チャールズ・ディケンズのレビュー一覧
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所々泣いてしまう。良い話である。
しかし、良かったと思う一方、斜めに見ている自分がいる。
スクルージは頑固で人に無関心、冷たいけど、悪人ではない。
周囲の人はそんなスクルージを変人扱い程度でたいして憎んでいるわけでもない。
だから、成り立つ話ではないかと思う。
例えば、スクルージが人に対して、罵詈雑言を何度も浴びせる人だったら?もし、何度も暴力を振るう人だったら?何度も金を借りに来る人だったら?などなど…
何度無言で許しても、何度もそうやって酷い目にあわせる人だったら?
謝罪もなく、突然調子よく愛想を振りまいてこられて、周囲は許せるのだろうか。
周囲が許せる範囲であれば安全だけど、許せない範囲であれば、なかなかこうはいかないのではないだろうか。
…という考えもよぎってしまった。
でも、ともかく、悪人ではないスクルージのような人の設定であれば、この話はとても心に響くものだと思う。
クリスマス前に毎年読み返してもいいかも。 -
Posted by ブクログ
荒涼館に引き取られた、出自不明の少女エスタ。彼女をめぐる物語、そしていつまでも決着がつかないジャーンディス対ジャーンディス訴訟事件の結末は・・・?
荒涼館、怒涛の最終巻。
2、3巻があまりに凄かったので、最終巻は少々落ち着いたところもあったけれど、この物語にふさわしい大団円といえたのではないだろうか。
本としての完成度だとか、物語としての評価だとかを言わせてもらうと、少々難をつけたいところも少なくはない。無駄な文章が多すぎる気がするし、筆の勢いにまかせて書いたのでは? と思うところもあったのだ。
しかし、それでもこの『荒涼館』を読み終えた今、私はいい読書をしたなぁ、と思っている。この感情を上手く言うのは難しい。たとえば4巻でのこんな場面。エスタがバケット警部とともに、夜通し雪の降る道を馬車で走り続け、びしょ濡れになってやっとある宿につき、休んだあと、再び出発しようというところ。
「私が馬車に乗って、皆さんにお礼とさよならをいった時、一番下の娘さん――十九の花ざかりで、一番先にお嫁にゆくはずですとか聞きましたが――が、入り口のステップにやってきて、身を乗り出すと私にキスをしました。その時以来私は一度もこの娘さんに会っておりませんが、今でも私のお友達だと思っています」
ここは物語の本筋に全く関係がないのだけれど、私はこのくだりを読んだとき、嬉しくて、胸がいっぱいになって、この物語を抱きしめたくなったのである。
先が見えなくて、びしょ濡れで、凍えそうなときに入った宿。そこで温かく世話をしてくれた人々。そして、そこを出るときに一瞬で通った心――。それこそ、その娘さんが何十年来の友であったかのような。なんの理由もなく、なんの必然性もないけれど、この場面を読んだときに湧き上がった幸福感とは何なのだろう。
人間愛、と言えないこともない。けれども、そんなに大層なものではないのだ。この娘さんは、この全4巻の物語のここ数ページしか登場しないし、エスタにしたことといえば、キスをしただけ。しかし私は今でも、この場面が確かに目に焼きついている。
『荒涼館』の魅力は、これに似たものなのではないかと思う。
張り巡らされた数々の伏線や、入り乱れる多くの人々はそれぞれに魅力的だけれど、その物語が生み出すうねり、その中にはっとするようなきらめきを感じるからこそ、この物語は力強く、また時に愛おしいのだろう。
特に、この物語の主人公であるエスタ。私は彼女の、幼いときに繰り返し願っていたという願いの文句がとても印象に残っていて、それを探してからこの本の感想を書こうと思っていた。しかし、いくら探しても見つからないので、こんなにこの本の感想を書くのが遅くなってしまったのである。
それは確か、淋しく不幸な少女時代の彼女の「どうか人の役に立てますように、私の力が他人のためになりますように」というささやかな願いだったとおぼろげながら記憶しているのだが、その願いの意味こそ、この物語の全編に散りばめられたテーマだと思うのだ。だから、私は彼女が「あまりにいい人すぎてあまり好きになれない」とは思わなかった。むしろ、そんな彼女を主人公にしてこそ、このような物語が生まれたのだろうと思う。なぜなら、「人の役に立ちたい、人にとって自分の存在が意味を持って欲しい」、というのは、誰でも持っている、本当に本当に“ささやかな”願いだと思うからだ。
なので、私はエスタをとても好きだったし、最後まで彼女に飽きることがなかった。飽きるということなら、私の場合むしろ、エイダのほうだった。エイダに比べれば、私はエスタのほうが断然人間味があって、生き生きした人物だったと思う。
というわけで、『荒涼館』、読めてよかったです。4巻で少し物語のパワーが緩んでしまったけれど、全体としての評価は星4つ半、です。 -
Posted by ブクログ
終わった~~~!!!
最後はなんだか駆け足で読んでしまったのがちと惜しい。
が、最終巻はやはり一番良い!!!
気が遠くなりそうな描写は無いし、3巻後半からのスピードはクライマックスを過ぎると、のんびり流れる。
普通、これだけの長さの本を読めば、最後には読み終わる寂しさが募るのだけど、これは最後の数章自体が余韻を与えてくれているので、寂しくなりすぎることもなく読み終えることが出来ました。
青木先生による「ディケンズ文学の魅力」も面白かった。
確かに、ディケンズは賛否両論でしょうな(笑)
ご都合主義万歳!(笑)
私は史料的にメモをとりながら読んだりするので、とてもありがたい本でしたが、時勢の批判的な要素も多いし、シェイクスピアを引用しすぎだしだったりするので、イギリス近代史に興味が無い人は1巻でつまずくかもしれない...
間違っても19世紀英文学の最初にこの本を選ばないようにしたほうがいいでしょう(^^;
本当なら星五つ上げたいところですが、筑摩書房さんにちょっと星一つマイナスです。
危ないと思ったから読んでいなかった背表紙を、なぜか4巻だけ途中で読んでしまいました。それによっていいところを先に知ってしまった。
ちょっと書きすぎです。
(H21.10 図) -
Posted by ブクログ
ジョーーーーーー!!!!
ジョーのボロボロの姿は風刺画などで時々見るボロ着の子供たちの姿を思い浮かべます。
3巻の後半に入ると急に物語りがスピードアップします。
サスペンス的要素も色濃くなります。火サツというか土曜ワイド劇場というか、、、もちろん2時間では終われませんが(笑)
そして、巻を進めるごとにエスタの心の声が、綺麗な言葉使いでの毒づきのようで思わず笑ってしまいました。ちょっとブラック・エスタ。
少しずつ謎解きも始まり、また、あれ?なんで?そうか!とか色々想像が膨らみます。
最終巻への謎解きの期待と、読み終わる寂しさが募ってきましたわ。
(H21.10 図) -
Posted by ブクログ
翻訳が30年以上前のものだからか、原文もそうなのか、少々硬い。
ディケンズってこんなに描写がしつこかったかな、とも思う。
そして、「この本は社会風刺が目的なの?」
と思わせるほど、たくさん当時の事柄を皮肉的に書いてます。
450ページに渡る第一巻を読破しても、まだ何が起こっているのか
核がどこなのか分からない。
登場人物が多いのも、ちょっと戸惑う。
と、批判的のような感想ではありますが、決して詰まらないわけではない。
今現在、第二巻を読み出して60ページ
面白くなってきたんですけどーーーー!
です。そー来たかぁ!
やっぱディケンズです。社会批判だけな訳が無い。
ちゃんと面白くなってきました(^O^)
全4巻の長いお話。一巻はこんなもんでしょ!
それと、も一つ。
この本は19世紀のイギリスという国。ロンドンを知るのに実にいい史料っす。
当時を生きる人が書いた当時の現代本です。
注釈が多いのも助かります。
(H21.9 図) -
Posted by ブクログ
月に1回参加している読書会の課題図書
〈イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの長編小説。1860年から1861年にかけてディケンズ自らが編集を行った週刊雑誌『All the Year Round』の誌上において発表された。ディケンズの代表作である。〉
たくさんの訳があり、映画化も度々されている有名な小説
子供の時読んだ『クリスマスキャロル』以来のディケンズだった
ちょっと退屈しながら読み始めたが、流石にプロットは面白く ワクワクドキドキ
人物相関は見事だ
読書会では
「難しいことは考えずエンタメ小説として楽しめばいいのでは」
「何度も読み返せば一層の味わい『スルメ本』だ」
とか……
≪ おおいなる遺産は 失くし 響くもの ≫ -
Posted by ブクログ
ネタバレキャラクターの性格も話の構成・展開も単純明快で、本書が短編なことも相まってとても読みやすい本だった。
しかし感情の表現も等しく単純であり、せっかくのスクルージの信条の移ろいが妙に小ざっぱりとしているのが本筋の面白さを半減させているように感じられる。
「頑固で情け知らずの冷たい人」→「誰よりも熱心にクリスマスを祝う優しい人」と変わっていく過程の感情に複雑さがない(元来の性格からの感情と反省の感情が共存しているようには見受けられない)ため、彼に共感しながら読むことが難しかった。
またこの展開からすると、スクルージの心情の変化は、あくまで「自分が将来不幸な目にあいたくないから」生まれた変化であり、本書で強調したいであろうキリスト教精神にあまり基づいていない。キリスト教精神の考えに基づけば、彼はそのような動機がなくとも弱くされたものたちのために動かねばならない。
最後の彼の態度のみを見るならば、合致しているとも考えられるかもしれないが、幽霊と出会っている間の彼を考慮すれば合致していないと考えるのが正しいと感じた。 -
Posted by ブクログ
血も涙もない守銭奴と呼ばれる金貸しのスクルージは、数年前に仕事のパートナー、マーリーを看取っている。そのマーリーが亡霊となり、あるクリスマスに現れた。彼の導きで3人の精霊とともに自らの現在過去未来を見聞する中でスクルージは、自己を見つめ直す。結果、長年の過酷な日々にすっかりねじ曲がってしまった心根を入れ替え、本来の自分を取り戻すことになる。
「そんなに簡単に改心できるの?」と穿った見方をしがちだけれど、この辺りは巻末の訳者あとがき(2つある!)を読まないと本筋が見えづらい。作者の意図や当時の社会や受け入れられ方を知ると、理解が深まる。単に不幸な未来を見て改心したのではないことは、過去をまずは見せたことでも感じられるのだけれど。
あと、昔の作品はどうしても単純に感じられるのだけれど、このフォーマットを作り上げた、ほぼ元祖と考えると、また見方も変わってくる。
この作品が2世紀にわたり読まれ続けてきた不朽の名作である意味は、やっと知ることができた。この古典文学文庫がある意義がこの作品に象徴されているように思えた。 -
Posted by ブクログ
母親代わりの厳しい姉に育てられたピップは、義兄である善良な鍛冶屋のジョーの愛情を支えに少年期を送るが、ある日、街の裕福な老婦人ミス・ハヴィシャムに呼び出される。時の止まった屋敷で色褪せた花嫁衣装を着て過ごすミス・ハヴィシャムの気まぐれな話し相手に指名されたピップは戸惑うが、彼女の養女である高慢なエステラの美貌に心奪われ、その振る舞いに傷つけられながらも強い愛情を抱く。エステラと出会ってから鍛冶屋の家での暮らしや自らの貧しい境遇に劣等感を抱くようになったピップだが、ロンドンからやって来た弁護士が彼が「大いなる遺産」の相続人になったことを告げ、彼の生活は一変する。ピップは遺産を彼に贈ろうとしているのはミス・ハヴィシャムであり、自分はエステラの結婚相手に選ばれたのだと確信するが、財産に相応しい紳士になるべくロンドンで暮らし始めた彼は、やがて、過去に端を発する様々な真実を知ることになる――。
婚約者に裏切られたことで胸が張り裂けたまま暗い屋敷に閉じこもって暮らすミス・ハヴィシャム、彼女により男たちへの復讐の道具として育てられた美しくも高慢で無感情なエステラ。そして見下されたことで自らの生まれ育ちを恥と感じ、転がり込んだ大きな財産によってそこから抜け出し、無学で貧しい者たちの世界を苛立たしく軽蔑する主人公ピップ自身も、人間としてはいかがなものかという印象をまず受ける。
しかし、波乱万丈の物語を追っていくにつれ、ミス・ハヴィシャムはミス・ハヴィシャムの、エステラはエステラの、ピップはピップの苦難に満ちた道を歩むうちに、見失っていたもの、価値に気づかずにいたものがそれぞれを変え、読者の目から見ても人間性を取り戻してゆく。ピップが沼地で出会った飢えた脱獄囚に食べ物を渡したのは恐怖心からでしかなかったかもしれないが、ついこぼれ出た一言にこめられた優しさが傷ついた男にとっての何よりの温もりとなったように、人は意図せぬところで誰かの恩人となり、一方で誰かに深く恨まれ、憎まれることもある。保身、嫉妬、憧れと蔑み、人の感情が人生にもたらす影響は大きいが、打たれた石が精錬されていくように、ピップが痛みの末に善なる心を取り戻していく様に素直に心打たれた。
『二都物語』のような圧倒されるエンディングではなく、完全なるハッピーエンドとも言えないが、それでも、根っこの優しさをそこここで示しながらも急ごしらえの鼻持ちならない「紳士」となったピップが、愛するジョーのために自身の身勝手な計画を心密かに捨てるラスト近くの場面に、深く静かなカタルシスを感じた。エステラとのラストシーンも、苦難を乗り越えてきた者同士、互いの過去を知る者同士の穏やかな共鳴が豊かな余韻を残して素晴らしい。
悪辣な登場人物も出てくるが、ピップの態度に関わらず常に善良で親切なジョーや、ロンドンで知り合った友人ハーバート、遺産管理人である弁護士の下で働くウェミックなどの温かみのある個性ある面々の存在のおかげで、全体のトーンは暗くなく読みやすい。登場人物の過去が複雑に絡み合う一大冒険譚としても大変面白い作品。上下二巻。