東京都中央区佃。江戸時代から庶民の町として栄え、現代でも旧佃島地域は昔ながらの人情と風情のある古い街並みで知られている。
そんな佃で2人のおばちゃんが営む食堂兼居酒屋を舞台にしたグルメ&ヒューマンドラマ。『食堂のおばちゃん』シリーズ 11 作目。
5話構成で、第1話が表題作。
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山口さんの作品の中では最も好きなシリーズだけれど、今回はいただけなかった。
それは、作品の売りである人情を描くための「タメ」が足りなかったからで、珍しくバランスがよくない構成だったと思います。
本巻のメインは第5話に配された万里の巣立ちでしょう。
はじめ食堂の厨房を任されて6年。万里は今や食堂になくてはならない見事なシェフぶりを見せるまでになりました。それまでどんな職についても長続きしない、グータラ極楽とんぼだったとは思えないほどです。
一子や二三に信頼され常連客には愛される今の万里は当然、仕事にも食堂にもそして人間関係にも離れがたい愛着が湧いているはずです。
なのに修業のためとはいえ食堂を離れる決心をするまでが、あまりにもあっさりしすぎているように感じました。万里はもっと誠実でまっすぐな人柄なのではなかったのか⁉
本来ならもっと苦悩する姿が描かれてしかるべきで、本巻全編を通してのテーマにしてもいいくらいだと思います。
例えば佃のはじめ食堂のある一帯の再開発話が持ち上がり、食堂存続の危機に見舞われる話をただのドタバタで終わらせず、万里にも身の振り方を真剣に考えさせる筋立てにするなどの工夫があってもよかったのではないでしょうか。
それをしなかった結果、万里が思いつきや勢いだけで行動したように映り、万里という人間を軽く薄っぺらく感じさせてしまっています。まずこれが惜しい。 ( 三原をフォローに使っていましたが、焼石に水の感じです。)
次に修業先となる割烹八雲の主人も簡単に引き受けすぎています。
店の佇まいや接客ぶりから、主人は思慮深く練れた人柄のように見受けられます。だから、客として1度来店しただけの人間を軽々に雇い入れたりはしないはずです。
雇うにしても、はじめ食堂を訪れ万里の仕事ぶりや料理人の適性を見てからのことにするに違いありません。 ( 味の継承を考えるなら尚更でしょう。)
今後も登場しそうな人物なだけに、この展開も惜しいと思いました。
さらにメイが万里の後釜として食堂に入ることになるという運びも、無理に取ってつけたように感じる展開です。
ともかく残念さが残る作品でした。