伊藤真のレビュー一覧
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記憶とは変えられるもの。それは自分自身の人生や価値観を、良い意味で切り替えて、時には忘れる力も必要であること。当たり前のように思っていたことが、この本を読んで改めてまだまだ分かっていなかったなと気付かされた。雷に打たれたとまでは言わないが、例えば日常生活においても、嫌なこと・辛いことがあったときへの捉え方次第で幸せに歩んでいけることは可能であり、過去に起きてしまった出来事を俯瞰して、そして紙に書いてゴミ箱に捨てる。著者はそのようにしてスイッチを切り替える。読者がなにもそれを習慣づけろと言っているのではなく、ようは、人は特別な能力は元々そこまでなく、自分がどれを好きで、どれを記憶していきたいかという記憶自体との向き合い方を教えてくれる。そんな本だ。
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Posted by ブクログ
ネタバレ【本と共に生きる伊藤塾塾長による読書のすすめ】
見つけた本をただ読み続けている日々の中で、本の読み方ってあるのかな、と思ってこちらを読んでみた。といっても、たまたまあったので読んだのだけれど。
結論、手あたり読み続けてみよう、と思った。
というのも、もちろん読書を素材探し、というツールとして活用する、という点にも触れていたけれど、結局は本を読むことは自分の好奇心に従って新しい視点やストーリーを探している作業であって、その過程で楽しんでいる部分がある。その精神的な活動自体、私は価値であると思ったりした。
夢をかなえる、という点については、読書によって、様々な成功体験を読み、具体的に何をするのか、をより詰めていくゴールからの逆算思考について触れていた。
著者の伊藤塾長は本当に本好き、というか、本に助けられた経験を紹介されていたけれど、読書から受けた便益みたいなものをとても明確に感じていらっしゃり、本
に対する熱量が半端なかった。
とにかく、有限である物理的な身体に対して、無限に広がる魂・想像力・思考力をさらに深めることは豊かな人生を送ることにつながるのだとあらためて思った。
著者は、どの本も読む価値があると言っている。読書の価値を全力で伝えている著者が、読んだ本の解釈や得た効用を話しているように、本を読む自分の中で生まれる変化をきちんと感じ取ること、言語化することが大事なのだろうと思った。本が秘める潜在価値を具現化するのは読者にかかっているということかもしれない。 -
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【メモ】
・他人が考えた答えを探すのは「考える」ではなく、たんなる調査・リサーチ
・物事を考えるきっかけとして、最初にすすめたいのは「対立する2つのものを比べる方法」
・物事を考えるときは「関連性」や「関係性」に注目すると、考えるとっかかりを見つけやすい
・好きなものの時代背景や歴史など、関連するものをとことん探っていくと「考える訓練」になる
・分析とは、共通点と相違点を見つけて類型化すること
・「なぜ?」を3回掘り下げて精度をあげていくと本質に近づき、考えが深まる
・自分の意見を主張するときは、「理由を3つ考える習慣」をつけておくといい
・論理的に考える=目的を持って、一定の結論を根拠とともに導くこと
・論理的に考えるために一番鍛えなければならないのは、相手と共有できる根拠づけ、理由付けを考える習慣 -
Posted by ブクログ
プロフィール写真の著者は、スティーヴ・ジョブズのように片手を顎にあてたポーズをとっている。医化学系ジャーナリストとあるが本書を著すきっかけを聞いて以降、段々考古学者に見えてきた。
自動車王フォードと発明王エジソンがタッグを組み、労働者フレンドリーな都市を創ろうとしていた事を知った著者。跡地に足を運んだ際、遺跡を発見した時のようなロマンを覚え調査を開始することに。(「近現代なのにもう遺跡扱い?」と冷笑しかけたが、よくよく考えれば100年以上も経っている…)
アラバマ州にあるマッスル・ショールズという街がユートピアの舞台。
しかし元は先住民が住んでおり、そのまた約100年前に彼らは追放されている。単身追放先から戻った女性の話は、また別の本で詳しく聞きたいくらいに驚いたし彼女と子孫の勇気には感極まった。
2人が目をつける前から街は産業が盛んで南北戦争からの復興、硝酸塩工場や巨大ダムの建設計画と、ユートピアへの下準備は整っていた。
2人の、特にフォードの半生はユートピア計画と連関しているように見える。(エジソンは全体的に影が薄かった)
彼は農家の出身だが、純粋に機械いじりが大好きで農業ではなく機械工の道を選んだ。T型フォード開発後は事業のプロモーションといったビジネススキルも発揮するようになる。不学のせいで、反ユダヤ主義といった偏狭な思想をお持ちなのは残念だったが…。(そのせいか、ヒトラーから敬われていたことも)
いつの時代の人物かすら知らずにいたが、彼の功績や人柄をこの一冊で熟知できるとは思ってもみなかった。(その代わり彼が得意とする工学系の話は熟知しきれず…汗)
自動車王と言うからてっきり某不動産王みたいな人を想像していたが、蓋を開けてみれば超庶民派だった。田舎暮らしを愛し、自動車以外にも彼を育んだ土地や人々への恩返しにと、農業機械を開発。
マッスル・ショールズを再起させる救世主としても人々から慕われ、大統領へ押し上げようとする流れまであった。(本人はそこまで乗り気でなかったところが某不動産王と違う…笑)
フォードが身を退いた後も土地開発は継続されたようだが、結局ユートピアにはなり得なかった。
不発に終わらなければ、歴史をも変える出来事になっていたのかもしれない。著者は膨大な新聞や手記の山を掻き分け、知られざる人々の存在までも照らし出してくれた。ノンフィクションなのに臨場感があって、正直読み切るのがもったいない。
この「電撃的」な出会いをひと足先に体験、日経新聞で紹介してくださった鈴木透氏(慶應大学教授)にも感謝せねば。 -
Posted by ブクログ
資本主義のあり方をもう一度考えようとすることに親近感を覚えながら読み進めていくうちに、書かれていることはものすごく当たり前でその通りなのだという感想を持つばかりなのだが、その当たり前のことを考えるためにこれだけの時間を費やさなければならないということもまた現実だと思い返す。
何が問題なのかと問うと、これはやはり手段が目的になってしまって、それが「普通」なのだと無意識に刷り込まれてしまっていることにあるのではないだろうかと思う。
本書が焦点を当てるところは1945年から1970年の25年間。これはどんな時代だったのかを振り返ってみる。ここに重要な要素があるのだと、そして読み手はここに意識をはたらかせる。
資本主義を否定するものではない。少し軌道を外れてしまったところを正そうとする試みである。