許すなと主張する人たちがいた。
今の言葉でいえば「護憲派」である。
帝国憲法を条文通りに運用すれば「天皇親政」になるわけで、この時に護憲を唱えていたのは天皇親政を目指す右翼だった!
→蓑田胸喜、上杉慎吉、菊池武夫、荒木貞夫、真崎甚三郎
この歴史からの教訓は「解釈改憲は危ない」である。
憲法に欠陥があるのに、それを正さずに解釈改憲で済まして、だましだまし運用していたら、いつかは破綻が来るのだ。
新たな史料の発見や、新たな研究結果の発表により、それまで定説とされていた歴史が修正されるのはよくあることだ。
(鎌倉幕府の成立年が1192年→1185年)
全ての歴史は修正の対象となりうるのである。
左翼の批判で、あいつは歴史修正主義者だというのがあるが全く意味の無いレッテル貼りだ。
もちろん何の根拠もなく、恣意的に歴史を変えてはいけない。
そういうのは「修正」ではなく「捏造」もしくは「改ざん」という。
歴史の修正には史料批判による証明という根拠が必要
その史料は偽書ではないか?
誰が、いつ、どこで作成したものか?
記述者自身の見聞か?伝聞か?
もしくは他の史料からの引用・孫引きか?
最も価値が高い史料を「一次史料」といい、
これは当事者の日記、書簡や公文書など、リアルタイムに作成された史料のこと。
二次史料は、時間が経過した後の当事者による証言、回想など。
三次史料は、一次史料・二次史料を基に作成されたもの。
四次史料は、作成者・作成時が特定されないもの。
五次史料は、作成目的が不明なもの。
四次・五次となるともう史料価値はない。
しかも、たとえ一次史料でも記述者の記憶違いや嘘が混じっている可能性があるから、内容に矛盾などがないか、慎重に吟味になければならない。
そして史料批判に耐えうる、信頼できる史料によって新事実が証明されれば、歴史は修正されるのだ。
歴史の記述には史料批判が不可欠である。
このことをわし(小林よしのり)は東京大学名誉教授の伊藤隆氏から学んだ。
時代のせい、貧困のせいを「日本軍のせい」にするのは誤っている。
そもそも実際には、日本人の慰安婦が一番多かったのに、なぜみんなそれを無視しているのか?
わしは、あったことをなかったと言うつもりはない。
731部隊は人体実験をやっただろうし、関東大震災の際の朝鮮人虐殺もあっただろう。
ただ誤りは修正しなければならない。
歴史の修正と歴史の改ざんは違う。
あらゆる歴史は修正の対象となりうる。
ところが、わしを「歴史修正主義」と非難する極左連中は東京裁判、南京大虐殺、慰安婦などいわゆる「自虐史観」を形成するものに関しては決して修正の対象にしてはいけないと主張しているのだ。
自虐史観だけ永遠に評価が変わることはなく、絶対に修正されてはならないと信じ込んでいるのだ。
これは歴史に対する態度として完全に狂っている。
極左が語っているのは歴史ではなく、イデオロギーであり、信仰である。1970年代以降、朝日新聞の中国の旅に始まるキャンペーンで
自虐史観は日本に定着させられていった。
その際に使われた「日本軍の罪悪」の史料は、ほとんどが何の裏付けもない中国人の証言であり、とても史料批判に耐えられるものではなかった。
わしは自分が保守だと思っています。
リベラルとは違って、人権は自然権だとは考えていない。
人権は国家がなければ守れないと思っているから国家を重視します。
(2018年10月2日朝日新聞のインタビュー)
国家がない地域は無秩序状態であり、それは独裁国家よりも恐ろしい。
万人の万人に対する闘争の惨状になる。
→シリア、イスラム国、
日本でも国家の秩序が崩壊したら暴力団の天下になってしまうだろう。
もちろん中国やロシアや北朝鮮のような独裁国家は無秩序よりマシだが、守られる人権の幅は狭い。
権力に逆らったら、拘束されたり、毒殺されたり、銃殺刑になる。
国家ですら、経済が悪化したり、恐慌になったりすれば、人権を守ることなどできなくなる。
究極的には、社会は弱肉強食だと覚悟しておかねばならないのだ。
フランスやアメリカなど共和制(近代民主主義)が発祥し、発達した国では危険地帯で取材するジャーナリストは、命がけで民主主義を守る特別な存在として兵士と同様に敬意を払われる。
2004年イラク戦争の最中に3人の日本人が武装勢力の人質になって開放されたことがあった。
その時も日本では「自己責任」のバッシングが吹き荒れた。
その様子を見て、コリン・パウエル米国国務長官(当時)は言った。
→もし誰もリスクを引き受けようとしなかったら、私達は前に進むことができなくなる。私達は「あなたはリスクを冒した、あなたのせいだ」とは言えない。彼らを安全に取り戻すためにできる、あらゆることをする義務がある。
パウエルの言葉を知った時、わしは恥ずかしいと思った。
人質解放でバッシングが起こる国は日本と韓国だけである。
共に「ムラの掟」の方が、民主主義のルールより強い国だからだ。
そもそも戦場ジャーナリストは戦場に行った時しかドーパミンが出ない人たちである。
同じ所にじっとしていられない、旅をしたい欲求を抑えられないという「冒険遺伝子」を持つ人は全人口の20%と推計されているそうだが、その中にはより危険な場所、より非日常な空間に行かなければ気が済まないという人がいる。
それが探検家や登山家だったり、戦場ジャーナリストだったりするのだ。
冒険遺伝子を持たない人から見れば、なんでわざわざ無謀なことをするのか理解できないし、遭難したら税金使って捜索しなければならなくなり、迷惑だと思うだろうが、仕方がないのだ。
かつて渡部陽一氏が、まだ有名ではなかった頃、わしは自分のポケットマネーから軍資金を出して中東やアフリカやチベットに行ってくれと頼んでいた。
彼が撮った写真と記事は「わしズム」という雑誌に載せていた。
わしは渡部氏にチベット潜入も頼んだが、あまりの検閲の厳しさに断念せざるを得なかった。
だが、中国がチベットを完全に隔離して民族浄化を進めていることはわかった。
横田空域が無ければ羽田から大阪・伊丹まで30分で行けるのにこれを迂回するため1時間近くかかり、その分、燃料費もかさむ。
横田空域が無ければ羽田国際空港の発着は、年間約6万回が約9.9万回に増やせて経済波及効果は年間6503億円にも上るという。
ヨーロッパのバカンスは労働のない普通の生活をするためだけのものでほとんど消費をしない。
しかもフランスでも今や格差社会で4割を占める貧困層はバカンスなんてできない。
保守を自称する者たちがよく「天皇は神武天皇以来、一貫して男系」と言うが、これは完全におかしい。
歴史的に見れば天皇は女帝に始まっているし、神話・伝説から見ても神武天皇のルーツは女神で、女系なのである。
女帝が排除されたのは、明治以降のことに過ぎない。
日本を本来の姿に戻すためにも、皇室典範を改正し、女性が天皇になれるようにすべきなのである。
見も知らぬ「男系」の男を連れてきたところで、
その男に神話的カリスマ性を感じる国民はいない。
男子限定の継承ができたのは側室があったからで、側室廃止後は「たまたま」続いていただけである。
一夫一婦制で何世代も必ず男子を産み続けることは不可能なのだから!
必ず男子を産めというプレッシャーをかけられることを承知で悠仁さまに嫁ぐ女性が現れるとは、とても思えない。
これでは皇統断絶は避けられない。
天皇の天皇たるゆえんは神話からの連続性にある
男系男子(Y染色体)という遺伝子や神話を切り捨てた科学的合理主義の中に天皇のカリスマ性の根拠はない。
鼠径ヘルニア(そけいへるにあ)
かつては脱腸と言われた病気で、腸を収める腹の筋肉が破れて、皮膚や皮下脂肪の下で、腸が鼠径部に飛び出しているのだ。
幼児から老人まで罹る病気らしい。
もともとアイヌ民族という一つの民族がいたわけではなく、
北海道島には3大陸統7分派の古来民がいて、言葉も文化もそれぞれに異なっていた。あれは、ひとつひとつが別々の分離した部族集団なのである。
現在、一般的になっているアイヌ文化のイメージは昭和初期に北海道観光ブームが起きた時に作り上げられたもので、本来のアイヌの文化とも伝統とも全然違うという。
アイヌの言語学者、知里真保は平凡社の世界大百科辞典(1955年初版)の
「アイヌ」の項目でこう書いた。
↓
今これらの人人は一口にアイヌの名で呼ばれているが、その大部分は日本人との混血によって本来の人種的特質を希薄にし、さらに明治以来の同化政策の効果もあって、急速に同化の一路をたどり、今やその固有の文化を失って、物心ともに一般の日本人と少しも変るところがない生活を営むまでにいたっている。
したがって、民族としてのアイヌはすでに滅ぼたといってよく、厳密にいうならば、彼らはもはやアイヌではなく、せいぜいアイヌ系日本人とでも称すべきものである。
アイヌ系日本人はいる。しかしアイヌ民族はいない。
1955年の時点で自身がアイヌ系である知里真保がそう証言していたのだ。
ところが、それから50年も経ってから、アイヌ団体などが抗議を始め平凡社は2007年記述を変更してしまった。
ごく限られた人物による密室の作業で、実質的に伊藤の意向が最優先された
「伊藤の憲法」だった。
この作成過程を見ても大日本帝国憲法も日本国憲法と同じく民意とは関係なく作られた「押し付け憲法」だったというしかない。
憲法は「権力に対する命令書」であり、権力を縛るための「道具」でありそれが機能していなければ、機能するように書きかえなければならない
憲法を聖書であるかのように思い込み、憲法9条のおかげで平和が保たれている
一字一句、変えてはならないなどと、本来の憲法のあり方からすれば、狂っているとしか思えないことを平気で言う
憲法は権力を縛るために民衆が作り、下から突きつけるものだ。
だが日本の憲法は、縛られるはずの権力が作り、上から民衆に押し付けた。
日本人は「押し付け憲法」しか経験したことがない。
学問は本さえあれば独学でやれる。
好奇心の強さと強い動機があれば肩書きがなくてもやれる。
わしは百姓であれ、漁師であれ、職人であれ「現場の教養」を持つ
プロフェッショナルが一番、すごいと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレレビュー済みの商品 · 2020年11月2日
ゴーマニズム宣言2nd Season第1巻
小林よしのり氏による著作。
2018年12月15日初版第1刷発行。
週刊SPA2018年4月10・17日号~2018年9月11日号
かつてオウム真理教と対決していた小林よしのり氏。
その時期に当時のSPA編集長宅八郎氏がオウムを擁護するような企画を出していた為、それに怒りSPAを出てSAPIOでゴー宣を連載するようになった。
23年ぶりにSPAでゴー宣を連載するようになった。
その意味が感慨深い。
結局ゴーマニズム宣言で求められていたのは現代社会への切り込み、小林よしのり氏なりの見解なのだろうと思う。
昔、SAPIOで古寺記というシリーズもあった。
しかし、反響は無かったように思う。
実際単行本にも収録されていないはずだ。
その意味で個人的には嬉しいSPAでの連載再開となった。
本書収録の後半にはオウム真理教幹部達の死刑に関して
事件の振り返りと死刑は正しいと。
個人的には君たちはどう生きるかという本と新幹線内での事件についての
考察が大変良かった。
君たちはどう生きるかそのものはまだ読んでいない。
しかし主人公コペル君は2度も逃げ出すのかと。
確かに違和感しか覚えない。
印象に残った点を紹介していくと
デビュー作にはその作家のすべてがある
価値相対主義はまずいだろう
そして公と私の区別もやっぱり必要だ
公務員は全体の奉仕者であり公僕である。
一部の奉仕者、つまり官邸の下僕であってはならないのだ
憲法は聖書では無い
憲法は権力を縛る道具である
それが立憲主義の本質なのだ
すでに死文化している今の憲法を権力が守らざる得ない憲法に
改めようというのが立憲的改憲である
そのために憲法裁判所をつくる
フランスなどでは憲法裁判所が設置され国民の信頼を得ている
憲法を絵に描いた餅ではなく本当に権力を縛れるものにする
それが立憲的改憲だ
古市憲寿が「忖度なんて誰だってしてる」と言ってましたよ
→それって「気づかい」のことだろ
自分の利益のためであって相手を思いやるためではない
男系妄信は伝統ではない
女性差別以外の何ものでもないのだ
日本は一神教の国ではない
絶対神はいない
女人禁制も男系絶対固執も伝統ではない!
変えるべき因習はさっさと変えろ
君たちはどう生きるか?
わしはこれを読んで思った。なんじゃこりゃ?
これは、いざという時に、必ず逃げる男を、どう正当化するか?
という話だ。
コペル君は2回も友達を見捨てて逃げ、それでも正当化され称賛され
許される。そんな虫のいい話を描いている本が200万部以上の大ヒットなのだ。
今の世の中は、いざとなったら逃げる、
親しいものでも見殺しにする、見て見ぬふりをする、という人間ばかりになっている。
称賛されるべきなのは、コペル君ではなく、自分の命を賭して女性二人の命を救った梅田耕太郎さんである!
なぜ高学歴の若者がオウムに入ったか?
→むしろ純粋で高学歴だったからこそオウムに引き寄せられた当時の若者の大好物を全部ぶち込んであったことも、彼らがオウムに引き寄せられた大きな要因だった。
アドルフ・アイヒマン
アイヒマンは全く凡庸な小役人だったから、ヒトラーの命令を忠実に遂行して全く事務的にユダヤ人をガス室に送り込んだのだ。
むしろ本当に悪魔がいたら、わかりやすいのにと思うのだが、この世の中は、ごく普通の人間が巨悪を働くことが出来る
だからといってアイヒマンは悪魔でも何でもなく普通の人間だったのだから
死刑にすべきでは無かったと言えるだろうか?
オウムの幹部達も同じことだ。
彼らが悪魔だから死刑にするのではない。
犯した罪の大きさが取り返しがつかないから死刑にするのだ。
当時の優秀な若者がなぜオウムに嵌ったのか?と問うならば、それは知識人とマスコミがオウムに好意的だったからだと答えよう
オウムの犯罪者が、あらかた逮捕されて以降、わしは「破防法」を適用すべしと主張したのだが、人権派弁護士や和製リベラル(うす甘いサヨク)が
反対したためにオウム真理教は今も「アレフ」などに名を変えて生き残っている。
このサヨクは国家権力が大嫌いなくせに公安警察の仕事を増やしてしまったのだ。
江川(江川紹子)は「真相究明の会」の批判は良いのだが、教祖以外の信者が死刑になるとたちまちおかしくなる。
オウム入信を決めたのも麻原の命令どおりに行動しようと決めたのも全部、本人の意思じゃないか。
江川は、実行犯には自らの意思が全く存在せず、判断能力もなく命令された通りに動くロボットであり人間ではなかったと言っているのに等しい。
同情しているように見えて、これ以上の侮辱は無い。
江川紹子はエセ母性の偽善者なのだ。
加害者への同情より被害者への同情の方が圧倒的に強い。
それが健全な庶民感覚である。
ましてや平成も終わりに近づいているこのご時世に、
明治前半の道徳観である教育勅語をそのまま持ってきて、わけもわからず暗唱させれば道徳的な子供が育つだなんてナンセンス(無意味)としか言いようがない。
道徳に国家は介入できない!
道徳の聖典などできないのだ!
パンケーキは本当は、ホットケーキなんだぜ -
Posted by ブクログ
ネタバレゴーマニズム宣言2nd Season第3巻
小林よしのり氏による著作。
2019年11月10日初版第1刷発行。
週刊SPA2019年3月12日号~2019年9月17・24日号
本巻のゴーマニズム宣言2nd Seasonでは伊藤詩織氏の件で伊藤詩織氏を強姦したとして起訴されている山口敬之に関して多くの紙面を割いている。
率直に言って異常な事件であり、言語道断だ。
逮捕起訴して罪を償わせて終わりなのだが、山口敬之氏が安倍政権べったりの御用ジャーナリストであった為に逮捕されず野放しになった事は日本国の国益を損なっている。
いくら御用ジャーナリストであったとしてもレイプ事件を起こした者を擁護するのは時間の無駄であろう。
また日本国が未だに中国、韓国と大差の無い国家であることを国際社会に示しているようなものだ。
安倍晋三、菅義偉のセンスの無さには呆れる他ない。
幸いにも昨今の新型コロナウィルスの問題でようやく安倍・菅政治に終止符を打つことが数ヶ月後に迫っている衆議院選挙で実現できそうだ。
皇室の男系男子に固執している件もそうだ。
側室制度があったから男系男子の皇位継承を維持できていただけに過ぎない。
今のイギリス王室のような継承制度で何も問題は無い。
時代に逆行するどころか退化する政治に終止符を打つ時だろう。
自民党公明党の両党での衆議院過半数割れに是非追い込んで頂きたい。
一点、首をかしげたくなるのは藤井聡氏を持ち上げていること
第48宣言消費増税はデフレの原因 週間SPA2019年6月11日18日号
巻末特別対談暴走するリベラリズム破壊された平成日本
表現社クライテリオン2019年3月号
藤井聡は三橋貴明同様に国債は借金にあらずという間違いを広めている悪質な学者だ。
消費増税は人を殺しているとゴー宣道場で発言したようだ。
それ以外に厚生年金、健康保険などの社会保険料がどれだけ増額されているのか全く触れていない。またその社会保険料の増額は政治の意思決定など関係なく厚生労働省の意向だけで負担増を行う。
こちらの言及の無い議論など無価値だ。
国債は日本政府の借金で国民の借金ではないなどと言うのならそもそも消費税も0%で良いし、厚生年金、健康保険、介護保険も0円で良いはずだ。
なんなら防衛費もちびちび上げずに中国と同じだけ金額を使えば良い。
当然そんなことは出来ない。それはなぜなのか。
少し考えればおかしい事に気がつく。
藤井聡のような悪質な自称学者と対談などするべきではない。
小林よしのりの悪い所(時々思いっきり間違える時がある)が出てしまった感がある。
もちろん人間なので全て正しい判断ができるわけではないが・・。
かつてわしズムという雑誌で寄稿してもらった橘玲氏を呼ぶなど対応した方が良い。
1巻、2巻を読んだ時にも感じた事だが、秘書みなぽん氏も含め、経済に関しての議論は素人の自分から見えても稚拙過ぎる。その点は差し引いて本書を読んだ方が良い。
(本書には韓国が条約を守らない件を徹底批判している。これは明らかに小林よしのりが正しい)
印象に残った所
山口敬之は裁判所から逮捕状が出ていて、空港で被疑者(山口)を逮捕する
寸前だったのに、警視庁刑事部長(当時)の中村格(いたる)が現場の警察官の逮捕を止めさせたという事実が判明した
伊藤詩織氏は自ら(中村格に)取材を試みた様子をBlack Boxに書いているが・・
「彼(中村格)は凄い勢いで逃げた。人生で警察を追いかけることがあるとは思わなかった」
つまりこれは「権力の犯罪」である。
権力が容疑者をかばってしまったという前代未聞の事件なのだ。
伊藤詩織氏は権力に嵌められたのである。
逮捕状が出ていたのに警察が逮捕を寸前で止めるなんてことは常識としてあり得ない。
セックスは意思疎通、コミュニケーションである
気持ちが通じ合わなくていいなら、ダッチワイフか家畜と性交しておけばいい風俗だって、同意とコミュニケーションがあるはずである
女性宮家創設に反対し、天皇・皇族はあくまでも「男系継承」でなければならないと唱える者たちは、1947年に民間に下った旧宮家の男系子孫を女性皇族と結婚させ、「男系」の宮家を作るべきだと主張してきた。
だが、そもそも皇族になってもいいと言う旧宮家系の男なんて一人も実在せず全く無意味な提案なのだ。
仮にそんな男がいたとしても、国民から見ればどこの馬の骨とも知れぬ者に
過ぎず、眞子さまにあてがって結婚させるなんてことができるわけがない。
要するに「男系派」は皇族の個人個人なんか「男系血統」を維持するための「駒(コマ)」に過ぎず、天皇制というシステムのためなら、人間の自由や尊厳は踏みにじってもいいと思っているのだ。
わし(小林よしのり)はアイヌ系日本人はいるが、アイヌ民族はもういないと言っている。これはアイヌの血を引く言語学者・知里真志保が唱えた説と同じ
民族に明確な定義は無いが「一定地域に共同の生活を長期間にわたって営むことにより、言語、習俗、文化、生活様式を共有し、他と区別される」
という定義が一般的だろう。
この定義に該当する(アイヌの)共同体はもうない。
アイヌの血が一滴でも入っていればアイヌ
アイヌと結婚、養子などで家族になったらアイヌ
部落差別の「血の論理」とほとんど同じなのだ
こんなおかしな話があるだろうか。
「血の論理」を反差別を標榜する側が主張しているのである。
部落の血は一滴でも混じったら部落民とされ、差別されてきた。
「血の論理」を利用するのは差別社の側なのである。
だから被差別部落出身者は血のルーツを隠そうとするし、隠してかまわないとわしは思う。
わしは「ワンドロップルール」で生み出されるアイヌ民族という
民族主義に対して警鐘を鳴らしておく。
わしの身近にあった部落差別から学び、アメリカの黒人差別やナチスのユダヤ人差別で明白になった「血の論理」をわしは否定する。
「血の論理」を唱える者こそが差別者である。
石破茂は、国民に望むこととして「主権者」になって欲しいと言った。
まさにその通りで、安倍支持者のように「信者」になってしまったらオシマイなのだ。
主権者たる国民は日本を一歩でも自主独立に近づける政治家を選ばなくてはならない。
韓国は条約を守らない。これが最大の問題なのだ。
締結した条約を守らないのなら、そもそも外交交渉の意味が無い。
条約を守らない国は外交する価値の無い信用できない国なのだ!
そもそも条約とは何の為に結ぶのか?
それは端的に言えば「戦争をしないため」である
条約は国際秩序を維持し、戦争を避けるために守らなければならない。
韓国が条約を守らないことを容認するのは、平和を守らなくて良いと言っているのと同じことなのだ。
日本人は馬鹿正直なほど条約を守る。
幕末に結ばされた不平等条約もどんなに不当でも耐え、政権が明治政府に移っても律儀に守り抜き、あくまでも外交交渉によって不平等を撤廃した。
大陸と地続きの韓国も全く同じで、だから今も大統領は退任するとほぼ必ず全否定され、刑務所送りなどにされるわけで、過去の政権が結んだ条約など守らなくていいと当然のように思っている。
こんな前近代の感覚を近代国際社会に持ち込ませては絶対にいけない。
韓国は1910年の「日韓併合条約」も当初から無効と主張し、日本のリベラル左翼もこれを後押ししているが、もちろんこれも決して認めてはならない。
日韓併合条約は当時の国際法に則り、全く正しい手続きを経て締結され諸外国も承認した正規の条約である。
締結時に正当な条約だったものが、後になってあれは当初から無効だったとされ、謝罪と反省を強いられ賠償まですることになったら条約は一切成立しなくなり国際法秩序は崩壊してしまうのだ。
とにかく泥酔女性を部屋に入れないことだ。
下心があると見られても仕方がない。
つまり「同意なく」密室に連れ込むこと自体がすでに犯罪行為の前段階とされても仕方がない。
セックスはコミュニケーションである。
気持ちの触れ合いや互いに密着したいという欲情があっておこなう行為である。
ところが「男系男子」に固執する者たちは、GHQの決定で1947年に皇籍を離れた旧宮家の子孫の男系男子を皇族にするべきだと、ずっと主張してきた。
正気の沙汰とは思えない。
秋篠宮殿下でさえ自分は皇位を継ぐにはふさわしくないとお考えなのに70年以上も前に皇籍を離れた家に民間人として生まれ育ち、1分1秒も皇族だったことのない男を皇位継承資格者にしようというのだ。
保坂正康が取材した旧皇族系のうち、また皇族にと言っていたのは竹田恒泰だけだと断言している
ある日突然、「この人がこれから皇族です!」と
政府が国民を完全に無視して決めるなんて「国民主権」の憲法下でできるはずがない!
双系継承にしない限り、皇位継承は必ず行き詰まる。
この期に及んでまだ男系男子継承に固執する者は、天皇の意思に叛き天皇制廃絶工作をやっているのに等しい。
いるはずのない「旧宮家の皇族志願者」が「いるいる」と吹聴し女性宮家創設を潰す愚行は、天皇制廃絶を企む極左を大喜びさせているだけだ。
「男系いるいる詐欺」はもう終わりにしろ!
男系固執など、伝統でも何でも無い。
それは単なる男尊女卑の因習だ。
伝統とは固形物ではない、永久不変のものではない。
伝統とはエートス(魂)を残すために、時代に合わせて漸進的に変えていくバランス感覚のことなんだ
過去400年の天皇のうち、正室の子は4人しかおらず、
男系男子は側室が支えていたのだ。
大正天皇はそれまでの伝統に反して側室を置かず、
昭和天皇は正式に側室制度を廃止した。
民間で妾が許されなくなるよりもはるかに早かったのだ。
だがこれを、天皇が伝統を破壊したと言う者なんどいない。
伝統は不変ではなく、天皇が進んで新たな伝統を作ったのだ。
男女平等という新たな伝統はもう始まっている。
これからの天皇は、男でも女でもよく、男系・女系なんてこだわる必要はない。
天皇陛下、上皇陛下、秋篠宮殿下はとっくにそう認識しており、
国民の8割もそれを認めている。
神武から後の「欠史八代」の天皇の実在を証明できるのか?
できるわけがない
神武天皇や万世一系は国家が「史実」として認めていないあくまでも伝承でありフィクションの要素が極めて強い
「天皇」の称号を初めて使用したのは推古天皇だ(女帝)
男系派が神武天皇から続く万世一系の男系と歴史的事実のように言うのはおかしい。
神武天皇を史実をするのは戦前の歴史観である。
神武天皇を認めるなら神話からの連続性を認めなければならず、神話を認めるならば皇統は初めから女系ということになる。
いま、女系天皇を拒否する理由はどこにもないのである
かつてAbemaTVの番組で竹田恒泰は(小林よしのりに)こう言った。
「小林さんと私は身分は同じだが、血統が違う!」
竹田は明治天皇の「女系の」玄孫である。
だから高貴な血統だと言いたいのだろう。
(この竹田恒泰の失言は信じられない。こんな人間を皇族にしようとするネトウヨ保守の人間は多いに反省した方が良い。一点確かな事は竹田恒泰と小林よしのりは知能が違うということだろう) -
Posted by ブクログ
この本をとにかく読まないと始まらない。えーっ、本当!?そんな話は聞きたくないと言わずに読んで欲しい。とにかくワクチンは打つな。マスクは無意味だ。
・検証が余りにも足りないコロナワクチンは危険である。現にワクチンの副作用での死者が1400人を超えている。インフルエンザワクチンの副作用の比ではない。
・副作用で苦しむ人が多数いる。同調圧力でワクチンを打たされるべきでない。
・mRNAワクチン、DNAワクチンは血栓を発生させるもので危険だし、遺伝子にいつまでも残留し、将来の副作用の危惧がある。
・コロナが広がることによってピークアウトし、自然と免疫ができる。かえって、ワクチン接種が免疫ができるのを邪魔する。
・子どもにコロナによる死者はいない。雑菌に晒されている子どもはかえって強いのだ。ワクチンなど打たせるべきでない。副作用が怖い。
・新型コロナは飛沫感染で広がらない。糞口感染である。だから、マスクをしても意味がない。
・オミクロン型はのどから感染するが、もはや普通の風邪になってしまった。
・テレビの解説者や学者たちは、視聴率を上げるため、出演料を稼ぐため、製薬会社との癒着のため、コロナ恐怖を煽っている。科学的な根拠を無視している。
・ワクチン接種先進国のイスラエル、フランスなどはかえってコロナ感染者が増えている。それをマスコミは故意に無視している。
小林よしのり氏の調査、研究ぶりには頭が下がる。これだけのことが分かっている人はそうはいない。羽島慎一モーニングショーの玉川徹は小林よしのり氏からの討論の呼びかけに逃げまわっているそうだ。 -
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有意義な議論
この本は『天皇論』シリーズの作者小林よしのり氏と、アメリカの歴史家で皇室問題について造詣の深いケネス・ルオフ氏の対談本になる。最初に触れられているのは初代天皇とされる神武天皇に関すること。実在を主張する人もいるが、二人は伝承の類と述べている。神話の存在を認めつつ、史実と区別する必要があると思った。時折、天皇の問題から離れて、政治や歴史の話をするが、二人の違いが浮き彫りになったいてよかったと思う。天皇に基本的人権の自由を認めることについては二人も賛成の意見であった。小林氏は伝統は時代と共に変容を遂げるもの、重要なのはエートスであると。また対談者のルオフ氏の皇室問題についての博学ぶりには驚いた。