チャールズ・ディケンズのレビュー一覧
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もともとこの夏はディケンズ作品を読もうと思っていたが、ちょうど来月からオーブでこの作品のミュージカル版が上演されるとのことで、一作目は『オリヴァー・ツイスト』にした。
700ページ越えだから早々に挫折するかと思っていたけど、2日で終わった笑
先の展開が気になるように伏線をはるディケンズの手腕を感じましたね…。
酷い場面や恐ろしい場面、血生臭い場面と、安心してほっとできる幸福な場面が交互に描かれて、ある種のスリリングさがあった。
救貧法や新救貧法についても後から調べて勉強になりました。
オリヴァーを中心とした周囲の様々な階級、職業、地位の人々の描写を通して、新救貧法という制度が社会に何をしていたかを露わにするような作品。
実際、この作品が為政者を動かす世論づくりに貢献したという。
エンタメ小説っぽい展開なんだけど、社会批判的視点も含まれているという大衆受けとのバランスがちょうど良かったのかなと。シンプルにオリヴァーが可哀想でこれ以上酷い目に遭わせないで!って思うもん。オリヴァーの描写は当時の子ども観らしく純粋ではあるものの、お母さんを侮辱されたら(責められたほどではないけど)暴力も振るうし、At the Back of the North Windのダイヤモンドよりは全然ましだったかな。
反対に、邪悪または愚かな人々の描写一言一句に大袈裟な皮肉が込められていて面白かった。ただし、偏見が色濃いユダヤ人のフェイギンの描写が舞台版でどう描かれているか気になる。
ちなみに教区吏のバンブル氏は「尊大な下っ端役人」という意味で普通名詞bumbleになっているとか。
女性の描写も結構興味深かった。親切で心の美しいお嬢さん、生まれ落ちた環境のために悪の中で生きざるを得なかったがいまだ優しさや情など女心のようなものを持つナンシー、バンブル氏を尻に敷く抜け目のない夫人などなど…
ヴィクトリア時代の小説の女性も家庭の天使って感じのが多いけど、バンブル氏の夫人はかなり痛快だった。
あとフェイギンの一味の中でも、ナンシーや、少年(名前ど忘れした)は改心の余地があるように描かれていたが、ナンシーはサイクスを愛したがために自ら囚われたまま結局殺されることとなり、まだ若い少年は抜け出すことができたというのも興味深いと思った。
まだチケット取ってないけど、ミュージカル版観たいなと思う。 -
Posted by ブクログ
クリスマス・キャロルとはクリスマスを祝う歌のこと。1843年に出版された中編。タイトルからてっきりクリスマスを祝う温かい家族の話を想像したが、実際は守銭奴であるスクルージという男がクリスマスの精霊からその冷酷さを説法されるという物語だった。クリスマスの精霊は三体現れて、それぞれ過去、現在、未来のクリスマスの風景をスクルージに見せる。精霊は喋らず、ただ無言でスクルージに彼の姿と、彼に関わりのある者が彼のことをどう思っているのか見せつけるのだ。このスクルージは商人で、クリスマスを祝いに来た甥を「おととい来い!」と追い返すなど、およそ人の心の温かみの無い人物。そんな彼が本当に悔い改めて変われるのどうか、読者は付き合うことになる。
面白さはまあまあといったところ。ディケンズに求めている娯楽性とはまたちょっと違った気もするけど、あまり説教っぽくなく説法するのはディケンズならではなのかな。この人が描く温かい家族は本当に生き生きとしていて、その場に居合わせたくなる。半面、冷酷な男を書くとここまでうんざりさせられるのかと改めてディケンズの筆力に感服した。ただ精霊という超常現象に頼るあたりが、少し小説の魅力を損なわせている気がした。ディケンズならクリスマスを祝う温かい家族の物語を真正面から堂々と書けただろうし、そっちのがよかったのではと思ったが、そうなるとこのキャラ立ちの激しいスクルージが生まれなかったわけだから、やはり書かれるべくして書かれた小説なのかもしれない。 -
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ネタバレ正直、読むのに時間がかかった。
それほど面白い筋ではない。
それでも、世間知らずな主人に尽くすサムが魅力的だった。
この下巻は、ピクウィックの善の性格が強く押し出されていた。
それにしても、ディケンズは登場人物の世話をしっかりとしたがる。
綺麗で清潔なラストだと思った。
こういった初期の作品を読むと、ディケンズの代表作品たちへのステップのようなものが感じられて、それについては興味深く思った。
≪ポイントメモ≫
39 サム、メアリーと会い、ウィンクル、アラベラと会う
40 逮捕→フリート監獄
41 監獄の部屋・夜
42 監獄のシステム、ジングル再び、サム去る
43 サムの作戦
44 事務員の話・靴なおしの話・来客・死
45 ウェラー家の面談
46 バーデル夫人の転落
47 策を練る・華やかな訪問客・釈放
48 アレンとボッブを説得
49 叔父の話(亡霊の郵便馬車)
50 ウィンクルの父親に会いに行く
51 帰路で争い勃発
52 サミーの父からの手紙・積年の恨み
53 ジングルの旅立ち・不愉快な2人
54 ウォードル家の騒動
55 遺産
56 ウェラー親子との話・ウィンクル解決
57 新居・結婚・その後 -
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ネタバレ滑稽で、逸話のような小話もはさみこまれている。
面白い話もあるが、登場人物が多くて、メモをしながら読んでいてもやや混乱する。
話全体の流れとしては、それほど面白いものでもない。
退屈な部分もあった。
人物も、悪人のジングルが一番いきいきしている。
ピクウィックは上品でいい人で、だから逆に強い特徴がなく、少しぼやけてしまっている感じもする。
人物の個性が、今一つ強調されきっていない、という感じ。
≪ポイントメモ≫
1 ピクウィッククラブについて
2 旅行へ。見知らぬ男と出会い、タップマンと見知らぬ男は事前舞踏会へ。軍医スラマーの女といちゃつく。翌日、ウィンクルが間違われて決闘をしそうになるが、和解。
3 「放浪者の物語」を聞く。そこにスラマー軍医が訪ねてきて、喧嘩になりかける。
4 機動演習を見物に行く。ウォードル氏と懇意になる。
5 ウォードル氏の家に行くのだが、馬で苦労する。
6 ウォードル氏の歓迎を受ける。ジョン・エドマンズの話を聞く。
7 烏の狩で、タップマンがケガをする。タップマントレイチェルが接近する。ピクウィックたちはクリケットを見に行き、見知らぬ男(ジングル)と再会する。
8 タップマンとレイチェルがキスをしているところを太った少年に見られ、告げ口をされる。それを利用して、ジングルがレイチェルを奪おうとする。
9 ジングルとレイチェルが駆け落ち。ウォードルとピクウィックが追いかける。
10 ジングルを捕まえ、金で解決する。
11 タップマンを追いかけてコパムへ。古代の碑文を発見。眠れず「狂人の記録」を読む。
12 ピクウィックが男の召使いを雇う。
13 二大党派にわかれる町に、議員選挙を見に行く。
14 女以上に奇妙なもの「旅商人の話」
15 有名人の知人しか持ちたくない夫人が開く仮装パーティーで、ジングルを見かけ、後を追う。
16 ピクウィックがはめられる。
17 ピクウィック、リュウマチで寝込む。病床で書き留めた話「真の恋の物語」
18 ポット氏が、妻とウインクルの仲を疑う。ピクウィックはバーデル夫人に訴えられる。
19 狩へ
20 バーデル夫人の件で、彼女の弁護士に会いに行く。その後、自身の弁護士をつけるため、居酒屋へ書記を探しに行く。 -
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ジェイン・オースティンを読む合間に、別の本を読んでみようと思って、同じく英国の代表的作家であるディケンズを読んでみた。
話はそれるが、サマセット・モームの「世界の十大小説」(1954年)の国別構成は、英4、仏3、露2、米1となっていて、作家とタイトルを挙げると、
イギリス
フィールディング 「トム・ジョーンズ」 1749年
オースティン 「高慢と偏見」 1813年
エミリー・ブロンテ 「嵐が丘」 1847年
ディケンズ 「デビッド・コパーフィールド」 1850年
フランス
スタンダール 「赤と黒」 1830年
バルザック 「ゴリオ爺さん」 1835年
フローベール 「ボヴァリー婦人」 1856年
ロシア
トルストイ 「戦争と平和」 1869年
ドストエフスキー 「カラマーゾフの兄弟」 1879年
アメリカ
メルヴィル 「白鯨」 1851年
と錚々たる作品が並ぶ。
英国人のモームだけに、イギリスが多いの当然だろうが、「トム・ジョーンズ」は英文学の研究者以外には、あまりなじみのない作家ではなかろうか。
その代わりにだれを入れたらよいか、モームに合わせて1800年代の作家と作品で考えてみたが、「モンテ・クリスト伯」のアレクサント゛ル・デュマか、「レ・ミゼラブル」のヴィクトル・ユーゴーが思い浮かんだ。
ディケンズが入っているなら、この二人でもいいのではないか。
とちらか一人を選ぶのが難しいというなら、「嵐が丘」ただ一作のエミリー・ブロンテをはずして、デュマとユーゴー両人とも入れてもおかしくないと思うのだが、そうすると英2、仏5になってモームとしては承服し難いだろうから、やっぱりこういう結果にしかならないのかもしれない。
ドイツがないのが意外なのだが、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」は1774年だし、トーマス・マンの登場は1900年以降なので、うまくいかない。あとはスペインのセルバンテスだが、「ドン・キホーテ」は意外と古く、1600年初頭だ。
というわけで、このラインナップ、「トム・ジョーンズ」を除けば誰もが知っている名作中の名作なので、できれば20代のうちに一度は読んでおくべき作品群だ。
それで本作品の「オリバー・ツイスト」なのだが、これまで読んできたオースティンの作品にくらべると、さほど面白くない。オースティンばかりでなく、デュマの作品よりも劣ると思う。面白くさせようさせようという意図が目立ちすぎて、逆に面白くない。
ディケンズの他の作品に較べてデキが良くないだけなのかもしれないが、そういえば過去に読んだ「デビッド・コパーフィールド」や「大いなる遺産」もそれほど面白くはなかった。それからすると、モームの自国びいきがなかったら、はたして十大小説のラインナップに名を連ねることができるのだろうか、そんな気もしてくる。
とはいえ、オーウェルはじめ、イギリス人のディケンズに対する評価はきわめて高いので、こちらの読解力不足もあるのだろう。
でも、その真価と魅力がわかりずらい作家だ。
そう思うのは私だけだろうか。 -
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ブンガク
かかった時間90分
光文社古典新訳文庫を古本屋で買ったので読んでみた。なんだかちょいちょい買って読んでしまう「クリスマス・キャロル」だが、マーレイって結局なんなの?とか、なんでスクルージああなったのか、とか、改めていろいろ疑問がわいて面白い。ちなみに訳者はものすごくスクルージを好意的に見ていて、よい。
クリスマスであるというだけで全てが幸せに包まれる、なんて、今はないよ…と思ったが、ディケンズの時代はすでにそれが、失われつつある文化であったらしく、「素敵なクリスマス」へのノスタルジーというか、もっといえば願いみたいなのがあるからこそ、あんなに、これでもかというほど幸せな描写なのかと思うと、なんだか切ない気はする。
個人的には第2章(過去)の、スクルージが元雇い主について精霊と話すシーンで、「雇用主は使用人の生殺与奪を握っている。それは給料とかではなく、その人のなんでもない一挙手一投足が使用人の幸福を決めるという種類のもので、金とかよりもっと重い」みたいなことを言っていたところが印象に残っている。
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Posted by ブクログ
ディケンズ大好き!と言っていながら、あまりにも有名なこれをまだ読んでいなかった。
むーん。。ディケンズの中ではふつうだった。
天使のようなオリヴァーと彼を守ろうとする善良な人たち、それに対する悪人たち、という単純な図式や、偶然の遭遇の繰り返しによる物語の展開がちょっとつまらない。
荒んだ人生を送ってきた人の心の奥底から最後ににじみ出てくる温かい心とか情熱とか葛藤とか、そういうところにディケンズのすばらしさがあると私は思っているが、この物語からはあまり感じることができなかった。
でもこれ、調べてみたらとても初期の作品なのだった。後期にいくほど『二都物語』とか『大いなる遺産』とかすごい作品が目白押し。やっぱディケンズってすごい。
あと、訳(小池滋)がとてもよかった。数社の本と比べてみたが、味わい深くかつ読みやすい。(2008.1.18) -
Posted by ブクログ
これまでに何度も読みかけては読まなかった、ディケンズさんの「クリスマス・キャロル」。
というか、チャールズ・ディケンズさん自体、初めてです。
何と言っても19世紀のイギリスの作家さんですからねえ。
これまで色々読んできて、こういう過去の世界観の、それも翻訳で読むとなると。
正直言って、「1作、またはシリーズ1つしか、21世紀の日本読者としては楽しめない」ということが多いですね。
ロビンソン・クルーソー。赤と黒。ホームズ。ルパン。などなど…。
1843年の出版だそうですね。
日本では、坂本竜馬さんが7歳の頃ですね。
当時、世界の文明産業帝国主義侵略ヨーロッパリーグでは、ぶっちぎりのトップランナーだった大英帝国の首都・ロンドン。
もはや産業革命で賃金労働者で都会の孤独と拝金主義の坩堝だった訳です。
おなじみのスクルージさん。…というほどおなじみでもないですかね。何度か映画になっています。
(ディズニーCGアニメの「クリスマス・キャロル」はつまらなかったですね…。「トイ・ストーリー」シリーズは最高なんですけどね…)
ケチで意地悪で偏屈な商店主のスクルージさん。
とあるクリスマス。
精霊が現れて、スクルージさんの「過去・現在・未来」を見せていきます。
スクルージさんはそれを見て、心を入れ替えて、良い人になります。
まあ、というお話なんです。
それはそれでまあ、なるほどそうだよねというお話です。
今回ちゃんと読んで面白かったのは。
●これはある種、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」であり、再生タイムスリップものの原型だ!
という発見。
●誰が「死んでも構わない人間」を選別できるというのだ? というくだりがあります。これはちょっと考えちゃいましたね。
つまりこの小説の行き止まりは、それはそれでいわゆるキリスト教的な道徳律にぶち当たってそこで終わり。
そこは物足りません。でも。
上記の問いかけっていうのは、景気が下り坂になった「かつての」高度成長国家には、とっても痛いですね。
ストレスがたまった世の中では、他者への「ヘイト」「憎悪」な感情が渦巻いていますから。
そこンところをキリスト教だとか1杯のかけそば的な雰囲気ヤンキー道徳に馴れあうことなく、突き詰めていくとどうなるのか。
それは、ドストエフスキーさんから、今でいうと村上春樹さんまで、こんこん汲めど尽きせぬコクのある小説の泉なんだろうなあ、と。
21世紀のぼくたちのいる場所は、感情レベルでは19世紀のロンドンに剥き出しで転がっている訳です。
と、言うことだけがこの手の本を読む面白みだとすると…まあちょっと、そんなには需要は無いだろうなあとは思いつつ…。
うーん。ドストエフスキーさんを20年以上ぶりに再読したい気持ちになりました(笑)。
がめつい老女を殺すラスコーリニコフ。恍惚と不安、孤独と救済。罪と罰。カラマーゾフの兄弟は白痴か悪霊か虐げられた賭博者か。
やっぱすごいな…ドストさん。
(ごめん、ディケンズさん…) -
Posted by ブクログ
ディケンズが書いたクリスマスものは『クリスマスキャロル』の他にも数作あって、この中には『鐘の音』という物語も入っている。
最初は新潮文庫の『クリスマスキャロル』を読もうと思ったのだが、何回も読んでいるので、たまには違う訳者の本を読んでみた。
たぶん新潮文庫版のほうが訳としては正しいのだと思うけれど、こっちのほうが訳が自由で、たぶん勝手に書き加えていて、落語みたいで、読みやすい。ウケ狙いなのに時折すべっているところがご愛敬。初めて『クリスマスキャロル』を読む人に向いているかどうかはわからないが、また新しい魅力があるのは確か。
『鐘の音』という話は、クリスマスの精霊の代わりに、教会の鐘の精霊が出てきて、『クリスマスキャロル』のスクルージと同じように、主人公の郵便配達人のおじさんを夢の世界へと連れて回る話。このおじさんは娘の結婚に反対して(貧乏人が結婚してもろくな未来はないとお偉いさんに言われて、悲嘆して消極的に反対した)それにより起こる悲惨な未来をひたすら見て回る。
あ〜あ、反対しなきゃ良かった、と改心するところは『クリスマスキャロル』と一緒。スクルージは金への執着と冷酷さだったけど、こちらの主人公は世間へのおもねりと臆病のゆえに不幸に陥る。でも最後には改心して、案の定の展開でハッピーエンドになる。
この「案の定」というのは結構大切だ。クリスマスにハッピーエンドが待っていなかったら、キリスト教徒はいつ幸せになるのだ。山下達郎の歌のような寂しい内容は、たぶんキリスト教徒じゃないから作れるのだ(勝手な憶測)
どちらにしろ、人としての本当に大切なものは何かということを教えてくれる。
人生の幸福と不幸なんて、所詮は心が決めるもの。心が変われば世界も変わる。
来年のクリスマスには、また違うディケンズ作のクリスマス作品を読みたいと思う。 -
Posted by ブクログ
ディケンズの「クリスマス・ブックス」と言われる作品は5作品なるのだけど、そのうち最初の2作品「クリスマス・キャロル」と「鐘の音」が収録されてます。
「クリスマス・キャロル」は違う訳で既に読んでいたし、映画も何種類も観たほど好きな作品。
ディケンズはよく朗読をやっていたということで、ここでは落語口調で訳されてる…のが面白いな。と思ったのだけど、まぁ途中からそんな工夫は特に効を奏してもいないかも…という感じで普通に読んだ。
で、目当ては「鐘の音」のほうだったのでした。
これ、クリスマスでなくて大晦日の話だった。
主人公は人がいいけど、いろいろ社会的事情で未来に希望を抱けなくなったおっさんで、教会の鐘の精の導きで、このままだとどんどんと不幸になっていく未来の娘の姿を見せてもらう…。
というプロットは「クリスマス・キャロル」によく似た話。
映画「素晴らしき哉、人生」にも似てますね。
「クリスマス・キャロル」の焼き直し感がある上に、前作以上の面白さがない。のが残念。
登場人物もあまり魅力がないし、暗いばかりで楽しくなる場面描写もない。
当時の社会批判の色が高めなので、いま読んで普遍的に伝わるものがあるわけでもない。
面白い…というか映像化して観てみたいと思った場面が一つだけあった。
なんか鐘の音がなってる間だけ、鐘の中から無数の様々な鐘の精が出てきて、音がなると次々に死んでいく…という場面。
ディケンズはファンタジックの場面の描写がけっこう丁寧で、この人はほんとにこういうものが見えてしまう人だったんじゃないだろうか?なんて思ってしまう。