ローレンス・ブロックのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
懐かしのマット・スカダー・シリーズの驚くべき最終編。第一長編『過去からの弔鐘』から本シリーズを読み始めたのが1991年10月で、割と遅めのスカダー読者だったのだが、驚くべきことに、その10月だけで『慈悲深い死』までの7作を読み終えているから、ぼくのこのシリーズにへの惚れ込みようは押して知るべし、である。そこから2012年の『贖いの報酬』でこのシリーズは一端途切れる。このシリーズのみならず、ローレンス・ブロックの他のシリーズ作品も含めて、2014年をもって全翻訳作品が途切れたのである。
作者の高齢化やそれにまつわる状況がそうした空白を産んだのかもしれないが、その後も印象的な翻訳短編集が出ている。2020年に出版された『石を放つとき』である。過去の短編作品の再集録や初訳短編もあるが、シリーズ主人公であるマットの老後の姿に初めて会うことができるタイトル作は、貴重な一話だ。昨秋に出版された本作は、このシリーズに終止符を打つべく老齢の作者が渾身のペンを走らせてぼくらに贈ってくれる最後のマット・スカダーだ。
こちらのマットは、主として回顧録のスタイルをとっているが、特に目立つのが警官時代の若き自分を振り返るエピソードで9割がた費やされていることである。無論その合間に現在のマットの心境を挟みながらエピローグの形で彼の人生の知られざる前半期を物語ってくれる。しかし、それらはストーリーの語り手としてではなく、あくまで回顧録の書き手としての立場で。
警官、孤独なアル中探偵、エレンとの同居により成熟した大人の生活を取り戻した成熟した探偵時代、といささか乱暴だが、大きく三つの時代に分割されるマット・スカダーの人生のうち、最も詳しく描かれることのなかった警官時代を老齢のマットが独白の形で振り返るという形を取った本書は、作者が第三者であるローレンス・ブロックの形でマットとやりとりするなど、若干シュールな作風もチョイスされている。
作者もマットも80台の大台に乗って、若い頃の警察官マットを振り返りながら、物語ではなく独白のかたちで半ばエッセイ風に記述してゆく。アル中になるきっかけとなった少女誤射事件をきっかけに警官を退職し、酒に身も心も委ねたマットは禁酒の誓いを立て、娼婦であったエレンの力を借りながら徐々に自分を許してゆく。その延長線上の彼を、物語風ではなく、驚いたことに回顧録風に語ってゆくのが本作である。
ミステリーではなく、ハードボイルドでもなく、むしろ文学性が豊かに感じられるシリーズ最終作が本書なのである。作者ローレンス・ブロックすら登場させ、マット・スカダーという探偵のシリーズそのものに驚異的な奥行きを与える一冊となっている。独白でエッセイ風味なのでストーリーというものはないにせよ、このシリーズを長年に渡って逐一追いかけてきたぼくのような読者にとっては、このリアリティとキャラクターの深みは、リアルとフィクションを行き来する合わせ鏡の眩暈のようだ。
懐かしい名前やできごとを各所に登場させながら、84歳のスカダーに語らせるという異次元の手法で描かれた新手のフィクションとして、最後まで僕ら読者の眼を眩ませてなお斬新な作風を取ってくれたブロック。この奇跡の一作にまたしてもガツンとやられたぼくはこのシリーズを長年読んできて、マット・スカダーのことも、彼と接してきた自分自身のかつての姿をも振り返ることができた気がする。前代未聞の型破りなこの作品の精緻さにも、とうとう最後まで幕引きをしない作者のトリッキーな姿勢にも、すっかりガツンとやられた感いっぱいの読後なのだった。 -
Posted by ブクログ
「エメラルドシティには八百万の物語がある。そして八百万の死にざまがある」子どもを誤射して撃ち殺してしまった過去がある元警官でアル中の探偵マットスカダー。読むのは学生の頃に読んだ「聖なる酒場の挽歌」以来だ。足抜けをした翌日にナタで殺されたコールガールのキム。彼女の依頼でマットは前日にヒモのチャンスという男に彼女の足抜けについて話し、心良くOKをもらっていた。そしてキムにもチャンスにも好意を抱いていた。なのに、なぜ?誰が?田舎から出てきたキムの人生。チャンスの人生、他のコールガールたちの人生。マットが通う禁酒集会所の人たちの人生。登場人物一人ひとりの人生が、まさに八百万の生きざまとして語られていく。さらにもう一人おかまの売春婦が同じ手口で殺された。マットは自らを囮にして犯人を誘い出す。酒を断ちコーヒーを飲みながら、時に失敗を繰り返す。都会では多くの人たちの意図や願い、感情がすれ違い、交錯し、錯綜する。助け合い、求め合うも、描かれるのは埋めようのない孤独。人生は意味もなく苦い。
-
Posted by ブクログ
1882年に生まれ、1967年に亡くなった、エドワード・ホッパーというアメリカの画家の17の作品を題材にして、17人の作家が、それぞれの絵に対しての短編物語をつくるというコンセプトの本。要するに、エドワード・ホッパーの17の作品に対して、17編の短編が書かれ、本書はそれを収めた短編集だ。
アイデアを思いつき、物語をつくることに参加を呼びかけたのは、ローレンス・ブロックである。ローレンス・ブロックは私の最も好きな作家の一人なので、読んでみることにしたのだが、ローレンス・ブロックが書いた短編だけではなく、面白い短編が多かった。ローレンス・ブロック以外にも、マイクル・コナリー、ジェフリー・ディーバー、スティーブン・キングなどの有名な作家が短編を寄せている。
エドワード・ホッパーという画家は知らなかったが、とても独特なタッチの絵を描く作家だ。アメリカでは名の知れた画家なのだろう。
また、絵を題材に物語をつくるという試みは成功している。思いもよらない物語を寄せている作家も多い。 -
Posted by ブクログ
アルコール中毒の元刑事、マット・スカダー。 今では伝手を頼ってやってくる依頼人からの仕事を受けながらのホテル暮らし。 別れた妻子への送金も滞りがちで、酒を断とういう苦闘を続けていた。
売春婦キム・ダッキネンからの依頼は、ヒモのチャンスと手を切りたいということだった。 マットが交渉するとチャンスはあっさりと承諾したが、その二日後、キムは惨殺死体で発見された。 警察はチャンスを有力な容疑者として疑うが、チャンスはマットに真犯人を探し出してほしいと依頼した。 許可証もない探偵として、マットは調査を始める。
変容してゆくアメリカ社会の中で、犯罪はどのように変わってゆくのか。 警官時代に、心ならずも現場に居合わせた少女の命を奪ってしまった、マットの心が癒される日は来るのか。 シリーズの他作品も読んでみたくなる。 -
Posted by ブクログ
20世紀を代表するアメリカ人画家の一人であるエドワード・ホッパーの作品は、写実的だが郷愁を感じさせるタッチ。現代的な孤独感。描かれる人物の物憂げな表情。ありふれた構図なのだが何故か惹かれるものがある。
そんな魅力に惹かれる作家も多く、この本の編者であり著者の一人が、これまたアメリカ探偵小説の雄ローレンス・ブロック。ホッパーの作品から発想された短篇小説を創り出すというアンソロジーの企画に賛同したのは、彼と交友関係のある多彩なアメリカ人文筆家達。
18枚のホッパーの作品に、ブロックを含め、17人の作家が描く17編の短編は、ミステリー、サスペンス、ハードボイルド、スパイモノ、ホラー、ヒューマンドラマ、コンゲーム、ラブロマンスと幅広いジャンルの作品が揃う。
翻訳陣もニクイ。スティーブン・キングには白石朗、マイケル・コナリーには古沢嘉道と、過去に夫々の作家の翻訳を手掛けた人を起用している。
贅沢な一冊。
個人的にはロス市警を退職し私立探偵となったハリー・ボッシュが登場するマイケル・コナリーの『夜鷹 ナイトホークス』が一押し。 -
Posted by ブクログ
ネタバレマット・スカダーの最新作。
短編集と新作が入った一冊。
良かった。
最初のこの作品群を読んで育ったという読者の話も良かったし、
何度も夜を過ごしたミックの店の最後の日の話も良かったし、
昔のマットの話も良かった。
新作はストーカーに追われる女性を
警察とのつながりも、昔の仲間も、体力もない中で救うお話。
ウーバーや携帯の地図アプリ、マップクエストを使いこなすマット・スカダーと、
隔世の感がある中でも、
マット・スカダーはマット・スカダーだった。
そして、TJ!
とても印象的だった登場人物のその後が、
ほんのさわりだけでも知れて良かった。
しかも、正規に入学したわけでもなければ
学費も払っていないにもかかわらず、
その熱心さゆえに教授たちが受講を許す話はちょっと感動した。
また、似顔絵描きのレイが、
思い出の家族たちを描き出した話にも
心を打たれた。
長年紡がれた物語の黄昏時とあっては、
非常なる期待感をもって読み始める訳だが、
その期待を裏切らない、珠玉の作品だった。
夜の闇の中に、
昼間の日常や繁忙やざわめきが溶け出すような、
快さを感じる。
時が漂ってはいるが、澱んではいない
とある夜。
これが最後なのだろうか。
(蛇足ながら知らない方のために。
エレインが作った料理の
<ポール・ニューマン>のマリナラソースは、
俳優のポール・ニューマンが創設し、
その利益を寄付した食品会社のトマトソース。
びんにポールニューマンの顔が描かれていている。
また、<デイヴス・インサニティー>のホットソースは、
デイヴス・グルメというメーカーのホットソースのひとつ
こちらのびんに描かれているのは、
浜辺らしき場所でサングラスをかけて、
日光浴をしている赤唐辛子。
いずれも現在のアメリカらしい小道具だ。) -
Posted by ブクログ
マット・スカダーはその後どうしているんだろう、と思ったことは一度や二度ではない。本書はそうした古いハードボイルド・シリーズのファンに応える今のマットと今に至るニューヨークを描いた、アフター・ザ・ハードボイルドといった趣の洒落た作品集である。
最初の数作は、ブロックの短編集などでお目にかかった再録作品であるが、この際想い出すためにもすべてを読み返した。『窓から外へ』『夜明けの光の中に』『バックレディの死』今更ながら秀逸だ。美味なカクテルのようにパンチのきいた短編である。マットとともにニューヨークという都会をしっかり描いている気がする。
新たに邦訳された短編群では、探偵になる前の警官時代、最初の家族との生活の時代、などシリーズ以前を舞台にした作品、そしてシリーズ後、新たに書き下ろしたその後のマットを主体にした作品など、マット・スカダー・ファンにはたまらない掘り出し物が多い。
ニューヨークとジャズと夜と犯罪と。マットを取り巻く環境は今も変わらないのかもしれないが、マットとエレインの夫妻はこの作品集のページとともに歳をとってゆく。ハードボイルド・ヒーローであったかつてのマットは、作者や読者と同じように歳月を重ね、今に至る生を育んでいる。まずはそれほど作者が魂を吹き込んでいることに驚きである。書物の中のもう一つの作者の現実ででもあるかのように。
作者は、おそらく自分の生きた時代と年齢とを、意図してマットとエレインに投影している。造形した人間たちへの作者愛と、彼やその関係者という架空のキャラクターたちに命を吹き込んでいる。世界と時代とを生きる彼らへのオマージュを改めて贈りたかったのだろう。
そんな過去の作品と、キャラクターたちへの愛着が、この一冊全体に感じられてならない。ブロック・ファンなら読み逃せない貴重な作品集なのだ。ミック・バルーとの深夜の語らい。アームストロングの店。AA集会。『八百万の死にざま』『聖なる酒場の挽歌』に夢中になっていた、あの頃のぼく自身。
『石を放つとき』では、奇妙なリズムを変奏曲のように見せながら、今のマットを描く。そう、老後のマットだ。警察時代も探偵時代も過去、しかし禁酒は今も続けている。かつての10%献金。ローソクを灯し、自分を保つ生き方。あの時代の大揺れだったマットの不安定さ。なけなしの良心が絞り出していた事件への執念。
この本と向かい合うことは、読者にとって、あたかもかつての自分と向かい合うことのように思う。911を含めニューヨークや世界に起こったこと。ぼくらと共通の時代と向き合うように書いてきたブロックという作家。彼の大切にしてきた宝箱みたいな素敵なこの短編集。彼の作り上げた男と女たち。かつてこの作家の作品を大切に心の中に抱え込んできた愛読者たちへ、現在の作者からの心のこもった謙遜ぎみの挨拶、みたいに見える一冊である。 -
Posted by ブクログ
本当に久々のマット・スタガーもの。もう新作は出ないものだと思い込んでいたので、本屋でこの新作を見つけた時は、すごく嬉しかった。
前作は「償いの報酬」という本で、調べてみると2012年9月の発行。私は、このブログに2013年の1月に感想を書いていたので、マット・スタガーシリーズを読むのは、7年ぶりのことだ。
この本は、アメリカで発行された短編集と最新の長編(というほどには長い話ではないが)の2冊を日本で独自に1冊にまとめた合本ということである。11編の短編と、書名になっている「石を放つとき」という長編が収載されている。単行本で500ページの本であるが、あっという間に読み終えてしまった。
作者のローレンス・ブロックは1938年の生まれということなので、80歳を超えている。読み終えて「しまった」という書き方をしたのは、次作を読めるかどうか分からないから。
ハヤカワが読者投票により、海外ミステリーのベスト100を選出、発表したのが1991年のことだ。ちょうどこの頃私は海外ミステリーばかりを読んでいた時期で、このハヤカワのリストに助けられて多くの作家を知ることが出来た。このローレンス・ブロックも、ベスト100の中に入っていた「八百万の死にざま」から読み始め、すぐに発行されているものは全部読んでしまった記憶がある。そのようにして読んだ作家は沢山いる。私のお気に入りだったのは、他には、ロバート・パーカー、レイモンド・チャンドラー、ギャビン・ライアル、コリン・デクスター、マイクル・リューイン、P.D.ジェイムズ、ロス・マクドナルド、トマス・ハリス、ジェイムズ・エルロイ・・・、等、いくらでも出てくる。
久々に、以前好きだったシリーズの本を読むことが出来て、昔のことを思い出してしまった。これらの本の多くは、ハヤカワの文庫で読んだものだ。この間、書店でハヤカワの文庫本のコーナーを、これも本当に久しぶりに覗いてみたが、ここにあげた作家の本は、ほとんど置いていなかった。当たり前だけれども、時代は移っていくのだなと、あらためて思った次第だ。 -
Posted by ブクログ
数年ぶりに再読した。
初めて読んだのはまだ高校生か大学生の頃だった。ずっとこのマット・スカダーシリーズを読んできていたからか、ラストシーンで泣いたのを覚えている。
その頃、マットのように「いきつけのバー」で「いつもの席でいつものもの」を頼めるような大人になりたいと思っていた。ちょうど、マットとダニー・ボーイの会話のように。
そして今、マットと同じようにお酒を飲む大人になった。
お酒を飲んでいない時にはわからなかった、マットが酒に浸る気持ちが少しづつ分かり始めている。
キムという娼婦が殺された。
ほんのちょっとすれ違い、ほんのちょっと人生の後押しをしてあげただけの、たったそれだけの関係の女性。だけどマットは彼女の事件を追い続ける。何故なのかは自分でもわかっていないようだ。
ニューヨークの暗い部分を歩き続け、最終的に見つけたキムを殺した犯人。キムが殺された理由。
事件が終わって手にしたバーボンのグラス。11日も禁酒していたのに「鉄くずが磁石に吸いつけられるように」酒を頼んでいた自分に気づいて、そして迎えるラストシーン。
今度は泣かなかった。
胸にこみ上げてくるものがあるのは変わらない。ニューヨークという街とそこに生きる人たちの描写がうまいのは変わっていない。マットがアル中だったことも変わらない。
ただ変わったのは自分がマットと同じお酒に魅せられた人間になっているということだけ。
泣く代わりに、カウンターの上のバーボンを飲んだ。
お酒を飲む人なら、きっとマットの気持ちに近づける。 -
Posted by ブクログ
[不条理の交差点で]ある出来事が引き金となりアルコールから抜け出せなくなった私立探偵のスカダーは、コールガールから「ヒモとの縁を切りたい」との依頼を受ける。男との話し合いもつつがなく進み、何事もなく幕が引かれると思ったのだが、男とそのコールガールが面会をした翌日、彼女がとあるホテルの一室で惨殺されたという報がスカダーの下に届き…...アメリカ私立探偵作家クラブのシェイマス賞を1983年に受賞したハードボイルド・ミステリーです。著者は、映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』の脚本も手がけているローレンス・ブロック。訳者は、ミステリーの翻訳を主に手がける田口俊樹。
(限りなく良い意味で)小説から漂ってくるすえた雰囲気がたまりません。無関心と不条理に貫き通されたニューヨークという舞台で、これ以上なく渋く、それでいて人間臭く生活を送るスカダーというキャラクターにまずは心を奪われるはずです。ハードボイルドという言葉がなんとも時代遅れに感じられる今日ではありますが、本書中で交わされる会話も含め、この作品にはまさにその形容がピッタリと来ます。
ミステリーの側面でもこれまたお見事。特に後半に至ってグッとアクセルを踏み込んだかのようにグイグイと読者を引き込んでいく様に、「ミステリーにハマっちゃうのってこういうところなんだよね」と思わずにはいられませんでした。書かれた頃からずいぶんと月日が経過していますが、それでも色褪せない、というよりも逆にヴィンテージもののような渋いカッコよさがつきまとう一冊でした。
〜私には彼を許さなければならない義理などない。許すことは神の業だ。私のすることではない。〜
どうやらローレンス・ブロック氏の作品群の中でもこの作品が3本の指に入るようで☆5つ