エミリー・ブロンテのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
究極の恋愛小説を漫画化しました。
世界中の女性を虜にしてきた19世紀イギリス文学の金字塔です。
激しい風の吹く「嵐が丘」は、荒野の屋敷です。
その主人に拾われた孤児ヒースクリフは、
屋敷の娘キャサリンといつしか魅かれあうようになります。
しかし、キャサリンと名家の子息との結婚話を知ったヒースクリフは、
絶望に打ちひしがれて消息を絶ってしまいます。
I cannot live without my life,I cannot die without my soul.
「嵐が丘」の舞台となった「トップ・ウィセンズ」は、
イングランド北部のハワースにあります。
それは、果てしなく広がる荒野の中にある、
エリザベス朝時代の農家の廃墟です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレアーンショー家とリントン家、二つの家族に向けたヒースクリフの狂気的とも思われる数々の行動の先に待っていたものとは?
おそらく終盤のあの場面と書けば、既読の方には分かると思うのだが、あの場面があるか無いかでヒースクリフに対する印象が大分変わってくるのだろうと思われた、正に本書最大の山場でありながら、それは物語の世界から現実に向けて放たれた、人生という道を踏み外さないためのメッセージであるのかもしれないと私には感じられて、こうした意外性のある構成というのは、それまでの劣悪すぎる家庭環境や我が儘ぞろいの登場人物といった、フィクション色の強い雰囲気を一掃するのに充分過ぎるものがあった。
あの時ヒースクリフの見ていたものが全てを物語るように、時に非情なまでに自分自身のあり様を痛感されられるのは、まるで鏡を見ているかのような『かつての自分自身』であることと、『人間嫌い』であろうとも人間が救いとなることだってあることで、そこに著者のエミリー・ブロンテが込めたものは、人生に於ける生き甲斐であるとか、生き続けていく上で自らを鼓舞しながら楽しくしていくものとは何なのだろうか、という問いかけである一方で、それらの無い人生というのが、どれだけ悲しくて虚しいものであるかの裏返しでもあると、私は思ったのだ。
最後に、キャサリンの本好きの設定には、エミリー自身のさり気ない自己主張が見え隠れするようで、微笑ましい気持ちとなった。 -
Posted by ブクログ
『ブロンテきょうだいのちいさな手づくり絵本』の、親しみやすく共感できる内容に、思わず読みたくなった彼女たちの作品、まずはエミリーの『嵐が丘』(1847年発表)。
『嵐が丘』と呼ばれる屋敷に住んでいたアーンショー家と、『スラッシュクロス』屋敷に住んでいたリントン家、それぞれの三世代に渡る家族の物語と書くと、イギリスの海外文学ということもあって難しく感じられるかもしれないけれど、これが何とシンプル且つ面白いのが意外で、そこには訳者の河島弘美さんの力もあるのだろうと思いつつ、エミリー自身の書きたいものを書きたいんだという気持ちが、文章のそこかしこに溢れているような、そんな活き活きとした物語が最も大きいのだろうと思う。
物語は1801年、スラッシュクロスを借りた青年(?)「ロックウッド」が、その賃貸人であり、現在の嵐が丘の主人「ヒースクリフ」を訪ねる場面から始まり、一目あった瞬間にロックウッドは彼が自分と同じ『人間嫌い』であることを実感し共感を覚えた一方で、彼とは二度と関わりたくないとも感じた程に、ヒースクリフ独特の人間性は、ロックウッドの脳裏に深く焼き付けられたのであった。
ヒースクリフに限らず、嵐が丘の住人たちは皆気難しく、しかめっ面で暮らしていた、そんな様にはエミリーの故郷である、イギリス北部ヨークシャー州の荒涼とした雰囲気とよく合っているように感じながら、ここまで家族団欒が全く無いというのも奇妙に感じられ、その真相に迫るべくロックウッドが無事帰宅した後は、以前嵐が丘で長年仕えており、現在は彼の家政婦のディーンさんから、ヒースクリフを初めとした彼らの過去のお話を聞かせてもらう形式で展開されていく、そんな構成の上手さも、物語をグイグイと読ませてくれる牽引力に大きく影響している。
二つの家族の物語とは書いたものの、ヒースクリフに関しては、かつて彼が路上に独りぼっちでいたところを「ミスター・アーンショー」が連れてきた過去があることによって、他の住人からは『よその巣に入り込むカッコウみたいな男』と蔑まれながらも、それに全く動じない頑固さや無神経さを兼ね備えつつ、人の善意を利用する強かさや冷酷無比さがあると思ったら、ロックウッドが見た夢に現れた「キャサリン」の幽霊に涙する一面もあったりと、決して単純ではない複雑な人間心理模様をエミリーは見事に描いている。
果たしてアーンショー家に連れてこられたヒースクリフは神様の贈り物だったのか、それとも悪魔だったのか? 下巻に続く。 -
Posted by ブクログ
ネタバレネタバレ全開の感想につきご注意です。
おもしろかったし、人生で読んでおいて良かったな〜と感じる小説だった。2回目読んだら1回目より面白かったという人もいる。
なんか演劇とかミュージカルぽかったな。美しい自然と荒廃した館の情景とか映画版のレ・ミゼラブルみたいな感じだったらすごく自分が好きそう。
登場人物たちみんな、語り手含めて激情型だったり、結構畜生な発言とかあって、モラル薄いのが結構笑ってしまった。
恋愛小説だと思って気軽に読むと結構重めの復讐劇、愛憎劇で心にずっしりとくる。
重い話なのだけれど、会話や行動がどこかコミカルなところもあってそのバランスと抑揚が絶妙だった。
小説に共感を求めて読んでいるわけではないけれど、あまりにも誰にも共感できなさ過ぎて面白かった。
ヒースクリフ本当に嫌な奴すぎるんだけど、彼にあまり共感できないのって彼が周りからされた酷い仕打ちや彼の心情が詳細には描かれていないからなんだろうなと思った。そこを描くと誰しもが彼に同情しすぎて、彼の悲劇の物語になってしまうことで、物語の全体像が別のものになったり、霞むのかなと想像。
1代目キャサリンはしっかりヒースクリフのことを愛していたと思うが、結婚にはこだわっておらず、対照的にヒースクリフは結婚にも拘っていたため、心のすれ違いがあった気がする。
このすれ違いが起きるのはやはり生まれ育った環境や身分の差なのだと思う。持たざる者は持っている者に対して不安や劣等感が付きまとうため、社会的な形式や保証が整っていないと安心できないというのがあったのではないかな、と感じた。
最終的には2代目キャサリンとヘアトンに未来を感じる描かれ方がされており、1代目キャサリンとヒースクリフを彷彿とさせた。
異なっているのは彼らを取り巻く環境で、彼らの邪魔をする障壁が無いこと、復讐の連鎖が終わった世界にいること。それにより明るい未来が想像できる。なんやかんやハッピーエンドと言えるようなラストだったのだと思う。
ラストシーンはこれまでの荒々しい雰囲気が嘘だったかのように静かで穏やかだった。
解説にもあったが、ネリーという家政婦の語りで物語が暴かれていく構成も面白かった。
淡々と事実が語られていくわけではなく、語り手の主観や行動が混ざるのが面白い。語り手でありながらしっかり物語を構成する重要な人物となっていたと思う。 -
Posted by ブクログ
常套句に騙されるな!
ヒースクリフはどうしてこう誰も彼も不幸にしなきゃ気が済まなかったんだろう?
愛憎半ばする?愛と憎しみは紙一重?表裏一体?
ほんとかよ
愛が深ければ深いほど、それが裏切られたときの憎しみは深くなるのです
ほんとかよ
少なくとも、自分には愛が憎しみに変わった経験なんかないけどね
常套句に騙されていやしないかい?
常套句に自分の思考を乗っ取られてしまってはいないかい?
そんなのはごめんだな
だから言います
ヒースクリフの気持ちは全く理解できない
ただね
ヒースクリフは愛するがゆえに復讐に駆り立てられたってとこも疑わないとだな
そんな簡単なことだったのかな
作者エミリー・ブロンテがヒースクリフに込めたのは百年後に常套句になってしまうような簡単な精神だったのかな〜
教えて廣野由美子さん! -
Posted by ブクログ
求めているのに誰ひとり幸せそうではなくて、最後まで報われないのかもしれないと思った。
小説の大半は家政婦の語りで進んでいきますが、その家政婦の話していることは実は本当はすべてが嘘なんじゃないかと疑う気持ちも出てきたり、本当は破滅を望んでいるんじゃないのかと思ってしまったり、誰よりも優しく感じたり、でも嘘をついたり欺いたり。進むごとに不安が増していきました。
カズオ・イシグロさんの「信用できない語り手」と似た雰囲気を感じます。
人物に関しては、二つの邸に住む家族と使用人、医者以外は登場しないのにこんなに入り乱れて複雑な小説ってあまりないように感じます。構成が面白い!
解説を読むとさらに。