上野千鶴子のレビュー一覧
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うーん。
女性論の第一人者が、「セクシィ・ギャル」について、
「女の読み方・読まれ方・読ませ方」について語っているですと!
って、手に取った一冊。
ショハナの小見出しが<「夫婦茶碗」のおそろしい秘密>から、<女が発情のお知らせ」をするとき>など、わくわくするようなもので、それもいなーと読んでみる。
ところが。
大きな章が5つあり、その5つがまたさらに、小見出しのついた細かな章組になっているんだけど、その小見出しごとに全部、読み切り?のような体裁になっている。
そうしてその各章が、上野先生の章のまとめで閉じるのだが、
なんともため息ともつかない愚痴のようなものであったり、強烈な皮肉であったりして、
たかだか230ページ強の中で繰り返されるのが、少し疲れたのも事実。
いわく、
『ただし無力な子供の側に立つのは、いつもメスなのだが‥‥』
『いずれにせよ、若い男女は、ますます現実逃避の麻薬患者の目に近くなっていくのである』
『劣位のサルのような複雑な笑いを浮かべながら、媚びてすり寄っていかなければならないのは、女の方なのである』
うーん、どれだけ行っていることが正論であっても、小見出しが28あってそのなかで、
のべつまくなしに愚痴と嫌みを並べられると、正論がかき消されてなんだか、
卑屈になってひねくれたおばちゃんと、膝付き合わせて永遠に終わりそうにない愚痴を聞かされている気分になろうと言うものだ。
女性がいかに卑下されていて、男性社会という男性目線のなかで、
媚びて自分を「受け容れてもらえる」商品として扱われていることか、
という論旨自体は悪いと思わないし、それをメディアや広告のなかで上手に浮き上がらせる
その作りは非常に読みやすい。
であればもっと、章をわけて例示しながら、上野先生のご高説はもうすこし、まとめてびしっと、章ごとに述べるとか結論とまとめの中で書ききれなかったものだろうか。
あともうひとつ。
読みながらどうしても拭いきれなかった違和感があり、それは、挟まれたビジュアル。
広告をそのまま転載する許可に問題があったのかはたまた出版社事情なのか、
挟まれたビジュアルが全部、イラストなのだ。
また、広告以外にたとえば明らかに文脈上、これは宮崎美子だな、と思われる、
グラビア美女もなぜか、イラスト。しかも申してはなんだが微妙な。
セクシィ・ギャル大研究として、女性の捉えられ方を視覚と記号で表した本書において、
そのビジュアルに画家の画力のせいで、ビミョウにバイアスがかってみえる、といったら、
怒られるだろうか。
写真ならまだしも、より個性や癖の出るイラストで、視覚的に女性論を支援しようとする試み自体に、あたしなんかは疑問を感じてしまうなぁ。
広告がそこにあるのであればそれを、写真があるなら素直に写真でいいと思う。
広告であれば問題もあるかもしれないけど、サルの威嚇の顔までイラストにしなくても。。
でも、ふと思って手元の岩波現代文庫を手にしたらそこにはイラストすら1つもなかったので、
もしかしたらこのシリーズの特徴かもしれないけれど。
ここに写真がばしっとあれば、それだけでちゃんと、広告や写真のいいカタログにもあると思うのになぁ。
なんとはなしに、文章の勢いの良さと、
それだけに浮かび上がらざるを得ない反イラスト(奇妙な)の微妙な不協和音ばっかりが、
頭に残ってしまう、読書でしたとさ。 -
Posted by ブクログ
自分も仕事一辺倒の時期があったが、それは自分の場合は、家族や妻をを踏み台にしてきたんだよな今思うと。
暴走列車のごとく、それはなるべくして崩壊し、半分人生降りたみたいな諦観したみたいな状態に落ち着くんだけど、その後妻が、もっと自分もキャリアアップを目指したいと、昇格試験に挑戦し、一般職から総合職にステップアップし、忙しくも充実した人生を歩み始めるのをそばで見てきて、
いつか来た道とおもいながら、いままでワガママ放題迷惑かけてきた分、こんどは自分が支えてあげようとサポートに回ってきた。
それはいいのだが、妻たちのそういう上昇志向は、結局、ネオコンらのしかけた巧妙な罠で、国側に都合のいいように、最後は全て搾り取られてしまうのだ。
というような事が、読後見えてきて、暗澹たる気分になった。
上野千鶴子さんをして「戦いにくい相手」といわしめるネオコン。
最近のニュースみてても、安倍首相の成長戦略にとどまらず、戦後問題やら、はては道徳の教科問題やら、数年後に、あの時が曲がり角だった、などと振り返る事になるんではという気がしてくる。 -
Posted by ブクログ
社会学者、上野千鶴子が朝日新聞「悩みのるつぼ」に回答したコラム。タイトル通り、下の相談に関するQ&A集です。なかなか、回答がぶっ飛んでいて、面白かったです。ちょっと具体例を2つ紹介します。
【質問】性欲が強すぎて勉強出来ません(18歳女子)
【回答】むずむずしたら自分でほぐしましょう/セックスには2種類あって、マスターベーションは自分の身体とのエロス的な関係、性交は他人の身体とのエロス的な関係のことです/自分のエロスのツボをよおーく学んでおくと、相手とのセックスにおいてそのセックスのクオリティのよしあしがよくわかります。
【質問】性欲が強すぎて困ります。本物の女の子の体に触れてみたくてたまりません(15歳男子)
【回答】知らないことは知っている人に教えてもらうに限ります/経験豊富な熟女に、土下座してでもよいから、やらせてください、とお願いしてみてください/わたしの友人はこれで10回に1回はOKだったと言っています。
10代の若い男が熟女(何歳から熟女と呼ぶんだろう??)に、やらせてくださいと土下座する姿を想像するだけで、脳みそがとろけそうだ~ -
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結婚してもしなくても、最後はおひとりさまになる可能性が高いことが分かった。
将来が心配で結婚して子どもを生んだとしても、自分の思い通りになるとは限らないもんね。
ただ、この本に書かれている老後は、ちょっとお金持ちなおひとりさまに限られるのではないかという気が。
具体的な老後のサービスについては、自分の世代ではまだまだ先の話なので参考にはならないが、心構えや考え方などは参考になった。
東京都監察医務院のホームページはリニューアルされてしまったのか、載っていた講演録が見つけられなくて残念。
自分が老後を迎えるはずの約30年後に年金・介護・医療制度がどうなるのかは分からないので、せいぜい蓄えを作っておこうと思います。 -
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著名な女性二人の対談。
どちらも社会の中で立派なお仕事をされてきた方。
日本の働く女性のパイオニア。
坂東さんが、一生苦手な家事だけをやっていくのは…って思っていたなんて〜。私と一緒〜。
でも、高校の同級生と結婚して、出産もして、勤めあげるだなんて、やっぱりさすがです。私には無理〜。
かと言って、上野さんみたいに、自分のテーマを追い続けてフリーでもずっと頑張る強さもない〜。
“手に職を”の今時の働く女性、なんだろうか。
今の若い子の“専業主婦願望”は、厳しい競争から降りるための手段であり、かつ「なってあげる」もの、というのには驚き。一体何様⁉ (笑) -
Posted by ブクログ
介護のしくみが具体的で参考になった。
デイケアと呼ばれるサービスとホームヘルパーという生活支援は別であること。身体支援はビジネスとして成り立つけれど生活支援は成り立たないこと。
値段ではわからない個人差が激しいこと。ケアマネージャーという第三者が支援を設計すること。包括サービス(小規模多機能型)は一見良いようでも、ケアマネ不在で密室になりやすく、ビジネスとしても魅力に欠ける。
施設入居の意志決定者は家族であるという指摘も鋭い。在宅支援の意図で始まった介護保険が施設入居のハードルも下げているという。
寝たきり期間は平均で8.5ヶ月。
24時間体制の医療、歯科医療、介護、生活支援の総合サービスが必要。
施設に入れて画一的に行う方が効率的。何かあればいつでも連絡、というだけで安心感。問題は一人あたりの人数。基準では1人に対して3人だが無理がある。訪問介護、巡回。病院に入れるのは家族の自己満足の面もある。遠方の家族は抵抗勢力?
本当に24時間看護が必要な期間は短く、高額な有料老人ホームに入るなら、インフラに金をかけず、在宅で思い切りサービスにお金をかけた方がいい。地方都市で月額45万程度。
女性は生活力があるのでひとりでもやってゆけるが、男性はその点が問題。ただ、ひとりで「食」さえ確保できれば何とかやってゆける。自炊できれば超したことはないが、コンビニの総菜や配信サービス(単身だと行政の補助が出る)。生協の宅配サービスとケアサービスの可能性。
高齢者向け中食の充実と店頭販売から配送へという流れはその通りだと思う。
つがいや地縁、血縁、社縁のような決定的なつながりでなく、ゆるい関係が人生を豊かにするとの主張。
選択縁づきあい「男の七戒」
・前歴を言わない、聞かない
・家族のことは言わない・聞かない
・学歴を言わない・聞かない
・金の貸し借りをしない
・先生や役職では呼ばない
・上から目線にならない・仕切ろうとしない
・特技やノウハウは要求があったときだけ披露する
弱さの情報公開が必要だという。
お一人様10箇条
・衣食住の自立あ基本のキ
・体調管理は自分の責任
・酒、ギャンブル、薬物などにはまらない
・過去の栄光を誇らない
・ひとの話をよく聞く
・つきあいは利害損得をはなれる
・女性の友人には下心をもたない
・世代の違う友人をもとめる
・資産と収入の管理は確実に
・まさかのときのセーフティネットを用意する
下り坂を受け入れる心の持ち方が一番大事。
自分に対してもまわりに対しても。社会のお荷物に対する福祉でなく、当事者主体の福祉。 -
ナショナリズムとジェンダー 新版
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
ネタバレ別の著者の本の中に、この人の名前を何度か目にしたことがあったので、一番簡単そうなやつを手にとって読んでみる。
わたし、その「別の著者」のスタンスに似ているなと思うんですが、「フェミニズムには賛同するが、フェミニストには賛同しない。」という考えの持ち主な気がします。
そもそもフェミニズムってなんだって聞かれても的確に答えられる言葉を持っていないのだけど、フェミニストの人の話を聞いていると、なんだかとんがっていて、ちょっと同意するに余裕が無い人を何人か見てきたからかもしれません。
で、この本を読んでみて、少し見方が変わったかも、と思った。フェミニストって、私が思うよりももっと寛容さがあるんじゃないかと思える面があったからかもしれない。
はてさて。この本。
同意できるなって、思うことも多くあった。うん。大半がそうだよなと思ってもいいかもしれない。でもいくつか、私はそうは思わないなと思うことがあった。
それは著者からしたら揚げ足とるようなものにすぎないのかもしれないのだけど、わたしがこれから、この人の著作を読むにあたっての誤解を納得に変えてくれるきっかけになるものであったり、やっぱり違うなと、違いを際立たせてくれるきっかけになるものになるように、ここに記しておく。3点ほど。
一つ目。
学校は、不相応に知育、徳育、体育、生活指導、心の教育、全人教育などやらずに、知育だけに特化すれば良い、相応にダウンサイジングすべきだ、と学校の先生に話すが、いつも反発される、というところ。
うーん。この人に対して「反発」しているように見えたのかもしれない。でも、恐らく多くの教員からしてみれば、「教えることだけに特化出来ればどれほど楽か。」と思っているのではないだろうか。「教えることに特化するために」まずやらなきゃいけないことが山積していて、やらざるを得ないから知育以外のことをやってるんじゃないかと思う。ダウンサイジングだけして知育に特化することを強制的に学校がやっても、めちゃくちゃになるだけ。知識の足らぬ人間を切り落としたところで、次に受け皿となった場所で同じことが繰り返されることは容易に想像できる。それをなんとか食い止めようと(なぜならそれは生徒の望むことではないから。)知育以外のことにも手を出さざるを得なかったのが今の教育現場なのではないだろうか。
その2
今の教育が最悪な点は、、学ぶ側が教師を選べないということ。授業は学校が提供する商品。学ぶ側はいわば消費者。教師を選べるという「消費者の権利」が確立されない限り、学校というシステムは変わらない。
この人は、「学校化社会」を批判する一方で、「システム化された社会」を学校に取り込んでいこうとしているのだろうか。
わたしは、教育はサービス業ではない、と思う。逆に、あらゆる人が(それは教師を含む)教育をサービス業と捉えているから、いろんな問題が出てきているのだと思う。「教師を選べる学校教育は、『いろんな人間が集まる環境』を作らないだけでなく、学力低下、競争社会を激化するだけだと思う。
「サービス業、資本主義、消費社会」そうでない社会も世の中にある、という視座に立てる人間を育てるのが、教育なんじゃないだろうか。
今の子たちは、「消費者の権利」を、無遠慮に教育に突きつけてくる。「先生、これやって何の得があるんですか?」「何のために勉強するんですか?」「これだけやっとけば単位取れますか?」評価の絶対的存在が「教師」で、教師の望むものをいかに楽なエネルギーでこなしていくか(=いかに安いお金で高い価値のものを手に入れるか)に躍起になる学習方法をすればそれなりの結果を得られることを「学ぶこと」だと履き違えてる。だからこその彼女の目のあたりにした東大生の実態があるのでしょう。そこの根本、覆さなきゃ教育なんて変わりゃしないよ。「自分の好きなこと、よくわかんないけど楽しそうなもの(=無駄かもしれないもの)に、どれだけ熱を注げるか、そこに達成感得られるかっていう、消費や効率と真逆のベクトルにあるのが「教育」だと私は思う。
その3
雇用の多様化、労働の柔軟化をすすめるべきだ。でもその一方でそれは、貧富の階層化を避ける事が出来ない。
要は貧富の差、階層化を認めろってことだよね。
身の程わきまえて、持てぬものは持てぬままその階層を受け入れて、好きなように生きて行け、だって「好きなこと」をやって生きる生き方選んだあんたの自己責任でしょってことだろうか。
「偏差値競争の勝者も敗者もどちらも幸せにしない現在の教育システム」に危機感を抱く気持ちはわかる。「これではいけないという焦燥感は、現場にいれば痛いほどジレンマにとらわれる。
でも、彼女のやり方では、この本を読んだ限りでは、苦しさが移動しただけで、痛みが弱者に向ってしまうだけで、根本の解決にはならないと思う。
そもそも根本の解決なんて望むべきじゃないっていうか。
教育なんて、昔から教えてること、大きく変わってないんだよ。それを根本から変えるなんてほど、今の人間が頭よくってエライなんてことありえない。先人たちの積み重ねてきたもの亡き者にして、「いまのニーズにあってないから」って、何もかも変えてしまうのは、得策じゃない。「いまのニーズに合うもの」を安易に取り入れたのが「ゆとり教育」とか呼ばれるものでしょうが。
教育の効果が現れるのは、学んでから1週間後とか、そんな安易なものじゃないし、教えたことが同じように全員に浸透してくなんてありえない。だから面白いんだし、だから思いがけない発見があるんだし、だからわけのわからないものを学ぶ意味があるんだと思う。
要は、「根本から変える必要はない」。但し、機能不全に陥っているものを適宜点検して、修繕していきながら、今のシステムも大切にしていくのが…良いのではないかなぁと、私は思う。