チャールズ・ディケンズのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読書会のため、名前だけは知っている名作を読んだ。やっぱり現在まで残るだけのことはある。面白かった!!
『第一部』
名前はフィリップ・ピリップなんだけど、ピップということになった。幼く死んだ五人の兄がいたらしく、両親が死んで20歳年上の姉の「手で」育てられた。と言っても姉は支配するのが好きでいばり屋でピップはろくな者にならない駄目人間扱いしてきたけど。
姉の夫のジョー・ガージェリーは鍛冶屋で善人。お母さんがお父さんに酷い目に合わされたから、自分の家庭では反対が良いんだって。だから妻に支配されているこの家庭を他からのように思っている。
ヒップが7歳の時、怪しい男に捕まった。「家から食べ物とヤスリを持って来い。持ってこないと特別な力でお前を呪い殺す」と言われて本気にして、夜中に怖い怖いお姉さんの台所から食べ物を、ジョーの作業所からヤスリをくすねて持っていった。
翌日、男は脱走兵だって分かった。ピップは二人の脱走兵が捕まる場に居合わせて、自分が密告したんじゃないよ!という必死の合図を送った。男は何を察したのか「そういえば、昨夜鍛冶屋の家に忍び込んで食べ物をくすねたぜ」と言った。
数年後、町に住む大金持ち引きこもり老嬢ミス・ハヴィシャムから退屈しのぎの相手として屋敷に呼ばれた。扉を開けたのは、ミス・ハヴィシャムの養女で、ヒップをとってもとっても見下すエステラという美少女。彼女はヒップの階級、手、服装、発音をすごくすごく馬鹿にする。するとヒップはそれまで満足していた鍛冶屋暮らしが嫌になってきた。ああ、教育を受けたいなあ。エステラと結婚できる紳士になりたいなあ。
ミス・ハヴィシャムは擦り切れたウェディングドレスを着続け、屋敷の時計はすべて9時20分で止められ、居間には虫に食い尽くされたウェディングケーキが置いたままになっている。
あとになって明かされるんだけど、高慢に育ったミス・ハヴィシャムには、母親違いの弟と憎しみ合い、その弟と組んだ結婚詐欺師に騙されたという事情がありました。
ピップはしばらくミス・ハヴィシャムの屋敷を訪れていたが、ジョーの従弟(鍛冶屋の奉公働きで、だいたい14歳から21歳の7年契約)になれる年齢になると、ミス・ハヴィシャムは従弟契約金(このあたりよくわからない)を与えて「これっきりだよ」と言う。
以前はあれほどジョーの弟子になりたかったのに、ミス・ハヴィシャムの屋敷、美少女エステラを知ってしまったら、鍛冶屋職人になんてなりたくなくなっていた。
4〜5年後、姉のガージェリー夫人が何者かに襲われて寝たきりになってしまう。ヒップは現場に残された凶器が、数年前に食べ物を与えた脱走兵がヤスリで削り取った足かせではないかと思う。すっかり性格も穏やかになったガージェリー夫人だが、発音にも支障が出て意思の疎通も図れない。そんな折にちょうどピップと同じ年齢で、身寄りを亡くした少女ビディがやってきた。ビディは以前初めてピップに文字を教えた相手で、遠縁の老婦人の世話をしていたので、ガージェリー夫人の世話も引き受けた。
ある日、弁護士のジャガーズ氏が訪ねてきて告げる。「ピップ少年に大いなる遺産を渡そうとする人物がいる。条件は、決してその相手の身元を探らないことと、上流階級にふさわしい教育を受けること、そしてずっとピップと名乗ること」
ピップは大喜びで受諾する。
ジャガーズ弁護士はジョーにも手付金を渡そうとするが、善人の彼は拒否した。ピップは嬉しく思うと同時に、ジョーのあまりの無学さを恥ずかしくも思うのだった。
この遺産の持ち主は誰だろう?候補①は脱走犯が社会的成功し自分と同じような境遇の少年を引き上げようとした。候補②はミス・ハヴィシャム。
ピップは断然候補②だと確信して、自分は気に入られて、エステラとも結婚させてくれるんだ!と有頂天に。
ロンドンに旅立つ前に身支度を整えると、今までヒップを「役立たずで恩知らずでバカで将来ろくな者にならない」と扱っていた人々が平身低頭。ヒップは新調したスーツでミス・ハヴィシャムに挨拶に行く。だがエステラはレディになるためにどこかで教育を受けているという。
===
下級階級の少年が夢の立身出世物語か!文章は軽いというかコミカルな感じ。
登場人物はそれぞれが特徴立っている。ジョーはとことん無学な善人、ジョーの妻(ピップの姉)は田舎のいばりんぼ、カージェリー夫人を訪れるパンプルチョーク氏やウォプスル氏は田舎だけで通じる地位にいて弱気をくじき強きを助け、ジョーの職人オーリックは田舎のいばりんぼ職人、ビディは田舎のいい子。
ミス・ハヴィシャムの暮らしは怪奇なんだけど、なんだかコメディでさえある。本人も実は楽しんでないか??(本人は楽しんでいないのは分かるけど、文章でそんな感じがしちゃう)エステラは徹底的に高慢。
簡単に、大金持ちになる道がひらけたようだけど、階級社会でこんな夢のような一発逆転もあったのか、というか、こんな一発逆転じゃないと乗り越えられない階級差があったのだろうなあ。
『第二部』
ロンドンに行ったピップの新生活で、新登場人物紹介みたいな記載が続く。
弁護士ジャガーズは依頼人を右!左!と捌いて偽装もどんとこい、人間を軽く見ている感じ。
中年事務員ウェミックは、事務所では面白味もないのだが、犯罪記念品コレクションしたり、自宅は自分の手でこじんまりした小さい屋敷に庭園を整え、仕事と個人を完全に別けているなかなか面白い・笑
ピップが勉学や礼儀作法を教わることになったのは、ミス・ハヴィシャムの遠縁のポケット氏。まず顔を合わせたのは、ポケット氏の息子で会計士見習いのハーバード。実は昔ミス・ハヴィシャムの屋敷でボクシングごっこをしたことがあって二人は意気投合。ハーバードは「ぼくはあの時自分がミス・ハヴィシャムのお気に入りになってエステラと結婚できるかと思っていたんだけど駄目だったよ。君は幸運を掴んだんだね」と言う。ますます謎の後見人はミス・ハビシャムだと確信するピップ。
ええーそうかなあ、あの老嬢は他人のこと眼中になさそうだよ。
ハーバードはピップを「君は鍛冶屋だからヘンデルと呼ぶよ」という。…なぜ渾名を?ピップでいいじゃん。あと「遺産を受け取るのはピップと名乗ること」なんだけど大丈夫なのか?
ピップはポケット氏の屋敷に下宿することに。彼は子沢山で、ポケット夫人の祖父だか父だかが名声を築いたらしく、家でもそのように振る舞っている。ポケット氏の屋敷に下宿ししているのは、不機嫌・愚鈍・見栄っ張りお坊ちゃんのドラムルと、母の過保護で教育が遅れたスタートップ。
とにかく出てくる人物人物が特徴際立っているので、第二部の最初の頃は紹介エピソードみたいな感じ。
そしてこの物語はピップが昔を思い出して書いている形式で、「羽振りがよかった頃は節操のない無駄遣いをしまくったもんだ」と語る。どうやら「大いなる遺産」はピップの元には定着しなかったらしい。
そんな無駄遣いとしてハーバードの事務所にも別宅を作り意味のない贅沢な家具に、珍妙な従卒を雇って成金丸出し。
このピップのいい気になる性格は、第一部から見受けられたし、ジャガーズ弁護士は最初から「急に大金を手に入れたらきっと大失敗するけれど、別に私には関係ないし?」と言い伝えているし、ヒップの弱点として「無駄遣い、ハーバードに兄貴風を吹かせる、将来手にする莫大な財産を自慢する」と看破される。
そんなある日、鍛冶屋の兄貴ジョー・カージェリーが訪ねてくるという知らせが。ピップはすでに上流階級の一員のつもりだから、あれほど仲良くあれほど気を使ってくれてあれほど良い人のジョーを「田舎ものと自分が一緒に歩いているところを見られたら恥ずかしい」などと考えるようになっている。自分が敬意を持っているスタートアップとか、ハーバードとかなら構わない。しかし不機嫌・いばりんぼ・不誠実なドラムルにだけは見られたくない!
<人生を通じて私達の最悪の弱さや卑しさは、もっとも軽蔑する人がいることで表に出てくる。(P373)>
ピップの部屋にやってきたジョーは、ピップを「さようです、サー」と敬語で話す。これがジョーの「けじめ」なのだ。自分の願いはピップの役に立つこと、ピップが幸せになること。こうして紳士となった(成金衣装成金インテリアなのが記述で分かるんだけど)なら、自分とピップには区切りが必要だ。もし今日の訪問で不都合があったのなら、すべて自分の責任だ。なぜなら自分はロンドンにいられる人間ではない。自分は鍛冶屋の服を着て、鍛冶屋や、泥んこの土地にいなければいけない。今度自分たちが会うとしたら、ピップが鍛冶屋を覗く時だ。
そしてそうまでして訪ねてきたのは、大事な伝言を預かっているからだという。それは「ミス・ハヴィシャムの屋敷にエステラが戻り、ピップに会いたいと言っている」ことだった。それを伝えるために、この場違いな場にやってきたのだ。
そして帰っていった。
ピップは大急ぎでミス・ハヴィシャムの屋敷に向かう!ジョーの鍛冶屋には顔を出さない!なんてヤツ!他の人たちは「自分こそあのピップの保護者、友人」などと嘘をついているっていうのに。
久しぶりに会ったエステラはとてもとても美しく上品なレディになっていた。ピップは、自分が彼女と結婚させてもらえると思い込んでいるので有頂天。
ミス・ハヴィシャムはピップに「あの子を愛して、愛して、愛しなさい!あなたを傷つけたとしても、あなたの心を引き裂いても愛しなさい!本物の愛とは、やみくもな献身、無条件の自己卑下、完全な服従、全て逆らってでも相手にすがり、深い傷を負って、全身全霊を捧げなさい!」と言い渡す。 -
Posted by ブクログ
大いなる遺産は恋愛小説であり、冒険小説であり、ミステリー小説であり、ピップの成長物語だ。まさにそのとおりである!物語としてあまりに面白く、エンタメとしての見どころが多い。
エステラへの恋は正直あまり共感できるところがなかった。恋とは意外とそんなものなのかもしれない。
身近な人の幸せを自分のことのように喜べるだろうか。家族なら喜べるかもしれない。離れた親戚は?友人は?同僚は?人間少なからず嫉妬はするものだが、ジョーはその様子を一切見せない。嫉妬の感情と向き合うこと、あるいはその人の幸せを自分のことのように喜べる人を作ることが、人生のひとつのテーマのように思う。 -
Posted by ブクログ
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チャールズ・ディケンズ
(1812-1870)英国ポーツマス郊外の下級官吏の家に生れる。家が貧しかったため十歳から働きに出されるが、独学で勉強を続け新聞記者となる。二十四歳のときに短編集『ボズのスケッチ集』で作家としてスタートし、『オリヴァー・ツイスト』(1837-1839)でその文名を高める。他にも自伝的作品『デイヴィッド・コパフィールド』(1849-1850)など数々の名作を生んだイギリスの国民的作家。
オリバー・ツイスト (光文社古典新訳文庫)
by ディケンズ、唐戸 信嘉
ノアは慈善学校の生徒で救貧院の孤児ではなかった。私生児でもなく、ちゃんと両親もいた。両親はすぐそばに住んでいた。母親は洗濯女で、父親はのんだくれの下級兵士だった。兵士といってもすでに退役しており、片足が義足で、日割りにすると二ペンス半と少しの恩給をもらって暮らしていた。もうずいぶんと長いこと、近所の店の小僧たちは往来でノアを見かけると、「半ズボン(3)」とか「慈善学校」とか不名誉なあだ名で彼を呼んだ。ノアはじっとこらえて彼らを無視した。だが幸運にも、とうとう名なしの孤児――どんなに卑しい者でも、後ろ指をさすことのできる人物――が彼の前に現れた。彼の鬱憤は利息つきでオリバーにぶつけられることになった。これは、よくよく考えてみるに値する事例である。なぜなら、ノアという人物を観察すると、人間の本性の瞠目すべき特徴が明らかになるからである。王侯貴族であろうと下劣な慈善学校の少年であろうと、愛すべきこうした性格は、身分に関係なく育まれるのだ。
バンブル氏がこのように話すと、オリバーはまた自分の母親が悪くいわれていることを聞きつけ、ほかの一切の物音を消し去るほど激しく扉を蹴りはじめた。と、そこへ、サワベリー氏が帰宅した。夫人たちは、彼の憤怒を誘うような尾ひれをつけてオリバーの不祥事を報告した。彼はただちにゴミ置場の扉を開け、生意気な弟子の首根っこをつかみ、オリバーを引きずり出した。
すぐわきの一里塚には大文字で「ロンドンまで百十キロ」と記されていた。その地名は彼の心に、かつてない、さまざまな連想を呼び起こした。ロンドン! あの偉大なる大都市ロンドン! そこへ行けば誰も――あのバンブル氏でも――もはや自分を見つけることなどできまい! 救貧院の老人たちがよくこんなことをいっていた。気骨のある若者ならロンドンで食うに困ることはない。田舎者には思いもよらぬ生活の手立てがいくらでもあるものだと。助けてくれる者がなければ、行き倒れて死ぬほかない自分のような宿無しの少年にとって、ロンドンこそ目指すべき場所に違いない。このような考えが脳裏をよぎり、オリバーはすぐに立ち上がってまた歩き出した。
その部屋は壁も天井も、古さと汚れのために真っ黒だった。暖炉の前に 樅 の木でできたテーブルが据えてあり、その上にジンジャーエールの空壜にさしたロウソク、何個かの錫のマグ、パンやバターや皿などが置かれていた。紐で暖炉の上に固定され、火にかけられたフライパンの中では、ソーセージが焼けていた。そして手に大きなフォークを持った、年老いた皺だらけのユダヤ人が、そのフライパンの前に立っていた。卑しい、ぞっとする顔立ちは、もじゃもじゃの赤毛によって隠されていた。彼は油で汚れたフランネルのガウンを着て、喉元を大きくはだけ、フライパンと、大量の絹のハンカチがぶら下がっている物干し竿の両方に注意を向けているようだった。年代物の麻袋で作った粗末なベッドが所狭しと並び、四、五人の少年たちがテーブルを囲んで座っていた。彼らはドジャーと同い年ぐらいに見えたが、大人びた様子で、陶器製の長いパイプをくゆらし、酒を飲んでいた。ドジャーがユダヤ人に何事か耳打ちすると、少年たちは彼のそばへ寄り集まった。そしてふり返ってオリバーにニヤニヤと笑いかけた。ユダヤ人も同じように、フォークを手にしたままオリバーのほうを向いて笑った。
このゲームが何回もくり返されたころ、若い女二人が少年たちを訪ねてやって来た。一人はベットといい、もう一人はナンシーといった。二人とも豊かな髪をしていたが、結い方はいい加減で、靴も靴下も薄汚れていた。美人とはいいかねたが、厚化粧をしたその顔はたくましく、威勢のいい感じがした。二人は少しも飾らず人当たりがよかったので、オリバーは実に感じのよいお姉さんだと思った。実際二人はその通りの人物だった。
「多分そうでしょう」オリバーは答えた。「天国はずいぶんと遠くにあって、そこでみんな幸せに暮らしているから、哀れな子供の枕元までわざわざやって来るはずはありません。でも、僕が病気だと母さんが知ったら、きっと天国にいても心配してくれると思います。母さんだって死ぬ前、とても重い病気だったんです。でも、天国にいると、僕のことなど少しも知りようがないかもしれません」オリバーはちょっと黙ってから、そうつけ加えた。「僕が苦しんでいるのを知ったら、母さんも悲しい気分になると思います。夢の中に出てくる母さんは、いつも優しくて幸せそうですけど」
オリバー・ツイスト (光文社古典新訳文庫)
by ディケンズ、唐戸 信嘉
ノアは慈善学校の生徒で救貧院の孤児ではなかった。私生児でもなく、ちゃんと両親もいた。両親はすぐそばに住んでいた。母親は洗濯女で、父親はのんだくれの下級兵士だった。兵士といってもすでに退役しており、片足が義足で、日割りにすると二ペンス半と少しの恩給をもらって暮らしていた。もうずいぶんと長いこと、近所の店の小僧たちは往来でノアを見かけると、「半ズボン(3)」とか「慈善学校」とか不名誉なあだ名で彼を呼んだ。ノアはじっとこらえて彼らを無視した。だが幸運にも、とうとう名なしの孤児――どんなに卑しい者でも、後ろ指をさすことのできる人物――が彼の前に現れた。彼の鬱憤は利息つきでオリバーにぶつけられることになった。これは、よくよく考えてみるに値する事例である。なぜなら、ノアという人物を観察すると、人間の本性の瞠目すべき特徴が明らかになるからである。王侯貴族であろうと下劣な慈善学校の少年であろうと、愛すべきこうした性格は、身分に関係なく育まれるのだ。
バンブル氏がこのように話すと、オリバーはまた自分の母親が悪くいわれていることを聞きつけ、ほかの一切の物音を消し去るほど激しく扉を蹴りはじめた。と、そこへ、サワベリー氏が帰宅した。夫人たちは、彼の憤怒を誘うような尾ひれをつけてオリバーの不祥事を報告した。彼はただちにゴミ置場の扉を開け、生意気な弟子の首根っこをつかみ、オリバーを引きずり出した。
すぐわきの一里塚には大文字で「ロンドンまで百十キロ」と記されていた。その地名は彼の心に、かつてない、さまざまな連想を呼び起こした。ロンドン! あの偉大なる大都市ロンドン! そこへ行けば誰も――あのバンブル氏でも――もはや自分を見つけることなどできまい! 救貧院の老人たちがよくこんなことをいっていた。気骨のある若者ならロンドンで食うに困ることはない。田舎者には思いもよらぬ生活の手立てがいくらでもあるものだと。助けてくれる者がなければ、行き倒れて死ぬほかない自分のような宿無しの少年にとって、ロンドンこそ目指すべき場所に違いない。このような考えが脳裏をよぎり、オリバーはすぐに立ち上がってまた歩き出した。
その部屋は壁も天井も、古さと汚れのために真っ黒だった。暖炉の前に 樅 の木でできたテーブルが据えてあり、その上にジンジャーエールの空壜にさしたロウソク、何個かの錫のマグ、パンやバターや皿などが置かれていた。紐で暖炉の上に固定され、火にかけられたフライパンの中では、ソーセージが焼けていた。そして手に大きなフォークを持った、年老いた皺だらけのユダヤ人が、そのフライパンの前に立っていた。卑しい、ぞっとする顔立ちは、もじゃもじゃの赤毛によって隠されていた。彼は油で汚れたフランネルのガウンを着て、喉元を大きくはだけ、フライパンと、大量の絹のハンカチがぶら下がっている物干し竿の両方に注意を向けているようだった。年代物の麻袋で作った粗末なベッドが所狭しと並び、四、五人の少年たちがテーブルを囲んで座っていた。彼らはドジャーと同い年ぐらいに見えたが、大人びた様子で、陶器製の長いパイプをくゆらし、酒を飲んでいた。ドジャーがユダヤ人に何事か耳打ちすると、少年たちは彼のそばへ寄り集まった。そしてふり返ってオリバーにニヤニヤと笑いかけた。ユダヤ人も同じように、フォークを手にしたままオリバーのほうを向いて笑った。
このゲームが何回もくり返されたころ、若い女二人が少年たちを訪ねてやって来た。一人はベットといい、もう一人はナンシーといった。二人とも豊かな髪をしていたが、結い方はいい加減で、靴も靴下も薄汚れていた。美人とはいいかねたが、厚化粧をしたその顔はたくましく、威勢のいい感じがした。二人は少しも飾らず人当たりがよかったので、オリバーは実に感じのよいお姉さんだと思った。実際二人はその通りの人物だった。
「多分そうでしょう」オリバーは答えた。「天国はずいぶんと遠くにあって、そこでみんな幸せに暮らしているから、哀れな子供の枕元までわざわざやって来るはずはありません。でも、僕が病気だと母さんが知ったら、きっと天国にいても心配してくれると思います。母さんだって死ぬ前、とても重い病気だったんです。でも、天国にいると、僕のことなど少しも知りようがないかもしれません」オリバーはちょっと黙ってから、そうつけ加えた。「僕が苦しんでいるのを知ったら、母さんも悲しい気分になると思います。夢の中に出てくる母さんは、いつも優しくて幸せそうですけど」
婦人の名誉のためにいっておくが、彼女は行かないとはっきり断りはしなかった。ただ、警察に行くのは「どうしても気がすすまない」と確固たる意志を示し、丁寧にやんわりと拒絶したにすぎない。こうした礼儀正しさは、にべもなく断って仲間を傷つけたくないという、生来の育ちの良さに由来するものであった。
恐怖に耐え切れず、オリバーは本を閉じるとわきへ押しやった。それからひざまずいて、自分がそのような罪を犯さぬようにと神に祈り、もし自分がおぞましい犯罪に手を染める運命ならば、今すぐこの命を終わらせてくださいと願った。やがてオリバーは落ち着きを取り戻し、低いきれぎれの声で、この窮地からお救いください、家族にも友人にも愛されたことのない孤児を憐れんでくださるならば、どうか今こそ、邪悪な犯罪を前にして孤立無援でいる自分をお助けください、と嘆願した。
医者はカーテンを戻しながらため息をついた。「悪はどんな人間にも宿る。美しい風貌の奥に、悪徳が宿ることだってある」
朝の散歩がもはや一人きりでなくなったことは、注目すべき変化だった。オリバー自身もそう感じていた。ハリー・メイリーは――花束を抱えて帰宅するオリバーと出会ったとき以来――すっかり花に夢中になり、花の生け方にもなみなみならぬセンスを発揮し、年若い友人をすっかり引き離していた。けれども、こうした点で遅れをとったにせよ、一番いい花がどこに咲いているかを心得ているのはオリバーだった。二人は毎朝一緒に野辺を駆けまわり、とびきり美しく咲いた花々を持ち帰った。今では若い婦人の寝室の窓は開け放たれていた。ローズは豊かな夏の香りを部屋に入れることを好み、その爽やかな香りは彼女の回復を助けた。格子窓のすぐ裏には、丁寧に作られた小さな花束がいつも花瓶に生けてあった。その花瓶に生けられた花束は――水は頻繁に取り替えられていたが――枯れても決して捨てられることがない事実に、オリバーは気づいた。ロスバーン医師が朝の散歩に出かけようと庭を横切るとき、決まってその部屋の窓辺を見上げ、意味ありげにうんうんとうなずくことにもオリバーは気づいていた。そうこうしているあいだに日々は飛ぶように過ぎ、ローズはぐんぐん回復していった。
「上等なウサギのパイだぞ、ビル」チャーリーは肉入りパイを相手に見せていった。「ウサギは美味いぜ。手脚もやわらかいしな。口の中で骨が溶けるほどだ。口からつまみ出す手間もいらない。それから、一ポンド七シリング六ペンスする緑茶を二百グラムだ。濃いの何のって。沸騰した湯に入れればティーポットの蓋がぶっ飛ぶほどだぜ。あとは、精製してない砂糖を七百グラム。アフリカの連中にはこういう上等な砂糖は作れまいよ。一キロもあるパンを二個、極上のバターを五百グラム、グロスター・チーズ一切れ。お終いは、とびきり上等の酒だ!」
「心配するな、チャーリー」慰めるようにフェイギンはいった。「あいつは有名になる。そりゃあ間違いのないところだ。あいつの賢さが知れ渡るときがきっと来るよ。自分でそれを証明するだろうし、旧友や恩師の顔に泥をぬることはあるまい。それにあいつはまだ若い! あの年齢で流刑になるなんて勲章ものさ!」
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Posted by ブクログ
“The pen is mightier than the sword”
さすがや!さすがエドワード・ブルワー=リットンだわ!さすがリットン調査団だわ!(これは孫ね)
はい、なんでリットン男爵が出てくんねん?まぁそれはおいおいということで、ディケンズの『大いなる遺産』です
やっぱな!っていうね
やっぱそうなるわなっていう
もう思い描いた通りの展開で大満足です
いらんねん変なサプライズはw
それにしても登場人物がいちいち魅力的すぎる
そして分かりやすい
いい人たちはとことんいい人
ちょっと冷たい感じの人たちも実はいい人
ちょっと嫌な感じの人は改心していい人
すごーく嫌な感じの奴は最後まで嫌な奴w
そしてピップの周りにはほんとに素晴らしい人たちがいたんよね
またピップ自身が最後にはそれにちゃんと気付けて、感謝できる人間だったからこそそういう人がいてくれたんよね
全ての謎がきれいにほどかれるストーリー展開、ハラハラドキドキの逃走劇、善き人々に訪れる幸せな結末、気の利いたユーモアと、どれをとっても一級品の素晴らしい作品でした
何より素晴らしいのは全てを明かさぬ余韻の残るラストです!
もう書いちゃう!
これを知った上で読んだとしてもこの作品の素晴らしさは全く損なわれないと思うので書いちゃう!
ラストの文章書いちゃう!
(以下ネタバレ)
〜私は彼女の手を取り、ふたりで廃墟の敷地から出た。はるか昔、初めて鍛冶場をあとにした朝に霧が晴れ上がったように、いまも夕霧が晴れようとしていた。見渡すかぎり広がる静かな光のなかに、彼女との別離の影は少しも見えなかった。〜
どうよ?
出会った時からこの結末は予感されてたのよ〜ってことがひとつね
そんで「別離の影は少しも見えなかった」ってのはもちろん今後は離れないってことなんだけど、その関係性については言及してないのよ
それが物理的な距離なのか、精神的なものなのか、あるいは両方なのか
信頼できる友人としてなのか、愛しあう恋人同士としてなのか
ここはもうお任せしますって感じなのよね
で、実はこの素晴らしいラストは当初かな〜りがっかり感漂うラストだったんだけど、ディケンズがリットンに「このラストでええやろか?」って相談した時に「いやいやいや、そんなんしたらもうみんながっかりしはるで〜」言われて書き直した結果らしいのよね
いや〜、さすがリットン男爵!だてに爵位持ってないわ
よーし次は光文社に戻るぞw -
Posted by ブクログ
年末にかなり面白いゴーストストーリーに出会えた…!
(クリスマスには間に合わなかったが)
心霊スポット・事故物件が持て囃される幽霊の国・イギリスらしい味わいのある怪談ばかり。
名物の古い屋敷に染み付いた幽霊譚はもちろん、異色の廃船での心霊談、美しい風景描写が際立つヨーロッパアルプス版山の怪談、年の瀬の薄暗さのある幻想文学…と、違った風味の、ほどよい長さの作品でまとめられて、違った雰囲気を味わいながらサクサク読める。
あいだにある「胡桃邸の幽霊」は箸休めにとても良い一編。
「青い部屋」の面々はキャラが立っており、このメンバーでの別な話も読んでみたい気持ちになる。
クリスマス・年末には、キリスト教より古いケルトなどの世界観では妖精や異界の住人が顔を覗かせるという。
キリストや聖人の誕生日や祝日も、元はこれら古い信仰の影響を受けているとか。
それを思えば、「クリスマス・キャロル」含め、この時期に幽霊が顔を出して、こちらがそれらを出迎えるのもなんとなくわかる気がする。 -
Posted by ブクログ
いわずとしれたディケンズ初期代表作。運命に翻弄される孤児オリヴァーの波瀾万丈な少年時代、そして出生の秘密。
何度も映像化されていて見たことはないのだが、救貧院で薄粥のお代わりを求めるシーンが有名らしい。読んでみるとこれはひどい。貧民救済施設といえど、人を人間扱いしていないじゃないか!以下、当時の貧困層と弱者虐待の実態、低俗な人間の醜さが描かれ、作者ディケンズの痛烈な皮肉と風刺の切れ味がすさまじいほどに冴える。そのなかで前半はオリヴァーの逆境と克服が繰り返されるスリリングな展開が続き、先が気になって仕方なかった。
次第に集まってくる多くの登場人物たちの個性や配置が魅力的かつ巧妙だ。特に窃盗団たちの描かれ方は本作最大の特徴ともいえ、犯罪小説的な側面もある。善人と悪人がはっきりしていて、それぞれの人間性の程度にふさわしい結末が用意されているので、非常に健全なカタルシスが得られた。ただ、その意味では境界線にいる、とある少女だけは別で、ラストの文章など作者も特別な目線を捧げているのが印象的だった。
主人公オリヴァーは純粋無垢な少年だが、ひたすら運命に翻弄されるだけで、そこから特に成長するというわけではない。加えてあまりに都合の良すぎる巡り合わせが続いたり、後半はオリヴァーを置き去りにした展開になるなど、本作にはいくつかの欠点も見受けられる。しかし、そんなことは気にしなくてもいいじゃない、と言いたくなるほどのエネルギーとスピード感に満ちた大作なのは確かだ。700ページオーバー、面白いので一気に読めます! -
Posted by ブクログ
下巻は一気読み。古典で一気に読めるなんて!ディケンズすごい!
なんていうかもう小説全体が英国流のシニカルな笑いに満ちている。
ヒップの本当の恩人が誰であるか分かったときもそう。自分が裏切ってきたと思っていた故郷の恩人に胸の内を打ち明け、新たなスタートを切ろうとしたときに、相手から幸せの仕返しを受けたときもそう。
一番好きなキャラクターはウェミック。シティ(ロンドンの仕事場)にいる時はカリスマ弁護士ジャガーズの有能な秘書として自分を出さずに淡々と仕事をこなしているのに、ウォルワースの城(郊外の自宅)へ帰ると全然違う。城の前に跳ね橋を付けたり、毎日決まった時間に大砲を打ち鳴らしたり、居間のドアに楽しい仕掛けをしたりして、シニア(父親)との穏やかでユーモアに満ちた生活を楽しんでいる。郵便ポストのような口を開けて食事をし、やることがミスター・ビーンみたいに面白い。「ちょっとした散歩に付き合って下さい」とヒップを連れて歩いた先にたまたまのように教会があって、その中にウェミックの花嫁が待っていた。この憎らしいくらい気の利いた演出の、でもささやかすぎる結婚式の数少ない参列者のなかにヒップを選んでくれた。弁護士事務所のクライアントであるヒップに私的にはそれくらい友情を抱いていたというところに心が温まる。
カリスマ弁護士ジャガーズもその強面と仕事での断固とした態度の裏には依頼人の人生について人知れず深く考えていて素敵。
英国人って恥ずかしがりやなんでしょうね。
そして、誰よりもヒップの本当の恩人…。人の価値は見かけや生まれや育ちで決まるものではないのですね。
「プライドには色んな種類があると思うの」という、上巻でのビディの言葉が印象的でした。
イギリスは階級による格差がはっきりしていると言うけれど、そこを超える冒険をしたヒップを通じて“本当の善とは何か”というのを考えさせられ、読者としても成長したと思います。
笑いもサスペンスも冒険も教育もあるエンターテインメント小説でした。
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Posted by ブクログ
うーん、何から書こうかなあ。
面白いよ。
この本を読もうと思ったのは実はちょっと前に読んだカルロス・ルイス・サフォンの「天使のゲーム」がいまいち良く分からなくて、「天使のゲーム」の中の主人公が子供の頃から大事にしていたこの「大いなる遺産」に鍵があるのではないかと思ったから。なるほどねえ。鍵かどうか分からないけれど、河の下流の沼地近くの最底辺の生活、お屋敷の中の時間が止まったような老婆…。似ているモチーフはある。
主人公ヒップはテムズ川の河口の沼地に近い所で、姉とその夫ジョーと暮らしていた。両親は亡くなり、癇癪持ちの姉に虐待されながら育っていた。回りの大人にも馬鹿にされ、いつも嫌な思いをしていたが、鍛冶屋である姉の夫のジョーだけがいつも友達のように暖かく接してくれた。
ある時、大きなお屋敷に呼ばれ、そこの女主人の前で遊ぶように言われる。その女主人はかなりの老婆なのに、黄ばんだウェディングドレスに身を包み、時が止まった暗い部屋で陰気に暮らしている。そして、その傍らにはエステラという美しい少女がいた。老婆に命令されるがまま、老婆の目の前でエステラとトランプをしたり、老婆を支えて部屋中をぐるぐる歩き回ったりしたあと、報酬をもらうということが何回かあった。エステラはものすごくお高くとまっていて、ヒップを下品だと馬鹿にしたので、ヒップは泣くほど傷ついたが、エステラに恋する気持ちは抑えられなかった。そして、その時から自分を小さい頃から大事にしてくれたジョーが教養が無くて下品であることを恥ずかしく思うようになってしまった。
お屋敷の老婦人に気にいられたヒップはある時、その大いなる財産を貰えること、そしてジェントルマンになるためロンドンに出て教育を受けるように弁護士を通じて告げられる。
エステルに相応しい男になるためにジェントルマンになることを夢見ていたヒップは、突然の幸運に意気揚々とロンドンに向かう。ジョーとの別れの時、愛するジョーと別れることを辛く思う反面、下品なジョーを恥ずかしいと思う自分の薄情さに罪の意識を持つ。
ああなんかこの気持ち分かるな。
次にジョーに会ったときにジョーが自分に相応しい人間であるよう、ジョーにももっと勉強してほしいと願うのだが、ジョーはもっともっと誇り高き人間だということにこの時は気づいていなかった。
夢見たロンドン。夢見た都会。
都会の現実とは?紳士淑女の現実とは? 暗く黴臭い部屋。死刑囚から宝飾類を頂く趣味の悪さ。お金への執着。爵位への執着。
先が見えないロンドンでの生活をヒップの同居人ハーバートの明るさが救う。
そもそも、お屋敷の老婦人(ミス・ハヴィシャム)とエステルとは何者なのか?どうしてヒップが気に入られて財産を受け取ることになったのか?
もしかして、小さいころ沼地にいた脱獄囚に命令されて食べ物とヤスリを与えたことに関係あるのか?
大きな謎と十代(?)の少年が最底辺の生活から最高の生活へ棚ぼたで抜け出す過程の成長が面白い。
一番最近読んだイギリス文学は「高慢と偏見」で、上流社会の視点から書かれていたが、この小説は下流社会から上流社会を見て書かれているので、同じイギリスでも目線が違っていて興味深い。 -
Posted by ブクログ
これまた良い出会いをした。
田舎に暮らす貧しい少年が、
謎の人物から遺産を継ぐことになり、
そこから大きく揺れ動く人生を描いた作品。
物語として、本当によく出来ている。
徐々に新たな真実が明るみになり、引き込まれていく展開設定、
絶望と希望の良い塩梅、入念な人間観察に基づいているであろう愛すべき個性的な登場人物たち、然るタイミングで然る展開が来る嬉しさ。
ピップ(と私たち)はいずれ帰るべきところに帰っていく、汚された気持ちは浄化されていく。
気づかなかった愛に気づき、
許せなかった人を許していく。
それが人生なんだと思って、
涙腺がどんどんゆるくなっていく。
赦し、信仰、恋愛、友愛、家族愛。
そして私たちの身近にある問題。
この作品が初めて世に出てから幾年も経ているが、
拝金主義で利己的な人間に溢れている世の中。
現代に生きる私たちもそんな社会に揉まれて、
人に裏切られ、裏切り、憎まれ、憎んで、
届かなかった愛や拒んだ愛も数えきれぬ程あるだろう。
そんな時に私たちに慰みと内省する時間を与えてくれるのが、こういった類の物語なのだろう。
物語に人生への、そして愛への礼賛を求めずして、
何を求めよう!
そんな気分に最近はなっているな。