エミリー・ブロンテのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレまず、自分に700ページあまりの小説を読めるのかと躊躇しました。さらに200年も前の海外文学を理解出来るはずがないとも思いましたが、理解したいと思ったのです。
初めのうちは名前と人間関係、物語の背景に慣れず、1日30ページにも満たない遅さで、かなり時間をかけて読み進めました。何度も巻頭の家系図を見返してこれまでになく丁寧に読みました。
女中視点の昔語りで話が進み、物語の最後には現在に追いつく箇所がきます。まるで「物語の中の人」にあえた感覚でした。
英国の田舎の閉鎖的で鬱屈とした逃げ場のない環境において、遂には破壊し尽くせないこと察して諦めて死して結ばれたあの御方。とうとう最期まで理解できません -
Posted by ブクログ
ネタバレ2025/2/7-2/9
うーん、1巻は面白かったけど、この巻は途中からは面白いと思えなかったな
ヒースクリフとキャシーの恋愛は良かったけど、その子供世代のリントンとキャシーの恋愛は、いらないかなぁ。冗長な気がした
ヒースクリフの生涯を語る上で必要だろうって言うのはわかるんだけど、子どもの恋愛を見せられても、感動はしない。最後ヘアトンに心変わりしてるし(これは親たちのしがらみなしで彼女たちが初めて純粋な恋愛をして、これが実は親ヒースクリフとキャシーの恋愛の形に1番似てて、、っていうのは分かるけど)
リントンは依存しすぎだし、キャシーも依存してて共依存の関係は見てられない。共依存の話は読 -
Posted by ブクログ
怒号や非難の応酬が飛び交う物語はまるで任侠映画だが主人公達は義理も人情もなくひたすら自己憐憫や恨みをぶちまける。突き抜けた自由さがこの小説の魅力の一つかもしれない。出生故とは言え異常に経済観念の発達したせこい復讐が長々と続き、アッシャー家の崩壊のような終わり方になるのかと思っていたところ、頑丈な彼が唐突に亡くなったと知らされるいよいよ終わりの部分で物語の雰囲気が切り替わった。次の世代では、負の感情が集約されたリントンが夭逝、つらい経験を経た、欠点もあるが優しい性格の2人が、復讐の呪いを振り切る結末は、それまでの話が暗かった分、大いに爽やかで心温まる読後感で、推理小説の意外な犯人がわかったような
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Posted by ブクログ
ヒースクリフがイザベラを含めたリントン家での平和をかき乱し始める所からの下巻。
ストーリーの大筋はヒースクリフのキャサリン(母)との恋愛と破局、その復讐の物語だが、聞き手となるロックウッドか家政婦ネリーから聞く形式となっており、このネリーがいかにも偏見を持った語り口なのでその内容を鵜呑みにできずに読むという状況を作っているところが読者の想像力を要求しており面白い。故に読み手の考え次第では評価は大いに分かれそうです。
終盤でロックウッドが聞き手から物語に参加する可能性が示されたときは少しときめいたが、残念ながら空白の数カ月は意外な方向に展開して、しかも主人公とも言うべきヒースクリフの死が予告され -
Posted by ブクログ
第一章、ネリーに手紙を預けたヒースクリフが実際にキャサリンを訪れるシーンには圧倒されました。
ヒースクリフの心情描写がものすごく濃ゆくて濃ゆくて。
お互いからすべてを奪い合うような恋ってこういうことなのか。正気の沙汰じゃない。
そしてキャサリンが亡くなってからの転がり落ちるようなアーンショウ家の悪夢。エドガーも結局一度もキャサリンは振り向いてくれず、報われない男でしたね…。
なにより母のいない幼いキャシーが可哀想でしかたなかった。リントンもヘアトンもみんな蔑まれながら生きていて、読み進めるのしんどすぎ。
でもきっと、この物語はヒースクリフが最も気の毒な話なのかもしれない。
ーー世界全体が、か -
Posted by ブクログ
7年前のクリスマスに買って、それで満足しちゃって本棚にさしっぱ。
なぜかクリスマスが近づくと毎年そわそわ気になってたのですが、満を持して?ようやく上巻読み終えました。
イングランド北部、ヨークシャの荒野に立つ屋敷〈嵐が丘〉と、4マイル離れたスラッシュクロス屋敷の、2つの一族で巻き起こる愛憎劇。
時代を経て、新たにスラッシュクロス屋敷を借りようとするロックウッドが、ベテラン女中のネリーに寝物語のようにその過去を教えてもらうという回想形式です。
ヒースクリフがとんでもない奴だと思っていたのですが、なんのなんのやばいのはキャサリンでした。
破天荒というかメンヘラというかトリッキーというか、まぁそうい -
Posted by ブクログ
ネタバレ途中で二代目のキャシーやリントンの振る舞いに辟易してしまい、読み続けるのがしんどくなったが……
それぞれに自分の境遇に対する不満や、それに伴う自己正当化があるのだろう。それをもとに展開される発言は、読み手に媚びずに登場人物たちを存在させる。(自分勝手で意地汚くて、結構ストレスにはなるけれど…) 人が人らしいのは、見られているという意識が感じられないからではないか。
はっとするほど印象的な、活き活きとした場面がある。多くはヒースクリフの熱のこもった多弁さが披露される時だ。この作品には、手放しで尊敬できたり好きになったりする好人物というのは存在しないが、すべての人物の運命を貫くヒースクリフが、