荒川弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『鋼の錬金術師』2巻を読んでまず感じたのは、これは錬金術という不思議な力を描いた漫画ではなく、「力や知識を持った人間が、それを何のために使うのか」を描いた作品だった。
1巻では、エドとアルが人体錬成によって身体を失い、それを取り戻すために賢者の石を探しているという物語の土台が示された。2巻ではそこから一段踏み込み、錬金術そのものが決して善でも悪でもなく、それを使う人間によって救いにも残酷なものにもなることが突きつけられる。
それを最も強烈な形で見せるのが、ショウ・タッカーと娘のニーナの話だった。
人語を理解するキメラを作ったことで国家錬金術師になったタッカー。しかし研究成果を出せなければ資格を失う状況に追い込まれ、ニーナと飼い犬のアレキサンダーを材料にして、新たなキメラを作り上げてしまう。
怖いのは、タッカーが特別な化け物として描かれているだけではないところだ。研究成果が欲しい。今の立場を失いたくない。錬金術師として認められたい。その一つ一つは、人間なら理解できてしまう欲望でもある。それが一線を越えた瞬間、取り返しのつかないところまで人間を連れていく。
しかもエドは、そんなタッカーを完全には他人として切り離せない。
エド自身もまた、「死んだ母親を取り戻したい」という願いから人体錬成という禁忌に手を出した錬金術師だからだ。もちろん、エドとタッカーがやったことは同じではない。それでも、「自分の願いのために錬金術を使い、人間の領域を越えようとした」という一点では重なる。
だからタッカーの存在は、単なる悪役というより、エドが一歩間違えれば向かっていたかもしれない場所にも見える。この対比がかなり重い。
そしてニーナを救えなかった直後に現れるのが、国家錬金術師を狙うスカーである。
ここでも物語は単純な善悪にしてくれない。スカーは国家錬金術師を殺して回る明確な敵として登場する。一方で、国家錬金術師という存在自体にも何か重い過去があることが示され始める。エドたちは国家側に所属しているが、「国家錬金術師だから正しい」という単純な構図ではない。
2巻で面白いのは、敵味方の境界線が少しずつ曖昧になっていくところだった。
タッカーは国家錬金術師なのに恐ろしいことをする。スカーは人を殺す敵だが、国家錬金術師を憎む理由が何かありそうである。そしてマスタングやアームストロングたち軍人も、それぞれが国家という大きな組織の中で動いている。
1巻では「エドとアルが身体を取り戻せるのか」が物語の中心に見えた。それが2巻になると、「そもそも国家錬金術師とは何なのか」「この国で過去に何があったのか」という、さらに大きな物語が背後に見え始める。
それでも、この巻で一番残るのはやはりエドの無力さだった。
錬金術師は、物質を理解し、分解し、再構築できる。普通の人間にはできないことができる。それなのに、目の前のニーナ一人を元に戻すことすらできない。
ここが『鋼の錬金術師』の面白いところだと思う。
主人公はものすごい能力を持っているのに、「できないこと」がはっきりしている。だから錬金術が万能の魔法にならない。むしろ力を持っているからこそ、それでも救えないものがあるという事実がより重くなる。
読んでいて何度も考えたのは、「できること」と「やっていいこと」はまったく別なのだということだった。
技術的に可能だからやる。結果が出るからやる。自分の目的を達成できるからやる。それだけでは足りない。タッカーの話はかなり極端ではあるが、知識や能力を持った人間ほど、「何ができるか」だけではなく「何のために使うのか」を問われるという部分は、この世界だけの話ではない。
そして2巻の最後では、ドクター・マルコーとの出会いによって、エドたちが探していた賢者の石へつながる手掛かりが再び見えてくる。
ここも構成がうまい。
ニーナを救えなかった。スカーには圧倒された。エド自身も傷ついた。それでも兄弟は止まらず、自分たちの身体を取り戻す方法を探し続ける。
だから第8話の「希望の道」というタイトルが効いてくる。
希望とは、何もかもうまくいくことではない。むしろどうしようもない現実を見たあとでも、それでも次へ進むことなのだと、この巻を通して見えてくる。
1巻では「失ったものを取り戻す旅」だった『鋼の錬金術師』が、2巻では早くもそれだけではない作品になった。
錬金術とは何なのか。国家錬金術師とは何なのか。そして、人間は力を手にしたとき、どこまで踏み込んでいいのか。
エドとアルが取り戻そうとしているのは身体だ。しかしこの旅では、身体を取り戻すこと以上に、「人間として越えてはいけないものは何なのか」を何度も突きつけられることになりそうだ。
2巻を読み終えて残るのは、錬金術で何ができるのかという期待よりも、「どれほど大きな力を持っていても、人間には救えないものがある」という感覚だった。その現実を知ったうえで、それでもエドとアルが何を選び、何を取り戻そうとするのか。ここから先を読みたくなる理由は、そこにある。 -
Posted by ブクログ
『鋼の錬金術師』1巻を読んでまず感じたのは、これは錬金術を使って冒険する兄弟を描いた漫画ではなく、「取り返せないものを抱えた人間が、それでも前に進もうとする姿」を描いた作品だった。
主人公は、“鋼の錬金術師”エドワード・エルリックと弟のアルフォンス・エルリック。幼い頃、亡くなった母を生き返らせるために禁忌である人体錬成を行い、その代償としてエドは左足を、アルは身体そのものを失った。エドはさらに右腕を代価としてアルの魂を鎧に定着させる。二人は失った身体を取り戻す方法を探して旅を続けている。
この設定だけでもかなり重い。しかし1巻がうまいのは、兄弟の過去を悲劇として見せるだけで終わらず、それを「等価交換」という作品のルールそのものにつなげているところだ。何かを得るためには、それと同等の何かを失わなければならない。錬金術の原則として提示されている言葉だが、読んでいるうちに、これは錬金術だけの話ではないように感じてくる。
特に印象的だったのは、リオールでのコーネロとロゼをめぐる話だった。奇跡を信じることで救われようとするロゼに対し、エドはかなり厳しく現実を突きつける。エド自身が「死んだ人間を取り戻そうとして失敗した側」だからこそ、その言葉には重さがある。単に宗教を否定しているのではなく、都合のいい奇跡にすがって失ったものを取り戻そうとすることが、どれほど危ういのかをエド自身が知っているのだ。
一方で、エドは決して達観した大人ではない。小柄なことをからかわれればすぐ怒るし、アルとの掛け合いにはかなりコミカルな部分もある。その幼さと、身体の一部を失うほどの経験を背負っている重さが同居しているからこそ、キャラクターとして強く印象に残る。見た目も言動も少年なのに、時折口にする言葉だけが妙に重い。このギャップがエドの魅力になっている。
ユースウェル炭鉱の話も面白かった。ここでは錬金術による派手な戦いだけではなく、権力を持つ側とそこで暮らす人々の関係が描かれる。エドは国家錬金術師という国家側の人間でありながら、単純に権力の論理に従うわけではない。「国家錬金術師」という肩書きが、ただの格好いい称号ではなさそうだと分かってくるのも興味深い。1巻の段階で、エドたちの旅が単純な“賢者の石探し”だけでは終わらないことを感じさせる。
読んでいて何度も考えたのは、「失ったものを取り戻そうとすることは、本当に正しいのか」ということだった。エドとアルが身体を取り戻したいと思うのは当然である。しかし二人がそもそも身体を失ったのも、失った母を取り戻そうとしたことが始まりだった。取り戻したいという願いそのものは切実で、決して悪くない。それでも、その願いが強すぎれば再び何かを失うかもしれない。この危うさが1巻の時点ですでに物語の奥に流れている。
そして何より面白いのは、エドとアルが失敗したところから物語が始まっていることだ。天才が力を手に入れて世界へ飛び出す物語ではない。すでに取り返しのつかない失敗をして、その傷を身体に刻み込まれた二人が主人公なのである。だから「もっと強くなりたい」ではなく、「元に戻りたい」が旅の目的になっている。この出発点だけで、普通の能力バトル漫画とは少し違う。
まだ1巻なので、世界の全体像も賢者の石の正体もほとんど分からない。それでも、等価交換、人体錬成、国家錬金術師、賢者の石といった設定を次々と提示しながら、エドとアルが何を失い、何を求めているのかは明確に伝わってくる。重いテーマを扱いながら、兄弟の掛け合いやテンポのいい展開のおかげで読みづらさもない。1巻としてかなり強い導入だった。
「何かを取り戻すためなら、どこまで代価を払えるのか」。エドとアルの旅を見ていると、その問いがずっと残る。二人が求めているものは元の身体だが、この旅の先で本当に取り戻すべきものが何なのか。1巻を読み終えた時点では、そこが一番気になった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ北海道の道路には、動物だけでなくジャガイモも落ちている。
昨年あたりから全国的に熊の被害が広がるなか、荒川農園にもヒグマが出没する。熊である。普通ならこれだけで大事件になりそうだが、話は北海道の道路事情へ移っていく。動物だけではない。トラックの荷台から落ちたジャガイモやらなんやらまで転がっているという。危険と珍事が、同じ道路に転がっている。
ほかにも牛、豚、トウモロコシの黒穂病、蛇、ミルク、農作業バイトと、今回も北海道農業あるある満載。ヒグマまで、その並びに入ってしまう。
いつ読んでも思う。これが『鋼の錬金術師』や『アルスラーン戦記』を描いている人の漫画なのか。当然ながら、錬金術も王国の戦争も、ここには出てこない。黒穂病や農作業バイトについて文字の詰まったページが続くのに、あっという間に読み終える。
そして、個々のエピソードをかなり忘れる。第9巻に何が載っていたかと聞かれても、もう全部は答えられない。『百姓貴族』を読むと毎回こうなる。それくらい、どの話も荒川農園の日常として読んでしまう。
少なくとも、道路に落ちたジャガイモが翌年芽吹いていたことだけは覚えている。今のところは。 -
Posted by ブクログ
逃げじゃない、俺たちの未来を捕まえに行くんだと、大切なものを守るために沖縄へと向かい行動を始めたアサとユルの覚悟がとても強い。
ゴンゾウとジンがいなくなり、めちゃくちゃになった影森の家やみんなの意気消沈ぶりが切ない…
だけど、ヒカルが当主になり家を守らなきゃ、守りたいと覚悟を決めた姿がめちゃくちゃ格好良い。
アサとガブちゃんの友情も、ジンがツガイに名付けたエピソードもみんな好き。
アサとユルの旅に同行する宇宙人ツガイとのやりとりが楽しくて好きで平和そうだったのに新たな敵が!
海の上での闘いがどうなるのか気になる!
それにしても、ページ数が少なくて本の厚みが薄くて悲しい…
もっとがっつり読みたい。